嫌わせようとする者
どんな仕事でもホウレンソウを軽視してはいけない。ましてや他領での仕事となると猶更だ。
初日に蒔いたかぶが芽を出したのでアーシック領の農政担当者ランダさんに、公共事業の進捗状況を報告中。
「ここの土壌にドラ糞が馴染んだら、何割かを違う土地に移し替えて土に混ぜ込んで下さい。効果が不十分なようでしたら、ドラ糞とミミズの追加が必要になります。それと土の掘り起こしに使ったゴーレムが必要でしたら、その都度職員を派遣しますよ。」
ミミズはアーシック領にもいるけど、ドラ糞はボーブルでしか作れない。作業用ゴーレムもボーブルにしかないから、公共事業が終了してもアーシック家は引き続きボーブルとの取引が必要になるのだ。嫌がらせをされたくらいで、こんな美味しい儲け話を手放す気なんてさらさらない。
「分かりました。ベル様の件は、本当に申し訳ありません。ベル様はお亡くなりになれられた奥方様を心の底からお慕いになっておりましたので」
ランダさんはそう言うと申し訳なさそうに、頭を下げてきた。ベルが現場に突っ込んできたのは、今は亡き母ゴージョの声が聞こえたのが原因らしい。ゴージョはゴーレム操縦の名手で、陸王丸を動かした事もあるそうだ。
「事情は色々と聞いておりますので、大丈夫ですよ」
ごつい体を縮こまらせているランダさんに、俺の十八番の作り笑顔で応える。ここで下手に怒ったら、ボーブルに住んでいるドワーフの心証を悪くしてしまう。
それにベルの母親の事は、アイゼンさんにも確認済みだ。ベルは何かあると陸王丸に報告にいき、その足元で長い時間過ごすらしい。そしてベルが一人でいる時にのみ、母親が話し掛けてくる事があるそうだ。
「ありがとうございます。それと陸王丸の見学とテッラ台地での採集許可が降りました。陸王丸の見学には私が付き添いますので、準備が終わりましたら、声を掛けて頂けますか?」
ランダさんは、そう言って何度も頭を下げなら部屋を出て行った。ドワーフの宮仕えは大変らしい。陸王丸には王家の許可がなければ近付けないとの事。またアーシック領では鉱石は貴重なので、テッラ台地で魔物を倒す事は許可しているが、鉱物や植物を許可なく採集するのも禁止らしい。
「調査書が届きました。しかし、本当にベルさんのお母様が、このような事をおっしゃったんですかね?」
サンダ先生は、ランダさんが部屋を出たのを見計らって、調査書を手渡してきた。あの後アサシンギルドの皆さんに色々と探ってもらったのだ。
発端は、またもや夢の騎士様らしい。騎士様はマリーナに俺がアーシック領におかしな物を持ち込もうとしていると告げたらしい……ミミズとドラ糞、確かにおかしな物である。悔しいが、否定は出来ない。
そしてあの日、ベルが陸王丸の前で悩んでいたらゴージョの声で“ベル、勇者の血を信じなさい。アーシックに危機が迫っています”と聞こえてきたそうだ。
自分の所為でアーシックに危機が訪れると思ったベルは、俺を止めようと作業現場に突撃してきたらしい。
「それを確かめに陸王丸を見学しに行くんですよ。サンダ先生なら、陸王丸にゴージョの魂が宿っているか分かりますよね」
もし、宿っていたら陸王丸がATフ○ールドを使わない事だけを祈ろう。
「ええ、分かりますよ。ジョージ様は信じてないのですか?」
死者の森で幽霊と戦った事があるので、幽霊の存在は否定しない。それに神官であるサンダ先生の前で、霊魂を否定したらミューエさんが黙ってないと思う。
「本当にゴージョの魂が宿っているんなら、アーシック領がこんなになる前にお告げをしていますよ。場合によっちゃ、胸糞の悪い展開になるでしょうね」
◇
陸王丸に近付く道は厳重な警備が敷かれていた。周りは高い塀で囲まれているし、警兵が何人も駐在していた。警備兵の視線を背中に感じながら、陸王丸に続く一本道を歩いて行く。エアリーディング能力を使わなくても、下手な動きをしたらボコボコにするからなって意思を感じる。
「で、でけぇ。まじかよ」
間近でみる陸王丸は、物凄い迫力だった。俺なんか簡単に踏み潰されると思う。陸王丸の周囲には太めの糸が幾重にも張り廻らされていた。
「気を付けて下さい。その結界糸に触れると衛兵が飛んで来ますので」
糸を避けるには、正面から近付くしかない。警備兵の視線を掻い潜って、あの高い塀を超えるのは至難の業だ。そして塀を越えても糸に触れたら、即アウトなのだ。ちなみに糸を鑑定してみるとオリハルコンで出来ていた。
「ベル様はいつもどこで過ごされているのですか?」
本当は作るのに幾ら掛かったのかとか、自重で潰れない工夫はなんですかとか聞きたいんだけど。
「こちらです。ベル様はいつも右足にもたれ掛かって過ごされております」
足と言っても二メートル近い大きさだ。王家の威容を示す為か、足にも細かな装飾が施されている。
「これは何でしょうか?ベルのようですが、中には何もありませんし」
サンダ先生の視線の先にあったのは円錐状の金属製品。丁度一メートルくらいの高さにぶら下げられている。
