ジョージは今日も大忙し
ちょっと下が入りいます
拝啓 日本の皆様そちらの季節は分かりませんが、いかがお過ごしでしょうか。
異世界に転生して十三年経ちましたが、ハーレムやチートとは無縁な生活を送っております。爵位こそありませんが、俺は一応貴族をしています。こちらに来るまで貴族は働かなくても贅沢三昧の生活が送れると思っていましたが、現実はそんなに甘くありませんでした。
蓋を開けてみれば仕事漬けの毎日。娯楽が少ないから気分転換もままなりません。
もし、貴方が異世界に転生する機会があったら、漫画や小説をダウンロードしまくったタブレット端末とソーラー充電器を持ってくる事をお勧めします。
それと身分の高い人間を部下に迎える時は気を付けて下さい。特に真面目過ぎる人は危険です。言う事を聞かないし、大人の事情ってやつを察してくれません。
もし、可能でしたら俺に胃薬を送って下さい。 榕木丈治
……マジで胃が痛いです。リーズンがボーブルに来て早二カ月。領主家業が更にハードワークになっていた。
「ジョージ様、次はこの陳情書です。それが終わったら、あそこにある書類に目を通して下さいね」
リーズンは、悪気を一切感じさせない爽やかな笑顔で俺に話し掛けて来た。そして音をたてて机に置かれるのは陳情書の束。あちらに見えているのは、書類の山。
幸い、リーズンの経験不足は杞憂に終わった。何しろボーブルにはオリゾンでも指折りの文官といっても過言ではないサンダ・ギリル・ロッコーの文官三人衆がいる。彼等にリーズンの教育を任せたら、二カ月で急成長してくれた…のは嬉しいんだけど。
「あのリーズンさん、そろそろ小休止をしたいんですけど」
「なりません。一刻遅れればボーブルにとってマイナスになります」
真面目なリーズンは自分にも厳しいが、他人にも厳しい。サンダ先生達は俺の体調を優先してくれるけど、リーズンはお仕事と領民を最優先にする…領主も領民なんだって訴えたい。俺はボーブルの領主でリーズンは研修生なんだけども、客観的に見れば年齢・爵位共にリーズンの方が上である。将来の事を考えると逆らいにくいのだ。
「分かりました。頑張りますよ。リーズンさんは、もう上がって下さい」
時間はもう十八時を過ぎている。リーズンの就業時間はとっくに過ぎているのだ。それにプライドの高いリーズンが爵位も年も下の餓鬼に様を付けてくれるのだから、頑張らない訳にはいかない。
「分かりました。総合商店の開店と夏祭りが終われば忙しさも一段落すると思うので、それまで頑張って下さいね」
これは俺の方が目上だから頑張っては駄目だと注意すべきなのか?でも、リーズンの方が実質的には立場が上なんだし。
「そうですね。それが終われば、ゆっくり出来ます」
決してビビった訳じゃない。忙しいから、余計な波風を立てたくないだけだ。リーズンが言ったとおり、総合商店のオープンに加え今年も夏祭りを開く事になったので、俺はとんでなく忙しい。
◇
リーズンが執務室を出て行った後、俺はひたすら事務仕事に没頭した。ここを乗り切れば久し振りに長期の休みが取れるのだ。さすがに外国へのバカンスは無理かも知れないが、海岸でバーベキューでもしながら、ゆっくり心の洗濯をしたい。
(溜め池の水位が下がっているのか。今年は雨が少なかったもんな。水門を閉じて様子を見るか)
幸いな事に、まだ水不足にはなっていないらしい。でも、このまま雨が降らないと溜め池が枯れる危険性もある。
事務仕事が一段落したので小休止していると、窓の外からギターの音色が聞こえてきた。夏らしい爽やかでアップテンポな曲だ。
(チュ○ブっぽい曲だな…ってこの声はミケ?)
音楽に続いて聞こえてきたのは、神使ミケの歌声だった。
「波と一緒に君を追いかけたー遠い夏の日。今でも夢に見ている儂を君は笑うかな?焼けた砂浜で、またノミ取りして欲しいよー。無邪気な夏ー」
急いで窓を開けてみると、そこにいたのはサングラスを掛けたミケ。何故か麦わら帽子をかぶりアロハシャツを着ている。猫用のハーパンなんてオリゾンに売っているのか?
