都市ヘルカイト⑳⑤元魔王妊娠..
私の旦那様は最近すこぶる優しくなった。丘で泣き崩れた日から一段にだ。あのときは帰ってもずっと泣いていて疲れて寝るまで喜んでいた。お腹に子がいるのもわかったらしく。それが異様に嬉しいそうだ。
「うーむ」
まだ、お腹は大きくない。擦りながらちょっと不安になる。本当に「ママになっていいのか」と「元男なのに子育ては出来るのか?」と悩んでしまう。
「………やめよう。悪いこと考えたらダメ」
そう、宿ったのだから。私の元に来てくれたのだから。「変な事は悩んじゃだめ」と思う。
「…………………お腹、すいたなぁ」
家事も済ませてボーッとしていたらもうお昼だ。家事の後。あの泣き崩れた旦那さまを思い出していた。
男の本気泣きは、なんでああも………美しいのか。心に残り続ける。ああ、いけないご飯食べないと。
「ふふ。ママね。お腹すいたからパン食べるね」
台所でパンを1枚焼く。朝食と同じブレッドを1枚切り。窯で焼く。両面に焦げができ、いい匂いになったのをバターを塗る。
「ちょっと軽いですけど………美味しいんですよね」
イチゴジャム瓶の蓋を取ってスプーンで掬う。あまり多くを接種しないように気をつけないといけない。あとでトマトも食べよう。
「ママね………イチゴジャムがだーい好きなんだよ」
お腹の子話しかける。一人じゃないってだけで不思議な感じがする。
「あなたのお父さんがね。旅先で食べさせてくれたのが、すっごく美味しくて好きになっちゃったの」
イチゴジャムのパンをほうばる。んんんんおいちい。
「美味しいね。味わかるかな?」
何も答えない。でも………美味しいと思ってる筈。
「………ふふ。しっかり大きくなるんですよぉ~」
どんな子が生まれるか気になりながら、私はパンを食べ終える。
「私とお父さん。どっちに似るかな~女の子なら男を釣れる子に…………お父さんなら、残虐非道に?」
ま、まともにならない。
「えっと………お父さんにもママにも似てはいけません!! いけませんよ!!」
焦ってしまう。このままではいけません。
「どうしよう!! 女神様に相談しよう」
「ネフィアちゃん……私に言われても。なんでそんなに変な所を考えたんですか? もっと良いところありますよね?」
「優しい」
「そうそう」
「胸が好きで、愛撫が長い」
「…………離れましたね」
「女神様は好きじゃないんですか?」
「………み、見る分には」
「ど変態女神め」
「あなたが質問したんでしょ‼」
「あんな人になっちゃっダメですよ~」
「ちょっと!! 女神をなんだと思ってるの!!」
「色欲の女神」
「ま、間違っちゃいないですけど!!」
私の家にフワッと彼女が入り込む。やっぱり服装、破廉恥。目に毒である。
「女神さま。女神さま。出産時期は?」
「えっと………冬ですね」
「長いですね」
「人間と同じか短いですよ」
「………頑張ろ」
「はい。頑張って愛を育ててください。この前もスゴく美味しかったです。トキヤさん………信仰してくればいいのに」
「美味しかったんですか?」
「ええ。占いでずっと探してた答えを見ましたので」
「えっ?」
それって………もしかして。あの夢。
「良かったですね。追い求めた女性は今のあなたでした」
「じゃ、じゃぁ………夢が叶ったの?」
「はい。彼の願いは成就しました」
「ただいま!! ネフィア!!」
玄関から大きな声で私を呼ぶ。
「ふふ。おいとましますね」
女神様が消え。リビングに旦那様が焦った顔で私を抱き締める。
「どうしたんです?」
「ネフィア。この家に魔方陣を張っているんだ。変な者がいるからな。何か変なことされてないか?」
「女神は何もしないですよ」
「女神が………いるのか?」
「はい!!」
トキヤには言ってある。
「そうか。塩を用意しよう」
「えっええ~」
「……やめさして」
「用意しよう!!」
「……ネフィアさん!?」
「旦那様の好きにするといいよ。塩程度でどうにかなる事はないでしょうし」
「精神面でどうにかなるんです」
「ネフィア。大丈夫だよな? 誰と会話してるんだ?」
「うん。大丈夫大丈夫」
「………大丈夫だよな?」
「旦那様………心配しすぎ。それより良かったね」
「ん? なにが?」
「答え………見つかったんだね。ずっと探してたの。泣くの!?」
トキヤがポロポロと涙が落ちる。良かった。
「うん。罪悪感あったんだよ………諦めてたの知ってたし。私………泣き虫だもん」
「あっ……ええっと。その、感謝してもしきれないから」
優しく私を彼は抱き締める。暖かい。この人の子を孕んで良かった思う。
「それよりも……お仕事大丈夫?」
「大丈夫、もう行く………抜けてきたから」
「女神なら大丈夫だから………魔方陣片付けてね」
「俺が心配だからダメだし。女神はお前だけだろ? それに、もうお前一人の体じゃないんだぞ?」
「は~い」
「行ってくる」
頭を優しく撫でてくれる。愛おしく。
「行ってらっしゃい旦那様」
私は笑顔で送り出したのだった。
*
ドンドン!!
