ネルケとベテランサキュバス?
歓迎のパーティーと言っても、突然の事なので準備に時間が掛かるそうだ。俺としては無理にパーティーなんか開かずに、即解散の方がありがたい。もし開かれても参加は遠慮したいんだけども、王族二人がノリノリだから全員欠席は不可能だと思う。
そして規模としてはかなり大掛かりな物になるらしい。そりゃそうだ。フェルゼンは密かに、戦の準備を進めていたらしい。
特にベガルの関係者の気炎は激しいらしく、盛んに軍議を開いていたそうだ。自分が惚れられていると勘違いした縁談が原因で開戦って、凄く恥ずかしいと思う。
「サンダ先輩はジョージ殿の従者として参加される。つまりジョージ殿が欠席してしまえばサンダ先輩も参加出来ない……何より今回一番の功労者はジョージ殿だ。欠席は許されぬぞ」
ミューエはそう言うと悪戯っぽく笑った。サンダ先生もミューエの事を好きだと思う。ミューエは、嫁き遅れと揶揄されても一途にサンダ先生への想いを貫いた。サンダ先生は自分の想いを押し殺して、ミューエに友人として振る舞った。それを俺のわがままで邪魔する訳にはいかない。
「分かっていますよ。それにもうファルコ伯爵の領地に入ったみたいですから、逃げようがありませんし」
パーティーが開かれるのは明後日。それまで俺達はファルコ伯爵の城にゲストとして招かれた。ちなみに母さんはイリスさんの希望もあり先にファルコ城に向かったし、ヴェルデとコニーさんはギリアム商会フェルゼン支部に泊まるそうだ。
俺達が乗っていのはレオパルド家所有の大型馬車。乗っているのはホートー・ラフィンヌさん・ミューエ・サンダ先生・ボルフ先生・オデットさん・カリナ・俺の八人。御者はミューエさんの部下がしてくれている。幸いな事に、車内の会話は御者の耳に届かないそうだ。
「ジョージ、ネルケはどうなるんだ?イリス様はずっとネルケの事を心配していたんだぞ」
カリナの何気ない言葉で馬車の空気が気まずくなる。カリナ以外の七人は、ネルケの運命を予想出来ていると思う。
「フェルゼン帝国は身分の厳しい国です。良くてネルケ君一人が死刑。最悪ネルケ君の家族全員が処刑されますね」
俺としても死刑はやり過ぎだと思うが、貴族って奴は体面を異常なまでに気にする。今回で言うとファルコ伯爵とベガル関係者を何とかしないと極刑は免れない。
「そんな事をしたらイリス様は自分の殻に閉じこもっちゃうよ」
イリスさんも下手したら修道院送りか後妻なんてパターンもある。おじさん貴族の後妻になんてなったら、悲観して自殺しかねない。そうなりゃ、ブリスコラに付け込まれてしまうよな。
「そんな事言われても他国の政治に介入するのは得策じゃないんだよな。第一、ネルケ君の事を知らないし……ミューエさん、ネルケの家に寄ってもらえますか?」
もう遅いかも知れないが、このままじゃまずい事になる。
「ネルケの家は領都の近くの村だから大丈夫だが、どうしたんだ?」
「ブリスコラの配下にはサキュバスがいます。もし、ネルケ君がサキュバスに魅了されて欲に溺れてしまったら、イリス様の心に隙間が出来ます。そうなればブリスコラに付け込まれて、意のままに操られかねません」
そうすればイリスさんにベガルを刺殺させる事も出来るだろう。そして黒幕をオリゾンの人間だって言わせれば……。
「イリス嬢に気付かれる前に、何とかしないとまずいな……国内にサキュバスが出たなんて醜聞だ。皇帝閣下になんと申し上げたら良いのか」
フェルゼンは規律を重んじる国だ。魔物が町に現れたってだけでも、問題なのにサキュバスが現れたなんてとんでもないスキャンダルになるだろう……待てよ、この状況使えるじゃないか?
