都市ヘルカイト①..
都市ヘルカイトに私たちは帰ってきた。時期はまた一週し、もう冬であり、寒さが肌を突き刺すほど痛みも感じるほどに冷え込んでいた。
都市インバスから時間をかけトロールの都市を抜けた。森は開拓され、舗装された道を進んだ先で様変わりした都市ヘルカイトの姿に私は胸を踊らせる。
昔は外から武骨な壁しか見えていなかったのだが。今では恐ろしいほどの大きい木が都市の中央から生えていた。魔力が濃くなっており、それは酔いそうになるほどだ。
都市に入るともっと驚く。色んな種族が住み始め、行商、店などがしっかり立ち並びつつある。道路が整備された結果だろう。
ガラガラだった都市に人が集まりだしていた。そして、冒険者が未開拓地を探しに果敢に挑もうとする声が聞き取れ活気に溢れている。
何が変わったか、店で情報を纏めると。旅立ったドラゴン達がやりたいことをやっているらしい。
西側トロールの都市方面は商業区。私の家がある東は宿泊等の住居部。
「他は好きしていい」と言うことで建物の壁が白かったり赤かったりした。青い屋根、赤い屋根等が入り乱れる。
上空は衛兵のドラゴンが飛んで都市を監視しているし、たまにヘルカイトも飛んでおり、都市の周辺の魔物たちの被害は一切ない安全な都市だ。
とにかく、一瞬で魔法のように一年で劇的で変わったのだ。元々建物はあったがそれが埋まった結果と言える。
「じゃあ、俺達は家へ帰る」
「ええ、わかりました。私たちは住居を買いに行きますので……また後で教えてください」
「わかったよ」
入り口で情報を聞いたあとにランス夫妻と別れた。私たちは私たちで家を目指す。高級住居はまだ売れ残り、私たちの家しか誰も住んでいなかった。
ここだけゴーストタウンだ。たぶん、今来ている人々はただの冒険者なのだろう。持つ家も結局、安くていい。どっしり家を構える人はまだ少ないようだ。ならば宿屋が儲かっていると思われる。
「ただいまぁ!! おかえり!!」
「おう、一人で言うなよ。ただいま。帰ってきたなぁ~」
「だねぇ~」
家に上がり、カビ臭いので換気する。埃が積もっているので掃除もしなくちゃいけない。時間的に全部掃除は無理。台所だけ掃除しようと思う。私は鎧を脱ぎ捨てて掃除できる準備をする。
「俺は部屋掃除するわ」
「はーい」
「お邪魔します……」
女性の声が聞こえる。誰か来たのだろう。
「どうぞ。汚いですが。ふふ、ふーんふーん」
鼻歌混じりながら、水道から水を汲み。雑巾で台所を綺麗にする。さすが高級家。水道がある。パイプはどうやって這わしてるのだろうか。
「いい家ですね」
「そうでしょ高かったんです」
お客も待たせてるし素早く綺麗にしなくちゃ。「お客?」と私は疑問に思う。
「えっ? お客?」
私は掃除の手を止め。ソファに座る緑の髪に花飾りをつけた女性を見る。何処かで会った気がするが……わからない。本当に誰だろう。ただ、似ているとは思う。
「えっと、ごめんなさい。帰ってきたばっかりで何も用意できないです」
ソファに座っていた少女が立ち上がり紙袋を持って私の前に来る。懐かしい木の匂いと容姿。思い出すことがあった。いいえ、忘れられない出会いがあった。
「お父さんから。これ」
紙袋を受けとり中身を見ると芋と小麦粉に竜の卵が入っている。
「えっと………」
「お父さんから」
「ありがとう。その……エウリィさん?」
私はある都市で出会った木の精ドリアードの女性の名前を言う。しかし、疑問としての投げ掛けるだけだった。知っている彼女は…………枯れてしまったのだ。
「お母さんの名前ですね‼ お母さんから聞いてます!! ありがとう…………私が生まれたのも、あなたのお陰です」
「えっと?」
深く深く、緑色のドレスを着た少女が頭を下げる。私は頭が混乱した。
「えっとえっと!?」
「ユグドラシルと言います。この都市中央の木が私の本体です。お父さんは忙しいので私がご挨拶に来ました」
「!?」
