フィナちゃんの気持ちと自己鍛錬
「私、寂しいだなんて全然思っていなかったんです」
フィナちゃんは訥々と話す。
「クズキタさんと出会うまで……。でも、昨日クズキタさんがラルウァに食べられたかもしれないと思った多端に、どうしようもなくなってしまって……」
「クズキタさんと出会わなければこんな気持ちになることもなかったのでしょうか……」
フィナちゃんは腕にくっついたままだ。
フィナちゃんを抱き上げて腕の中に移動させる。
「俺はちょっと前まで先生してたんだよね。」
「……先生ですか?」
「うん。学校でね、たくさんの生徒に絵を教えてたんだ」
フィナちゃんはポカンとして聞いている。まぁ、聞いてくれ。
「そこでいろんなことがあってね、楽しかったんだけど、忙しくて全然絵が描けないんだわ」
「で、働き出して一年でもうやめようって思ったんだ」
「……」
「でもね、結局やめるまで6年もかかっちゃったんだよ」
「そこで出会った人や、人に絵を教える楽しさ。いろんなものを捨てる勇気がなくてさぁ」
「今は金を貯めてるからやめられないんだって言い訳しながらね」
「で、思ったんだよ。ああ、先生なんてやるんじゃなかった。そしたらこんな気持ちにならずに済んだのにって」
「……今の私みたい」
「……そうかもね。でもね、そこで得たものって本当にかけがえのない物なんだよ。その6年が無かったら、今の俺は俺じゃないって言えるくらいに」
「だからってわけじゃないけど、フィナちゃんと俺が出会ってラルウァを倒すことも、多分すごく大変だろうけど、フィナちゃんにとって大切な出来事の一つになっていくと思う」
「た、大切な出来事になったときっ」
「今のこの時が、大切な思い出になったとき、く、クズキタさんは私のそばにいますかっ」
この子はまっすぐだなぁ。
俺もフィナちゃんみたいになりてぇ。
「未来のことはわからんけど……」
でも、未来の話をしよう。
「でもその時は、どうぞよろしく」
フィナちゃんはぱぁっと笑顔になった。
天使か、妖精か。
「はいっ」
出会った分だけ荷物は増えていく。どんどん重くなる。身動きできないほど……
でも、その荷物が俺を支えている。
フィナちゃんにとっての俺も、そうでありたいものだ。
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冷静になると、かなり恥ずかしいやり取りをした後、ラルウァを倒すためにもう一度話し合うことにした。
「昨日の、あんな気をまとうラルウァは初めて見ました」
気?気って……漫画とかに出てくるアレを思い浮かべればいいのかな。
フィナちゃんにあとで聞こう。とりあえず、今は話を進めましょう。
「やっぱり傷つけたのがまずかったのかな……」
「はい。恐らくそうでしょう。気がとても荒立っていて、私も驚いて反応が遅れてしまいました」
そういえば、
「フィナちゃんが森に入ったあと、ラルウァは追いかけてきた?あいつはフィナちゃんの姿が見えなくなってしばらくして動き出したけど」
フィナちゃんは俺の腕の中でもっと小さくなった。
「あ、あの……私、あんなラルウァを初めてみたので、とても驚いてしまって……。怖くて振り返ることができないまま夢中で逃げてて……」
そうだよな。距離があって安全な俺でさえビビりあがってたんだから。
目の前で殺気を当てられたら、俺なら腰抜かして立てないと思う。
「なので、森のかなり深いところまで逃げて、やっと追いかけてこないことに気付いたんです」
フィナちゃんは申し訳なさそうに俺を見つめてきた。
「ごめんなさい。クズキタさんを置いて逃げてしまって……」
「いやいや、最初からそういう手筈だったでしょ」
「でも……」
そんなこと言ったら、俺なんて女の子囮にしてんだぞ。
「俺たちは持ちつ持たれつなんだから、気にしないで」
「でも、昨日のラルウァは非常に危険な状態だったと思います」
確かに、傷をつける前までは、フィナちゃんは余裕をもって躱しているように見えた。
