勉強
すみません。わざと漢字変換せずに平仮名ばかりのところがあるので、読みにくいかもしれません。
数日後ーー
舞彩の両親がこっちを発ち、俺達は応接室で一人の男性と向かい合って座っていた。俺は楽しみにしていて舞彩は渋々、って心情の違いはあるけど。
「こちらが二人の家庭教師のスチーレア=ノースさんよ」
「よろしくお願いします、リアーミュウ様、アリシア様」
「「よろしくおねがいします、スチーレア先生」」
「おや、これはまた礼儀正しい」
「えへへ」
その言葉に、舞彩が嫌そうな顔を引っ込めて照れる。その可愛い表情を見ながら、昨日の事を思い出していた。
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昨日、お母様に開けてもらった書斎で舞彩に本を読んであげていたところに、お父様達がやって来た。
「二人とも、ちょっと良いか?」
「なぁに?」
「どしたの?」
舞彩は数日お父様と一緒に過ごして、すっかり敬語も取れていた。それに対してお父様は「それで良い」と嬉しそうに笑っていた。二人とも義理の娘みたいな舞彩が可愛くて仕方ない様子で、デロデロに甘やかしている。
「二人に話があってね」
「「?」」
何のことか分からず、俺達は疑問符を浮かべる。
「あのね、二人に家庭教師を付けようと思ってるの」
「本当!?」
嬉しくて叫んでしまうのも仕方ないでしょ。流石に二人だけで勉強していくのも無理があるし、そもそも最近は舞彩に読み方を教えること優先だったから他の勉強をしてない。地理や歴史なんかより先に興味があった魔術の方を先に勉強してたから、この辺の地理すら分かんないし。てか、そういえば自分が住んでる土地の名前すら知らないや。
「いつから?」
「明日から♡」
「は?」
「え?」
「は……ちょっと待って、どゆこと?」
「明日から家庭教師さんに来てもらうわ」
「い、いつ決まってたの?」
「二人が婚約を結んだときから話し合ってたんだ。それが今日、いい先生が見つかってな」
「わぁ……そんな前から考えてたんだ。何で言ってくれなかったの?」
舞彩の疑問も最もだね。何で言ってくれなかったんだろ?
「ふふふ……それはね、驚かせたかったからよ!」
怪しい笑い方するから何なのかと思ったら、案外普通の理由で拍子抜けした。ガクッと膝が折れそうになる。
全く……この二人のサプライズ好きにも呆れる。
「どんな先生?」
「明日のお楽しみだ」
「……そっか」
その話だけして二人は書斎を出ていってしまった。
「お兄ちゃん、勉強するの?」
「まぁ、そりゃ勉強は必要でしょ」
「……うぅぅうぅ……」
「お前も少しはしといた方が良いよ。勉強が苦手なのはよく分かってるけど」
「……お兄ちゃんが…そう言うなら……」
心底イヤそうな顔しながらも渋々承諾してくれた。まぁ、元から拒否権なんて無いに等しかったんだけど。
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で、この人か。もう一度よく男性を観察してみる。
横に長く耳たぶが少し削れたような形の耳に、その耳に掛からないぐらいに短く切り揃えた黒髪。
眼鏡の奥にある、普段はきつい印象を人に与えるであろう鋭い目は、今は優しく細められている。
……うん、格好いい。
羨ましくなるほどのイケメン。
「どうしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
ただ良いなぁって思っ……
「お兄ちゃんはそのままで良いよ」
「へっ?」
隣からコソッと聞こえた言葉に呆然とする。隣には当然、舞彩が座っている。何お前、エスパー?読心術でも使えるの?いや、俺の聞き間違えって可能性も……。
「お兄ちゃんはそのままでいてね」
2回言った!?
