ジョージは捲き込まれ体質?
教室の窓から見える空は、どこまでも青く澄んでいた。実りの秋、オリゾンでも有数の穀倉地帯となったボーブルは今年も豊作となった。農夫は一年の苦労に思いを馳せ、商人は新たな利益に思いを馳せているだろう。
こうして青い空を眺めていると、不思議な事に領民の笑顔が浮かんでくる。
(そう言えば前世の時も、こうして秋空を眺めて物思いに耽ってたよな)
異世界の秋空にも、人の心を旅立たせる不思議な力があるらしい。出来ればこのまま、空を眺め物思いに耽っていたい…何故なら、机の上には書類が待っているんです。
(豊作は嬉しいけど、ここまで仕事が増えるとは…)
オリゾンの経済は魔石が中心だ。その為、農業より魔物討伐に力を入れている領主も少なくない。しかし、魔石では腹は膨れない。そう言う人達は、ボーブルの様な農業が盛んな領地に買い付けに来るのだ。
これが資本主義社会なら一番高値を付けてくれた人に売るのが正解だろう。しかし、オリゾンは君主制。値段より、誰に優先的に売るのかも考えなくてはいけない。黒字経営とは言え俺は分領の小倅、圧力には弱いのだ。どこにどれだけ売るかを、慎重に決めなくてはいけない。
結果、豊作で麦の山が出来たら、書類の山も出来てしまいました。無論、学校に持って来ているのは第三者に見られても平気な物ばかりである。
(まあ、贅沢な悲鳴ってやつだな)
もし不作になっていたら税収は減るし、離農されて他領に逃げられてしまう。工業製品の売上げや観光収入も伸びてはいるけど、農作物はボーブルの収入の大半を占めている。
俺が現実と向き合おうとすると、ぽっちゃり体型の狸人が近付いてきた。
「ジョージ様、まだ農作物に余裕はありますか?…もしありましたら、ギリアム商会に売っていただけませんか?」
売っていただけませんかと、ヴェルデは言うが既にかなりの量をギリアム商会に売っている。
(あれだけの量を、簡単に捌くのは難しい…何か新しい儲け話を掴んだのか?)
「情報と交換なら、考えてやっても良いぞ」
ヴェルデは周囲を気にしながら、俺のノートにこう書いた。
“アーシック領にて、シュリンプホッパーが大量発生。麦を始め作物は壊滅状態”
マジか…いくらアーシック家が有力な貴族だとしても、自領の作物が壊滅状態になったら運営は厳しいだろう。
「ヴェルデ、放課後にでも詳しい話を聞かせてもらえるか?」
これはうまく動かないと、巻き添えを喰らいかねない。
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ギリアム商会から帰った俺は直ぐに緊急会議を開いた。参加者は俺・サンダ先生・ボルフ先生・ギリルさん・ロッコーさんの五人。
「最近、アーシック領に奴隷商が出入りしてるって聞いてたが、原因はそれか…」
ボルフ先生の見解では、税金を払えなくなった民が奴隷商に子供を取られている可能性が高いとの事。
「ボルフ殿、アーシック領に出入りしている奴隷商の名前はわかりますか?」
ギリルさんは、爺ちゃんの下で働いていただけあり、オリゾンの闇社会に精通している。
「確かルーナ商会の連中だ」
ルーナ商会の名前を聞いた瞬間、ロッコーさんの顔があからさまに歪んだ。
「ルーナ商会…闇のナイテック家の分家ですよ。あそこのやり方は、巧妙ですからね…アーシック家では太刀打ち出来ないでしょう」
見た目が良く魔力もあるエルフは奴隷になると高値が付くらしく、ルーナ商会に狙われたエルフは一人や二人じゃないらしい。それを阻止していたのが、ロッコーさんとの事。ボーブルに来た理由は俺への興味もあるそうだが、狙われたエルフを保護する為でもあるそうだ。
「巧妙って具体的にどんなやり方をするんですか?」
