幕間 クレア・パラッチ取材メモ1
オリゾン中学新聞部。その主な活動は、月一でオリ中新聞の発行する事である。学校行事や部活動の紹介をする手書きの壁新聞だ。その他に生徒のリクエストに応じてお洒落な貴族ベストテンや人気姿絵ランキング等も載せている。
「クレア氏、ちょっと良いかな?」
クレア・パラッチは新聞部所属の一年生である。実家は絵姿の販売から王都新聞の発行を手掛けているパラッチ印刷。パラッチ印刷の規模からすると、クレアはお嬢様と言っても差し支えないのだが、母親が敏腕記者だった事もありスクープの発掘や取材に情熱を燃やしている。
「部長、来月号で誰を特集するか決まったんですか?私、またマリーナさんを取材してみたいです」
クレアの一学年上には、勇者ブレイブ・アイデックの子孫が四人おり、定期的に特集が組まれている。彼女達の特集を組んだ時の記事は大人気で王都新聞に転載された事もある。
「ああ、来月号はジョージ・アコーギを特集しようと思う。保護者の皆様から、彼の事を詳しく知りたいと言う要望が多く寄せられてね」
ジョージの名を聞いたクレアの顔がどんどん青ざめて行く。先程の勢いはどこへやら、塩を振りかけられた青菜のようにくったりとしていた。
「部長、それは勘弁して下さい。親からもジョージ・アコーギへの取材は禁止されているんですよ。ジョージのバックに誰がいるか知っているんですか?ローレン・コーカツにキョーユー・イジワールですよ。それにギリアム商会やホートー様と太いパイプを持っている……悪い噂も少なくない人物ですので勘弁して下さい」
パラッチ新聞でもボーブルの秘密を暴こうと記者を潜入させた事があるが、悉く捕まって送り返されてきたのだ。結果、各方面から圧力が掛けられジョージ・アコーギへの取材は禁止となったのだった。
「去年、新聞部でジョージ・アコーギに関するアンケートを取った事があるんだよ。その結果が同じ人物とは思えないくらいに意見が割れたんだ。否定的な意見としては金稼ぎが得意な守銭奴領主、嫌味なソバカス小僧、貴族のたしなみを学ぼうともしない社交界の駄目男、マリーナ・ライテックを借金で縛るブサイク。肯定的な意見は種族や地位より人柄と能力を重視してくれる、事業を成功させても派手な暮らしをしない所に好感が持てる、領民の為に汗水流して働いてくれる領主様、女遊びどころか神官並みに無欲な生活を送る男性。どう見ても同じ人物に思えないんだ。そして君の言った悪い噂、厄介事巻き込まれ体質、裏社会のベストフレンド、人材泥棒。興味深い人物だと思わないかい……クレア氏はジョージの妹と仲が良いんだろ。この取材、やってみないかい?」
「確かにアミ様とは仲良くさせてもらっています。でも、アミ様にジョージ・アコーギの悪口は禁句ですよ」
アミは普段は大人しく誰にでも分け隔てなく接している。しかし、兄ジョージの事を悪く言う人間を蛇蝎の如く嫌うのだ。クレアとしても友人関係を壊してまで取材をする気はない。
「ジョージ・アコーギの誤解を解く為と言ってみたらどうだね……クレア氏も興味があるんだろ?」
◇(アミ視点)
昼休みみんなで机をくっつけて、お昼ご飯食べていたらクレアちゃんがチラチラと私を見ている事に気付いた。
「クレアちゃん、私の顔に何か付いている?」
バケットサンドのマヨネーズが付いてしまったのかと思って、慌てて口を拭う。
「ち、違いますよ……アミ様のお兄様がどんな人か聞きたいんです」
「クレアさん、それは貴女の部活と関係しているのかしら?ジョージ様はアコーギ家の嫡男ですのよ。部活だからと言って詮索するのは感心しませんわ」
