作戦×実験×相談
フィナちゃんと共同で挑む作戦だが、まずはラルウァ相手に消しゴムが効果があるか試してみることになった。
あの開けた場所で日光浴するラルウァなら動かないだろうし、待ち伏せして描けないかと聞いてみたが、フィナちゃんに却下された。
「同じように何人かの里の戦士が待ち伏せて倒そうと試みましたが、奇襲が成功したのは最初のひとりだけでした。それ以降はどんなに巧みに隠れても、ラルウァに見つかっています」
ラルウァって化け物は学習能力が高いのかね。俺の時も気配を察知してたのかもな。
それじゃあ、別の案でいくか。
「5年間逃げ切ったフィナさんを甘く見てるわけじゃないんだけど、例えば一つの場所にとどまって30秒くらい逃げ回ることってできる?」
まあつまり、フィナちゃんに囮をやってもらい、その間に俺がクロッキーして消しゴムで消し、効き目を確かめてみようというわけだ。
「はいっ。それくらいなら大丈夫だと思います!」
30秒あればざっくり輪郭をとりながら、これまたざっくり陰影を付けられる。本当は1分は欲しいが、限られた空間で怪物に追い回されるフィナちゃんを眺めるなんていう心臓に悪い行為は、なるべく短時間ですませたい。
輪郭と陰影を描ければ、確実に傷はつくだろう。今までのパターンが当てはまるなら。
いたいけな少女に何をさせると思う自分もいないではないが、フィナちゃんは逃走のプロだ。
ここは思い切って信頼したほうが、迷惑をかけずにすむだろう。
ある程度作戦を話し合ってから、時間になったということで、フィナちゃんはラルウァとの追いかけっこに向かった。
すぐにでも作戦を始めたかったが、もう少しクロッキー帳の機能について検証しておきたい。
ということで、フィナちゃんが帰ってくるまでに再び色々実験してみた。
まず、対象を休みなく観察し続けて描いた場合と、休憩を挟みながら描いた場合を比べてみた。
結果は、どちらの場合でも変わりなく傷をつけることができた。
つまり本番は、一気に終わらせる必要は無い。
毎日少しずつ描き進めていいわけだ。
フィナちゃんのペースで作戦を進めることができる。少し安心した。
描いた絵を消した跡と、対象の損傷がほぼイコールになるには大体一時間の描写が必要だから、1日一回30秒とすると、……120日かかる。
うお……これはちょっと気長すぎないか。
でも、1時間逃げ続ける18歳の少女を尻目に、安全地帯で描き続けるなんて絶対できないしなぁ。
1時間は長すぎるとしても、5分くらいは……いや、限られたスペースじゃあ5分でも長いぞ、多分。
これはフィナちゃんに相談案件だな……
毎日30秒間描いて、少しづつ傷つけ弱らせていくという方法もあるにはあるんだが……
手負いの獣ほど危ないというし、中途半端に傷つけて暴走されるのは恐い。
フィナちゃんの安全を最優先にして計画を立てないとな。
次に、想像で描いても対象に傷をつけられるかどうか色々試してみた。
試しに近くにあったたんぽぽに似た花を記憶だけで描いて、消しゴムをかけてみたが、何も起こらなかった。
他にも試してみたが、どうやら見ながら描くというのがトリガーの一つであるようだ。
フィナちゃんが出発する前に、ちらっと見えたラルウァを思い浮かべながら描いてみたところ、
「そっくりです!いつの間にラルウァを見ていらっしゃったんですか!?」
と、驚いてくれた。いいリアクションしてくれるからこっちもなんだか嬉しくなる。
その場で首のあたりを消しゴムで消した。あれですめば一番楽なんだが。
今日の追いかけっこをしながら確認してもらっている。
大体やりたいことも終わったし、スケッチしながらフィナちゃんの帰りを待つとするか。
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おかしい。
フィナちゃんが太陽が真上に来てもなかなか帰ってこない。
午前中で終わるという話だったが、一体どうなっているんだ。
危険だからここから離れないでほしいと言われたが、探しに行くべきか。
フィナちゃんの実績を疑いたくはない。
だが、万が一ということだってあり得るんじゃないか。
ぬうううう…心配だ……