「はーい。どちらさん………あっ!? 領主様!?」
「お、おう」
玄関に顔を出すと大きな巨体の男が立っていた。
「私もいます。こんにちはネフィア」
後ろに隠れるように腐竜の麗人が姿を現す。
「話は聞いた。その………あのとき腹を殴ってすまなかった」
「聞きました。蹴りあげたそうですね」
「そんなことを謝りに? いまさら?」
「あっああ………もしも………な」
「大丈夫ですよ。あのときはまだお腹にいませんでしたし。たぶん?」
「そ、そうか………」
「ありがとう。ヘルを許してくれて………許されない事だったのに」
「えっと………私も悪かった事です。お茶をお出ししましょうか?」
「すまんが、仕事がな」
「ええ、お仕事まだなの………また今度。私に教えてね」
気になるらしい。妊娠について。
「はい」
「ヘル………頑張ってほしいなぁ」
「ぜ、善処する」
「えっ!?」
「な、何故驚く……」
「い、いえ………ヘル。いつもはぐらかしたり無視したりしてたのに………どうした?」
「…………まぁそんな日もあるさ。ワシそろそろ行くぞ。悪かったな」
「うん。またね」
「ええ、また」
私も笑顔で返事をし、約束をするのだった。
*
今日は色々とお客が来る。隣のハーピーからアラクネの姫にユグドラシルとその父親。皆が私に挨拶とお腹の経過を聞いてくる。まだ、お腹も大きくならないうちから。彼らは私を気にかけていた。気がついたら日は沈み夜となっていた。
「ただいまぁ………ぜぇぜぇ」
「おかえりなさい、あなた。それより、どうしたの?」
「依頼終わって速足で帰ってきた。ネフィア大丈夫だったか?」
「あっうん。昼間に一回会ってるよね?」
「ああ、心配で心配で」
「…………あなた。大丈夫よ」
「う、うん」
私はふと思う。
「トキヤ………トキヤのお母さんとお父さんはどんな人だった?」
「俺の親かぁ」
リビングに座りながらトキヤが首を傾げる。
「子供そっちのけで遊びに行くバカだった。でも冒険者として幸せに死ねたと信じてる。まぁ……無駄に勇敢で……蛮勇でもあったかな」
「そっか~」
「辛い日々だった。父さんは優しく厳しい人だったよ」
「………そっか」
「どうした?」
「………ねぇ。トキヤ。お父さんってトキヤみたいな人を言うのかな?」
「あっああ………お前はそっか。知らないんだよな」
「うん」
「俺は夫でお前の父親にはなれないなきっと」
「………お父さん」
「ん?」
「トキヤお父さん」
「………なんだい?」
「………ごめん。なんでもない」
私に不安が付きまとう。
「ネフィア。お父さん演じてやろう」
「えっ?」
「予行演習だ。俺もいつか父親になる。そのときの」
トキヤが席を立ち頭を撫でてくれる。
「ありがとう。大丈夫だよ。それよりもなんでトキヤが好きな理由が一つわかちゃった」
「おっ? 何?」
「トキヤって年上でいつも怒ったり、優しくしたり教えてくれたり………お父さんみたいな人だったんだよ」
「………まぁそのやっぱり年の差があるしな」
「おとうさん」
「上目遣いで言わないでくれ」
「へへ、照れてる」
「俺だって照れる時は照れる」
「おとうさん。お腹触って」
トキヤがお腹を触ってくれる。ああ、何て愛おしいのでしょうか。服の上から撫でられるだけで気持ちいい。
「んぅ………」
「甘い声出てるけど気持ちいいのか?」
「うん………」
私は頷く。目を閉じて微笑みながら彼の唇を奪う。
「おとうさん。きっとお腹の子、喜んでる撫でられて」
「一番喜んでるのはネフィアだろ」
「うん………おとうさん」
甘い声で、おとうさんと呼ぶと体が暖かくなる。
「へへ、生まれてくる子が羨ましい」
「どうして? 俺が幸せにするからか?」
「うん………トキヤをおとうさんって呼べるんだよ?」
「お父さんっと呼んだって大丈夫なんだぞ。熟練夫婦ならな。それまで一緒だ」
「うん………絶対にお父さんって呼べるまで一緒にいる」
お腹を擦りながらもう一度、唇を奪ったのだった。




