都市ヘルカイト④腐竜の告白..
腐竜が告白すると決めた明後日の朝。家が決まった事を報告にアラクネのリディアと人間のランスロットが我が家に挨拶に来た。ユグドラ汁を持参して。
「ネフィアお姉さま。挨拶に来ました」
「新居のご挨拶です。近くにいい物件が余っていましたので、ご報告を」
「ふふ、二人ともこんにちは。さぁ上がって……ちょっと玄関狭いけど。リディアは頑張って」
「はい、あと!! これ美味しいですよね!! ユグドラ汁」
「え、ええ」
「ん? お姉さまの口には合いませんでしたか?」
「い、いいえ。違うの。道徳の問題なの」
「?」
リディアが首を傾げながら部屋に入ってくる。広めの家だったので、なんとか入るのだが、台所はさすがに狭いので入れない。人型専用なのだ。
「トキヤは何処ですか? ネフィアさん」
「ランスさん、トキヤは寝てます。朝帰りなの」
「朝帰りですか」
「うん。もうそろそろ起きてくる頃かと思う」
「ふぁあ~おお寒む。暖炉暖炉っと」
階段から降りてくる音が聞こる。トキヤが一人言を言いながらリビングへ顔を出す。
「おお? 来てたのかランス」
「ええ、新居のご挨拶です。朝帰りとは感心しませんね」
「まぁ、感心しないが素晴らしい事があったよ。二日連続だとは思わなかったが」
「トキヤ。酔い止めです」
トキヤに飲み薬を手渡し、彼はそれを腰を当てて一気に飲む。
「ぷはぁ~胃にくる~」
「ねぇ、トキヤ。起きたことだし皆に昨日の話をしない?」
「おっ巻き込むの?」
「楽しいイベントですもの」
「悪い顔だなぁ~」
「トキヤこそ、ふふふ」
ランスロットとリディアが私たちの悪い顔を見比べる。畜生同士でハイタッチを行った。
「何があったんだい?」
「私も知りたいです。お姉さま、お兄さま」
「じゃぁ、話をしよう」
私とトキヤは昨日の知り得た情報を伝え合う。ランス夫婦は黙って聞き。話の終わりを見計らってランスロットが口を開いた。
「それは………いけない事と思うのですが?」
「そうか?」
「そうでしょうか?」
「トキヤ。君がしっかりしてネフィアさんに注意をしないといけませんよ?」
「俺を真面目君か何か勘違いしてないか? ランス」
「真面目でしょう。トキヤはしっかり者です」
「俺の評価高いなぁ………でも、お前。よく考えてみろ。果たして俺はそんなに善人か?」
「…………すいません。極悪人でした」
「そこまで言うか?」
「金のために暗殺はする。敵には容赦をかけず。命乞いを無視します。騎士道を持っているようで。持っていない。簡単に人を殺める。擁護しようがないですよ」
「トキヤ………でも大丈夫。私がいるからね? 安心して」
「なんで惨めな気分に………いや。まぁうん。今さら善人ぶってもなぁ………うん」
「ただ、極悪人なのは君を嫌う人だ。お助けだっていっぱいしているしね。僕も恩は感じてるよ」
「やめろよ!? それもそれで痒い」
トキヤが背中を掻く。
「まぁ、そんなことよりも。どうする? 覗くか? 覗かないか?」
明日の告白を覗くかと問う。ヘルカイトには後で「明日、昼過ぎにユグドラシルの木の下で」と伝えようと思っている。ランスが真面目な顔で首を横に振った。
「いけませんよ。覗いては………リディアも………」
「わ、私は!! 見たいです!!」
「り、リディア!?」
ランスが慌てて、リディアの方へ向く。あまりの予想外な答えだったのだろう。椅子から少し尻が浮いていた。大人しく成り行きを見ていた蜘蛛姫が顔を逸らす。
「だって、私は魔物です。だから………その………悪いことだってわかります!!………だけど、恋愛………見たいんです………魔物だから、学びたいんです。他の方の…………その………ごめんなさい」
「リディア………」
ランスが、椅子に座って目を閉じた。
「わかった。目を瞑りましょう。僕も見ますよ、リディア。僕も悪い人ですから気にしなくていいです」
「あ、ありがとう‼ ランス!!」
イケメンの元皇子様。嫁にめちゃくちゃ甘い。激甘である。
「おふぅ。やべぇ、甘い」
「ぐふぅ……」
トキヤと私はあまりの恥ずかしさに悶え。口を押さえる。ちょっとこっちが恥ずかしいですよ。
