対ラルウァ その一
道という名のでっぱりを這いずり、時には飛び移ったりしながらなんとか上まで登り切った。
3回くらい死を覚悟した。
フィナちゃんは前方で道案内しながらルートを確保してくれたんだが。
「クズキタさん頑張ってくださいっ。もう少しですよ!」
ニコニコ笑顔で励ましてくれた。
フィナちゃんはドS。でも妖精なんだ、この子は。そして天使でもある。
上から見渡すと、地平線の果てまで見渡す限り森だった。
南は……太陽の位置からすると、こっちか。
森だ。森がある。ずっと森。
……あの神は、俺を村に到着させるつもりなんてあったのか。
「うん、大体わかった。これなら大丈夫そうだ」
地上から30メートルほどあるし、こっそりラルウァを描けば見つかることはないだろう。
見つかったとしてもここまで上がってこれないだろうし。
「それじゃあ戻りましょうか!」
俺は思うんだ。登りより、降りる方が危ないと。
ここはクロッキー帳大先生の力を借りるしかない。
「フィナさんごめん。少しここの風景を描かせてもらっていい?」
「あ、はい」
消しゴムで消し加筆して、岸壁に道を作りたい。出来るかどうかはわからんが。
「あ、あの、私も描くところを見せていただいてもいいですか?」
お、フィナちゃんも絵に興味があるのか?
少し前職の血が騒ぐ。いつでも教えるよ?
「もちろん。でも俺さっき少しって言ったけど、多分一時間はかかると思うんだけど、大丈夫?」
ついつい少しって言っちゃうんだよねぇ。「少しお時間よろしいですか」が30分になり場合によっては一時間を超えるのはよく見る風景。
「はいっ。大丈夫です!」
ということで、フィナちゃんは俺の右後方に位置取り、一時間熱心に俺の描きざまを眺めていた。
石や岩は凸凹していて、慣れないうちはどう描いたらいいのか分からないものだ。
しかし、光を意識し陰影をつけ、量感をしっかり出すことができるようになると、描いていてとても楽しい。
今描いている岸壁は石・岩のかたまりとして考える。
全部を細かく描いていきたいところだが、そんなことをしていると、とてもじゃないが一時間では30メートル近い岸壁なんて描けない。
見せ場を決め、それ以外を全体になじむように省略していく。
今回は、岸壁の淵に焦点を当てた。
ピントを絞ったカメラで岸壁を撮ったような絵を意識する。
絵のうまさにもいろいろあるが、省略というのも基準の一つになると思う。
俺も最近になってようやく気持ちいい省略というのを覚え始めた。
ぼかしたり、ざらっと鉛筆をのせるだけに留める。そんな部分を狙って作っていく。
同時に、最も目立たせたい部分を描き込む。
そのギャップが気持ちいい立体感をつくるコツだ。
絵作りに写真はかなり参考になるので、よく模写をしていた。
そういえば、もうそんなこともできないな。
日本って恵まれてたんだなぁ……。
ああ、センチな気分になってしまう。
といろいろ考えながら描き上げた。
やっぱり絵を描くのは楽しいわ。
描き上げたところで、消しゴムで道を作っていく。
「ああっ。消しちゃうんですか!?」
フィナちゃんが残念そうにしている。なんだかわからんがテンションが上がる。
「まあ見てて」
そう言って、消しゴムで消しながら人が一人通れるほどの道を岸壁を凹ませる形で加筆していく。
岸壁を見ると、だんだんと道が出来ている。角度が付きすぎたので、階段状にしてみた。
「わあ、わあぁあ!」
フィナちゃん楽しそう。俺も驚いてるけど、まだ描き途中だからリアクションはフィナちゃんに任せよう。
というわけで岸壁をくりぬいて作ったような道が出来上がった。
これで、明日からはかなり楽になるはずだ。
「クズキタさんすごいです!ほんとにすごい!」