デカイ木。あの木が自分と言う。なぜあんなに大きくなったのかわからないが面影はあった。父親に全く似てない。母親似である。
「1年未満でここまで大きくなりますか?」
ちょっと大きくなりすぎな気がする。
「そうですね。私は母が生まれた時から生まれていました。ただボーッとしていたのは覚えています。母はいつかここではない場所へ子孫を残すためにゆっくり力を蓄えていました。ずーと長い年月。肥沃な大地でずーと…………あの場所で大きくなることは出来ないことを知っていたのでしょう。だから種を残すことに尽力した。あとは雄とその雄が何処かへ持っていってくれるだけでした。お陰で栄養いっぱい。ここも凄く栄養が豊富で。大きくなりすぎちゃいました~」
可愛らしく私は説明を受ける。
「じゃぁ………本当だったら。エウリィさんも………」
「生まれた場所では大きい大樹だったと思います。ですが、きっとお父さんとは出逢わず混じれず。私も生まれなかったと思います。ですから、あそこで良かったんです母は……そう、幸せでした」
私は頷き、彼女に聞く。
「何か飲みます? 紅茶は買って来てたんです」
「魔力をたっぷり入れたお水ください!!」
変わった飲み物を頼む。私はガラスのコップに水を入れて魔力を流し込む。これは魔法使いしかできない事だと思う。
「はいどうぞ」
「いただきます」
ニコニコと受け取って話を続ける。
「ネフィアさん。ありがとうございます。そして、母に力をくれてありがとうございます」
「まぁ、残念ながら………枯れてしまいましたけど」
「うん。でも、幸せでしたよ。お腹のなかで私は少しだけ記憶をいただきました。少しだけなのは『大切な記憶を娘でも渡したくない』という理由でした。本当にお父さんが好きだったんですね」
「お父さんが好きだった」と言う彼女は本当に可愛らしい。幼子の匂いがする。
「そうなんだ。で、お父さんは?」
「スゴく忙しいですけど楽しそうです。ただ………店に娘の名前をつけるのはどうかと思いました」
「ユグドラシルてつけるの?」
「ユグドラシル商会です。変な名前……私の名前も大きくなって欲しいからユグドラシルらしいです」
昔の世界を支える伝説の木の名前らしい。まぁー童話の話ではある。もしくは世界樹の別名。
「ふふ。親バカね」
「はい。母から、『お父さんは任せた。お父さんの夢を見届けてね』て言われてるのです。お父さん頑張ってます。それ伝えたらこっそり一人で泣いてました。だから、お父さん頑張ってるのかなって」
しっかりした子だ。生まれて間もないのに。
「にしても、なんで今日。私たち帰ってくるの知ってたの?」
「えーと、私。大きいので見えたんです。あとは根っ子が張っているので…………こうなんとなく」
さらっと凄いことを言う。
「凄い!? じゃぁ………見えてるの!?」
「だいたい。見えてます。皆さんのこと、私はこの都市で多くを学んでます」
「色々覗ちゃダメよ?」
ウィンクして「見ちゃダメ」と言う。可愛い仕草をイメージして。
「ごめんなさい。多くの『行為』について。興味があったので見てました」
「ええ…………そこまで見えてるんですねぇ」
教育によくなさそう。
「…………見ないようにしてますけど。気になるんです」
筒抜けだぁ。ちょっと見え過ぎる。
「そうそう!! お姉さん。私、母親似ですか?」
「ええ、驚くぐらい。最初に名前を呼んだでしょ?」
「へへ………」
まだ、幼さの残る美少女は可愛く、微笑むのだった。
*
ユグドラシルが帰り。トキヤが入れ替わりで掃除を終わったことを伝えに1階へ降りてくる。私も、あの木について教えてあげる。
「へぇ~あの木が」
「愛の力は絶大」
「もう。愛の力って禁呪なのではないかと思う」
「禁呪ですよ。だって………私はあなたに骨抜きになってます。洗脳されてます」
「危ないなぁ」
「ですから、気を付けて。火傷しちゃうよ」
「いいじゃないか。火傷、痛いぐらいがちょうどいい」
ガチャン!!
