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嫌われ者始めました〜転生リーマンの領地運営物語〜  作者: くま太郎


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長期休暇?なに、それおいしいの?

人間、余りにもショッキングな出来事に遭遇するとフリーズしてしまうらしい。いや、出来たらこのまま固まっていたい。

「ジョージ様、どうやら我が商会の所有する奴隷の美しさに魅了されたようですね。今なら格安でお譲りさせて頂きますよ」

 俺はショックで棒立ちになっているだけだ。しかしサージュは奴隷に魅入られたと勘違いしたらしく、揉み手をしながら近づいてくる。

 その作り笑顔がむかつく。今の俺にそんな余裕があると思うのか?


“ファルコ家って伯爵家のか?あの爺さん(イリス)を目の中に入れても痛くないってくらい、可愛がっていたから厄介だな”…イジワール公爵の言葉が何度も頭の中でリフレインする。

(このお気楽商人‼これは国際問題だぞ‼下手すりゃ戦争だ……)

 同盟国の貴族を奴隷として取り扱っていましたなんて、笑い話にもならない。不幸中の幸いでイリスさんはまだ買い手が付いておらず、待遇もそれほど酷くない……目は確実に死んでいるけど。俺みたいな弱小領主には荷が重すぎる案件だが、何とかしないと確実にやばい事になる。


「今直ぐに俺の部下を呼んで来い。良いか、今直ぐにだぞ」 

 このまま一人で悩んでいても埒があかない。ボルフ先生がいれば行動範囲が広がるし、ロッコーさんの知識と経験が役に立つだろう。 


「ああ、現金を持って越させるのですか?支払いは後日でも結構ですよ」

 ……マジでぶん殴るぞ。責任は全部お前に押し付けるからな。


「俺の言葉が聞こえなかったのか?今直ぐにボルフとロッコーを呼んで来い…俺の声が聞こえたんなら、直ぐに動け」

 知らず知らずのうちに声のトーンが低くなる。もう、中身(おとな)を隠している余裕なんて、微塵もない。


「は、はい。お待ち下さいませ」

 サージュが部屋を出て行ったのを確認して、改めてイリスさんを見る。正確にはパニックになり過ぎて、どんな容姿なのかを確認出来ていなかったのだ。

 一言で言えば純情可憐なお嬢様。新雪のように白い肌、そして触れたら折れてしまいそうなくらいに細い手足。まだあどけなさを残す幼い顔。どれをとっても彼女が大切に育てられてきた証に見えてきた。ただ、クリーム色の髪には艶がなく、イリスさんが過度のストレスを感じているのが分かる。

 幸いな事にこっちの声は向こうに聞こえないらしく、イリスさんは身じろぎ一つせずに椅子に越し掛けていた。さっきから表情どころか視線すら動かさないのが、痛々しい。

(隷属の首輪も鑑定しておくか……マジかよ。こりゃ本格的にやばいぞ)


「ジョージ様、奴隷をお買いになるとは本当ですか?……おい、ジョージなにがあった?」

 ボルフ先生は俺の表情を見て何か大事が起きたと察してくれたようだ。従順な騎士の皮を脱ぎ捨てて、頼り甲斐がある師匠へと変わってくれた。


「ジョージ様、サージュを退出させますか?」

 ロッコーさんも永年の経験から不穏な空気を察してくれたらしく、鬼神のような目でサージュを睨み付けている。心強い仲間が来てくれたお陰で少し余裕が出て来た。


「いや、サージュにも確認したい事が山のようにあるので結論から言います。この部屋にいる少女は数カ月前から行方不明になっていたイリス・ファルコ様です。フェルゼン帝国ファルコ伯爵のお孫さんですよ」

 部屋が水を打ったかのように静まり返る。サージュに至っては、腰を抜かして床にへたりこんでいた。


「それは本当ですか?」

 ロッコーさんの顔に苦悶の表情が浮かぶ。下手すりゃ戦争、上手くいっても多額の賠償金が発生する。魔王ゴライアスとの戦いを控えている今どっちも大きな痛手だし、何より同盟国フェルゼンの信頼を失う最悪の展開だ。


「何回も鑑定しましたからね。もっとも、鑑定すればする程、最悪な情報が手に入りましたけど……ボルフ先生、王城に行って爺ちゃんとイジワール公爵を呼んで来て下さい。サージュ、今すぐ商館の門扉を閉じろ。この醜聞が外に漏れたら、死刑では済まないぞ」