ぴょんぴょん跳ねながらすごいを連発するフィナちゃん。
癒される……道つくってよかったよ。
なんだか敬語が崩れかけてるのもグッドだ。
「私もお絵かきしてみたいです!クズキタさんみたいな絵が描きたい!」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
ラルウァをどうにかできたら、フィナちゃんに絵の楽しさを教えて差し上げよう。
気持ちが未来に向かうのはいいな。前向きになれる気がする。
その夜はフィナちゃんと一緒にクロッキーをして少し遊んだ。
フィナちゃんとの距離が少し縮まった気がする。
警戒され続けるより何倍もいい。
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次の日、いよいよラルウァとの初対決を迎えた。
俺は今、フィナちゃんがこの岸壁の下にラルウァを誘導してくるのを待っている。
知れず手が震えていた。これが武者震いか。俺は絵を描くだけなんだけども。
断固ビビってるわけじゃない。深呼吸だ深呼吸。
思いっきり息を吸い込んでいると、葉音とともにフィナちゃんが森から飛び出してきた。
一拍おいて、黄土色に近い巨体が枝を吹き飛ばしながら凄いスピードで現れた。
デカい!7、8メートルくらいあるな……
頭はワニを縦にふくらまし横に縮めた様な、西洋の絵画に出てくるドラゴンのようだ。頭の左右にはねじれた角が一対。体は哺乳類のようで、毛が生えている。尾には爬虫類のような突起が数列にわたってある。
思わずぼーっと怪物を眺めてしまった。
その間に、フィナちゃんは岸壁まで一直線に走り、速度を緩めないまま壁ギリギリで直角に曲がった。
フィナちゃんの背中にぴたりとついてきていたラルウァは、勢いを殺せず岸壁にぶち当たる。
俺の足元に振動が伝わってくる。そこでようやく我に返った。
ヤバい!は、早く描かねーとっ!
慌てて鉛筆を握るが、うまく描けない。
その間も、フィナちゃんは森と岸壁の間をジグザグに移動しながら、ラルウァの攻撃をかわしていく。
俺はいつもの調子を終始取り戻せないながらも、何とか輪郭と大まかな陰影を描き終えた。
よし!
無我夢中で描いたラルウァの首あたりを消しゴムで消す!
「ゴアアアアアアアアァァアァアァァァッ」
ラルウァの首筋に少し血がにじんだ。
不調ながらも傷をつけられた!これなら作戦通りいける。実験は成功だ!
ラルウァはしきりに首を気にしている。フィナちゃんは距離を置き注意深く観察しているようだった。
ぐるぐる回りながら、首筋の傷を確かめようとするラルウァだったが、その時、フィナちゃんが視界に入ったのか、そちらに視線をぴたりと合わせ唸り声を上げた。
お前か
そういうのが聞こえたようだった。
ラルウァが巨体をフィナちゃんに向け、弾丸のように駆け出す!
今までと段違いのスピードだ。距離のあったフィナちゃんとの差を一気に詰めていく!!
「く、くそおっ!!」
ラルウァを足止めしなければという思いだけで、描いた絵の前足と後ろ足を、一気に消しゴムで薙ぐ!
「ガアアアアアアアアアァァァァァァッ」
巨体がつんのめる様に倒れ込んだ。その隙に、フィナちゃんは森に飛び込み姿をくらます。
思わず立ち上がっていた。ハッとして、慌ててしゃがみ込む。
見ていただけなのに息切れしている。心臓も全速力で走った後のように忙しく動いている。
しばらくすると、ラルウァの巨体がゆらりと立ち上がった。
思わず体を全力で縮める。でも、視線は逸らすことができない。
巨体がフィナちゃんが逃げた方を見つめ、足を気にしながら森へと向かう。
ラルウァの姿が完全に見えなくなり、俺の呼吸と動悸が収まっても、俺はその場を一向に動けないでいた。