これがジョージクオリティ
フライングシップを手に入れたら、快適な空の旅を送れる。そう思っていた時期が俺にはありました……こんなの、思っていたのと違う。
「あの、ジョージ様そろそろ代わりましょうか?」
サンダ先生が心配そうな顔で俺を見ている。何しろ今の俺は全身汗だくなのだ。代われるものなら、とっくに代わってもらっている。
「あ、ありがとうございます。でも漕ぐのを止めたら落ちちゃうので……」
フライングシップの揚力はオールを漕ぐ事で発生するらしく、少しでも手を休めると高度が落ちてしまう。もうかれこれ一時間くらい一人で漕いでいる。
「つくづくお前も運がないよな。四つある座席の中から見事に操船席を引き当てるんだからよ」
オールを漕ぐだけの、この席を操船席と言っても良いんだろうか?確かにこの席でオールを漕ぐと連動して他のオールも動く。つまり一人で操船する事が可能なのだ。
「伝説に出て来るフライングシップと随分と違いますね」
ブレイブ・アイデックが乗っていたフライングシップは、不思議な力で空を飛んだと言う。ゲームでは空中に漂っている魔素を取り込み、魔力エンジンを動かすって設定だった。まさに伝説の乗り物である……今の状態では、ブレイブ・アイデックや主人公のフライングシップの足元にも及ばないだろう。
しかし、このフライングシップは何パターンかに可変出来るらしい。今は休止状態の時に変化するE型ボートタイプ。魔石が切れている時は人力だけでも移動する為の型だそうだ。そして魔石を投入すると補助エンジンが動き、一人でも動かせるようになるらしい。
「カ、カカリさん、ち……近くに人目に付かない広めの草原とかないですか?」
一刻も早く地上に降りたい。可変機能を試したいってのもあるが、このボートタイプのフライングシップが怖くて仕方ないのだ。ちょっとした風でも、煽られてまともに進めなくなる。そしてボートだけに吹きっ晒しなので雨風を防ぐ手段がないのだ。
「確かに、このままじゃ目立って仕方ないな」
ボルフ先生の言う通り、フライングシップで、あまり低い場所を飛ぶと目立ってしまう。しかし高度を上げようにも、酸素マスクも防寒着も付いていないのだ。
「風も強くなってきましたから、一度地上に降りた方が良いかもしれませんね」
もし、乱気流に飲み込まれでもしたら空中分解してしまい地表に叩きつけられてしまうだろう。
そして補助エンジンがあるとはいえ、所詮はボート。長距離移動はきついと思う。ゲームのジョージって何気に凄い奴なのかも知れない。
「ここから、南西の方向へ三十分程進みますと、人があまり訪れない平原がございますよ」
三十分ならなんとかなる。でも、南西ってどっちになるんだろ?
◇
ようやく辿り着いた平原は、可変機能を試すのには理想的な場所だった。
このフライングシップは、本来Tタイプ輸送型なんだけども、他にBタイプ戦艦型やHタイプ高速移動型等が選べるらしい。
(ここは戦艦型一択だろ。艦長席に座ってヤ○ト発進の号令をかけてやる)
そして、いつか酔っ払い船医や真っ赤なロボットをスカウトするんだ。
「見ていて下さい。フライングシップの本当の姿を披露します」
先生達にどや顔で宣言する……しかし、さすが俺だった。戦闘型を選択したら、ディスプレイに無情なメッセージが表示された。
『戦艦型に可変するにはタイプBのディスクを挿入にして、インストールして下さい。ディスクはディーラーにてお求めできます』
だからディーラーは、どこにあるんだよ。いや、待て。戦艦なんか保有したら危険人物に認定されてしまう。
「おーい、何も変わらねえぞ」
ボルフ先生がニヤニヤしながら、こっちを見ている……今に見ていろ。ボート型のフライングシップを、巨大な輸送船に可変させてやる。
『輸送型に可変するには、付属品のタイプTのディスクを挿入にして、インストールして下さい』
……持ち主の奴、盗難防止の為のディスクを抜きやがったな。いや、ディスクも本来の持ち主の物だから、俺が怒るのは筋違いなんだけどね。先生達の生暖かい視線が背中に突き刺さる。