絵を描くにも集中できず悶々としていると、フィナちゃんがひょっこり帰ってきた。
手には大きめのウサギを抱えている。
「帰り際に獲物を見つけてしまって。捕まえるのにちょっと手間取りました!」
「すぐにお昼の支度をしますねっ」
……ホッとした。心底ホッとした。
これは早くラルウァを倒さないと、俺のお絵かきライフに支障がでるな……
「お帰り。今日もお疲れ様。」
これから毎日こんなにヤキモキさせられるのか……胃に穴が開きそうだ。
「あっはいっ!た、ただいまです!」
ウサギを捌こうとしていたフィナちゃんの声が裏返った。
ナイフ持ってるし、びっくりさせるのは危ないな……
ちょっと離れてようか。
「フィナさんが料理してる間に、このあたりに何か食べられるものないか探してくるね」
「そ、それでしたら、岸壁沿いにまっすぐ進むと、ゴリンという赤い実の生る木がありますっ」
「そうなんだ。じゃ採ってくるから。びっくりさせてごめんね。」
「え え……あっ。お、お願いします!」
ぺこりと頭を下げるフィナちゃん。頭を下げるべきは俺の方です。
実験結果の確認と相談はご飯を食べながらしよう。
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昼ご飯を食べながら思う。
俺完全にヒモだな。
早くラルウァを倒そう。このままじゃ俺はダメになる。
フィナちゃんに相談だ!
「うーんそうですねぇ。同じ場所で逃げ続けたことが無いので何とも言えないです。30秒なら何とかなると思うのですが……」
「そうだよねぇ。じゃあ、明日の実験を参考に時間を決めようか」
フィナちゃんに本番の囮作戦の一回の長さを相談した。
余裕がありそうなら時間を延ばせばいいな。やるのはフィナちゃんだ。無理はしてほしくない。
想像で描く実験はもちろん失敗だった。ラルウァには何の傷もついていなかったらしい。
さっきの実験でほぼ失敗を確信していたが、やはりか。
「ラルウァをおびき寄せる場所なんだけど、どこかいいとこあるかな。」
「えと、それでしたら、巡回ルートにある、こ、ここに似た岸壁がいいかもです!」
「ほうほう、じゃあご飯食べ終わったらそこに案内してもらえる?下見しておきたいから」
「は、はいっ。わかりました!」
薄々感じてはいたが、俺かなり警戒されてるよな……
話してる時に絶対目を合わせないしな。
それはそうだろうとは思う。でもこうもビクビクされると正直ショックだ。
俺自身は前職の影響もあって、年下に全く幻想を持ってない。超無害な男だと自信をもって言えるんだが……。いや、フィナちゃんはマジ天使だけど。いや妖精か。
まあ。そんなこと力説されても困るだろうしなぁ。
どうやったらいいかあんまりわからんが、フィナちゃんに気を使わせないようにしよう。
とにかく、早めにラルウァを倒して里に帰してあげるのが一番だな!
下見だ下見!
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昼食を食べ終わって、ラルウァの巡回ルート上にある岸壁までやってきた。
この時間、ラルウァは日光浴をしているので、例の拓けた場所に近寄らない限り安全だそうだ。
岸壁の高さは30メートルくらいか。下には巨大な岩がゴロゴロしており、かなり足元が不安定なんだが。
確かに上から見れば見晴らしはよさそうだけど、これフィナちゃんは大丈夫なのか?
「はいっ。いつも通っている場所なので平気です!」
聞くまでもなかった感じだ。すげーな。
今度は岸壁の上に上がる道に案内してもらう。
「ここから上に上がれます!」
「え」
……
フィナちゃん、これは道じゃないよ。でっぱりって言うんだよ。
「えーっと、ここから登っていくの?……登るの?」
「はいっ。私もラルウァの現在地を確認するのによく使う場所ですから!」
いや、俺には無理じゃないか、これ。
……でも、フィナちゃんも命かけてるんだよな。
俺もこれくらいはやらねば。
「よーし!行こう!」
声が裏返った。
「じゃあクズキタさん!わ、私についてきてくださいね!」
フィナちゃん。できるだけゆっくり。ゆっくり行って下さい。お願いします。