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お絵かき好きの異世界道中  作者: 昼夜紀一
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描き終えたら始まりだった

よろしくお願いします

「やっとできた」


俺は久々に感じる会心の出来に思わず声をこぼした。


ここは首都圏にある安アパートの一室。脱サラして絵に生涯をささげようと、貯金を切り崩しながら借りている。


美術系大学卒業後、進路決定の際に、公務員なら定時上がりで土日祝日は確定で休めると思っていたのだが、そんなことはなかった。


公務員(職種は内緒だ)といえど、というか、選んだ職種に休みが無さ過ぎて、まったく絵が描けない。


正直、日々発狂寸前だった。


就職後1年目に、仕事をしながら絵を描き続けることから、貯金を貯めることに目標をシフトチェンジ。


6年働いてようやく目標額に到達し、晴れて離職。誰が何と言おうと「晴れて」だ。


そして今まさに、念願のお絵かきライフを満喫3か月目にして、初の作品が出来上がった。


この絵には、ほぼ絵が描けなかった(作品が描けなかった)6年間の日々の鬱々とした思いと、絵が描ける幸せが、知らず籠ってしまったように感じる。


とにかく、自分的には会心も会心、大満足の一枚だった。


展示会に作品を出品することなんて描き始めは考えもしなかったが、アリかもしれない。


俺自身もここまでのものが出来てしまうなんて、さすがに予想できなかった。


さらに素晴らしいのは、これほどの作品が出来上がってしまったのに、もう次の構想が頭の中で出来つつあることだ。


大学の頃の時間を持て余していた俺なら「ちょっと休むか」ときっと考えたに違いない。


しかし、今の俺は、失った時間を取り戻すように貪欲に絵作りに取り組めている。


お絵かきライフがスタートしてまだ数か月だが、今後を思うと胸が高鳴る。


あーっはっはっはっはあぁ!


おっと、思わず声を出して笑ってしまった。これじゃあ変人だ。


俺は常識人なのだ。少し落ち着こう。


……茶でも飲むか。


とその時、視界が白に包まれた。




「こんにちは、名もない絵描きさん」


あまりの視界の白さに眼を瞑ったが、妙な声が聞こえる。


目を開けると人型の光が目の前に浮いていた。


「驚かせちゃったかな」


驚くというか……俺は茶を入れようとして1Kの狭い室内を移動していたはず……


えーっと……俺室内に一人だったよな。


「おーい。大丈夫?」


「大丈夫……ですけど、誰、ですか」


思わず敬語になってしまうのは、日本人の性だ。


「突然呼んじゃってごめんねー。私はお絵かきの神様だよ」


……


ちょっとよくわからないな。


「聞いてる?」


人型の光が話しかけてくる。長いな、以後光で。


「聞いてますけど、あなたは誰ですか。人……ですか」


こんな光る侵入者はちょっと聞いたことがない。隠密は暗色と決まっているのだ。


「だから、お絵かきの神様!」


お絵かきの神様らしい。いや、神様て。


「あっ!鼻で笑った!失礼な!」


いや笑うやろ、神様て。そんなん笑うやろ。


「むむむ、では証拠を見せよう」


光が言葉とともに、大げさな身振りで何か儀式的な動きをする。


「彼のものに力を与えよ!」


光からさらに光が生まれ、それが分裂する。その光が俺に飛び込んできた。


声を発することも忘れ、立ち尽くす俺。なんだ今のは。


「君に力を与えました。神様として!」


は?


「力……ですか?」


「うん。ちょっと私のことクロッキーしてみて。」


え、なんで。


とりあえず説明しておくと、クロッキーというのは絵における速写のことだ。大体一つの対象を30秒から5分程で描写する。


これを行うことで対象のイメージを固め、より客観視しやすくなる。俺もほぼ毎日、様々なものをクロッキーしている。


仕事をしていた時も、わずかな時間しか使わないので、いつも懐にクロッキー用の紙束と筆記用具を忍ばせていた。


「いいからやってみて!」


すると、呆然と立ち尽くす俺の目の前に、いつも使っているクロッキー帳と鉛筆が光とともに現れた。


「道具は使い慣れてる方がいいよね!」


こいつ……俺に驚く暇も与えてくれない。


いや、正直びっくりした。神様かどうかはさておき、こいつはなんか普通じゃない。


いや、そもそも人型の光なんだけど。


「ほら、はやく!」


「分かりましたけど、その、光の明るさって落とせないですか。」


こいつ全身が光りまくってるから直視できない。クロッキーどころではない。


「いいよ!」


今まで車のライトを直視していたくらいだったのだが、俺の部屋の電灯ぐらいの明るさになった。


調節可能なのかよ。


「30秒くらいで描きますけどいいですか」


なんだかよくわからない状況に、よくわからない気遣いをしてしまう。


「大丈夫だよ!多分それくらいでも効果はあるから」


効果?なんだそれ。


状況に流されてる感は半端じゃないが、とりあえずクロッキーを始めてしまう。


こんな対象は描いたことないし、ちょっと興味もある。


全身光ってるから、人型の周りの明度を落とすしかないな。


鉛筆はこのような事態も想定して、芯をかなり長めに出してある。さすが俺。


……想定してたのは嘘だ。見栄を張りたがるのは俺の悪い癖だな。


とそんなことを考えていると、大体30秒でクロッキーし終えた。


「出来ましたけど……」


30秒だし、ざっくりシルエットをとっただけだが。


「むふふ、見て見て!」


光がクロッキー帳を指さす。


クロッキーしたページに何か文字が浮かび上がった。



名前:お絵かきの神


職業:神


HP:?