クレアちゃんをそれとなくたしなめたのは小学校からのお友達のマリー・トジェリーさん。トジェリー家は代々アコーギ家に騎士として仕えてくれているの。マリーさんのお兄さんトムさんはお兄様に仕えてくれているんだ。お陰でお兄様の情報が簡単に手に入れる事が出来る。
「クレアっちの部活は新聞部だよね。ジョージ様って記事になるの?」
小首を傾げて質問したのはサヤちゃん。サヤちゃんの家も宮廷魔術師としてアコーギ家に仕えてくれている。サヤちゃんの言おうとしている事は分からなくもない。お兄様は貴族らしくない貴族。服は簡素で地味な物を好むし、自分の姿絵を一枚も出していない。
「来月号でジョージ様の特集を組むんだけど、ジョージ様がどんな方なのか分からなくなって。社交界にあまり顔を出さないんだけども、国内外の有力貴族と太いパイプを持っているし。アンケートでも否定的な意見としては金稼ぎが得意な守銭奴領主、嫌味なソバカス小僧、貴族のたしなみを学ぼうともしない社交界の駄目男、マリーナ・ライテックを借金で縛るブサイク。肯定的な意見は種族や地位より人柄と能力を重視してくれる、事業を成功させても派手な暮らしをしない所に好感が持てる、領民の為に汗水流して働いてくれる領主様、女遊びどころか神官並みに無欲な生活を送る男性、働き過ぎで心配になる……来月特集を組むんだけど、調べれば調べる程、ジョージ様が分からなくなるの」
妹の私からみたら糞女に関する事以外は全部事実だ。ちなみに私が聞かれたら優しいお兄様だって答えると思う。不満な点はもっとご自分のお体を大事にして欲しいかな。それとあまりぱそこんを使い過ぎないで欲しい。私が側にいないと、何時間でもぱそこんを弄っているみたいだし。
「お兄様がお金を稼ぐのはボーブルを豊かにする為だし、嫌味を言う時は相手に絡まれた時だけだよ。それと貴族の嗜みって、ダンスや歌の事でしょ。お兄様は悲しいくらいにリズム感がないの」
無欲な生活に関しては、ボルフ先生が『あれはヘタレなだけです』って言っていた。お兄様は異性にアピールする事が、あまり得意じゃない。ヘタレ過ぎてカリナ先輩に見捨てられなきゃ良いんだけどね。
「アミ様、お怒りならないのですか?私でさえも憤りを感じる内容でしたが」
「お兄様が貴族らしくないのは事実だから。クレアちゃん、良かったらこれからお兄様に会いにいってみない?直接話さないと分からない事もあると思うよ。それにお兄様と近しい人に話を聞いてみれば、色んな事が分かると思うよ。丁度、明日はお休みだからボーブル城に泊まって取材しても良いし」
もちろん、私も一緒に付いていく。お兄様は夏休みもお仕事ばっかりで、全然構ってくれなかった。たまにはたっぷりお兄様に甘えたいもん。
「む、無理ですよー。ジョージ様は領主をされてお忙しいと聞いています。アポを取らずに訪ねても会ってくれるとは思えません」
普通の貴族はプライドが高くて礼儀を重んじるから、突然の訪問を受け付けない。何度も嘆願書をもらってから、ようやく会ってやろうとなる。
「私が一緒なら大丈夫だよ」
お兄様の教室の前にくると、見知った顔の人が挨拶してくれた。獅子人のカリナ先輩だ。カリナ先輩はお兄様を理解してくれる稀有な女の子。お料理も上手だし、さっぱりした性格でマリーナなんかよりよっぽどお兄様に相応しい。
「アミ様、お久しぶりです。突然ですが、あれを何とかしてもらえませんか?アタイの言う事なんか聞いてくれないんですよ」
カリナ先輩の指さす先にいたのは一心不乱に書類整理をしているお兄様。目の下に濃い隈が出来ていて、徹夜したっていうのが直ぐに分かる。
