不思議の国のネフィア④ ホワイトラビットナイトの勇者..
7月。まぁ作られた世界に年月日なんてあまり意味をなさない。一人の存在を除いて。
「ああ、面倒な」
ただ、一言愚痴る。世界が作られた。一人が本の世界、底辺に落ちてから。この本は蘇った。
自分は千家時也として彼女の前に立たなければいけない。もう一人の千家とは従兄弟という設定を演じろと言われている。ネフィアの幼馴染みを演じろと命令もされた。時間を見ると昼。ダルっ気な体を起こす。
「行けってか………」
偽りの記憶と小鳥遊ネフィアと言う落ちてきた者が覚えている人物、名をトキヤと言い。そのネフィアが見た記憶を混ぜたのが俺だ。姿もなにもかも。本当の自分は死後転生し、ひとつの能力を手にしたが。死んでしまった雑魚だ。何を貰ったかも忘れている。
「………行くか」
会って何かをしようとは思えないが見るだけ見ておこう。どんな女かを。
*
彼女に会った。想像以上に綺麗だった。金色の髪に小さな小顔でパッチリした目。放課後のクラス前で自分に会いに来たらしい。驚いたのは予想より積極的だった。
「…………」
目線が合ったが、別に「関わらなくてもいい」と思った。振ってしまっても自由だ。彼女がこの世界に留まり続ければ。
パッコーン!!
頭に鈍痛。あまりの痛さで手を押さえながら振り返ってしまう。そこで、彼女が握り拳を作ってオロオロしてるのが見えた。あまりの可愛さに怒りも何もかも吹っ飛んでしまう。
「つうぅ!? えっ!?」
「ご、ごめんなさい!! えっと………千家君!!」
「…………?」
自分の名前なのに首を傾げてしまった。そうだ、俺は千家時也だ。
「そ、その!! わ、わたし転校生で!! 小鳥遊ネフィアって言うんです!!」
早口に緊張して言葉を言う。ああ、全て忘れて自分をトキヤと勘違いしていた。
「………えーと。千家時也です」
「…………」
「…………」
何を会話すれば良いのだろうか考える。実際、「千家時也を演じる」と言っても初対面。何を話せばいいかわからなかった。
「千家君。私とお茶でもどうですか?」
だが、彼女は怖じづかなかった。自分とは違い。前へ前へと進もうとする。その深い紫の瞳に吸い込まれそうになりながら俺は頷くのだった。
*
結果は押しきられるように付き合うことになった。そう言うより。ネフィアの影響でトキヤとして振る舞うことが普通にできる。恐ろしいほど、過去の自分は嫌いだったようだ。
昼休憩の屋上。おにぎり等買って屋上へ上がる。他にもカップルなどが俺たちと同じように日影でご飯を食べている。手作り弁当持参の意識が高いカップルもいた。この久しぶりの明るい世界を楽しんでいる。作られた世界を。
「小鳥遊、尻痛いだろ俺の上に乗りな」
「えっ? いいの?」
「いいぞ」
俺は彼女を座らせる。
「あちいぃ」
「まぁ風があってまだいいよなぁ~」
「風、気持ちいいね」
「ああ、気持ちいい」
「もっと!! 操れない?」
彼女は疑い無く。彼女のトキヤの記憶で話をする。風の魔法は扱えない。
「ない」
「おかしいなぁ~おかしいなぁ………」
「俺は超能力者じゃないぞ。おにぎりうまい」
「うん。美味しい…………風」
色々な事に引っ掛かりを覚えて何かを忘れている事を彼女は悩んでいる。俺はそれを全て知りながらも教えることは出来ない。操られているから。
「ネフィア、どうした?」
「い、いいえ」
「………あっ君。小鳥遊さんですね」
「ん?」
食事中に生徒会っと言うワッペンをつけた生徒が俺たちの前来る。綺麗な黒髪の長髪、整った顔。東洋の美少女が俺睨み釘を刺す。「喋るな」と。ハートの女王。誰か言ったかその通りだと思った。アリスは小鳥遊だろう。じゃ………俺は………なんだろうか。
「小鳥遊さん。私は生徒会長柳沢心です!! 少しお話いいかしら?」
「………え、ええ?」
「小鳥遊さん。お付き合いはホドホドに。他の生徒の迷惑がかからないように」
「小鳥遊。お前の好意が激しいから釘刺しに来たぞ」
「ええ!? 私は健全な付き合いを」
「廊下でハグとキスをしようとするのは健全? 異性不純行為はだめです‼」
「ええ、海外じゃ普通」
「ここは日本です!!」
「くっ………郷に入っては郷に従え。ワビサビを心得ろと………くぅぅうううううぬぬ」
「ええ!! そうよ!! まぁ今回は注意!! わかった!!」
「はい………」
「先輩、風でスカート捲れそう」
「!?」
「時也!! 目潰し!!」
「ぎゃあああああ!!」
