夢の終わり
これは、サラリーマンの性なのだろうか。それとも体に染み付いてしまっているのからなのだろうか……十数年振りに日本に戻ってきたいうのに、目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった。
時間は、六時二十五分。転生した前の日も、この時間に目を覚ましたのを覚えている……正確に言うとここ十数年、休みの日以外は六時二十五分に起きているのだ。
(朝飯食って七時のバスに乗って、地下鉄に向かう。そして八時に出社と……久し振りのサラリーマン生活のスタートだ)
いつも通りの榕木丈治の生活の始まりである。違うのは、部屋に五人の異世界人が泊まっているという事。みんなは世界移動の疲れのせいか、まだぐっすりと眠っている。
朝飯どうしよう。昨日は飯を食ってすぐに寝たから、炊飯器のタイマーをセットしていない。冷蔵庫を見てみると冷凍したご飯とパンが入っているが、六人分となると心もとない。寝ているみんなを起こさないように、こっそりと部屋を出る……今の俺は貴族でも領主でもない。ただのサラリーマンだ。
(さすが東京だな。朝から賑やかだ)
スエットのパンツに財布を突っ込んで、目指すは近所のコンビニである。
「どこに行くんだい?あたいも付いていって良いかな?」
背中から声がしたので振り向いてみるとカリナが立っていた。驚いた事に既にポニーテールを結っている。
「ごめん、起こしちゃったみたいだな」
アサシンの技術は覚えているが、この体はジョージの体よりかなり重い。足音を消したつもりだったけれど、カリナを起こしてしまったようだ。
「ううん、アタイはオデット先生に起こしてもらったんだよ。“ジョージ様が朝ご飯を買いに行かれるみたいだから、お供しなさい”ってね」
オデットさんは寝たふりをしながら、俺の動きを見ていたらしい。でも、起きている気配は全然感じなかったんだけど……さすがはオデットさんと言うべきか。
「お供と言われても、行くのは近所のコンビニだぞ。歩いて三分くらいしか掛からないし」
それ以前三十路のリーマンと女子中学生が一緒に歩いていたら、とんでもない誤解を受けてしまう。ましてやカリナはモデルばりの美貌を持っている。否が応でも目立ってしまう。これは貴族特権を使ってでも、断るべきだ。
「コンビニ⁉それって、昨日行ったお店だよね。あたいも行く。珍しい料理がいっぱい揃っている店は王都にも無いからね。駄目だって言っても付いて行くよ」
どうやらコンビニの品揃えが、カリナの料理人魂に火をつけてしまったらしい……俺の貴族特権なんかじゃ、太刀打ち出来ない火の勢いだ。
「この辺はごちゃごちゃしているから、慣れないと迷子になるしな。一緒に行くか」
カリナと俺が一緒に歩いていると絶対に目立ってしまうが、迷子になられて警察に保護される方が大問題になってしまう。
「そうこなくちゃ……あれ、そっちは昨日の道と違うんじゃない?」
「違うコンビニに行くんだよ。昨日のはローソソってコンビニで、今から行くのはセブントゥエルブってコンビニ」
昨日はから揚げさんを食い損ねた。でも、黄金のハンバーグとブリトーは死守してやる。
「もしかして開いている時間が違うとか?」
カリナの中ではローソソが深夜営業で、セブントゥエルブが早朝開店している店だと思ったんだろう。レコルトで二十四時間営業している店なんてないし。
「どっちも二十四時間営業だよ。よっぽどの田舎じゃなきゃ、コンビニは二十四時間営業なんだぜ」
「に、二十四時間⁉その店の人達は、いつ寝ているんだい?」
カリナは目を丸くして、驚いている。中々良いリアクションだ。昨日は夜遅かったし、気も動顛していてきちんと見ていない物が多い。現地人の特権で、リアクションを堪能させてもらおう。
「従業員が交代交代で勤務しているんだよ」
「ヴェルデに、コンビニの事を教えたら喜ぶじゃないかな?」