「海水に浸かれば、ノミを退治出来るだろ」
「かー‼歌心が分からんやっちゃな。目を閉じて儂の歌を聞いてみい。夏空の下、ノミ取りをしてもらっている爽やかな光景が浮かんでくるやろ。歌は耳だけで聞くんやない。耳と心を傾けて聞くんやで」
真夜中にドラ猫から歌の心を説かれている転生者…シュール過ぎる。でも、残念ながら俺には歌心どころかリズム感すらない。どんなにありがたい説教も猫に小判なのだ…木像ミケに小判を持たせた招き神使を売り出したら、意外と売れるんじゃないか?
「こんな夜中にわざわざ夏の新曲を披露しに来てくれたのか?」
まあ、丁度良い気分転換にはなったけど。オリゾンの貴族が聞く音楽はクラシック音楽が殆どである。俺には高尚過ぎて、何回聞いても眠くなってしまう。
「なに、ちょっとお前の記憶で必要になった物があったんや。直接、お前に会わんと正確な数字が分からんからの…それはそうとして、随分と厄介な奴が来たもんやな」
今、ボーブルで厄介なのは一人だけである。
リーズン・イジワール、イジワール公爵の嫡男。家柄良し、イケメンで頭も良く武術の才能もある。その上、婚約者は王族という恵まれ過ぎた男。ぶっちゃけ、リーズンが勇者になってもなんの問題もないと思う。
「あれでも大分ましになったんだぜ。来た当初なんて視察に行かせただけで問題を起こしていたし」
一番大変だったのは婚約者がいる女性がリーズンに惚れた時だった。リーズンが無自覚に掛けた優しい言葉を勘違いしたそうだ。リーズンに悪気がないのは分かるが、悲惨だったのは女性の婚約者だった男。あんなリアルチートな男と比べられたら、世の中の九割の男は霞んでしまう。アランといいリーズンといい本当に俺と同じ猿人なんだろうか?
「あー、あー、儂はリーズンなんて一言も言ってないで。言うてやろー、言うてやろ。イジワールに言うてやろー」
お前は小学生か‼神使がチクったら洒落にならないだろ。
「神使が契約者の立場を悪くして、どうすんだよ?ただでさえ、リーズンに女性人気を奪われているんだぞ」
キミテには絵姿と言うプロマイドみたいなアイテムが出てくる。各ヒロインの絵姿が店で売られているのだ。中には宝箱や民家のタンスからしか入手出来ないレアな絵姿もある。
そしてオリゾンでは実際に絵姿が売られていたのだ。普段は人気役者やブレイブ・アイデックの絵姿が人気なんだけども、最近のボーブルではリーズンの絵姿が爆発的に売れているらしい。
ちなみに絵姿は魔法ギルドの独占商品の為、製造方法が謎である。噂では紙に絵をコピーするマジックアイテムがあるそうだ。
「そういやお前の絵姿は作らへんのか?」
自分の絵姿を領地で売る貴族は少なくない。ちなみに貴族の絵姿は、実際よりかなり美化されているそうだ。
「売れない商品を作る馬鹿はいないつーの。俺の絵姿なんて、鍋敷きにしか使えないだろ」
買うとしたら、母さんくらいだろう。いや、きっとアミも買ってくれる…筈。
「魔除けにもなるで」
「嫌な事を思い出させるなよ。ゲームでジョージが自分の絵姿を大量に作るイベントがあるんだよ。当然、誰も買わず大量の不良在庫になってしまうんだ」
「なんでそんなイベント作ったんや?容量の無駄やないか」
最初ジョージの絵姿は、花山さんがノリで作ったジョークアイテムだった。でも、余りの出来の良さにあるイベントで使われる事になったのだ。
「ジョージの絵姿にはある使い道があるんだよ。風の六魔枢オボロの副将はフーマ三姉妹ってキャラなんだ。フーマ三姉妹はオボロと同じく幻術が得意なのさ」
あくまでフーマであり風の間にいる三姉妹ではない。ヨーヨーやリリアンを武器として使う設定は危険過ぎるので、却下されたそうだ。
ヴェント谷を進んでいくと、怪我をして動けなくなっている少女と出会う。その少女の正体は三女牡丹で話し掛けると