「帰ってきたか!! ウルツァイト!! 待ってたぞ!!」
大きな声でズカズカと入ってくる人物。私は怒りを覚える。トキヤがせっかく珍しく甘く乗ってきたのに。水をさされた。
「はぁ……水をさされた」
大きな巨体に赤い髪に髭に獰猛な目を持つ彼はヘルカイト。龍人でありこの領主様だ。私は渋々、台所へ行き。何かすぐ準備できるように待つ。
「ウル!! 頼みがあって来た!! だから飛んできたぞ!!」
「ギルド長か? 断りたい……」
「違う!! 頼む………俺の変わりに………」
「ヘルカイトさん。何か飲みますか?」
「ああ、ええっとまて!! これを持ってきたぞ‼」
ヘルカイトがカンテラのような入れ物の実を私に手渡す。中身の実が光を放ち。本当にカンテラみたいだ。
「ホウズキと言う実らしい。中に美味しい甘い汁が入っている。常温で飲むのもいいし。夏は冷やして飲んだらきっとうまい筈だ」
「へぇ~じゃぁちょっと用意しますね。これ入れ物も綺麗ですね」
私は中身をガラスコップに移し、トキヤが魔法で暖める。
「どうぞ」
「おお!? あったかい!?」
ヘルカイトがトキヤの魔法に驚く。まぁ~気持ち分かる。珍しい魔法だ。
「でっ………飲み物も出てきたし話は?」
「そ、そうだ。ああ………ええっと腐竜ナスティって知っているよな?」
「ドラゴンゾンビの兄ちゃんだろ? 知ってる知ってる。で?」
「実は奴は大農園を持っていてな」
「はぁあああ!? あのゾンビが!?」
「トキヤ。腐竜って?」
「ええっと、ヘルカイトわかるか?」
「ワシらと同じエルダードラゴンの生き残りじゃ。敵対してるんだワシと」
「じゃぁ、なんで農園持ってるの知ってるんだよ。それより理由を話せ」
ヘルカイトが真面目な顔をする。トキヤは眉を歪ませており嫌な顔をしていた。
「人工が増え、食料事情が辛くての………トロールから買っているが数が限られる。『値段も物価も上がって良くない』とオークの商人が言っておった」
オークの商人とはきっとトンヤと言うオークだろう。ユグドラシルの父上だ。
「この都市をここまで発展させた商人が言うんじゃ。確かじゃろうし、それに大きな木も絶大な貢献をしてくれておる。まぁ………必要だ」
「あああ、わかった。で?」
「農園を持っている事を知ったオークの商人が交渉に行っての…………ワシと「面会したら色々考えてくれる」と言っておった」
「いきゃ~いいじゃん。行けば!! 旧知だろう!!」
「『敵対している』と言っただろう!! それに会いたくない!! 会いたくない!! 怖い!!」
ヘルカイトが引くぐらい強いのだろうか。震えている。頭を抱えながら大の男が震えている。事情があるらしい。
「あーわかった。いいぞ、御駄賃くれ」
「よし!! いいぞ!! 奮発してやる!!」
そうとう嫌いなご様子。これは筋金入りだった。彼は笑顔でガラスのジュースを一気に飲み干し席を立つ。
「よし!! 俺は帰る!! 場所はオークに聞け」
「名前覚えろよ!!」
「何故?」
「アホかァああああ!! あああ………バカだ」
「………自覚はしてるぞ」
「…………わかったよ。トンヤだろ?」
「そうだ!! お前らが誘ったのだろう!! ありがたい事だ!! 商売の全権を任せて正解だなぁ!! ははは」
ちゃっかり掌握されてる。まぁ悪さはしないだろう。
「にしても美味しいねこれ。そつなくな甘さで。柑橘っぽい」
「珍しい飲み物の味だなぁ~飲みやすいな」
「そうだろ!! 我が都市の名物。ユグドラ汁だ!!」
私はトキヤと顔を見合わせた。
「ユグドラシル?」
「そうだ!! ユグドラ汁!!」
「トキヤ…………これ………」