ディーラーって事は、販売目的で作られた物だと思う。それなら検査用の機能がある筈だ。そこから、ディスクがなくても可変出来る型を見つけ出してやる。
(どこだ……おっ、ソートが出来るじゃないか)
ディスプレイに幾つもの文字と、それに対応した可変方法が表示されていく。
(殆どのタイプがディスクを必要とするんだな。タイプRこれはディスクがいらないやつだ)
これは色々と頑張っている俺へのグルウベ様からのプレゼントだと思う。なかなかツンデレな神様じゃないか。
(そうかレアタイプって事か。もしくは光属性に特化したレイタイプだ)
タイプとRが逆じゃなくて良かった。あのゲームの裏設定怖かったし。
タイプRを選択すると、ディスプレイに警告文が表示された。
『可変を行います。十分以内に退船して下さい。退船を確認次第、可変を行います』
「サンダ先生、ボルフ先生急いでフライングシップから降りて下さい」
「急ぐも何も跨げば降りられるじゃねえか」
ボルフ先生、ノリって大切ですよ。
俺達が降りて、しばらくするフライングシップが淡い光を放ち始めた。そして光がフライングシップを覆いつくした。
「へっ?これがタイプR?嘘だろ‼」
現れたのはずんぐりとした船。見た目は思いっきりポンポン船だ。ご丁寧に煙突まで付いている。ポンポン船との違いと言えば、船室が大きい事くらい……取りあえず、鑑定してみよう。
鑑定結果:フライングシップ観光型タイプレトロ。昔の船を再現したレトロな雰囲気のフライングシップ。乗船客数十四人。誰にでも運転しやすいので、街乗りにも使えます。魔法障壁を展開出来るので、風が強い日でも甲板に出られます。
タイプRのRってRETROの頭文字だったのか……多分、戦艦とかは資格とかを確認してから売っていたのだろう。観光用なら資格もいらないし。
「あ、雨風は防げそうですね」
サンダ先生は気まずいのか、かみながらフォローしてくれた。いや、雨ざらしの観光船って中々ないですよ。
「さっきのボートよりはましだろ。でも、これなら新型のゴーレム船って誤魔化せるだろ」
先生達の生暖かいフォローが逆に辛い。果たして観光用のフライングシップで、ワノ国まで行けるんだろうか?
その前に肝心な事を忘れていた。
「俺達はフライングシップで移動しますけど、カカリさんはどうされますか?」
体の小さなカカリさんにとって単独での移動は命懸けらしい。それに一時間で飛べる距離も一キロくらいとの事。この間はミケがボーブルの近くまで転移してくれたそうだ。
「ここから私の家は目と鼻の先ですので、ゆっくり飛んで行きますよ。それでは皆様の旅の無事をコスモスの上で祈っています」
……妖精に花の上で祈っています、なんて言われた。萌える筈なのに、社交辞令にしか聞こえないとはさすがカカリさん。
「色々ありがとうございました……それじゃ、フライングシップに乗りますか。このはしごを使うみたいですね」
船体に付いているはしごを使い甲板に移動する。観光用だけあり、甲板はそれなりの広さがあった。
「取りあえず動かせるか確認しないとな……おい、ジョージ、これの動かし方は分かるのか」
先に船室に入っていたボルフ先生の後を追って船室の中に移動。中もゆったりとした造りで、座席も広い。広めの小上がりもあるし、座席の座り心地も良さそうだ。貴族相手に観光業をしたら、成功するかも知れない……俺も貴族なんだけどね。船内を見て回ると、調理室や職員休憩室やトイレやシャワールームまで完備されていた。
「素晴らしい‼こんなに複雑なマジックアイテムは見た事ありません。ゴーレム車の運転席より複雑ですよ」
サンダ先生がトリップしている。どうやらフライングシップの運転席はサンダ先生の知的興奮を刺激する物らしい。でも、あまり複雑だと誰も運転出来ないから、それはそれで困り物だ。
「どんな操船席なんですか?って自動車の運転席かよ」