本当にサキュバスがいたら、ブリスコラの介入を証明出来る筈。それにファルコ伯爵に貸しを作れる……何より戦闘中にサキュバスの体に触ってしまっても、不可抗力だと言い訳が出来る。今回は、色々と苦労したんだ。ちょっとくらい美味しい想いをしても、罰は当たらないと思う。
◇
ネルケが住んでいる村は、異様な空気に包まれていた。村人の目はどんよりと濁っており、生気を感じられない。
「前に来た時と雰囲気が変わってやがる。それにこの甘ったるい臭いはなんだ?」
ボルフ先生が来た時はネルケを攻略している最中だったんだろう。ある程度の目安がついたから、村民にも手を出したと考えるのが妥当だ。
「鼻が利くボルフ先生と魅了を治療出来るサンダ先生は馬車に残っていて下さい。オデットさんとカリナは戦ってもらえますか?サキュバスに確認したい事があるので、出来れば殺さないようにして下さい」
ボルフ先生とサンダ先生が操られたら、対抗出来るのはオデットさんくらいだ。何よりホートーとラフィンヌさんを危険に晒す訳にはいかない。
「自分も出よう。これ以上、帝国内のいざこざに他国者の手を煩わせる訳にはいかないのでな」
ミューエさんが愛用の鞭を軽くしごく……迫力満点です。
馬車から降りると、サキュバス達は直ぐに俺達の存在に気付いたようで、四人のサキュバスが取り囲み始めた。
「お腹が空いていた所に餌の方から飛び込んで来るなんて、なんてラッキーなのかしら?あら、美味しそうなオークの臭いがするわね……グエッ」
お姉様系サキュバスはサンダ先生に目を付けたようだ。ミューエさんが近くにいるのに、なんて命知らずなんだ。そしてお姉様系サキュバスが馬車に近付こうとした瞬間、その首にミューエさんの鞭が絡まった。そして首を絞めたまま、地面に叩き落とされる。殺してはいないが、むごい。
「ほう?サンダ先輩を誘惑すると言うのだな。それなら、お前は自分の敵だ」
サキュバスは非力な魔物である。戦闘方法も男性を魅了しての同士討ちが主らしい。しかし、今回はその戦闘方法がミューエさんの逆鱗に触れてしまった訳で……本気モードのミューエさん相手に非力なサキュバスではなす術がない。
「ぼ、僕は狼人のお兄さんかな。ちょい悪な感じで格好良いし」
ボーイッシュ系サキュバスはサンダ先生に手を出すのは危険だと察知したらしく、ボルフ先生をターゲットにした。
「それズルくない?それじゃ、私はあの赤い服を着たイケメンもーらい」
ゆるふわ系のサキュバスはホートーに目を付けたらしい。…サキュバスに消去法で弾かれたでござる。
「仕方ない、私は余った子で我慢するね……そこのソバカス坊や、お姉さんが遊んであげ…痛ーい」
癒し系サキュバスが、溜め息をつきながら俺に声を掛けて来た。しかし、遊んでと言おうとした瞬間、ナイフが大気を切り裂いて癒し系サキュバスに襲いかかった。ナイフは羽根の付け根に突き刺さり、癒し系サキュバスは地面に落下。
「サキュバス風情がジョージ様を余り物扱いですか?良い度胸していますわね」
そんなサキュバスを見下ろすのは、怒り心頭のオデットさん。突き刺さったナイフを足でグリグリと押し付けている。改めてオデットさんに逆らうのは、危険だと実感する。メイド対サキュバスなんて萌えるシチュエーションの筈なのに、俺の背筋には寒気が走っていた。
「ぼ、僕サユリさんを呼んで来るね」
このままでは危ないと思ったらしく、ボーイッシュ系サキュバスがどこかに飛んで行く。
「ま、待ってよ。私一人じゃ無理だよー。軍人とメイドと戦うのは無理だし。ソバカスに手を出したらミルアみたくなるし。でも、獅子人って強いんだよね」
「ごちゃごちゃ言ってないで掛かってきな。これ以上、イリス様を傷つけるのなら容赦しないよ」
カリナはそう言い終えると、ゆるふわ系サキュバスに向かって飛び蹴りを放った。鈍い音ともに墜落していくゆるふわサキュバス。俺のパーティーの女性メンバーが強すぎる件……なんかラノベのタイトルみたいだな。