「お、覚えておきなさい!!」
生徒会長がスカートを押さえて立ち去る。俺は緊張が解れた。目がいたい。
「お、お………いてぇ」
「時也ごめん。つい」
こういう事が他の女性より激しい。元男だったからか。男の子っぽい行為がある。
「い、いや……大丈夫」
「ねぇ何色だった?」
「白」
「アイアンクロー」
「痛い!? えっ!? 力強くない!? うぎゃあああ!!」
そう、力強い。非力そうな顔しての怪力だ。男のトキヤより弱いが女の人より遥かに強い。
「だって元男だし~」
「はぁはぁ………元男? お前………いや………生まれたときから女だったろ」
「えっ………あれ?」
いや。男だ。
「変なこと言うなぁ~」
「………まぁいいや。時也」
小鳥遊が俺の肩に手を置く。そして、綺麗な顔で笑みを溢す。
「好き」
心臓が跳ねる。太陽のような明るい笑みでの一言は俺の魂に熱を持たせるのに十分だった。
「生徒会長に言われたばっかだろ………」
「じゃぁ………すぅ」
彼女は唐突に歌い出す。俺が、トキヤが歌が好きだからという理由。それと………「聞いてほしい」と言う彼女の自己主張での行為。気付いてないが彼女はその歌は魔法である。
魅惑の魔法であり、無限の声帯を操り。無限の歌声を産み出す。音の魔法。ただ歌っているが皆はヒヤヒヤしている。普通に魔法を使うからだ。
「歌でもラブソングは………不純かな~」
「大丈夫、気持ちは純情だから」
知っている。知っていて利用している。心地いい。昼休みいっぱいで彼女は歌を詠う。俺に満足させようと………だから。あのうたを聞きたくなったのだ。トキヤを愛する歌を聞きたくはなかった。
*
7月中旬。他の仲間に体育館裏に呼ばれた。内容は愚痴と僻み。話を聞いてみるとどうも、過去がトラウマでありそれを克服出来ずにいるようだ。他にもそんなやつは多い。
結局、どれだけ能力を持ってもとダメだった奴等。どれだけ素晴らしい能力を持とうと生かしきれず死んだ者たち。自分は何の能力だったか忘れたが、使いようによっては最強だった筈。
「おい!! お前………俺らと立場変われよ」
「運がいいだけでその立場だろ?」
「なぁ俺らにも味合わせてくれ………頼む」
「救いがほしいんだ」
彼女に惹かれ。男たちが群がる。成功者の彼女は眩しい。そしてこんなただ自分のためだけに付き合いたい奴にはヘドが出た。
「断る。最初に決められた事だ」
「くっそ!! お前も矮小な癖に!!」
そう、元は矮小だけど…………今は千家時也なんだ。
鈍い音が体育館裏の壁に押し付けられた音が響く。背中に痛み。しかし………あまり痛くは感じない。心の痛みよりは。そう、彼女の好意をただただ受けとる罪悪感に比べれば痛みは小さい。
「なぁ俺らより弱い癖に………」
「弱いにになぁ。なんでお前なんだ」
「……………さぁ」
ボゴ!!
顔面を蹴り込まれた。痛みが広がるが心地いい。悪いのは俺らなんだ。彼女をこの世界から繋ぎ止めたいと思う俺を殴ってくれ。
ボゴゥ!! ダン!!
もっと殴ってくれと願った瞬間。一人の男が1回転して地面に倒れ伏す。横から走ってきた小鳥遊ネフィアが空中回転蹴りをお見舞いしたのだ。
「なっ!? 小鳥遊さん!? べぐぅ!?」
回し蹴り後の着地。もう一人の男を下から拳で顎を殴り上げ、男が回転しながら吹っ飛ばされる。顎が砕けた音が聞こえ。他の男どもがビビる。唖然とする俺は………腰を抜かしていた。
「に、逃げろ!!」
残った数人も恐怖で逃げ出す。
「ふぅ…………」
小鳥遊が二人倒れた男を睨み付けて足に力を込めた。何をする気かわかった途端に叫ぶ。
「小鳥遊!! やめろ!!」
「!?………えっと………仕留めないと。息の根を止めなければ安心できない。教えてくれたの時也でしょ?」
そう、小鳥遊は二人を殺そうとし頭を潰す気だった。無情にも見える行為だか、俺にはわかる。刺客に狙われていたし、戦いを良く知っている。だから止めを刺す。これが………あの世界を生き抜く強者。俺らなんかと全然世界が違う生き物だ。
「………………教えてない。殺人はだめだ」
「倒す覚悟があるから攻撃する。死ぬ覚悟ぐらいあるでしょ?」
「小鳥遊!!」
俺は、彼女を怒った。怒るべきは俺なのに。しかし………どうしていいか分からず名前を叫んだ。
「………ごめん。時也が殴られていて、つい。時也だって!! 無抵抗はおかしいよ!!」
俺はそれを聞いて絶句した。俺のために戦ってくれたのかと。ああ、格好いい人だ。それなのに俺は自問自答し、罪悪感が募る。