 本音を言えば今直ぐにでも逃げ出したい。でも、イリスさんの処遇が決まるまでは逃げる訳にはいかないのだ……どうせ、逃げ場所なんてないし。

 誰かオリゾンに漫喫を作って下さい。そこを俺の隠れ家にしたいです。


「ジョージ、例の話は本当か?キョーユー、お前イリス嬢の顔を知っていたよな」

 事が事だけに爺ちゃん達は一時間で来てくれた。でも、待っている身としては物凄く長く感じたけど。


「最悪だな……糞虫の所為で、国が大損害を被るぞ。お前らこの商館を警備しろ。蟻の子一匹通すんじゃねえぞ」

 部屋を確認したイジワール公爵の顔が苦虫を噛み潰したかのように歪む。号令を聞いたコーカツ家・イジワール家の騎士達はすぐさま指示された持ち場へと移動して行く。

 そしてルーナ商会は物々しい雰囲気に包まれた。商館の至る所に騎士が配置され、従業員は一か所に集められ軟禁されている。

「答えろ。お前の背後には誰がいる。ナイテックはグルウベ皇国と繋がっているのか?」

 爺ちゃんが有無を言わせぬ迫力で、サージュを問い詰め始めた。オリゾンとフェルゼン帝国の関係が悪化して一番得をするのは、グルウベ皇国だ。まず疑うのはそこだろう。


「とんでもありません。あの娘は旅の商人から買ったんです。信じて下さい、本当でございます」

 答えによっては直ぐ斬首されてもおかしくない状況だから、サージュも必死である。


「ほう、そいつはどこの誰なんだ?」


「いえ、名前は知らないんです。あの娘…イリス様も違う名前を言いましたし」

 サージュの話によると、イリス様を売ったのは名前も素性も知らない商人だったらしい。一週間前に紹介状も持たずに店に来たそうだ。サージュも最初は怪しんだが、破格の安さだったからつい買ってしまったとの事。

 商人曰く“少女の名前はリスイ、ある国の没落貴族の娘です。ですからオリゾンの王侯貴族に売ってくれると約束してくれるのならば、格安でお譲りします”と言ったそうだ。


「そんな馬鹿な話を信じると思うのか?お前の首をぶった切ってフェルゼンに贈ったくらいじゃ解決出来る問題じゃねえんだぞ」

 イジワール公爵の怒号が部屋に響く。まるで雷でも落ちたかのような大音量の怒声にサージュは体をすくませた。


「嘘じゃないと思いますよ。さっき隷属の首輪を鑑定したら、幾つか制約が掛けられていました。イリス様は自分の名前や素性を言えなくなり、新しく与えられたリスイとしての情報しか言えなくなっています。それと一度、商館に売られたら主が登録されるまで出られなくなるみたいですね」

 早い話がサージュは嵌められたのだ。まあ、奴隷商なんかに同情する余地はない。問題は主を登録しなければ商館から出られないって条件の方にある。つまり誰かが奴隷にしなきゃ、イリスさんはこの商館から出られないのだ。


(ラノベとかなら奴隷に優しくすればご主人様素敵って展開になるんだけど、現実的には無理だろうな。あれってイケメン限定だし)

 それにファルコ伯爵はイリスさんを溺愛しているそうだ。奇跡的にイリスさんと信頼関係を築けても、ファルコ伯爵が許してくれないだろう。


「宮廷魔術師に隷属の首輪を外させるのが一番だな」

 爺ちゃんの提案に皆が頷く。でも、何かが引っ掛かる。その商人の目的はなんだ?誰がイリスさんを嵌めたんだ?なんでルーナ商会が選ばれたんだ?


「爺ちゃん、首輪って、どれくらいの日数で外せるの?」


「随分と複雑な魔法言語が彫られているな。これを主登録しないで外すとなると、最低三週間は掛かるな」

 何となく今回のからくりが見えて来た。まだ仮定だけど、そう考えれば全てがしっくりくる。


「もし、その商人がファルコ伯爵に“イリス様が、オリゾンのルーナ商会に奴隷として売られていました”って言えばどうなりますか?多分、もうフェルゼンに旅立ったと思いますよ」


「確実に激怒するな。コーカツの所は検問を厳しくしているから、そいつはゴルド領を通るだろう。遅くても三週間あればフェルゼンに着く…つまり二週間後にはファルコ伯爵の耳に入るって訳か」

 つまり首輪を解除していたら、どうやっても間に合わないと。


「俺の領地を通れば間に合うが、イリス嬢を連れていたら検問で捕まる。イリス嬢の件でフェルゼンの連中がピリついていて、船のチェックも厳しいそうだ」

 コーカツ領を通れば日程を短縮出来るけど、検問でイリスさんが見つかってしまう。恐らく黒幕は検問のチェック体制を厳しくするように提案しているだろう。

 八方塞がりだ。こんな事なら異世界翻訳能力に頼らず魔法言語も勉強しておくんだった。

(プログラムだったら、簡単に隙間を見つけられるのに……待てよ、プログラムと思ってみれば、案外単純な構成だよな)

 プログラムとして見れば、隙だらけだ……でも、この問題を解決出来たとしても、まだ問題が山のようにある。

 一番はどうやってフェルゼン帝国とコンタクトを取るかだ。爺ちゃんやイジワール公爵が出て行けば事は公になってしまう。でも、信頼されている人じゃなきゃ見向きもされないだろう。