カリナはどこか得意げにそう言った。俺もボーブルにコンビニがあったらって何回も考えた。
「コンビニは流通形態がしっかりしていないと、無理なんだ。それに、こっちの世界では夜中に起きている人が大勢いるから成り立っているんだよ……さっ、ついたぞ」
案の定、カリナは自動ドアに驚いてアタフタしていた。
「……さっきからニヤニヤして、アタイを馬鹿にしてるんだろ?」
カリナはプッと頬を膨らませると、そっぽを向いてしまう……アミがむくれた時も可愛かったが、カリナは普段との落差があって可愛い。これがギャップ萌えってやつなんだろうか。
「カリナのリアクションが可愛くてついね。好きな物を買って良いから、許してくれ」
顔の前で両手を合わせ、大袈裟にカリナに謝ってみせる……自分でやっておいて、なんだが傍からみたらバカップルそのものだ。これは周囲の注目を集めてしまったと反省したが、誰も俺達に関心を持っていなかった。さすがは大都会東京だ。
「か、可愛い……おほん、本当に何でも良いんだね?」
咳ばらいをして落ち着いたと思った瞬間、カリナの目がキラリと光った。
「男に二言はない。これに好きな物を入れな」
わざと尊大な態度をとって、カリナにコンビニのカゴを手渡す。
……マジっすか。カリナは異世界の料理にテンションがあがってしまったらしい。そう言えば昨日は何も見ないで、手当たり次第突っ込んでいた。でも、予想以上に美味しくて興味を持ったんだと思う。
「ジョージ、このハンバーグってのは、どんな料理なの?」
「ひき肉に香辛料やパン粉を入れて丸めた物を焼くんだよ……」
カリナは俺の説明が終わる前に、カゴにハンバーグを放り込む。しかも全種類をだ。気付けば、カゴは山盛りになっていた。……さよなら、諭吉さん。
(まっ、五人で食えばすぐになくなるだろ。カリナの機嫌が治ったから良しとするか)
まさか第二のトラップが俺の部屋にあるとは、思わなかった。
「ただいまー……マジ?」
出掛けている間にオデットさんが掃除をしてくれたらしく、部屋は驚く程綺麗になっていた。掃除機の使い方なんて、分からないだろうからコロコロや雑巾だけで掃除したとの事。
「ジョージ様、食糧を確認しましたが、野菜が少な過ぎます。それとジョージ様の私物ですので、こちらを捨てて良いかご確認下さい」
テーブルの上に広げられていたのはエッチ本とDVD。まさかオデットさんに、故郷の母親と同じ事をされるとは。
(さ、殺気?)
背後からただならぬ殺気を感じたので、振り返ってみるとお怒りになられているカリナさんがいらっしゃった。ゴゴゴって効果音が聞こえてきそうです。
「ジョージ、これ全部捨てるよね……」
カリナはそういうと、DVDのケースを握りしめる。あわれ、俺の夜のお友達は粉々に砕け散った。
「も、燃えないゴミの日はまだだから、途中のコンビニで捨てていくよ……って、もうこんな時間?やっば……二、三時間で帰ってくるので、ゆっくりしていて下さい」
手早くスーツに着替え、大慌てで出社した……今日の朝食は俺のグッドパートナー、飲むゼリー君です。
◇
情けない。ジョージの体だったら、これくらいの距離を走っても何ともなかったのに。俺の本体の方だと息も絶え絶えになってしまう。
両手バンザイで吊革に掴まり、なんとか息を整える。爽やかさとは無縁の容姿をしているので、汗だくになって出社はやばいのだ。
「おはようございますー」
同僚と挨拶を交わして目指すはマイデスク。今日で会社を退職するつもりだけれども、不審感を持たれらまずいのだ。
やがて聞こえてくるヒソヒソ声。ここまでは計算通りである。素知らぬ顔で、仕事の準備をしていたら見知った顔の男が近付いてきた。営業の田中である。営業は違うフロアにあるので、朝から田中がここに来るのは異例の事だ。
(夕べ、俺と最後に別れたのは田中だから営業部長が確認にさせにきたんだろう)
営業部長が来なくて良かった。あいつの嫌味は堪える。何が〝たまには売れる物を作れ〟だ。そういう文句は企画に言えっての。