「サンダ先輩、その代わりに糸のような物が付いていますよ……結界糸の方に伸びていますね。そのベルに触れても衛兵が来るのではないでしょうか?」
サンダ先生もミューエさんもあれが何か分からなく当たり前だ。でも、これでベルが死んだ母親の声を聞いたっていう謎が解けた。俺に言わせれば金属製品は円錐状と言うより、紙コップみたいな形なのだ。そして底にあたる部分は薄い金属で作られており、糸は薄い金属の真ん中から出ている。
そう、あれはどう見ても糸電話なのだ。恐らく糸は塀の内側まで伸びているだろう。
(なるほど。木を隠すなら森の中ってか。取り敢えずじっくり鑑定してみないとな……そういう事か。いくら俺でもこれは許せないな)
「ありがとうございました。テッラ台地には明日挑戦させてもらいます。それとイジッパ・ヘンクツー様はどの様な方ですか?」
「ベル様の叔母にあたる方です。もうお亡くなりになりましたが」
情報が増える度に、腹の底から怒りが湧いてくる。でも、ここで怒ったら相手の思うツボだ。
◇
サンダ先生に目配せをして、フライングシップのドアを閉めた。
「ジョージ様、何か掴まれたのですね……何かは分かりませんが、お気持ちをお鎮め下さい。それで一度ボーブルに戻られるのですか?」
隠しているつもりだったがばれていたようだ。
「いえ、ここでボーブルまで戻ったら怪しまれます……サンダ先生、ゴージョの魂は感じられましたか?」
サンダ先生は深く溜め息をつくと、ゆっくりと首を振った……これで確信が持てた。さっきから腹の中が煮え繰り返りそうだ。
「ジョージ殿、ベルは幻聴を聞いていたと言うのか?」
最初は俺も母親を早くに亡くしたベルが寂しさの余り、幻聴を聞いたのではと思った。でも、幻聴では正確な情報を得る事は出来ない。ましてやタイミング良くベルを煽る事はないだろう。
「いえ、ベルが聞いたのが幻聴ではないと思います……声の主は、ゴージョの真似をした誰かですよ……あの鐘状の物は糸電話と言って離れた場所にいる人の声を届ける事が出来るんです」
今は道具が揃っていなから再現出来ないが、木のコップの底をくり抜いてコピー用紙を張れば糸電話になるだろう。
「……しかし、誰が何の為にそんな事をしたのでしょうか?」
「鑑定してみたら、あの糸電話を作ったのはベルの叔母イジッパでした。最初は母親を亡くして落ち込んでいるベルを励ます為に、姉ゴージョの声を真似て話し掛けたんでしょうね……でも、イジッパが死んだ後も糸電話を使ってベルに話し掛けていた奴がいるんですよ」
多分、そいつがイジッパに糸電話の作り方を教えたんだろう。
「母親を亡くした少女の心に付け込むとは許せんな……ジョージ殿、そいつは誰なのだ?」
ミューエさんの顔に怒りの色が浮かんでいた。サンダ先生も怒っているのが分かる。
「分かりません。最終使用者を鑑定したら、不明とでましたので」
そう、イジッパではなく最終使用者が不明なのだ。
「つまり、意図的に自分の存在を隠してイトデンワを使った者がいるのですね」
この時点で、相手は俺よりかなり強力な魔力を持った奴に限定される。高位の魔法使い、六魔枢並みの強力な魔族が妥当な線だ。
「ええ、そしてそいつは言葉巧みに話し掛けて、自分が母親だとベルに信じ込ませた。そしてベルは声に依存するようになった……似たような話を、どこかで聞いた事がありませんか?」
「マリーナ様の夢の騎士ですか……つまり誰かが意図的にジョージ様とマリーナ様達の仲を険悪な物にしようとしているのですね」
前からおかしいと思っていた。マリーナに伝わる俺の情報は、いつも悪意を持って歪まされている。普通ならプラスの話も混じるのに、情報操作されているかのようにマイナスの情報に変えられているのだ。
「多分そうでしょうね。誰が何の目的で、そんな事をしているのか分かりません……ただ許せないのは、人の弱みに付け込んで、思い通りに操ろうとしている事です」
マリーナが俺に関わると人が変わったかのように性格が歪むのも、その所為かもしれない。
「それでジョージ殿はどうするのだ?マリーナ君に真実を話すのか?」
「しばらくは現状維持でいきます。下手に動いて、そいつの意図に気付いた事がばれたら被害が拡大すると思いますし。このまま嫌われ者のままでいて、地力をつけていきます」
少なくとも鑑定で正体を見破れるようにならなきゃ勝ち目はないだろう。取り敢えずは、テッラ台地で修行をするのが一番得策だと思う。
それにベルもマリーナも、俺より偽物の母親や夢の騎士の事を信じると思う。むしろ、そいつ等を疑ったら余計に嫌われてしまう。
「アニエスさんやヴァネッサさんにも接触しているのでしょうか?」
「接触していても、マリーナやベル程頻回じゃないでしょうね。アニエスの周りにはエルフ神官が、ヴァネッサの周りには魔法使いがいますから。それに二人共、生まれつき魔力が強いので、下手に近付けばバレますよ」
ゲームのジョージも、そいつの所為で嫌われ者になったのかも知れない。でも、俺には頼りになる仲間がいる。お前の思い通りになると思うなよ。