MP:?



……何だこれ。


「君に何かを絵に描くと、その物の情報が分かっちゃう能力を与えました!」


情報が分かっちゃう能力……?


「今は30秒だからその程度だけど、描き込めばもっと得られる情報は増えるよ!」


ふーん。


「……あんまり驚いてないね」


「なんかよくわかりませんけど、あなたが神っぽい何かであることは判りました」


とりあえず信じとくか。


「それより、神っぽいあなたが俺に何の用ですか」


俺は茶で祝杯をあげるところだったのだ。あれ、落ち着くためだっけ。


「信じてくれたのは嬉しいけど、その神っぽいっていうのやめて。」


「じゃあ神様で。」


「じゃあって」


神様か何だか知らないが、俺は他人にペースを乱されるのが嫌いだ。


今は茶を飲む流れのはず。


「……なんか怒ってる?」


「いいえ。別に」


光の伺うような声色になんだかイライラしてしまう。


こんなことで気持ちを乱してしまうなんて未熟だ。


「本題に入ってくれませんか。俺に何の用ですか」


とりあえず今は気持ちを落ち着けよう。


「君がさっき描き上げた絵があるでしょ?」


神っぽい何かだから見てたのだろう。驚いてなんかない。ほんと、いや嘘じゃない。


「あれを展示会に出すとね、大評判になります」


「ほう、やはりか……」


描き上げて本当に満足した絵なんて、俺自身初めてだったしな。評判になるのもわかる。


作品に込めたメッセージ的にも、研磨された技術的にも申し分ない。


描いた俺が保証する。


伊達に作品が描けなかった6年間、コツコツ構想を練ったり、画力を上げるため努力してないのだ。


「評判になって、君は自分を見失います」


何だと!?

「そして、最初の作品以降、大した絵は生まれず、一発屋としてその人生を終えます」


なーっ!?


「そんなことはない!俺の頭の中では、もう次の作品の構想が出来てるんだ!」


この神、人生の絶頂だった俺の心を揺さぶりやがって。


「ただし!」


タダシ?


「君が描き上げた絵を展覧会に出さずにいれば、この後もさらに名作が生まれます」


「そして君の死後、少なくともこの国で知らぬ者はいないほど名は知れ渡り、高い評価を得ます」


死後に評価……ゴッホみたいだな。


じゃなくて。


「信じられん」


「まあ、そうだよね。でも、ホントにそうなっちゃうから。時空伸に頼んで見てきたから」


さらっと時空神とか出てきたぞ。


「で、私はもったいないなーって思っちゃったわけ。お絵かきの神としてなんとかしたいの」


なんとかしたいって言われてもなぁ。絵って鑑賞者がいて初めて完成するもんだし……


「絵を違う形で発表するのはダメなんですか。個人の個展とか」


なんだかんだこの神は俺の絵を評価してくれているようで、嬉しくないこともない。


「それが、どんな形でも大絶賛を浴びちゃうの。そんな形でも自分を見失っちゃうの」


見失っちゃうのか。そこまで言われるとそんな気もする。


「だからそれを何とかしようと思って君をここへ呼んだの」


意識してなかったが、ここはよくわからん空間だ。とりあえず白い。


「忠告ありがとうございます。とりあえず発表は控えます」


評価されるのは嬉しいが、そのために描いてないしな。


今はとりあえず描きまくりたい。


「うん、そうするといいよ。違う世界で」



「ごめんね。君、地球にはもう戻れないの」


はい?


「本来神に人間は会っちゃいけないの。でも、今回は地球の神の会にお願いして、お絵かきの神の管轄の特例として、君をここへ呼んだの」


「その条件は君を地球へ返さないことなんだ」


「ちょっとまて」


どういうことだ?


「君両親も亡くなってるし、友達もあんまりいないし、地球に帰れなくてもいいでしょ?」


「よくねーよ!!」


いいわけあるか。俺の銀行の口座には6年間の汗と涙の結晶である貯金が、お絵かきに使ってくださいと今か今かと待ってるんだ!


「なんでもいいから早く家に帰してくれ!」


敬語も吹っ飛ぶ。


「地球じゃないならいいんだよ」


だからよくないっつってんだろーが!


「地球よりもかなりのんびりした世界を選んでおいたから、そこで自分としっかり向き合って、いい絵をたくさん描いてね!」


俺の体が光りだす。ちょっとまてなんだこれ。


「そして私を楽しませてね!」


こいつぅ……お前のためになんか絶対絵は描かん!


「あ、おまけにクロッキー帳と鉛筆は無限に使えるようにしておいたから」


えっ


「じゃ、頑張ってね!」


視界が再び白くなる。なんなんだ一体……


思わず閉じた目を開けると、一面の緑が広がっていた。


展開が怒涛過ぎて、思考が全く追い付いていない。


でも、神っぽい光が最後に言っていたことが気になってしょうがない。


クロッキー帳の最後のページに木をクロッキーしてみる。今回は長めに5分ほどかけた。


描き終えて最後のページをめくると、新しいページが増えていた。


鉛筆もとがったままだ。


「あん人は神様やったんか」


思わず地が出てしまう。神はいたのだ。確かに。



目を通していただきありがとうございます。

出来る限り毎日更新していきたいと思います。

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