異世界転生
少しずつ改変中です。
澄んだ青い空に、白い雲が流れている。それを映し出すほど透明度の高い水の上を、1人の女性が歩いていた。その女性の姿ですら、水は四面に映す。
「あ……」
ふ、と声をあげて立ち止まると、女性の目の前に3つの球体が飛んできた。手のひらサイズで、何か決まった形というわけでなく、青色に点滅しながらフヨフヨと浮かんでいる。
女性が無言でそれに手を翳すと、その中の1つは青く光り、消えた。残りの2つが消えないことに女性が怪訝そうな表情をする。もう一度手を翳すと、2つは緑に光り、消えた。
「な……っ」
一瞬それに驚いた表情をしたが、すぐに真っ青な顔になる。いや、もはや真っ青さえ通り越して真っ白、蒼白だ。
「どうして……嘘……!」
なかば悲鳴に近い声を上げ、慌てたように周囲を見渡して、無駄と知りながら球体を探すが何処にもない。
「あ、あ……ごめんなさい……!」
女性はその場にへたりこみ、ただ呆然と謝罪の言葉を呟いた。
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方向感覚が無くなりそうなほど真っ暗で何も見えない空間に、2つの球体が唐突にどこからか現れた。緑に点滅するそれは、互いに交差しながら真っ直ぐ進んでいく。
球体が通ったあとは暫く光の粒子が漂うが、それが消えるとただ暗闇が広がるだけ。
どれぐらい経っただろうか。
先の見えない空間に、突如として2つの明かりが射した。見ればぽっかりと白い空間が横並びに現れ、口を開けている。それぞれの光の中にーー人だろうか、何かのシルエットが見える。
その入口の前で交差しながらクルクルと回っていた球体だが、暫くすると、まるで選んだかのようにそれぞれの光に向かって進み出した。
ゆっくり、ゆっくりと近づく。
繰り返されていた点滅もいつの間にか止まり、ただ真っ白な球体となったそれは、近づくとともに少しずつ光と同化していく。いや……そう見えるだけで、実際は入口の向こうに入っているのだが。
次第に、ぼんやりと見えていた球体の輪郭が完全に消えーー
次の瞬間、急激に光が広がり、今まで球体が通ってきた暗闇が飲み込まれた。
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何かに引っ張られて、明かりに当てられた。
まぶしっ……!
つい今まで暗い場所にいた気がするんだけど……そう思い、状況確認をしようとパチッと目を開く。と、知らない男と鼻が触れるか触れないかの距離で目が合った。
うわぁあぁぁあ……っ!?
「オギャアァァア……ッ!?」
…………はぁっ!?
なんで……悲鳴が違っ、えぇ?オギャアッて何!?
混乱しているうちに男の顔が近付いてくるし、俺の口から妙な声が出るのも止まらない。やべ、もう泣きそう。
ギュッと目を閉じたとき、体が浮いて柔らかい香りに包まれた。ピタリと口が閉じる。
「===========?」
「=========」
「==============!?」
「===」
頭上で男女の声が聞こえる。男性の声は不服そうだ。クスクスと女性の笑い声が聞こえた。そろりそろりと目を開ける。
「==========」
今度は程よい距離感で美女と目が合った。が、問題はそこじゃない。
なんで美女に犬耳が付いてんの!?
そう。金髪が綺麗な美女には、人として本来あるべき場所に耳がなく、その代わり頭に立派な犬耳が生えていた。
カチューシャとかのコスプレって思いたいけど、それならなんで本来あるべき場所に耳が無いの、って話になるし……。
ていうかそもそも。なんで俺は抱きかかえられてんの。
それら全ての疑問に対する答えが頭に浮かびかけたとき、脳は1つの逃げ道を作り出した。
……あ、これ夢だ。
自分の考えに納得する。それなら、さっきのオギャアも、この女性に普通の耳が無くて犬耳があることも、抱きかかえられているのも分かる。これは夢で、起きたらいつものように舞彩が……。
しかし待てど暮らせど目は覚めない。てか夢ならどこからが夢なの?母さんや舞彩は?
そんな事を考えているうちに、だんだん眠くなってきた。やっぱり可笑しい。だって夢ならこんな風に眠くは……。
俺の意識はそこで途切れた。
次に目を覚ましたとき、俺の目に映ったのは、だいぶ高い位置にある木の天井だった。
「あぅあー」
……最悪。戻ってないし。てか俺、予想通り赤ちゃんになってるじゃん!
