ジョージのお出掛け4 ジョージの失敗
気が付くと薄暗い森の中に立っていた。天を衝く様な巨木が立ち並ぶ全く見覚えがない森である。そして不思議な事に、体が元の大きさに戻っていた。
(今までのは夢だったのか?随分と長い夢を見てたんだな…いや、待てよ。夢ならなんで森にいるんだ?)
俺が意識を失ったのは道端だ。気が付くのなら道端か病院である。百歩譲ってお約束の知らない天井はあっても、知らない森にいるのはおかしい。
(うん?何かが動いた…って、ビーンズモス!?)
保護色になっていて分からなかったが、一匹のビーンズモスが巨木に留まっていた。そしてビーンズモスはゆっくりと羽ばたき始めると、俺に向かって翔んできた。
巨大な蛾に襲われたらどうするべきか。俺は勇者でも戦士でもない、ただのサラリーマンだ…必死こいて逃げてやる。
でも走るのと翔ぶのではスピードに差があるのは当たり前。ビーンズモスは俺に追い付くと、へばりついてきた。そして6本の足で俺をハグ。
(食べてごめんなさい、食べてごめんなさい…お願いだから離してー!!)
しかし、ビーンズモスは俺の願いを無視して、6本の足に力を籠めてくる。息苦しさと気持ち悪さで意識が薄れ、視界が徐々に暗くなっていく。
(巨大蛾にハグされながら死ぬなんて嫌すぎるっ!!)
もがきまくっていると、突然視界が明るくなった…どうやら、夢を見ていたらしい。
「カトリーヌ様、ジョージ様をお離し下さい」
「いやっ!!ジョージは私が守るんですっ!!」
息苦しさの原因は母さんのハグ。どうやら、気絶した俺を心配してずっと抱き締めてくれていたらしい。しかし、オデットさんが俺を引き離そうとしたから、母さんの母性が暴走して強力なハグになってしまったと…。
(俺だけじゃなく、母さんもゲームとは違う人間に変わってきてるな)
ゲームでのカトリーヌ・アコーギはジョージが何をしても叱らず、際限なく甘やかす母親だった。それは子育てと言うよりペット感覚。誰かに責められるとジョージをあっさりと見捨てる。多分、赤ん坊のジョージと引き離された所為で、母親としての自覚が生まれなかったんだろう。しかし、俺からコミュニケーションをとっているうちに母性が目覚めたんだと思う。
「カトリーヌ、折角家に帰って来たんだ、お父さんにもジョージを抱かせてくれないか?ジョージはお前の息子でもあるが、私の孫でもあるんだよ」
中年男性が優しい声で母さんに話し掛けてきた。男性は興奮状態の母さんを刺激させない為にゆっくりと優しく話し掛けている。ちなみに顔は母さんにギュッと、抱き締められている所為で確認が出来ない。
「お父様!!でも、ジョージの目がまだ覚めないの」
俺を孫と呼び母さんがお父様と言うのは、ローレン・コーカツしかいない。ローレン・コーカツ、取って付けた様な名ではあるが、彼は老練で狡猾な性格である。その権力は王家と比べても勝るとも劣らず。アサシンギルド等の裏の勢力とも繋がりがあり、不自然な死を迎える敵対者も少なくはないそうだ。
(さてと…どうするかな?)
声を掛けようにも、抱き締められているから大きな声は出せなない。
「マー、マー、マー。おはよー」
母さんに呼び掛けながら、体をタップ、あくまで偶然目が覚めた子供を装おう。
「ジョージ!!ママ、すんごい心配したんだから」
母さんの目から涙が止めどなく溢れてくる…罪悪感が半端ないっす。
「ごめんなちゃい」
言わせてもらえればグロい物を見せたのは母さんなんだけど。
「カトリーヌ、色々と疲れてるだろ?お前の部屋は昔のままにしてあるから、少し休んできなさい。母さんもお前と話したがっている。何より、私が孫と遊びたいんだよ」
ヤバい…初めてローレンを見たが、あれは関わっちゃ駄目な人だ。一見すると人の良さそうな中年男性であるが、目に深い洞窟の様に底の見えない暗さがある。ローレンと目が合うと、心の奥底まで覗き込まれる感じがした。
「はい、分かりました。ジョージ、ママがいなくて寂しいでしょうけど、良い子にしてるのよ」
母さんはそう言うと、俺をローレンに手渡す。これは泣いて縋って母さんに付いていこう。
「オデットの話だと、お前も大分無理をしてた様だね。実家にいる時位、ゆっくり休むと良い。オデット、カトリーヌを頼む」
ローレンの言うとおり、母さんは久し振りに羽を伸ばしてゆっくり休めるんだ。
(これは邪魔をする訳にいかないな…って、痛ったー!!)