「君たち、そんな恥ずかしい事ではないでしょう」
「ランスさん。耳………真っ赤です。ふふ」
「リディア………言わなくていいです」
「トキヤ、何でこんなに甘いんだろうね?」
「そりゃ~ラブラブですからねぇ~」
「あらぁ~」
「茶化さないで欲しいな」
「ランスロット、大好きです」
「リディア………人前で言わない」
「人前で言わないのですか? ランスロットお兄様」
違う場所からかわいい声が聞こえる。ランスの背後で。その少女はユグドラシルだ。
「時と場所を選びます」
「ランス………その。女の子誰ですか?」
「!?」
ランスロットが、慌てて振り向く。私たちの目にも映る女性。名前はユグドラシル。緑の髪を持ち、都市を眺め続ける大樹。彼らには初めてかもしれない。
「ええっと、ええっと」
私は紹介しようか悩んだ。何故なら飲み物が彼女のあれだからだ。
「お初にお目かかります。ユグドラシル商会、トンヤ・オークズの娘。ユグドラシル・オークズです。広間の中心。ユグドラシルの大樹は私の本体です。オークと言うよりドリアードですね」
「私はリディアです。リディア・アラクネ・アフトクラトルです。蜘蛛の魔物ですが安心してください。トキヤお兄様より安全です。彼は私の主人のランスロット・アフトクラトルです」
「始めまして。ランスロットです」
「ちょ!? お前!! 自分の嫁になに吹き込んだ!?」
「トキヤ。静かにしてください。いいでしょ、自己紹介」
「仲がいいんですね!! ランスさんとリディアさん」
「はい。ランスはいっつも昔の事は全部。トキヤお兄様との思い出ばかりです」
「私はちょっと仲が良すぎると思うの。トキヤ~」
「いやいや、腐れ縁だからさ。何度も何度もランスに嫉妬しない」
「ふふ。やっぱり来て良かったです‼ 裏口から勝手に」
今さっき、裏口から勝手に入ってきたようだ。鍵はどうやって開けたか知らないが。根っ子で色々とできるのだろう。今度、炎の罠でも仕掛けよう。
「どうして来たの?」
「面白そうな話だったので。飛んできました!! 私の木の下で告白ですよね‼」
「ええ、ユグドラシルちゃんも来る?」
「もちろん!! 特等席で見ます!! 目の前で‼」
なんとも、えげつない子だと思う。
「ロマンチックです‼ 私の木の下で~愛を囁くのです。さぁ段取りしましょ」
私たちは作戦会議を行い。ユグドラシルがヘルカイトに伝えたのだった。作戦会議の過程で、ランス夫婦はユグドラ汁の生産者を知り。魔物だったリディアは気にせず。ランスロットだけ、凄く複雑な表情をして頭を抱えていた。
*
作戦会議後の昼。早飯をいただき。ユグドラシルの木の下が見える路地に陣取る。ユグドラシルの広間は実は立ち入り禁止区域となっており。身分がわかる者しか入れないのだ。火を点ける蛮行を阻止するために父親が敷いた。
もうひとつの理由はユグドラ汁栽培を盗む輩が出てきたためらしい。
それほど重要な場所なのだ。この隔離された地域は。空き家が目立つのもそれが理由。住んでいるのは木が生える前の入居者のみ。
「ユグドラシルの木の下が一番、聞かれない場所なんだな」
「ユグドラシルちゃんが聞くけどね」
私たちは顔を出し、ヘルカイトを待つ。腐竜ラスティは先につき、木の下で寒さの中待つのだ。今日は雪は降らない。
「リディア、寒くないかい?」
「えっと、寒くないです。元魔物ですから」
「リディアちゃん。『寒い』て言えば………人肌で暖めてくれたのに」
「あっう…………ううぅ」
リディアがしょんぼりする。まだ、甘え方が初心者だ。
「リディア。近くに」
「は、はい」
「僕が寒い」
「はい!!」
うん。皇子は上級者だ。甘い。
「さすが、帝国の女たらし」
「全く……嘘を言わないでくれ」
「トキヤ………トキヤ。寒い」
「はいはい。お前もなんだな」
路地裏で私たちはくっつきながら暖め合う。
「にしても、早いなラスティ」
「早くついてしまう物だよこういうの。ドキドキするね」
「実は僕も何故かドキドキするんだ」
「ランスも? 私も~」
「声についてはネフィアが拾うか?」
「うん。私の魔法で拾うね。トキヤより音質いいよ」