「方法は色々ありますが、共通しているのは言葉巧みに金を貸し付ける事です。最初は安い金利で貸しますが、どんどん金利を高くして最終的には首を回らなくさせるんですよ」
…なに、その闇金みたいな手口は。中にはぶつかった瞬間に物が壊れたと因縁を付けたり、子供の病気を治す薬を高値で売り付けた例もあるそうだ。
ゲームの中でナイテック家はジョージと同じ位嫌われていたけど、悪党のレベルが違うじゃん。
「でも何でルーナ商会は、アーシック家に狙いを付けたんでしょう?」
「ドワーフを奴隷にすりゃ強い武器を作らせる事が出来る。それにドワーフの女は一定の性癖を持つ奴に高く売れるんだよ」
ドワーフの女性は所謂ツルペタ体型だ…異世界にも変態がいるのか?ロリータはアメリカの小説が由来だからロリコンとは言わないだろうけど。
「この話に乗ればアーシック家に恩を売れて、ナイテック家に睨まれる。逆に断ればアーシック家に逆恨みされると」
普通に考えればアーシック家に恩を売るのが得策なんだろうけど、アーシック家は勇者の血筋誇りが凄いらしく平気で借金を踏み倒しているそうだ。ギリアム商会でも多額の金を貸しているらしいが、アーシック家に潰れられたら大損になるから融資するしかないらしい。いくらギリアム商会を通しても、いずれは出所はボーブルだとばれるだろう。
時間が開くけば開く程、奴隷にされるドワーフが増えてしまう。俺は奴隷制度が、ヘドが出る位に嫌いだ…でも、個人の好悪で領地の運営は決められない。これだけ最悪な条件が揃ってるから、ヴェルデも重大機密を打ち明けてくれたんだろう。
「後はジョージ様にお任せします」
サンダ先生が重い口を開いた。生真面目オークのサンダ先生は奴隷制度を蛇蠍の如く嫌っている。
「俺はアーシック家に嫌われています。だから今更好かれ様とも思いません…だからアーシック家が、ギリギリ飲める条件を付けて直接融資しようと思います」
内容はハンマーさんに相談して決めよう。確実に分かった事がある。ストレスで胃が痛くなってます。
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捨てる神あらば拾う神あり、そんなの嘘っぱちだ。今朝、届いた手紙は俺の胃を更に痛めてくれた。
「ボルフ先生、領内に不審人物が入って来たとか、正体不明の魔物が現れたとか聞いてませんか?」
大切な領民に何かあったら大変だ。不祥、ジョージ・アコーギ、不眠不休で解決に当たらせてもらう。
「安心しろ。ボーブルは平和その物だ…いい加減覚悟を決めやがれ。全く、実家に帰るのがそんなに嫌かね」
そう、俺は明日アコーギ城に出向かなければならない。しかし、先週アランから“たまには親子で話がしたい。報告を兼ねて城に来い”と呼び出しが掛かったのだ。
「時間も金ももったいないじゃないですか。それにあのアランが俺に会いたいなんて、絶対に何かありますって」
アコーギ城まで片道三日は掛かる。しかもオリゾンの慣例で、家臣団を連れて行かなきゃいけないそうだ。仕事が止まるし、無駄に費用が掛かってしまう。
「恐らく勢いのあるジョージ様を呼びつける事で、領主としての体面を保つ積もりなんでしょう。断れば面倒な事になりますから、顔を出した方が得ですよ」
アランと俺の仲が悪いのは、アコーギ領に住んでいる者なら殆ど知っている。
俺がボーブルに分領された時“やはり領主様はジョージ様を身限った”とか“ジョージ様がボーブルに分領されたのは、アラン様の策略。ジョージ様は早晩滅びる”なんて囁かれたらしい。
しかし、ボーブルの運営が上手くいきだすと“アラン様には人を見る目がない”“ジョージ様はアコーギを見捨ててコーカツに付くおつもりだ”とか囁かれはじめた。
時間と金を無駄にしての実家帰省、ミケに頼んで日本の胃薬を取り寄せてもらおう。