「怪我をして動けません。どうか町まで、連れて行って下さい」
そう言われて入り口に強制的に移動となる。次女紅葉は正解の道に幻の壁を出現させて進めなくしてしまう。その後、一定の場所まで進むと長女萩野との会話イベントになり、強制的に偽の宿に泊まらされてしまう。そしてまた入り口に戻らされてしまうのだ。
「お前の絵姿とフーマ三姉妹に何の関係があるんや?」
フーマ三姉妹は美しい物が好きでオボロに心酔しているって設定がある。
「ジョージの絵姿を持っていると、三姉妹がドン引きして幻術が解けるんだ。そして先に進めるようになるんだよ」
フーマ三姉妹、覚悟しろよ‼生の俺を見せてやるからな…でも、それで幻術が解けたら泣いてしまうかもしれない。ちなみにシナリオ担当の山さんは、当初このイベントに乗り気をみせなかったそうだ。
◇
夏祭りを同時に開催した事もあり、総合商店は予想を超える大盛況となった。もっとも、俺は現場には行けないから、数字とお客様の言葉でしか判断出来ないんだけどね。
俺がいるのは華やかな総合商店とは真逆の夏祭りの接待会場。奥様や娘さんが総合商店に行っている間を狙って娼館に行く貴族もいるらしいが、ここで飲んだくれている人も少なくない。
「おい、ジョージ酒が足らないぞ。早く持ってこい‼」
俺を呼んだのは奴隷推進派に属している貴族。これが普通の領主ならブチ切れていてもおかしくはない。でも、取引先の接待に比べたら可愛いもんである…あいつが後から痛い目に合うのは分かっているし。
俺が酒を運ぼうとすると、会場の入り口がざわついた。
「ほう?俺の孫を執事代わりにするのか…良い度胸だな。」
「よお、小僧。随分と儲かっているみたいじゃねえか。こっちに来て話を聞かせろや」
やって来たのは爺ちゃんとイジワール公爵。突然の二大巨頭の登場に接待会場が静まり返る。俺に酒を運ばせようとした男は至っては、うつむいたままピクリとも動かない。
「イジワール公爵様、コーカツ公爵様、本日はお越し頂きありがとうございます」
「ああ、久し振りだな。さっきリーズンに会ったが良い顔になっていた。ありがとな…あいつ、しめなくて良いのか?」
「大丈夫ですよ。娼館に行けないのが悔しくて飲み過ぎただけですし。仕返しは、もう終わっていますから」
総合商店目当てで大勢の貴族がボーブルに来ている。当然、身内が来ている貴族も少なくない。さっきの貴族も母親と姉がボーブルに来ており、娼館に行けないそうだ。
「もう終わっているだと?」
いぶかしがる爺ちゃんとイジワール公爵に一枚のチラシを差し出す。
「仮面娼婦達による赤裸々なイニシャルトークショー『A子爵は魔法の詠唱も早いけど夜も早いの』…小僧、これって」
「特別会員限定のシークレットトークショーですよ。こっちの世界、特に貴族の女の人って男に変に遠慮してストレスを溜めているでしょ。だから、たまにガス抜きをしてあげないとね。きちんとイニシャルと爵位は変えていますし、奴隷反対派の貴族は事前にカットさせました」
練習講演を見させてもらったけど、男の威厳が木っ端微塵に砕けてしまった。娼婦の人って演技がうまくないと出来ないらしい。
そして俺に酒を運ばせようとした貴族も槍玉に上げられている。自称暴れん坊な象さん、でも本当は可愛いミミズさんって内容でした。俺が娼館に通う自信を無くしたのは言うまでもない
「キョーユー、安心しただろ。俺の孫がヌボーレなんかに取り込まれると思うか?」
開店セレモニーと夏祭りが終わったら、ヌボーレ伯爵のパーティーに出席する。ヌボーレ伯爵は奴隷尊重派だから、あまり付き合いを深めたくない相手だ。でも、織物関連で取引があるから、お義理でも顔を出さなきゃいけない。
それが終われば、久し振りの長期休暇なのだ。