本当に読心術でも使えるんじゃ……。
「リアム?アリーちゃん?」
「あ、ごめん、なに?」
「そろそろ部屋に移動しましょうって話になったんだけど……」
「え、あ……うん、分かった。ぼくたちのへや?」
「えぇ」
「じゃあ、あんないしますね」
「はい、お願いします」
屋敷には空いてる部屋がたくさんあるけど、舞彩自身の希望もあって、もともと俺の部屋だったところを2人の部屋にしている。広さ的にも全然問題ないしなぁ。まさか舞彩のタンスも入れて、全然余裕があるとは思わなかった。
あ、ベッドは二人で使ってる。1人だと広すぎるし。俺らが2人横になっても、まだまだ広さが余る。
そもそも泊まりに来たときは一緒に寝てたから変わんないね。
部屋に案内して、早速勉強を始めることになった。
「リアーミュウ様とアリシア様は3歳と伺っておりますが、語学に関してはどのぐらいですか?」
「えっと……ぼくは、もじをよむことはできます」
「……わたしは、すこしだけもじがよめます」
「……伺っていた通りの頭の良さですね。文字を読むことだけでなく、言葉は拙くとも日常会話に支障はない。3歳でそこまで出来れば上等ですよ」
この世界の幼児の成長速度がどれぐらいか知らないからアレだけど、そこまで驚いてないみたいだし、平均より少し早いぐらいかな。スチーレアがポーカーフェイスが上手なのかもしれないけど。まぁ、お父様達の様子からして『平均が前の世界より早い』って方が有力か。
「では、アリシア様は読みから勉強しましょうか。リアーミュウ様は、書きですね。どちらも少しずつで良いので、10分程したら休憩とって歴史と地理を30分程しましょうか」
「…はぁい」
「はい」
その後、言葉通りに10分したら20分休憩を挟んで30分の地歴の勉強をした。
スチーレアと会ってから1時間後。お父様達を含めた全員が、再び応接間に集まっていた。
「スチーレアさん、今日はありがとう。また明日からもよろしくね」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします。……それで、明日からも今日と同じように1時間で良いでしょうか?」
「えぇ。こちらとしては、その方が良いと思うんだけど……どうかしら?」
「そうですね……。……お二人共、集中力は高い方だと思います。ただ。私の経験から言うと、そういう子は短期集中型で、一定時間が過ぎると集中できなくなってしまう子が多かったですね。それを踏まえると、1時間が丁度良いかと」
スチーレアの言葉に、お父様がチラリとこっちを見て、視線を元に戻した。
「そうだな。じゃあ今日と同じ時間から1時間で頼む」
「かしこまりました」
そろそろ帰るな。
スチーレアが荷物を持って立ち上がったところで俺達も立ち上がる。
「ありがとうございました、スチーレアせんせい」
「とってもたのしかったです!」
「おや、そう言って頂けると光栄です。明日からもよろしくお願いしますね」
「「よろしくおねがいします!」」
スチーレアの教え方は凄く分かりやすい。俺達が楽しめるように工夫がされていて、スッと頭に入ってきた。勉強嫌いな舞彩が楽しかったって言うんだから相当だね。
「では」と言ってスチーレアは帰っていった。泊まり込みで勉強をする場合もあるらしいけど、彼はしないらしい。その辺の近所の宿を取ってるって言ってた。
どうせなら泊まった方が絶対いいと思うんだけどなぁ。
その辺は大人の事情ってのがあるんだろうか。
「じゃあ俺達、部屋に戻るね」
「えぇ」
「行こう、アリー」
「うん!」
スチーレアが帰った途端に言葉遣いが戻った俺に対して苦笑しながらの返事が返ってきた。舞彩と一緒に部屋に戻って、舞彩はベッドの上でお絵描き、俺は窓の外を眺めながら頭の中で今日の復習をする。
スチーレアに教わったのによると……
この世界はタルシチアと言い、元々は5人の神がそれぞれの大陸を統治していた。
南と北にある大陸は、なんの捻りもなくサウス大陸とノース大陸。一番大きい大陸はソリーシャル大陸で、俺達の住むルークス王国もこの大陸にある。
反対に一番小さい大陸はゴートス大陸、どちらでもない大陸がベルニチア大陸だ。
神の統治により安定した生活ができていたのは、今ではもう過去の話。
サウス大陸を統治していた神が、偶然《魔石》と呼ばれる物を手に入れてしまい、力が暴走した。残念ながらその状態になった神をすぐに戻すことができる方法はなく、神同士の間で戦争が起こった。それは地上にも広がり、その神が統治していた大陸ーーベルニチア大陸に本来住んでいた生命は滅び、代わりに魔人が住むようになった。
その戦争は何千年と続いたが、《魔石》を手に入れた神はいつしか邪神となり、力をためるために他の神から見えない場所に隠れてしまった。
