ジョージのニューウェポン
メイリーさん襲撃事件から一週間が経った日、俺は王都にあるコーカツ家の別邸に呼びされていた。
「ジョージ、この間に事件の判決が下った。ケイン・ナッツとミリカ・ウォールナットは市民権を一定期間剥奪され強制労働の刑だ」
元々二人はハイドロ進学基金で中学に通っていた。犯罪に加担した奴に、引き続き公金を掛ける訳にはいかない。二人に掛ける予定だった金は来期に回すそうだ。
「期間は進学に掛った金を払い終えるまでだよね。推薦した貴族の面子もあるし」
進学基金の対象者に選ばれるには伯爵以上の爵位を持つ貴族からの推薦が必要らしい。二人はその貴族の面子を見事に潰してしまったのだ。プライドの高い貴族なら処刑しかねない。
「あまり軽くしては進学基金が廃止になりかねないからな。そしてボーンタ・オニゾッリーはオニゾッリー家から離縁となり、ゴルド公爵領で幽閉となる」
つまりボーンタは、継承権だけではく貴族としての地位も失った事になる。
「ゴルド公爵領?」
普通、幽閉に選ばれるのは辺鄙な場所と決まっている。ゴルド公爵領はオリゾン有数の大都市で、幽閉場所には相応しくない。
「オニゾッリー家はゴルド公爵派だったからな。ゴルド公爵が相当な圧力を掛けたらしい “何時までも問題児を放っておくから、コーカツに付け込まれる事態を招いたんだぞ。お前が出来ないんなら、俺の所で教育し直してやる。領地を失うのが、嫌なら分かるよな“ と」
爺ちゃんの息が掛かった貴族や騎士がゴルド公爵派に潜り込んでいて、その人達からの情報だそうだ。
「まさか…」
ボーンタは三男で俺を襲った時に継承権を失っている。オニゾッリー伯爵は継承権のないヤンチャな三男と領地を天秤に掛けさせられたんだろう。ボーンタが無事ゴルド公爵領に着いたら、修行を名目になぶり殺されるかもしれない。それよりも、苦しませずに逝かせる方が…
「うちのギルドにも依頼が来たそうだ。もっとも、ここで動いたら、お前からの依頼と邪推されかねないから断ったみたいだぜ。依頼を受けたのはナイトクロウの連中さ。彼奴等は義賊を自称して筋が通ってる依頼なら何でも受けるからな」
ナイトクロウは、闇のヒロインユリア・ナイテックが所属している義賊だ。構成員は動物に因んだコードネームを持ち、ユリアの場合は美少女怪盗ナイトキャット…ユリアが美少女だったから良かったような物の、よっぽどの人じゃなきゃハードルが高いコードネームだと思う。
「暗殺ですか…」
ボーンタのした事は許せないしムカつく。でも、彼奴はまだ子供だ。やり直す事は幾らでも出来ると思う。何より、良い年した大人が餓鬼を犠牲にするのが許せない。
「ジョージ、納得がいかないって顔をしているな。だが、今のお前ではゴルドはおろかオニゾッリーにも勝てない事を忘れるな。領主が優先するのは自分の感情や義憤ではなく、領地の安全と領民の生活だ…今のお前の力では、幾ら喚いても負け犬の遠吠えにしかならぬ。悔しかったら力を付けろ」
爺ちゃんの言う通り、今の俺はゴルド公爵はおろかオニゾッリー伯爵にも勝てない弱小領主だ。負け犬の遠吠えと分かっていて叫んだら、ゴルド公爵はここぞとばかりに名誉毀損だと俺を攻め立てるだろう。そうしたらボーブルは経済的に打撃を受けるし、下手をしたら廃領にされる危険性もある。
「リーマンの時は、貴族になったら好き勝手出来ると思ったんだけどな。なってみると案外不便なもんだね」
領民の支持を得ようと思ったら清く正しく優しい領主でなくてはいけない。でも、優しいだけの領主は領民になめられる。そんな事したら衆愚政治一直線だ。
「政治に携わる貴族は、常に綱渡りをしてるようなものさ。力を付ければ付ける程、渡らなきゃいけない場所も高くなって、綱を踏み外したら、奈落の底まで真っ逆さまだ」
