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兄の誕生日

作者: たいがー

――親愛なるわが兄へ贈る――

『弟よ、今日は俺の誕生日だ!』

「知ってるよ……」

 俺は自室のベッドに横たわりながら、スマホに向かってそう答えた。

『そりゃ知ってるよな、もうすでに二十回も誕生日を迎えてるんだから』

「そうだよな、お酒が飲める年齢になるんだよなぁ……」

 何だか感慨深い。お兄ちゃんは毎年お正月に父親が目を離したすきに、止せばいいのにビールの泡を舐め、顔をくしゃくしゃに歪めていた。

『何か誕生日プレゼントを贈るようお母さんに言っておいてくれ。食べ物か、できればお金(笑)』

「お兄ちゃんそればっかだな」

 大学生の兄は金銭的に余裕が無いくせに、アルバイトもせず、あまつさえ大学の文化祭実行委員になる始末。そんな時間があれば少しでアルバイトでもすれば良かったのにな。

『おおっと、言いたいことは分かる。アルバイトしろって言うんだろ? でもさ、一緒に委員やろうって誘ってくれた先輩が可愛すぎて断れなかったんだよ。分かるだろ?』

「分んなくもないけどな」

 兄は実行委員もやり、しかもサークルを幾つも掛けもち、これでもかというほど大学生活を満喫していた。

 俺は苦笑を漏らし、兄の楽しそうな顔を想像した。

『そう言えばこの前サークルの合宿があったんだけど、鬼のお面かぶって皆に寝起きどっきりを仕掛けたんだ。あの時の皆の顔は、写真に収めておくべきだったと後悔してるね』

「ほんっとロクな事やらねぇよな、お兄ちゃん」

『お前にもいつか仕掛けてやるからな、覚悟しとけよ!』

 俺がまだ小さかった頃、兄にはさんざんいじめられた。俺が一生懸命やっていたテレビゲームを「そこは違うだろ!」「何やってんだよ!」と、横からさんざん怒鳴られ、最終的には「手本を見せてやる」と横取りされたり。俺がテレビに夢中になっている間に、俺の分のおやつを取られたり。ひどい時には俺の身長よりはるかに高いプールにつき落とされたりと、物心つく頃の思い出と言えるものはそのくらいしかない。

『それはそうと、少し遅くなったけど入学おめでとう』

「……ありがと」

『お前もやっと俺の話題について来れるかも知れない年代になったか!』

 俺は一浪を経て、四月に普通の三流大学に入学した。兄のように実家から遠くなかったが、もうすぐ大学の近くの安アパートに引っ越すことになっていた。

『俺の背を越すのはやめろよ?』

「もう越したよ」

 俺の兄弟は母親の影響か皆背が小さい。そのため、いつも実年齢より低く見られる。大学生だった姉が小学生に間違えられたこともあるのだ。まあその中でも俺は一番背が高い方だろう。

虎次郎(こじろう)、ご飯よ~」

 一階から聞こえる母の声に、俺は起き上がって今行くと伝えた。

『飯ちゃんと食ってるか? 学校生活はハードだから食わないとやっていけないぞ』

「俺の心配より自分の方が大変だってのに……」

 一階に降りると、食卓には豪華な食事が並んでいた。

「お母さん。赤飯はさすがに無いだろ!」

「そう? こう言うとき何食べればいいかよく分んなくて」

 母はそう言っておどけて見せた。母の思考回路はどうなっているのだろうか、今日が何の日か多分分かってないんだろう。

『じゃあそう言うことで、くれぐれもお母さんにちゃんとよろしく伝えておけよ! 誕生日プレゼント!』

「また見てんの? それ」

 母がスマホの画面を覗いてきた。

「良いだろ別に」

「ふーん。まあいいや、食べる前に挨拶しておきなさいよ?」

「分ってるって」

 俺は和室の襖を開け、仏壇の前に座り、もう一度スマホの画面に視線をうつした。

『P.S 先輩の言うことは素直に聞くのが高校生活で上手くやるコツだ』

 メールの文面はそれで途切れていた。

 今日は兄の誕生日であり、命日でもある。今年でちょうど四回忌だ。四年前の誕生日に贈られてきたこのメール、その直後に兄は死んだ。歩きながらスマホをいじっていたため、前から突っ込んでくる狂った乗用車に気付かなかったのだとか。兄のスマホは壊れ、俺の返事が届くことは無かった。

 俺は毎年、兄の誕生日であり命日に、このメールを見ている。このメールだけで、兄のキャンパスライフがどんなに楽しいものだったかが垣間見え、まだ兄がこの世に居るのではないかと思えてくるのだ。

 仏壇を見ると、嘘のように明るい笑顔をした兄が、こちらを見ていた。

「お兄ちゃん。もうすぐ同い年だね」

 俺は手に冷たい感覚が走るまで、頬を伝う涙に気づかなかった。

 今日はお兄ちゃんの誕生日だったので、誕生日プレゼントとしてこの作品を書きました。ちなみに兄は健在です。

 

 お兄ちゃんへ、読んでもあんまり怒らないでね(笑)

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