トキヤはまだ大丈夫だろう。私はユグドラシルちゃんを生で見ている。複雑な気分になった。彼女の分泌液。なんとも………言い難い。
「どうした? 顔色が悪いぞ? がはははは!!」
豪快に笑う彼の精神を疑うのだった。
*
ワシはウルのネフィアの家から隣の馬舎へ足を踏み入れた。気になる奴がいる。
「おい………」
「………」
ワシはドレイクに声をかけた。臭うニオイはどうみても旧知だ。
「おい!! ワシを見ろ」
「……………」
そっぽ向くドレイク。しかし、声は聞こえているだろう。
「何故、お前がここにいる!! 生きていたのか!!」
「……………………」
沈黙。
「仕方がない。ネフィアに言うか………」
「や、やめろ」
振り向いてドレイクが喋りだす。
「や、やめるんだ………そんなことはしちゃいけない」
「じゃぁ、ワシの質問に答えろ。何故お前がいる。グランド」
「い、今は『ワン』と言う名前だ」
「ワン?…………別名で王と言うのか」
「いや、たまたま『ワン』と鳴いてしまってな………ワンと名前を戴いたのだ。姫から」
「そ、そうか。でっ………何故?」
「これも、たまたまだ。ドレイクで何もせず滅びを待っていたのだが…………暇をもて余していた時に、まぁついて行こうと考えた。あまりにしつこいから折れてな」
「…………変だ。ウルツァイトもいる」
「ウルツァイトが?」
「トキヤと言う人物はウルツァイトの転生者と思われる。人間だがな、気付かなかったのか?」
「ご、ご主人様の夫様があいつなのか………別人すぎる」
「別人だが、記憶はある。同化している」
理由は知らないが同化しているのはわかった。勘で。
「気付かなかった。いや、相手も気付いてないな」
「まぁいい。お前はそのままドレイクで過ごすのか?」
「もちろんだ。我は姫様のドレイクだからな」
「エルダードラゴンの癖にペットとして落ちて悔しくないのか?」
「お前は知らない。姫様の素晴らしさを………念入りに手入れをしてくれるのだぞ? しかも、色々話しかけてくれる。喋れないのが悔やまれるが………暮らしはいい。すごくいい」
「じゃぁ喋れよ」
「ペットでいたい。いまさら喋ってなんと思われるか…………」
「何故、そこまで」
「だから言っただろう。楽だからだ。飯もありつけるし、体も洗ってくれるし、抱擁する時の嬉しそうな顔を見せられたら…………『夢を壊したくないな』と思う」
「………はぁ。まぁいい。悪さをしないならそれでいい。俺が地面に叩きつけた事を恨んで暴れるかとヒヤヒヤしたぞ」
「ふん、お前じゃあるまいし。姫様の前で、そんな小さい器を見せられん。安心しろ。許してやるこれまでの事は全てな。あれがなければ出逢えんかったからな」
ビックリだ。そこまで言うのか、こいつは。
「何がいいんだか………わからん」
「ただし、姫に侮辱や暴行は許さんぞ。飛べないが暴れる事は出来る」
「わかったぜ。安心しろ………俺の領民だ。護ってやるよ」
「……お前も変わったのか。暴れるしか能がなかっただろう?」
「ああ、変わったぜ。数字を覚えた」
俺は地竜グランドに挨拶を済ませその場を去った。
*
「ネフィア、あのドレイク。ドラゴンらしいな、それも名のある」
「えっ? そうだったの?」
「あ、ああ。今そこでな……盗み聞いたんだ………俺も知ってるドラゴンだ。しゃべったの本当だったんだな。ごめんな妄言吐きみたいな扱いして」
「どやぁ~あの子はすごいでしょ」
「気にしないのか?」
「ワンちゃんはワンちゃんだし、あっ!! 餌あげないと」
「…………俺、どうしよ。あいつ知ってたわ」
「ワンちゃんはワンちゃんでいいんじゃないの?」
「それもそうか………うん」
後日、俺はドレイクに頭を下げた。