 次は移動手段。正規の陸路を使ったら見つかってしまうし、海路は逃げ場がないから駄目だ。だからと言ってゴルド公爵領を使ったら、黒幕の方が先に着いてしまう。

 そしてイリスさんの精神安定をどう図るかも問題だ。下手にリーズンみたいなイケメンを付けて依存されたら元も子もない。だからかと言っていつまでも商館(ここ)に置いておく訳にはいかないし……もう頭がパンクしそうだ。俺みたいな凡才の手に余る難題である。


「サンダの奴がいてくれたら、良いアイデアを出してくれるんだけどな」

 ボルフ先生の気持ちは痛い程、分かる。しかし、ジョージパーティーの頭脳サンダ先生はボーブルにいる……待てよ、サンダ先生がいたんだ。


「何とかなるかも知れません。確か、サンダ先生はフェルゼンに友人がいた筈です。サンダ先生とオデットさんを迎えに行ってもらえますか?」

 ボーブルで名実共に信頼のおける女性オデットさんになら、イリスさんを安心して任せられる。


 眠られない…今夜は商館に泊まる事になったんだけど、ここで寝れるのは神経が太いやつだけだと思う。寝具その物は豪華で寝心地も良い。でも、鑑定してみたら奴隷の涙が染み込んだベッドと出た……このベッドで寝たら、絶対にうなされると思う。

(問題は移動手段なんだよな。あれが確実にあるか分かれば良いんだけど……ミケに聞いてみるか)

 丁度、伯爵に贈ろうとしたが断わられた懐中電灯型マジックアイテムが手元にある。

(まず紙を丸く切る。そしてそれを黒く塗りつぶす。猫の形にくり抜いて完成っと)

 丸く切った紙を懐中電灯型マジックアイテムに取り付ける。都合の良い事に今は真夜中だ。空に向かって懐中電灯型マジックアイテムを点滅すると、闇夜に猫の形をした光が浮かびあがった。

「届け、バッ……ニャンコシグナル‼」

 危なかった。これはあくまで猫、決してコウモリではない。


「お前が国際問題を起こしてどうすんや‼全く、面倒な事に巻き込まれとるんやから、普通に喚べばええやろ」

 

「何があったか、もう分かっているみたいだから単刀直入に話す。ヴェント谷にフライングシップは隠されているのか、フライングシップを運転するのに神使の力は必要なのか、その二点を聞きたいんだ」

 容量の都合でゲームには出せなかったが、ジョージのフライングシップはヴェント谷に隠されていたって設定があった。今まではフライングシップがヴェント谷に隠されているって確証がなかったし、わざわざ取りに行くメリットも余裕もなかったから、あえて放置していたのだ。

 フェルゼン帝国も空中は警戒していないと思う。手漕ぎ船だから時間は掛かるけど、歩くより早い。


「あるで。詳しい場所を知っとる奴を派遣したるから安心せい。それとお前が使おうとしとるフライングシップは、魔石で動くタイプやから神使の力は必要ないで」

 魔石で動く?ゲームでは、そんな描写はなかったけどな……どうせ今夜は寝れない。ヴェント谷で使う魔法を考えるとしよう。


 サンダ先生とオデットさんが着いたのは次の日の早朝。案の定、二人共苦い顔になった。


「分かりました。私の友人はきっと力になってくれる筈です」

 オリゾン大に留学出来る家なら、それなりの力がある筈。これは心強い。


「ジョージ様、イリス様は心身共に衰弱していると思われます。今、男性を近付けるのは得策ではありません。私達にお任せ下さい」

 私達と言うのはハウスキーパー隊でも、母さんのメイドチームでもない。オデットさんは、総合商店のガードとして雇った女性冒険者を実力で傘下においたそうだ。

 女性冒険者いわく“ボーブルを裏切ると言う事は、オデット様を敵に回すのと一緒です。そんなチャレンジャーな事は誰もしません”って言っていた。


「それでどうやってフェルゼン帝国に行くんだ?」


「ヴェント谷に小さいですがフライングシップが隠されているそうです。それを取りに行きます……爺ちゃん、王様に許可を取って欲しい事があるんだ。それと工作が得意な騎士がいたら呼んでもられるかな?」

 工作が得意だと言う騎士にお願いして馬車に仕切りを作ってもらう。イリスさんはオデットさんと一緒に、仕切りの奥に入ってもらった。

 オデットさんの合図を確認した後、俺達も馬車に乗りこむ。オデットさんから許可が下りるまでは、イリスさんと顔を合わせない事にしたのだ。

 慌てている事を気付かれないようにゆっくりと馬車を出発させる。


「慌ただしい夜でしたね」

 馬車の窓から外を覗き込むと、顔に朝日が当たって心地よい。


「気を付けろよ。誰かに見られたら変な噂が広がるぞ」

 奴隷を売っている店からの朝帰り、しかも絶対に事情は明かせない……誰も見てないよな。

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