「だな…………おっ!! お出ましだぞ」
空から羽ばたく轟音が響き。大きな牙を持つドラゴンがユグドラシルの木の下へ降りる。そのまま体を丸めると小さくなっていき最後は人の姿に変わった。服ってどうやって着ているのだろうか。
ラスティが深呼吸する音も聞こえ、私以外3人がビクッと震える。呼吸音も言葉のひとつだ。特に、こんな場面でも。
「だから、音質いいって言ったでしょ?」
私は私の音質に震える3人に笑みを向けた。
*
今、私の前にヘルカイトが来てくれた。深呼吸したあと。素直を意識し口を開く。
「来てくれてありがとう」
「ああ、依頼だからな。断るのも悪い。早いな、お前」
「ちょうど来た所よ。気にしなくていいわ」
「そ、そうか」
今日のヘルカイトは変だ。暴れる気配がない。
「話があるんだろ?」
「………ええ」
「すまねぇ。後ろ向いて聞くだけに徹するから好きに話すがいい」
彼が後ろを向いて背中を向けた。大きな逞しい背中に少しだけドキドキする。背中を向ける行為は不誠意に見えるが、今の私には丁度いい。
正面を向かれると素直になれない。喧嘩する絶対。それに、うまく話が出来ない。
だから…………私は始めて。落ち着いて。今までの事を口に出来る気がした。
「返答もしないからな!! 勝手に語ってろ!!」
「ええ、そうさせてもらうわ」
深呼吸を1回。目を閉じて、想い出を語る。
「もう、すごい過去。私たちは戦ってきたね。最初は覚えてる? 私は覚えてる。殺されたことを」
紡ぐなら「最初からがいい」とネフィアに教えてもらった。
「いたぶられて殺され。そして、私は恨みでドラゴンゾンビへと生まれ変わった。そこから、ヘルカイトに何度も何度も挑んだ。いつか恨みをはらすために。だけど、長い間戦い。ヘルカイトも嫌になったのを知って恨みは晴れてしまった。そのときからヘルカイトは私の好敵手だった。まぁ他が張り合いが無かったわね」
目を開け彼の背中を見る。背中は語らない。続ける。
「長い時間。好敵手になった私たちはいつからかよく話すようになった。口喧嘩ばっかりだったけど。毎日会っていたし、他の『風のエルダードラゴン』と戦う時。共闘したよね。私が、『お前を倒すのは俺だ』て言ってさ~まぁ余計なお世話だったでしょう。まーた共闘後喧嘩したし、それからもいっぱい喧嘩した」
ヘルカイトは身じろぎもしない。
「喧嘩ばっかりでも。私は楽しかったな…………好敵手の前にそう、親友とも言えた。まぁ他があなたの事を暴れん坊で嫌ってて。抑えるために私に頼んでばっかりだったけど。悪い気はしなかったよ。私には暴れん坊でも大丈夫だった。話に乗ってバカして………も楽しかったし」
ドラゴンゾンビである私は何故か、ヘルカイトの前だと胸が暖かい。心臓替わりのオーブに熱が籠る。
「まぁ、その。ヘルカイトには悪いとこも良いとこも全部知ってたね…………うん」
そう、全て知っている。だから。
「ヘルカイトは私の滅びを覚えてる?」
「いいや、知らない。それはいまさら気になった……教えろ」
「えっ!?」
いきなりの返答で戸惑う。
「………ああ、すまん。続けてくれ」
「え、ええ………私の滅びは」
「知ってる」と思っていた。一度伝えた。だが、忘れてしまったのだろう。もう一度言う。今度は、女の私で。
「滅びはない。ドラゴンゾンビだから。それを伝えに………いいえ。相談に行ったとき。そのときあなたは『喜べ、お前が勝者だ好敵手。俺はいつか滅びる。お前の勝利だ』って、そんなことを言ったの覚えてる?」
「すまん。一切記憶がない。まぁそうだろ。お前の勝ちだ」
「………これ聞いて。私が何を思ったかわかる?」
「……………勝ったんだ。喜んだろ?」
私はすぐに返答しない。彼の背中を凝視する。彼は私がそう思っていたと思ったのだろう。始めて知った。だから………私の想いも知ってほしい。
「凄く、寂しい気持ちになったよ」
「な!?………何故だ!?」
「………だって。ずっと好敵手、親友だと思ってた人が先に私から消えるんだよ? ずっとずっと、誰よりも一緒だったのに。滅んでしまう。そのときになって始めて私は。ヘルカイトの大切さを知りました」
