3年経過
3年がたった。
転生してしまって、戻る気配がない以上しかたがない。大体、戻ったところで前と同じように舞彩と楽しく生活ができるとは限らないし、きっとその確率は低い。だから開き直って、この世界を楽しもう、と口では言いながらも少し前まで諦めモードだった。
それが最近はとある原因で、心配事はあれど諦めじゃなく本当に楽しむことができてるんだけど……それはまた後で。
思い返すのも恥ずかしい乳児期を乗り越え、離乳食で初めてこの世界のご飯を食べ、親とか使用人や本から言葉を学び……なかなか忙しい毎日を送っている。
離乳食では味の薄さに驚かされたけど、慣れてくるとそうでもない。それでも時々、前に食べていたご飯が恋しくなる。よく「海外に行くと日本の食事が恋しくなる」って聞くけど、これはその酷いバージョンだよ。なんせもう二度と同じ物は食べれないんだし。
……まぁそれは置いといて。
言葉を聞いたり話したりするのは兎も角、本を読むのに苦労した。なんせ初めは何が何だか分からないから、リビングに置いてある何冊かのうちの1冊を取って中を見ていると、通りかかった使用人が顎が外れそうなぐらい口を開けて固まってしまった。
その様子が面白くて眺めていれば、意識を取り戻した使用人に「本の内容がお分かりになるのですか!?」と肩を揺すぶられた。ので、頭が何処かに飛んでいく前に「わかんない」と素直に答えておいた。だって分かんないもん。どっからどうみてもミミズだって。正直ミミズが何匹も並んでるようにしか見えなかったし。
露骨にホッとした様子で、幼児用の本、あちらでいう絵本を読んでくれた。
内容は6人の勇者と竜の話。
要約すると、古に呼び出された6人の勇者ーー剣・槍・盾・魔術・精霊術・錬金術の6つの能力にそれぞれ長けた者達と、一人の少女に飼われていたが、少女が魔族によって殺されたためにその魔族に復讐しようとする竜が、協力して魔王を倒すファンタジー。
こちらの世界には『ファンタジー』という概念がないため、過去にあった事実という形で語り継がれている。『死』とか『復讐』とか幼児に聞かせるには重い気がしたけど、使用人があまりにも普通に読むから「これがこの世界の普通なんだろう」と納得するしか無かった。
ちなみに俺が読もうとしていたのは、歴史関係のものだったらしい。……そりゃ読めんわ。でも今は少しは読める。ただ、読めるだけで内容は全くだけど。基礎がダメなのにいきなり応用をする感じだし。
「そういや……魔術」
使用人達が使うのを初めて見たときは驚いた。お母様の頭に耳があるのを見たときに、この世界が俺がいた世界と違うのは分かってたけど、実際に魔術を見るとやっぱり感動した。
「……けどなぁ……」
どうやって使うのか使用人に聞いたところ、5歳にならないと使えないらしい。それも、その年に自然と使えるようになるんじゃなくて、その年を過ぎた頃に大きな教会に行き儀式をしてもらって初めて使えるんだとか。
それでも、適性がないと使えないこともあるらしい。
俺は、どうなんだろ。
待ち遠しいなぁ……。
「リアム」
そんなことを考えながら、自分の部屋からぼんやりと窓の外ーー庭で筋肉質の男性が剣を練習しているのを眺めていると、部屋の扉が開いてそこから女性が顔を出した。
「あ、かぁさま!」
そう……この女性は、こちらの世界での俺の母親のエリューラ=ウェーブ。綺麗寄りな美女で、サラサラとした金髪をゆったりと背中に流したその頭には、ピンっと犬耳が生えている。『白犬族』という今はもう稀少な、いわゆる絶滅危惧種……というのもおかしいかな。とりあえず普通はお目にかかれない種族らしい。
ちなみに俺に犬耳は生えてない。
「みみさわらせて!」
「あら、また?リアムは本当に耳が好きね」
「うん。フワフワしててすき!」
リアムーーリアーミュウ=ウェーブが俺の新しい名前だ。両親や使用人は、略してリアムって呼んでるけど。
窓際に置いてある椅子に座ったお母様の膝に乗せてもらう。スッと手を伸ばして耳に触れると、フンワリとした感触が返ってきた。思わず夢中になって触ってしまう。
「やわらかい……」
「ふふっ、そう?」
「うん」
最初は初めて生で見る獣人に母親と言えども緊張してたけど、慣れると案外平気なもんで、今ではよくこうして耳を触らせてもらっている。
暫くそうしていると、再び扉が開いて今度は男性が入ってきた。さっき俺が窓から眺めていた男性だ。剣術の練習でかいた汗を拭きながら入ってくる。
筋肉質でガッチリとした、少し日に焼けた体。固そうな……いや実際に固く短い黒色の髪の毛が、自然に遊んでいる。やはりというか整った顔立ちだ。
彼はガルハ=ウェーブ。正真正銘、俺の父親。それでいて俺がこっちの世界に来たときに、一番最初に顔を合わせた人間だ。
「お疲れ、ガルハ」
「あぁ」
「おつかれ、ガルハ!」
「おーい!?お前は、ガルハじゃなくてお父さん、だろうが!」
「あはは……!」
「この……っ」
冗談半分でお母様のマネをしてみれば、俺を捕まえようと手が伸びてきたので、慌てて逃げる。
何だか腹の底から笑いが込み上げてきて、自然と声が出た。更に必死になって……いや、お父様が本気になったら俺なんてすぐ捕まるね。手加減しながら両手をワキワキさせて追いかけてくるお父様から逃げ回る。
「ふふっ……」
暫くお母様の回りを二人でクルクル回ってると笑われてしまった。
「別に私は良いんだけど……今日はアリーちゃんが来るわよ」
「ほんとう!?」
「ええ」
「おーおー……あの子の事を言った瞬間に目を輝かしやがって」
「本当にリアムはアリーちゃんが好きね」
お母様のその言葉にピタリと動きをとめる。
好き……?
当然だよ。
だってアリーはーーー
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
暫く経って、使用人が呼びに来たのでリビングに行くと、とある母娘が待っていた。
母親の方は、軽くウェーブした茶髪の上に白い帽子をかぶり、少し茶色がかった黒の瞳を優しく細めている。座っていた椅子から立ち上がると、フンワリとワンピース……のように見える服が広がった。
ぼんやりとその光景を見ていると、どこからか視線を感じた。ゾッとするような少し寒いような……。視線を辿ると来客のもう一人である女の子と目があった。
ニッコリと微笑むけど……目が笑ってないですよ!?
「おじゃまします」
「おじゃまします!」
「いらっしゃい、サヤさん、アリーちゃん」
「おう、いらっしゃい」
お母様とお父様に挨拶を済ました女の子がこっちに来る。
「ひさしぶり、おにいちゃん!」
フンワリと笑って、心底嬉しそうにそう言うアリーに、俺も目を細めて言う。
「ひさしぶり、舞彩」
好き……?
当然だよ。
ーーだってアリーは、俺の前世での妹……舞彩なんだから。
妹が再登場!って言ってもそんなに空いてないですけどね。
最初は、名前を舞彩【マイ】で統一しようかと思ったんですけど、なんとなく違う名前が付けたくなってしまって……。
今後とも『妹と一緒に異世界転生!』をよろしくお願いします。