お絵かきと同じくらい大事なもの
お世話になっているフィナちゃんの住居になんとか帰ってきた。
いつラルウァが飛び出してくるか、それが恐ろしくて可能な限り隠れて進んでいたら、かなり時間がたってしまった。
すると、帰ってきてすぐに、続いてフィナちゃんも帰ってきた。
「クズキタさんっ。よ、よかった……。ご無事なようで安心しました……」
俺と目が合うと、きれいな顔がくしゃっと歪む。
フィナちゃんが俺にしがみついて泣き出してしまった。
「ぅお」
思わず声が出る。
ど、どうしよう。とりあえず頭でもなでるか。いや、それはセクハラか!
「さ、さっきの場所にクズキタさんをお迎えに行ったのですが、いらっしゃらなかったので、も、もしかしたら、ラルウァにだ、だべられぢゃっだのがどぉっ」
ボロボロ泣きながら話すフィナちゃん。俺は混乱している!
「だ、大丈夫!それよりも、フィナちゃんは怪我とかしてない?」
「わ、わたじはだいじょうぶですぅ」
フィナちゃんがしゃくり上げるほど号泣していて、それに対応する俺も混乱状態。
「フィナちゃんよく頑張ったね!かっこよかった!」
慰めだか何だかわからないことを言いながら、フィナちゃんの肩を支えつつ、落ち着ける場所まで誘導した。
結局、日が暮れるまでフィナちゃんは泣きっぱなしで、俺の腕をつかんだまま震えていた。
俺は肩に手をまわしたり、背中をさすったり、セクハラとの葛藤に神経をすり減らし疲れ果てたが、ただそのおかげで、ラルウァの恐怖がかなり薄らいだ。
とりあえず、ラルウァのことを話せる状況じゃなかった。
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火を起こしたのは大学時代にキャンプに行って以来だ。
あの時はライターがあった。それでも結構てこずったのだが、今回はフィナちゃん所有の火打石を使う。
悪戦苦闘しながらおがくずに火の粉を落とし、息を吹きかけ火だねを絶やさぬようにしながら、枯れ葉と小枝に火を移す。
火が大きくなったら小枝を足す。だんだんと枝を太くしていく。
しばらくたってようやく火が安定してきた。
はぁ、やっと俺自身は落ち着いてきた。
でもその間、フィナちゃんはずっと背中にくっついていた。
この子が今求めているのが何なのか想像はつく。
何かを失うのは恐いものだ。それが出会って数日の相手でも、この子が置かれてきた境遇を考えれば……
ずっと為すべきことだと自分を納得させ、いつ死ぬかという恐怖と戦いながら逃げ続けてきたんだ。
5年も。5年もだぞ……!
パチパチとたき火が爆ぜる音だけが聞こえてくる。
気付けばフィナちゃんは俺の腕の中に納まっていた。フィナちゃんはいつの間にか泣き止み、俺の体に頭を預けて眠ってしまった。
抱きしめちゃったよ……。10歳も下の女の子かぁ。ちっちぇなぁ。あと軽い。さすが妖精。
もう初々しさなんて残ってないと思ってたけど、超ドキドキする。気持ちが若返るわ。
……まだ20代だから。俺全然若いから。
でも、なんだろうな。人を抱きしめると、なんかこう、めちゃくちゃ安心するよなぁ。
人肌のぬくもりというか……。
一週間前の俺は平和な日本でお絵かきに勤しんでいたというのに……
神様に異世界に飛ばされ、クロッキー帳で妖精の女の子と一緒に巨獣と戦うことになるとは……
空を見上げると、満天の星空だ。ただ、星の並びに見覚えはない。
月は見えない。新月か、それともそもそも無いのか。
もう疲れた……。このまま寝よう。
腹は減っていたが、眠気が勝り、フィナちゃんを抱き枕にしたまま眠りに落ちた。
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鳥の鳴き声がする。朝か。
目の前に顔があった。
「ひゃわぁっ!お、おはようございますっ」
「のわっ!」
近距離のあいさつに眠気も吹っ飛ぶ。
「お、おはようフィナちゃん。どう?落ち着いた?」
「は、はいっ。おかげさまで……」
俺にしがみついたまま真っ赤になってうつむくフィナちゃん。
あれだな、年下に幻想は抱かない俺だが、いいものは、いい!
いけんわ。今のでズキュンときてしもうた。
フィナちゃん可愛い!!妖精かつ天使!
しがみついたままうつむくなんてあざとすぎる!だがそこがいい!!
さらに性格もいい!
コロッと行っちまったよ、俺は。
「あ、あの、クズキタさん……」
俺の天使が囁いているぞ!傾聴!!
「ど、どこにも行かないでください……。ひ、一人は恐いの……!」
……
何を舞い上がってるんだ、俺は。
フィナちゃんを抱きしめる。
「どこにも行かないし、ラルウァも倒せるよ」
フィナちゃんが強くしがみついてくる。
「ラルウァを倒して一緒にこの森を出よう」
はしゃぐのはあいつを倒した後だ。
「は、はいっ」
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フィナちゃんが朝食を作る姿を見ながら思う。
俺、寂しい少女の心の隙に付け込む最低な野郎だな、と。
自己嫌悪だ……。無垢な少女を俺色に染め上げたい願望はあるにはあるが、現実にすると罪悪感が半端ない。
いや、まだ手を出してないからセーフだ。きっとそうだ。
でも、惚れちゃったんだよなぁ……。
ほら、今もフィナちゃんがナチュラルに寄り添ってくるし。
めっちゃドキドキする。ホント久々の感覚。こっち来てから激動すぎる。
っていうか、腕とられて飯が食えん。
「食べさせて差し上げますねっ!」
骨付き肉を手を添えながら差し出してくれる。
……タガが一気に外れるくらい、5年っていう歳月はこの子を苦しめてたんだな……
そう思うと拒めない。あーんの状況は惚れちゃった身としては嬉しい限りだし。
今はこの気持ちは胸にしまっておこう。口にするのはラルウァを倒した後だ。
フィナちゃんにとっては一時の気の迷いかもしれない。
ただ寂しさを紛らわす存在かもしれない。
でも、おいら負けないよ?
必ず、フィナちゃんを真の意味で振り向かせてみせる!!
俺にお絵かきするのと同じくらい大事なものができた瞬間だった。
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