「…………」
返答はない。表情も読めない。
「ヘルカイトと一緒にいて楽しい。だけど、いつかあなたは……私を置いて滅んでいく。想い出の人になってしまう。悩んだ、怖くなった。寂しくなった。一人になる訳じゃない。だけど、一番の人が居なくなるのはひとりぼっちになる事だと思ったよ」
私は強くこれまでの想いを背中にぶつける。
「悩んだ。そして決めたの。滅びの日は私は滅びはしない。しかし、ヘルカイトは滅んでしまう。なら…………滅んでいった後のあなたの生きた証。想い出を思い出せる形見を用意することを決めた。寂しさを埋めたいために。自分勝手に。最初は生き残りのメスに交渉した。でも、皆がヘルカイトとは『嫌だ』と言う。嫌われ者だったから。だから私は決めたの、私が女になって。『形見を残そう』と。生き残りのメスに親友を奪われても嫌だったから。ドラゴンゾンビの力で子宮を漁ったわ。色々ね。腐って落ち。汚れても捨て。そしてやっと………馴染んだの。だけど、ヘルカイト。あなたに拒絶されたわ。気味が悪いって。私も、焦っていたんだと思うの。本当に気味が悪いよね。男だったのが次あったら女で、求めてきたら。だけど私は必死だったよ。逃げても追いかけて、追いかけて。嫌われても、嫌われたときは本当に辛かった。そのときからかな………本当にヘルカイトのことが『好きなんだ』て思ったの。距離もとりたくないほど。何度も何度も喧嘩して挑んだ。けど………あなたは振り返ってくれなかった!!!!」
感情が溢れてくる。止めどなく。私は、自分が押さえられくなり。彼の背中に飛び付く。彼の大きい背中には手を回さず。彼の服を掴み。顔を押し付ける。涙を押し付ける。
「嫌われても!! バカにされても!! なんで、こんな何も『気付いてくれない』と思ってた!! バカだよね!! 何も言ってないのに勝手に恋心抱いてさ!! でも、直接会うたび。心がね、弱っていったんだよ。あなたはそれも知らずに。嫌う。そして、とうとう耐え切れなくなって………あなたから逃げ出した。直接、向き合うのが辛くって………だから。楽な方へ楽な方へ逃げてった。子供が出来て育てれる環境を作ろう。そしたら告白しよう。やっぱやめた………今度はいっぱい学ぼう。そうだ………農園したり本読んだり。遊んだりして気を散らそう。拒絶が辛くて…………今まで逃げてきたの。何年も何年もね。そう………一昨日まで。きっとあなたが滅んで後悔するんだろうね。私」
私は涙を拭って離れる。
「ヘルカイト、あなたの勇ましい所が好き。あまり頭がよくないのも好き。いいえ、ヘルカイトが好きよ」
告白の言葉を口にする。
「ありがとう………聞いてくれて。昔からずっと誰よりも大好きよ」
彼は何も反応しない。その事にまた傷付く。だけど私は笑う。想いを打ち明けれたんだ。今日はこれで十分っと思うことにしたから。
バチ!!
彼の背中を軽く叩いた。昔のように男口調で話す。
「ありがとう。お礼に農園の作物自由にしていいからって言ってくる。頑張れよ‼ ヘルカイト領主様!! 応援してるぞ‼…………じゃぁな」
無理しての空元気な会話の後。私は彼に背中を向けて歩き出す。何も聞かずに。
これで………良かったのだろうか。
まだ彼の返答を聞いていない。
怖くてまた逃げ出した。
「………つぅ!!」
返答………返答がほしい。ただの好きって言う言葉じゃない。本心全てを伝えた。
彼の本心を聞かずに逃げるなんて。このまま振り返らずにいたら、逃げたら後悔する。絶対、聞けばよかったと後悔する。私は悩んだ結果。返答を聞くために、その場を振り返った。
頭が白くなるって…………こういう事なんだね。
*
私たちは遠くで悶絶する。
私はあまりの甘さに胸焼けがしそうになり。
トキヤは地面に手をつき。
アラクネはどっかへ走り去り。
ランスロットは壁に手をついて頭を押し付ける。
私たちは見た。言葉はない。何もない。
何もない。
ただ、ヘルカイトが彼女を追いかけた。
彼女が振り返った所だった。
振り返った彼女を強く強く何も言わず抱き締めた。たった、それだけだった。それだけだったが私たちには猛毒だった。