「うん。これからは、中途半端な状態でラルウァにクロッキー帳を使うのはやめよう」
「そうしてください。クズキタさんが襲われるところは絶対見たくありませんから。」
フィナちゃんはそう言う。
「でも、フィナちゃんは今日からまたラルウァから逃げられそう?かなり危険だと思うんだけど」
この子は里のためにまた命懸けの鬼ごっこを始めるんだろう。心配だ。
場合によっては力ずくにでも止めないとな……
「それは大丈夫だと思います。昨日は反応が遅れてしまいましたが、覚悟していれば大丈夫です。」
覚悟か。18歳の口からでていい言葉じゃないな。
「昨日は初めてラルウァから逃げた日のことを思い出しました。でも、もう平気です」
そういって、フィナちゃんは今日の追いかけっこへと向かっていった。
もうやめろ、と喉まで出かかったが、結局言えなかった。
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結局今日は対ラルウァ討伐作戦は中止にした。
フィナちゃんがラルウァの様子を見たいと言ったためだ。
確かにあの状態のままでは、作戦を続けていくのは危険すぎる。
正直、俺も昨日の今日で向き合うのが怖かったので助かった。
フィナちゃんは心配だが、俺に心配されるほど5年逃げ切ったという実績は軽くない。
フィナちゃんはフィナちゃんの仕事がある。
俺もできることをしよう。
ということで、基礎体力を上げるトレーニングを始めた。
仕事を辞めて以来、用事がなければほぼ家で絵を描いていたので、体力が全然ない。
筋力もかなり落ちているので、走り込みや筋トレで、少しでもフィナちゃんの足手まといにならないようにしたい。
とりあえず一セットメニューを決めてやってみた。高校の時陸上部だったので、当時の練習メニューから抜粋した。
いきなりきつくしても筋肉痛になっては続けるのも辛くなるので、少しづつ負荷をかけていく。
長期的にプランを立て、持続するのがいい肉体を作るコツだ。とは、恩師の受け売りだ。
入念に準備体操とストレッチをした、まずは走る。岸壁沿いに無理のない早さで進む。
以前、フィナちゃんに教えてもらったゴリンの実が生る木を通り過ぎ、しばらく行くと大きな湖が見えてきた。
俺が転移当日に見つけた場所よりかなりデカい。昔見た琵琶湖がこんな感じだった。対岸が見えない。
最初は海かと思ったが、水をなめてみると淡水だった。透き通っているが、やはり生水はマズいのかな。
よく外国で水にあたって腹を下すっていうけど、俺ここ数日ずっと飲んでるんだよな。大丈夫かな。
湖の周りを一周してみようと思ったが、途中でそんなこととてもできないほど大きい事が判り、断念。
途中でUターンして、元の場所に戻ってきた。体感で二時間くらい走ったんじゃないかと思う。歩くのと変わらないスピードだったので、走ったと言えるのか疑問だ。でも、おそらく明日は軽い筋肉痛だろう。
体もあったまり、上半身も腹筋・背筋を鍛え、腕立てを軽めにする。
腕立ては20回で限界が来てかなりショックだった。貧弱貧弱ぅ……。
フィナちゃんのステータスは力は100だった。多分腕相撲したら負けるな。
そういえば、湖がかなりきれいだったから、映った自分をクロッキーできないかな。
自分のステータスが見たい。力どれくらいかな……。20くらいか?10以下だったりして。
知らない方が幸せな気もするが、己を知り敵を知れば百戦危うからずって言うしな。
明日湖にクロッキー帳持っていってみよう。
そんなこんなでまた絵を描く。お絵かき好きは紙と描くものさえあれば幸せになれるから得だ。
「クズキタさーん!」
お、フィナちゃんが帰ってきた。無事でよかった……
俺もいつか、ついて行っても足引っ張らないようになれるかな。心配でいてもたってもいられなくなるから、待っている身は辛い。
その前にラルウァを倒してしまうか。
よし、明日からが本番だ。
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