壁に立てかけてある鏡を見ると、俺がした動きと同じ動きをする赤ちゃんーーつまりは俺、がベビーベッドの上で横になっていた。
てかこれ、全部本当だったパターンだよね。だとしたら本当に舞彩や母さんはどうなってんの。無事……では無いよね。だって死んでたもん。母さんはともかく舞彩に至ってはこの手でしっかり抱き締めたし。てか母さん、臓器出されて生きてたら怖いよ。それに俺なんか転生してるし……ほんと、どうなってんの?
脳内がひどく混乱している。でもそれも時間と共に収まって、1つの思いだけが浮かび上がってきた。
……もう嫌。会いたいよ、舞彩……。
そう思ったとき、ガチャリと部屋の扉が開いて、一人の男性が入ってきた。
「===========」
何を言っているのか、一切わからない。ただジッと見つめてみると、その男が1回目に目を覚ましたときの奴だと気付く。
「あーうぁうぁあ」
あんた誰?そう聞きたいのに言葉にならない。てか大体、聞いたところで言葉なんて分かんないじゃん。どうやって理解すんだよ。
そう頭では思っても、諦めはつかない。俺を抱き上げて不思議そうな顔をしている男性に向かって何度も試していると、自然と目が閉じていった。さっき起きたばっかりなのに……なんか眠い。
次の瞬間、ふっ……と再び意識が暗闇へ引きずりこまれた。
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「ふぅ……」
木造の、無駄なものを置いていないシンプルな家具配置が施された部屋。静かなその部屋に、小さく溜め息が響いた。
見れば窓際に置かれたベッドの上で、犬耳を生やした金髪の女性が物憂げに外を眺めている。
「大丈夫か?」
その僅かな音を拾い上げて尋ねたのは、今しがた部屋に入ってきた男性。何かを腕に抱えたまま迷いの無い足取りでベッドに近づき、傍に置いてある椅子に座る。
「大丈夫よ。魔法で体力だって戻るしね」
「だが、完全に疲れは取れないだろう?」
「……そうね」
そう言ったとき、それまで疲れが全面に出ていた表情に、安心したような色がさす。
「でも、よかったわ。本当に。無事に産まれてきてくれて……どれだけ安心したか、どれだけ嬉しかったか……」
手を伸ばし、男性が抱えていた何かを受けとる。その拍子に、緩く巻かれていた布が更に緩み、中からあどけない表情でスヤスヤと眠る赤ん坊が顔を出した。
「ふふっ……かわいいわね。本当に」
「大変だったんだぞ?ソイツが寝ているベッドに近づいたら、ちょうど目を開いた時だったらしく……バッチリ目が合って」
「泣かれたの?」
「いや?不思議そうで必死そうな顔で、必死に何かを言おうとしていたようだがな。結局は寝た」
「そう。よかったわね、泣かれなくて」
「本当にな」
赤ん坊を挟んで、囁くように会話をする。男性が赤ん坊に手を伸ばし、そっと頭を撫でた。
「お前に似て頭が良い奴に育つぞ」
「どうかしら?あなたに似て筋肉バカになったりして」
「……お、お前なぁ……」
女性は意外と陳腐だった。男性は頭をかきながら溜め息を吐き、言葉を探すように視線を漂わせる。
「でもまぁ、頭が良いのは確かだろう。何てったって生まれてすぐ喋ろうとしたんだからな」
「……それなんだけど……本当に喋ろうとしたの?勘違いなんじゃ……」
「いーや、間違いない。コイツは喋ろうとした」
言ってることは真実なのだが、それを伝える者はここにはいない。いたとしても言わないだろう。僅か産まれたばかりの赤ん坊が本当に喋ろうとした、などいくら魔術があろうと信じがたい。
だからこの二人はこの話を冗談半分でしていた。この後この赤ん坊の成長の早さに驚かされるの羽目になるのだが、楽しそうに未来の想像を膨らませる二人がそれを知ることになるのは、また後の話。
ここまで読んでくれてありがとうございます。前回と全然違う!と思う人も、今回の話も楽しんでいただけたらな、と思います。