「お兄様っ‼あれ程、徹夜はしないで下さいって言ったじゃありませんか。私のお友達がお兄様の取材をしたいそうですから、今日ボーブル城に泊めてあげて頂けますか?それと私も泊まりますので、お仕事は禁止にします。良いですねっ」
私は優しいお兄様が大好きだ。だからもっとご自分を大切にして、お幸せになって欲しい。
◇
クレアは驚きの余り、呆然と立ちつくしてしいた。彼女の知っている領主達は総じて気位が高く、衆目がある所で意見される事を嫌う。中には取次役を置いて、直接の会話を避ける者すらいるという。女性を蔑にする者は少なくなく、身内の意見にも耳を貸さない者さえいるのだ。
しかし、ジョージ・アコーギは怒るところか困り顔でアミに謝り倒してていたのだ。
「あの、ジョージ様はお怒りにならないのですか?」
「あいつはアミ様に激甘だから怒る事はないですよ。むしろアミ様に構ってもらえて喜んでいるじゃないんですか?」
同じ学園に通っているとは言え、猿人の生徒は獣人の生徒を下に見る者が少なくない。もし、この時クレアがカリナにため口で話していたら、彼女は両親からこっぴどく叱られただろう。
(凛としていて格好いい獅子人の先輩だなー。うん?獅子人のカリナ先輩……ひょっとしてカリナ・アイビス⁉)
カリナ・アイビスは獣人の庶民であるが、オリゾンの貴族の間では重要視されている。ジョージ・アコーギと親しいだけでなく、国内外の有力貴族に気に入られているのだ。
「カリナ・アイビス先輩ですよね?私は新聞部のクレア・パラッチと言います。今度、ジョージ様を取材する事になったのですが、カリナ先輩の他にジョージ様の事を良く知っている人は誰がいますか?それと私の方が後輩なので敬語は止めてもらえますか?」
「べ、別にあたいはそんなに親しくはないと……思うぞ。そうだな、今日も御者として付いて来ている狼人のボウル・ルードウさん、ジョージに勉強を教えているサンダ・チュウローさん、ボーブルでメイドをしている猿人のオデット・コーレシャンさん。当たり前だけど母親のカトリーヌ・アコーギ様とかだと思うよ。他にローレン様も該当するけど、取材は無理だろ?」
クレアは顔を赤らめながら否定するカリナを見て、その可愛さは反則でしょと思った。
「婚約者のマリーナ・ライテック先輩とは仲がよろしくないんでしょうか?」
クレアはマリーナの取材を何度かした事があり、彼女の美しさと優しさを知っている。普通の男性なら、どんな手を使っても仲良くしたい少女の筈だ。
「あたいはマリーナとも仲が良いんだけどさ。あの二人は水と油って言うか、相性が余り良くないんだよね。特にマリーナはジョージの事を毛嫌いしているし。あ、あたいはジョージと特別仲が良いって訳じゃないからな……そりゃ、悪くはないと思うけど……」
カリナはそう言うと、顔を真っ赤に染めたまま、俯いてしまった。
(取材対象はボルフ・ルードウ、サンダ・チュウロー、オデット・コーレシャン、マリーナ・ライテックの四人ね。さすがにカトリーヌ様は無理だし)
クレアの取材メモ
アミ・アコーギ 少し見ただけで兄妹の仲の良さが伺えた。ジョージ・アコーギがアミ様を大切にしているっている事が分かる。それと昼休みでも仕事をしているところを見ると、働き過ぎの噂は本当のようだ。
カリナ・アイビス さっぱりとした性格の獅子人の少女。言葉遣いは男っぽいが、乙女のような反応が愛らしい。彼女の反応を見る限り、ジョージ・アコーギが種族で人を差別しないというのは本当のようだ。
早い所では既に嫌われ者が発売されているそうです。見かけた方、購入して頂いた方はいますか?明日も更新します。