「……………大丈夫。警察もいるし先生もいる。小鳥遊帰ろう。あいつらも思うところがあるんだよ………」
「う、うん」
心の混乱を隠して話をする。
「えっと………千家君帰ろう」
そんな俺に彼女は手を伸ばす。自分は………彼女が輝いて見えた。愛おしく。手を伸ばしてつかもうとした瞬間。考えが浮かぶ。「俺に彼女の手を取る資格はあるのだろうか?」と。
伸ばした手を下ろす。
「一人で立てる」
「………うん? 無理してない?」
「大丈夫。殴りなれてないだけだから」
俺は立った、一人で。そして、心の悩みが無くなるのがわかった。千家時也は彼女を愛していると。
そして………愛しているからこそ。皆を裏切るのだと決めたのだった。
*
楽しかった。彼女といる時間は太陽の光に照らされているほど暖かく。心を穏やかにした。
メモ帳や、俺ができる唯一の彼女の想い出を思い出して貰うために色々な工夫をした。
結果は信じてた通り。トキヤを思い出した。リビングでくつろいでた時に階段を降りる声が聞こえる。
「ああ、起きた? おはよう」
「う、うん。ごめん………朝食作るね」
泣き晴らしたら目を見て「思い出したんだな」と感じた。
「いや。もう食った」
「………そうなんだ」
「ああ………」
俺はソファから立ち上がり近付く。彼女は後ろに後ずさってしまう。やはり………思い出した。確信に変わる。
「えっと……な、なに?」
「何で逃げるんだ?」
「えっと………わ、わかんない」
「………体に聞く」
「えっ!?」
俺は顔を近付ける。目を見ればわかる筈だ。俺を見る目が変わっている筈。
「千家くん?」
「…………」
もっと深く覗こう。そう思った瞬間だった。
ドンッ!!
「あっ!!」
吹き飛ばされる。吹き飛ばした彼女はその場を崩れた。瞳が歪んだのも見逃さなかった。
「どうして? 私………どうして? 好きじゃなかったの? あれ?」
「………」
「ひっく………ごめんなさい………なんでだろ………なんでだろ!!」
「小鳥遊。メモ帳は取ったか?」
「う、うん………沢山。変な事を書いてる………書いてる………」
「その、欠片を集めてみろ」
「えっ? で、でも……」
俺は彼女の寝室からメモ帳を持ってくる。それを突きつけた。命令口調で。
「読め、一つ一つ」
「………う、うん」
彼女は読み上げる。
「魔王、勇者………鳥籠…………」
内容は、彼女の記憶そのもの。俺が言えれば良かったが言えない。女王に封じられている。
「トキヤ………トキヤ?」
記憶が鮮明になった。彼の名を口にする。俺と言う存在のモデル。最強の彼女の伴侶様の名前を。
「トキヤ!? 私、なんでこんなところにいるの?」
「小鳥遊………いや。もうお前は知っているから話す事が出来るなネフィア」
俺は女王から封じられているのは彼女の忘れたことを話さないこと。思い出してる物には関係がない。彼女の名前を口にした瞬間。ネフィアは驚いた表情で名前を叫ぶ。
「そう!! 私はネフィア・ネロリリス!!…………これって。過去の記憶って………私に何があったの? 頭が痛い!!」
「あまりに多くの事を思い出したから痛いんだよ。落ち着いて思い出せばいい」
「そんな悠長な事を言ってられない!! 私は………うぅつつぅ!!」
ネフィアが頭を押さえて歯を食い縛った。ああ、本当の彼女に会えた気がする。家では優秀な主婦だが外では勇ましい女傑である。
「小説で………そう。学校で読んだ。異世界転生だっけ? 過去の記憶を持って………でも………あなたは誰? トキヤじゃないでしょ?」
「俺は…………千家時也だ。トキヤじゃぁない」
だが………トキヤでもあると信じる。
「そ、そう………ごめん。手を貸してくれない?」
「………ああ」
ネフィアが手を差し出す。真っ直ぐ見つめて。芯を通った瞳に吸い込まれそうだ。嫌がらず。俺を認めれる器の広さ。本物の彼女は思い出す前の彼女よりも高貴で美しく。ああ…………心を奪われた。
だから………自分は何故彼女を抱き締めているか気付くのが遅れていた。脳が理解するよりも本能で愛を持っている事に。
「えっと………」
「………小鳥遊……いいや。ネフィア………少しの間だけでいい。俺をトキヤと信じてくれ」
「………う、うん」
そう、千家時也は偽物だ。
「ネフィア…………絶対に帰してやる」
だが、この愛する気持ちは本物だ。だから俺は一瞬でもトキヤになってやる。そう決意したんだ。