でも、力がなきゃ言いたい事も言えないと。
「弱小貴族は利用できる物は利用しないといけないと…爺ちゃん、お願いがあるんだけど」
俺は勇者や英雄になれる器なんて持っていないしがない一般人だ。だけど、一般人だからこそ分かる事がある。
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ボーンタの処罰が効いたのか、勧誘合戦は驚く程沈静化していた。先生達も事態を重く見て校内での勧誘を禁止にしたそうだ。特に俺に濡れ衣を着せてしまったマリーナ派やヴァネッサ派は意気消沈気味らしい。
「ヴェルデ、エンペラーエレファントの革が欲しいんだけど、幾らになる」
流石にこれ以上爺ちゃんにねだるのは不味い。それにヴェルデは友達でビジネスパートナー、少しは割り引いてくれると思う。
「エンペラーエレファントの革ですか?1メートル四方50万ストーンですが、他ならぬジョージ様の頼みですから、45万ストーンに勉強させてもらいます」
勉強して5万かい。日本の電気屋の方が負けてくれるぞ。
「分かったよ。取り敢えず10枚分を工業ギルドに届けてくれ」
バキュームカーの次は消防車タイプのゴーレム車を作る予定。理論は分からないが風の魔石を組み込んで放水装置を作るそうだ。
「それでは合計450万ストーンですね。毎度ありがとうございます。それとヘゥーボ君が作ったインクですけど、あれを使ったメッセージカードを販売する事にしました」
あれからギリアム商会で改良を重ねて人肌で反応する様にしたらしい。デートの別れ際に手渡し、相手が家に着く頃にメッセージが浮かび上がる仕組みだそうだ。一見、ロマンチックだが、面と向かって断りにくい相手に使えると女性貴族から重宝されているらしい。デート後にラインの既読が付かなくなった経験がある俺としては、身につまされてしまう。
「ジョージ様、450万ストーンも使えるのなら、ケインとミリカさんを救えたんじゃないですか?貴方はクラスメイトより金の方が大切なんですね」
俺に突っかかってきたのは兎人のピーター・キャロレット…450万位、使えなきゃ事業なんて出来ないだけど。ちなみにピーターは、どこの派閥にも属していない。寧ろ理路整然とした話と清廉潔白な性格が人気を集めており、ピーターを筆頭にした論客集団が生まれたらしい…ぶっちゃけ、面倒臭そうだから関わりたくないっす。
「ピ、ピーター君やめようよ。何もしてないのは私達も一緒なんだから」
ピーターの背後から声を掛けて来たのはコニー・ラパン。ピーターと同じ兎人で、二人は幼馴染だそうだ…ついでにコニーはヴェルデの想い人だったりする。
「今の言葉を取り消して下さい。口だけの貴方にジョージ様を責める資格はありません」
恋敵と言う事もあるが、実利主義のヴェルデは理想主義のピーターと反りが合わないらしい。もっとも、この強か狸はコニー・ラパンや周囲への心象に配慮しておくびにもださないが。
「ふんっ、そうして貴族の点数を稼ぐんですか?金の為にプライドを捨てるとは、みっともない」
「ピーター君、もう止めてっ!!ミリカちゃんとケイン君は、ギリアム商会が運営している織物工場で働かせてもらうんだよ。市民権を剥奪された二人が搾取されない様にって、ジョージ様がローレン様に頼んでくれたの。それに二人が仕事に慣れるまでギリアム商会が面倒を見てくれるんだよ。騒ぐだけの貴方に二人を責める資格はないの」
キレた文系女子って中々の迫力がある。それとヴェルデ、冷静を保っているけど、鼻がモフモフしてるから気を付ける様に。
「あの妖精さえいなければボーンタ様も変わらなかったのに。そうすればケインもフォースボーラーとして活躍出来たのに」