そして今俺はフリーだ。サキュバスと絡みたいけど、この状況でそんな事をする勇気なんてない。
(ネルケの家はあった‼あそこか……でも、見張りが一人もいないな)
村にある家を鑑定していくと、ネルケの家を見つける事が出来た。無事で居て欲しいが、サキュバスが元気にしているところをみると望みは薄いと思う。最悪、俺の手で殺す覚悟も必要だ。
「お待ちなさい。そこの家に近寄らせる訳にはいかないのよ。サキュバスの誇りに掛けて貴方を篭絡してあげるわ」
背後から脳がじんわりと痺れるような甘い声が聞こえてきた。これはようやくファンタジーらしいお約束展開が来たのかもしれない。ゆっくりと後ろを振り向く……神様、俺何か悪い事をしたのでしょうか?そこにいたのは厚化粧をした初老のサキュバス。ここは場末のスナックかよ。
「あー、お客でいっぱいみたいだから、飲み直してから又来ますね。ママも年なんだから、無理しないで下さいよ」
こういう時は適当な事を言って逃げるのが一番である。
「仕事の憂さを酒で晴らすのも良いけど、体には気を付けるのよ。貴方を見ていると捨てた子供を思い出しちゃうから……そうじゃないわよ‼昔なら、あんたくらい簡単に落とせたのにー。あの坊主も魅了されないし」
このベテランサキュバス、意外と良い人かもしれない。ノリも良いし、重要な情報くれたし。
「サユリ長老、猿人があの家に入りますよ。このままじゃターゲットを落とせなかったのがばれてしまいます」
サキュバスの長老だったのかよ。しかし、長老自ら出て来る事もあるんだ。
「リィエちゃん、外では長老って呼ばないように言っているでしょ……後ろを見なさい。もう私達も終わりよ」
サユリ長老の言葉につられて後ろを振り向くと、カリナ達がすぐ傍まで近付いてきている。その後ろから、ホートーやボルフ先生達もこっちに向かって来ているのが見えた。
これで全員集合です……ベテランサキュバスで良かった。もし、ど真ん中のサキュバスが現れて誘惑されていたら、どんな修羅場になっていただろう。
「手短に聞く。ネルケは無事か?」
サンダ先生が近くにいない時のミューエさんは、いつも苦虫を噛み潰したような顔をしている。それがノンデレミューエの人気だったんだけどね。今となっては微笑ましく見えてくる。
「貴女せっかく可愛い顔をしているんだから、そんな怖い顔しちゃ駄目よ……あんなに魔法耐性がある猿人は初めて見たわ。まだ無事だから確認していらっしゃい」
急いでドアを開けると、吐き気をもよおす程の甘ったるい匂いが漂ってきた。真夏の夜気のように生温くじめっとした空気が体に纏わりついてくる。頭がボーっとして、意識が徐々に遠のいていく。
「この臭いは……農耕神ラブーレよ。その御力で邪悪な気を浄化して下さい。農耕神の浄化」
暖かな空気が一瞬で荘厳な物に変わった。真夏の夜から真冬の朝の空気にチェンジ。意識も体もしゃんとして、自然に背筋が伸びる。
「私達が三日掛けて充満させた艶気が一瞬で浄化された……全てが徒労に終わったわね」
恐るべし、サンダ先生。でも空気が浄化され過ぎて鼻の中がツンと痛いです。
(さてと、ネルケは……へえ、良い目してんじゃねえか)
ネルケは相貌に強い意志の光を宿した目でこっちを睨んでいる。そしてお約束のイケメンです。日焼けした肌に精悍な顔、ワイルド系美少年ってやつだ。
「あら、中々良い才能を持っていますわね……ジョージさん、この子、私が預かっても良いかしら」
ラフィンヌさんはネルケに何かを見出したようだ。
(そういやランドル共和国は魔法の研究が盛んなんだよな。公爵令嬢様は、抜かりなく人材発掘か……でも、これって美味しいとこ取りだよな)
自分で言うのも何だが今回一番の功労者は俺だと思う。弱小領主が良く立ち回ったと、自分で自分を褒めてやりたい。