邪神は自らの代わりとして、魔王と呼ばれる存在を作り上けだた。世界を混乱に陥れるために。
だが他の神達は長年の戦争で、魔王を倒すほどの力さえ無くなってしまっていた。
神達は悩んで、1つの結論を出した。いつか自分達が邪神を倒すほど力を回復させるまでで良いから、倒しても死ぬことは無く復活する魔王を、その時に魔人を除いた生命の中で1番数が多く強かった『人類』に倒し続けてもらおう、と。
ただ、この世界の人類の力では魔王を倒すことは難しいため、異世界から強力な力を持った者を呼び出すよう、信託を出した。この異世界ってのが俺達が前いた世界……だと思う。
信託を受けた人類はそれを実行した。それが後に勇者召喚と呼ばれるようになる。
異世界から来た者が魔王を倒していくのを見て、神達は安心して力の回復に勤しむことができた。
だが今、『神がこの世界にいないのか?』と言われれば答えはNOだ。力の回復をするために、神達は1つの大きな存在となったから。
つまり、昔は5人の神達がこの世界を治めていたが、今は邪神とその大きな神ーー光明神の2人が納めている、ということだ。
ちなみに、この世界にも当然魔物がいるし、ダンジョンもある。冒険者はダンジョンに潜ったり旅をしたりして、いくらでも湧いて出る世界中の魔物を倒していくそうだ。これはこの前お母様達から話を聞いた。
話は戻るが、ソリーシャル大陸のルークス王国にある、俺のお父様が治めるこの土地はサリタウノという。さらにルークス王国は、この大陸で一番大きい国らしい。
今日習ったのはこれぐらいか。こうやって勉強したりすると、つくづく異世界だって意識させられるなぁ。でも何か……もっと手っ取り早く意識する方法があったハズなんだけど……あれぇ?
「お兄ちゃん」
「んー?」
「私、勉強がんばるよ。がんばって、お兄ちゃんの隣にいるのに相応しいぐらい知識をつけるから!」
舞彩の言葉に、今考えてたことも吹っ飛んで目を見開く。
ただ素直に驚いた。あんだけ勉強を拒んでた舞彩が、自分から勉強を頑張るって言うなんて。そこに少しだけ成長を感じて、知らず口元が緩む。
「うん。俺も、舞彩に追い越されないよう頑張るよ」
「えへへ……一緒に頑張ろうね」
「ん」
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リアム達の部屋の前、扉に張り付くようにして二人の男女がいた。言うまでもなくガルハとエリューラだ。周りにいる使用人達の、若干引いた視線にも気にした素振りを見せない。本来なら、張り付いたとしても室内の声など聞こえるはずが無い厚さの扉だが、エリューラの魔術の前には物理的な要素など通用しない。二人して真剣な表情で室内の声を聞く。
数分経って、安心したように耳を離した。
「大丈夫そうだな」
「えぇ。いきなり家庭教師なんて、いくら自分で勉強をしようとしてるとしても嫌がるかと思ってたけど……」
「嫌がるどころか頑張るなんて言うとは」
「特にアリーちゃん良いわ!リアムの隣にいるために頑張るなんて!」
「愛ね!」なんて叫ぶ声に、事情を察した周囲の視線に少しだけ温かさが混ざる。
「だけど頑張り過ぎないでほしいわ。まだ子供だもの。本当はもっとたくさん外で遊んでも良いのに……」
「確かにそうだな……ん?」
「どうしたの?」
「そういえばリアム、そもそも庭から外に出たことが無いんじゃないか?」
「え!?……あら、本当だわ!」
よくよく考えれば1度も庭から外に出たことが無い自分達の子供。エリューラの顔が真っ青になる。
「当たり前のように室内で大人しく過ごしてるから……失念してたわ!庭の外に出たことが無いなんて!」
「落ち着け」
エリューラの取り乱しようにガルハが冷静に突っ込む。
「今まで出たことが無いなら、これから沢山遊びに行けば良いだけの話だろう。そんなに焦るな」
「そ、そうね……確かにそうだわ。これから色んな場所を教えてあげたら良いのよね」
「それに、な。忘れがちだがリアムはまだ3歳だ。親が外に連れ出さなければ1人で出ることがないのも当然だろう」
実際は『外に出る』という行為を忘れているのはリアムも一緒のわけだが。それを二人が知る由もない。
「……それなのに外に連れ出してあげてなかったなんて、母親失格だわ」
そう言って落ち込むエリューラにガルハは溜め息を吐く。
「だから今言っただろう?これから沢山遊びに行けば良いんだ」
「あ……そ、そうね」
「……落ち着いたか?」
「……えぇ」
「なら取り合えず、俺は仕事に戻るか」
「……手伝うわ」
「助かる」
はじめての家庭教師について不安を抱えていた過保護気味な保護者達は、すっかり安心した様子で肩を並べて、ピクニックならここが良いだ、あそこが良いだなどと話しながら、執務室へと歩いていった。