「あ、榕木さん、その顔どうしたんですか?」
田中の額からは不自然なくらいに汗が噴き出ていた。ここから異世界で培った交渉術の出番である。
「お前が変な事言うからジョージ狩りにあったんだよ。しかし、最近のガキは怖いよな。俺を襲ったのはA企画の社長の息子だぞ。俺なんか襲わなくても金はあるだろうに」
一瞬だけ、田中を見てすぐに自分の仕事を再開する。
「ほ、本当にA企画の社長の息子さんだったんですか?」
田中の顔は真っ青になり、膝はガクガクと震えている。
「ああ、きちんとスマホに録音してあるぜ。たまたま通り掛かった知人が助けてくれたから良いような物の、下手したら入院してたぞ……うわっ、このプログラム、ゾンビ化しているよ……ゾンビちゃんー、どこですかー?早く出て来なさい」
田中はガン無視して、仕事をする。そして大慌てで走って行く足音が聞こえた。
(うまく釣れてくれよ……あった、ここだ)
「開発三課の榕木丈治は今すぐ社長室に来るように」
田中は走り去って十分。ようやく魚が針に食いついてくれた。スマホや診断書を入れてあるカバンを持って立ち上がる。同僚がこっちを見ているが、下手に彼等を巻き込む訳にはいけないので、素早く移動。目指すは社長室だ。
◇
昔なら社長室に近付いただけで、足が震えていた。でも、今の俺は昔の俺と違う。異世界で王様や皇帝と会った経験が俺を図太くしたのだろう。
「榕木です。失礼します」
ドアを開けたら、そこのいたのは会社のお偉いさん達。皆さま殺気だっていて、居心地が非常に悪い。
「榕木、営業の田中に話した事は本当か?」
すげ、初めて専務に名前を呼ばれた。
「これを聞いてもらえば分かります。それとこれが診断書のコピーです」
診断書のコピーを社長のデスクに置き、ボイスレコーダーを再生する。どんどん青ざめて行くお偉いさん達。そりゃそうだ。この襲撃事件が表にでれば、我が社のキミテバブルは一気に崩壊する。
「榕木、我が社は今とても大切な時期にある。それは分かるな……この件なかった事にしてくれないか?」
お偉いさん特有の物事を濁しての交渉だ。俺が頷けばA企画に恩を売れるから万々歳だろう。でも、それじゃ俺がおいしくない。
「俺はキミテの開発に関われた事を誇りに思っています。こんなくだらない事で、キミテの人気を失くしたくありません。でも、俺がいる限りまた同じ事件が起きる可能性があります……条件しだいで、自己退職を考えますが」
社長室がざわめく。会社と縁が切れれば、俺が事件に巻き込まれても損害は少なく出来る。
「夏のボーナス前払いと退職金の上乗せそれでどうだ?」
「分かりました。それと、これを買ってもらえますか?ただし、出所は秘密ですが」
一本のメモリースティックを社長に渡す。怪訝な表情のまま、社長がメモリースティックをパソコンに刺した。怪訝だった表情は驚きに変わり、やがて歓喜の表情へと変わった。あのメモリースティックはマジックアイテムの元になった俺の私物である。パソコンを転移してもらった時に、一緒についてきたのだ。
「榕木、この資料はどこで手に入れた。実際に見て調べなければ、こんなに詳細な資料は作れないぞ」
メモリースティックに入れてあったのは、俺がレコルトで鑑定して集めたレコルトのデータだ。それはゴブリンの生態から王城の見取り図まで多岐にわたっている。ゲームは所詮作り物だ。だから少しでもリアルに近づけようと、みんな頑張っている。ましてやキミテはリアルな世界観が売り。会社の人間にとって喉から手が出る程、欲しい代物なのだ。
「分かった。全部で五百万だす。それで良いな」
こうして、ゲームを作るという俺の夢は終わりを迎えた。
(もう、プログラマーじゃないんだ)
そう思うと、涙が止めどなく溢れだした。
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