でもどう上手く立ち回ってもベガル・ペタロ伯爵家・ブリスコラを敵に回してしまう。特にペタロ伯爵家はロカがブリスコラの口車に乗せられた所為で、面子が丸潰れだ。
(どう考えても割に合わないよな。こうなりゃひんしゅくを買うのを覚悟して動いてやる)
「ネルケだな。サキュバスの誘惑に耐えた事は褒めてやる。だが、お前の身勝手な行動の所為で、お前の家族が処刑されるかもしれないんだぞ」
ネルケの目の光が少し弱まった。これはチャンス、ここから一気に畳みかけてやる……俺って本当に強きを助け、弱きをくじく領主だよな。
「イリス様は自分の人生が勝手に決められる事を悲しんでいたんだ。好きになった女の子を助けようとして何が悪いんだ‼」
ネルケは真っ直ぐに俺を見つめてきた。その目には一点の曇りない……どうもおじさんになると、こういう一途な思いを見せられると心がほだされてしまう。
「悪くはないさ……ただ、自分の想いを貫くには力が必要だって事を忘れるな。今のお前はただの庭師の見習いだ。どう足掻いても貴族の前では無力だ」
ラフィンヌさんは身柄を預かると言ったが、貴族を敵視しているネルケが素直に従うとは思えない。まずは、この話を上手くまとめてラフィンヌさんにゴマをすっておく。
「だったらどうすれば良いんだよ……お願いです、教えて下さい。どうすればイリス様は微笑ってくれるんですか?」
ネルケの目から涙がハラハラと零れ落ちていく。その涙を拭おうともせず、ネルケは俺を真っ直ぐに見つめている。
「ここにいるラフィンヌ・ランドル様はランドル共和国の公爵令嬢だ。ランドル共和国と言えば魔法研究が盛んな国で有名……そしてラフィンヌ様は、お前に魔法の資質を見出し、その才能を伸ばしてあげたいとおっしゃっている。下手をしたら国際問題になるのを覚悟で言って下さっているのだぞ」
正に虎の威を借る狐。少し格好悪いが、今は実利優先だ。
「お願いで御座います。俺は強くなりたい、教えて下さい」
ネルケは地に頭を擦り付けながら、ラフィンヌさんに懇願している。
「頭を上げなさい。ランドルは有能な人材を欲している。私の期待を裏切らないように」
頭を上げたネルケの耳に口を近付ける。
(極秘事項だが二年か三年のうちに大乱が起きる。その時に活躍出来るように死ぬ気で頑張れ。お前の家族は俺に任せろ)
細かい話はラフィンヌさんに任せて、俺はサキュバス達に近付いていく。
「サユリ長老にお伺いしたい。今までフェルゼン帝国でサキュバスが現れたという話は聞いた事がない。何があったのですか?」
「私達は闇の狭間にある夢魔の国に棲んでいるのよ。だから、国境なんて意味がないの。でも、ブリスコラという男が攻めこんできて国を占領したのよ。私はサキュバスとしては、未熟なこの子達を連れて逃げるので精一杯だったわ……それと私を呼ぶ時はサユリさんかサユリママでお願いね」
サユリ長……ママは、昔は有名なサキュバスだったらしいが、寄る年波には勝てず第一線を退いているので、村民を催眠状態にしておくのが精一杯だったらしい。
ブリスコラは捕らえた夢魔を使って各国を混乱に陥れるつもりなんだろう。でも、サユリママがいれば夢魔達も遠慮して、その街には近づかないらしい。
「悪くない話があるんですよ。三食昼寝付き、さらに屈強な海の男達の精を吸える。どうですか?乗りませんか」
開港間近だったが、船員を相手にする娼館建設が難航していた。しかも、サユリママがいればボーブルに夢魔は近付かない。ついでに憧れのサキュバス遊びが体験出来るのだ。
「むしろお願いしたいくらいよ。フフッ、久し振りに腕がなるわね」
サユリママが出たら、店の評判がピンチになってしまう。
「サユリママには酒場を開いてもらって、うちの兵士の相談相手になって欲しいんですよ」
よし、残るはフェルゼンの貴族達だ。日本人の玉虫色の解決ってのを見せてやる。