フライングシップの操船席は、どこから見てもオートマ車の運転席と瓜二つだった……確かに誰にでも運転出来るけどさ。ちなみにシフトレバーはP・U・N・G・Dに分かれていた。鑑定してみるとUで上昇して、Gに切り替えると高度を維持して飛行するようだ。そして降りる時は、Dに切り替えるらしい。
「ジョージ、これを操縦出来るのか?」
「一応、免許がありますからね……オートマ限定ですけど」
そういや俺の能力にも、オートマ限定ってのがあったな。まさか、異世界でオートマ限定免許が役立つ日が来るとは。
「は、早く動かしてみて下さい。古代の叡智の結晶フライングシップが動く瞬間を、この目で見る日が来るとは……ああ、ラヴーレ様感謝致します」
サンダ先生、感動の余り涙を流しています。
幸い、鍵は付けっ放しになっている。鍵を回すと、ポンポンと小気味良い音が船内に響きだした。無駄にリアルに再現しやがって。
(なんか初めて車を運転した時を思い出すな)
ディスプレイを確認すると、飛行モードと航行モードを選べるようになっている。飛行モードを選択すると、幾つものモニターがせり出してきた。 カメラが搭載されていらしく、各方向の様子がモニターで確認出来る仕組みになっているようだ。
(コンピューターが色々と補助してくれるんだな)
おそらく、観光業でも使いやすいようにカスタマイズされているんだろう。
飛行モードを選択して、レバーをUに入れる。フライングシップの船体が傾き、上昇しだす。不思議な事に揺れは殆んど感じず、離陸時も両先生とも立っていられた。観光用の為、甲板から家族に手を振れるようにしてあるそうだ。
フライングシップが水平飛行に入ると、サンダ先生がうろうろとし始めた。いつも落ち着いているサンダ先生だけど、今はそわそわと落ち着きがない。
「ジョージ様が操縦している時に申し訳ないのですが、甲板に出てみてもよろしいでしょうか?」
生真面目なサンダ先生は、俺が操縦している時に外へ出る事をためらっているようだ。その気持ちは痛い程分かる。バトンを渡せる王宮騎士が来たら、俺も空の旅を満喫したい。
「むしろお願いしますよ。魔法障壁がきちんと作動しているか確認してもらえますか?」
「あ、ありがとうございます。これは凄い……レオに自慢出来ますよ‼」
サンダ先生、物凄くはしゃいでいます。一方のボルフ先生はと言うと……
「凄えな。全然揺れねえじゃないか……うっし、俺は寝るぞ。ボーブルに着いたら起こせよ」
ボルフ先生はそう言って、小上がりに寝転ぶと速攻いびきを掻き始めた。
「いやー、凄かったですよ。魔法障壁は問題なく展開していましたよ……やはり、ボルフさん疲れていたんですね。昨夜はアラン様の襲撃を警戒して一睡もしていないんですよ。ジョージ様、良く方角が分かりますね」
「ナビが付いていますから。地形も地名も今と全然違うので、参考にしかなりませんが」
モニターに映しだされた地形は今と違って陸地が少ない。タスク山を目印に出来るので、大体の方角が分かる。しかし地図の書き換えがされていないとはいえ、大昔の人工衛星が現役で動いてるなんて都合が良すぎないか?
(ミケかグルウベのサービスなのか?……緊急時以外はナビを切った方が安全かもな)
ナビに従って動いたら、魔物が大勢住んでいる所に連れて行かれたなんて洒落にもならない。
「伝説では魔王ミステリーオは、干ばつをもたらし、多くの川や湖を干上がらせたと言います。このフライングシップは魔王ミステーオが現れる前の物なのかも知れませんね」
だから、昔の人は船形の飛行機械を作ったのか。
◇
予想外の事が起きてしまった。
「やはりジョージしかフライングシップを動かせないのか……この結果を含めてフェルゼン行きのメンバーを決めなくてはな。キョーユー、王の所に行くぞ」
どうやら、オートマ免許を持っている人間だけが、このフライングシップを動かせるらしい。
そんなの俺しかいないじゃん。フェルゼン行き確定か……まあ、あの事を説明出来る王宮騎士もいないだろうし。文字通り乗りかかった船だ。最後までやりますか……操船手として‼