ケインとボーンタが知り合った切っ掛けは、一個のフォースボールだったそうだ。幼い頃、ボロボロのフォースボールで練習していたケインにボーンタが新品のフォースボールをプレゼントしてくれたとの事。
ボーンタは将来を有望視されていたフォースボール選手で、ケインの憧れだったそうだ。
全てが変わったのはボーンタが小学六年生の時。ボーンタが所属していたチームが全国大会の決勝まで進んだが、一点差で負けていたそうだ。そしてボーンタが同点のシュートを決めようとしたその時、一匹の妖精がバランスを崩す魔法をボーンタに掛けた。
よくある妖精の悪戯だ。しかしその悪戯でボーンタのチームは破れ、ボーンタも二度とフォースボールが出来ない体になったらしい。
現実には、もしもはない。しかし、もし妖精があの時悪戯をしなかったら、二人はフォースボールで今も活躍していたんだろうか。
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イグニス荒野には俺、ドンガ、カリナの三人で挑戦する事になった。そして保護者兼護衛としてボルフ先生、サンダ先生、オデットさんの三人について来てもらう。今回はカリナもいるので女性の保護者が必要なのだ。少女と旅をするんだから、変な噂が立たない様に気を付けなくてはいけない。
「ここがボーブルの工業ギルドか。噂通り大きな所だね…でも、本当にボーブル製の装備をただでもらっていいのかい?」
お陰様でボーブル製の装備は冒険者の皆様から好評を頂き、売れ行きが絶好調だ。
「お前達にも活躍してもらわないと、俺も困るからな。それに新製品の宣伝も兼ねてるから大丈夫だよ」
新製品を使って中学生が戦果を上げれば、良い宣伝になる筈。何よりパーティーメンバーの危機は、俺の危機にも繋がる。
「ジョージ様、おでの装備もあるだか?」
「二人共、防具は闇属性のマナツリーを使った物だ。鉄で補強してるから防御力もあるし、魔法に対しても強い。何より軽いから疲労が溜まりにくいんだよ。武器はドンガには鉄の斧。カリナには水属性のマナツリーから作った棍だ」
マナツリーの数も順調に増え、木材として使えるまでになった。それぞれの属性に特化しているマナツリーは、木材としての需要も高い。
「ジョージ様は何を使うだか?」
「俺には専用の武器があるさ」
今回は袋の中身を水の魔石に変えて戦ってやる。
…想定外の事が起きた。
「ジョージ様って頭が良いんだか、お馬鹿なんだか分からないだよね」
「そりゃ、水の魔石を入れてぶん回せば持てなくなる位冷たくなるだろ」
カリナの言う通り、水属性の魔石から発せられた冷気は綱まで冷やしてしまったのだ。そう、持ててない位に冷たくなった。
「て、手袋をつければなんとかなる!!」
「甘いね。イグニス荒野には火属性の魔物が出るんだよ…こうなったらどうするんだい?火炎爪っ」
カリナの爪が伸びたかと思うと、一瞬にして火を纏った。そしてそのまま袋を縛っている綱を焼き切る。確かに火を操る魔物に綱を焼き切られた俺は無力化してしまう。
「この分じゃ、火の魔石も使えないな」
魔石の熱で俺が火傷するのがオチだ。手袋をつけても袋が燃えてしまうだろう。
「ジョージ、例の試作品が出来たよ。個人用の消火道具。あっ、カリナおーす」
「よっ、リリル。そういや、お前ここで働いてるだもんな」
声を掛けてきたのはドワーフのリリル・ハンマー。リリルとカリナは、結構仲が良いらしい。
「うん、何時も領主様の無茶振りに苦労させられてるよ。カリナの防具は僕が微調整するね」
リリルに頼んでいたのはバックパック式の消火器。中に水の魔石が入っており、放水出来る様になっている。
「丁度良い。俺の新しい武器が決まった」
水に色を付けたら大人気のイカ娘と間違われそうだから、気をつけよう。