内腿に鋭い痛みが走る。ローレンが俺のプニプニ太ももをつねりやがった。
(ここで泣いたら母さんが休めない…我慢だ、我慢。ちくしょー、幼児虐待だぞ)
痛みを堪えながら笑顔で母さん達を見送る。そして、母さんとオデットさんが部屋を出た瞬間、部屋の空気が一変した。胃が焼けつく様なピリピリとした緊張感、部屋の温度が絶対零度まで下がった様な錯覚に陥る。
「さて、答えてもらおうか…お前は誰だ?」
誰だと言われても、あんたの孫だとしか答えれないんだけど…それを、この空気で言う度胸なんて俺にはない。
『ミケ、フォローを頼む』
いくら、公爵でも神使のミケを無下には出来ない筈。こんな時だ、猫の手でも貸してもらう。
「ローレン、そいつは間違いなくお前の孫やで」
「それは分かっています。しかし、ジョージはとても一歳児には思えないのです」
あれか、つねられたのを我慢したのがいけなかったのか?そしてローレン程の人物が敬語を使うって事は、神使には一定の権力があるのだろう。
「なんでや?どうみでも普通の一歳児やろ」
頑張れ、ミケ。どうみでも形勢は不利だけど頑張ってくれ。俺は普通の一歳児じゃないし。
「最初、疑問に思ったのはカトリーヌの手紙を読んだ時でした。そこに書かれているジョージは、とても一歳児とは思えないものだったんです」
ローレンの話によると、母さんからの手紙の内容はずっとアランの事しか書かれていなかったと言う。それは俺が生まれても変わらなかったと言う。しかし、ある時期から手紙は、殆どが俺に関する事に変わっていったらしい。
「まず普通の一歳児の言葉は、いくら成長が早くても単純な単語しか話しません。ましてや、相手の行動に合わせた言葉を話すなんてあり得ないんです。しかし、カトリーヌの手紙には¨ジョージが私に会えなくて寂しかったって言ってくれたんです¨と書かれていたのですよ。最初はカトリーヌの親の欲目だと思っていましたが、念の為にオデットに様子を観察させました」
良かれと思って取った行動が裏目に出てしまうとは…
『おいっ!!完璧にお前のミスやないか!?』
『仕方ないだろ。俺の周りに、一歳児なんていなかったんだし』
親戚や同僚の子供と会っても、何歳でどんな言葉を話すかなんて気にも留めなかった。
「そしてジョージはホテルで従業員を庇い、襲撃者と戦おうとするオデットを止めたと聞きました。これは周りで何が起こったのか把握してなければ不可能です。そしてさっきジョージは、自分で目覚めた事をカトリーヌにアピールしていました。ミケ様、ジョージには何が取り憑いているんですか? 」
極めつけは、つねられても泣かないどころか平然としてみせた事。それでローレンは俺に何かが取り憑いていると、疑ったらしい。
『ミケ、ネタばらしを頼む』
下手に俺が喋ったら、ますますローレンの疑いを深めてしまう。
「ジョージは、前世の記憶を持っているんですか!?」
ミケの話を聞いて驚くローレン…当たり前か。
「そや、それだけない。こいつは、これから起こりうるであろう事も知っとる。そやろ?」
「あくまで起こりうる事だけどな。俺が持ってる知識とはズレが出ているから過信は出来ないよ。初めまして、お爺様。ジョージ・アコーギです」
こうなれば自棄である。ヤバくなったら、ミケに頼み込んで生かしてもらえる様に説得してもらおう。
「確かに過信をし過ぎたな。カトリーヌは、初産だから疑わなかったが兄や姉がいたらどうしたんだ?」
ヤバい子扱いされるのは、確実だ。そんな事をしたら命を狙われかねない…あっ。
「もしかして、今回の襲撃はルミアの妊娠だけが原因じゃないんですか?」
「マジックアイテムを持って生まれた優秀な子供だ。警戒されない訳はないだろ。ミケ様、ジョージ達の逗留を伸ばさせます…孫には、私がみっちりと教育を施しますので」
まさか、一歳から英才教育を受ける羽目になるとは。