ジョージの夏休み3。やっぱり寂しい?
青い空と白い雲、そして照りつける真夏の太陽。遠浅の海は波も穏やかで、今日は正に絶好の海水浴日和だと思う。最初の予定なら可愛い妹を愛でつつ、妙齢の義母にドギマギしてる筈だったのに。
しかし現実はシビア。俺の隣にいるのは美少女と美女ではなく、細マッチョの狼人ボルフ先生とゴリマッチョなオークサンダ先生。
「海上での戦いで重要なのは、遠距離攻撃。ジョージ、初級以上の魔法は使える様になったか?」
この世界に来て一番驚いたのは魔法の多様性かも知れない。ゲームでは聞いた事も無かった魔法が山の様に存在していた。攻撃魔法だけでもかなりの数が確認されているし、野菜の泥を落とす魔法や牧羊犬に指示を送る魔法なんかもある。
でも全ての魔法が普及している訳ではない。使えない魔法は普及せずに廃れていくし、強力な魔法の詠唱は門外不出扱いだったりする。つまりヒロインだけが最強魔法を唱えられるのは、不自然ではなかったのだ…そして言われた様に俺は未だに、初級魔法しか使えない。
「初級魔法を極めてからじゃ駄目ですか?」
ボーブルでは魔法研究が盛んで、初級魔法なら無詠唱で使えるまで研究されている。俺が初級魔法しか使えない理由も、ここにあるのだが。
「その初級魔法の威力もショボいじゃねえか。それにここなら周りに被害がでねえ。好きな分、魔法をぶっ放せるぜ」
今まで俺は周囲に害が及ぶからと初級魔法以外の詠唱から逃げていた…正確には詠唱その物から逃げていたんだけど。
「まずは海に向かってハイドロカッターを放ってみて下さい」
ハイドロカッターは、円盤状になった水で敵を切り裂く魔法である。
「み、水を司りしハイドロ神に我願う。水を万物を切り裂く刃に変えて、敵を両断せよ…ハ、ハイドロカッター」
この世界の詠唱は厨二感が満載なのだ。お陰で日焼けもしていないのに、俺の顔が真っ赤になってしまった。
そして肝心の魔法はと言うと、半円形に形を変えた水がヘロヘロと飛んでいき着水。カッターと言うより、打ち水といった感じである。
「駄目だな」
ボルフ先生はそう言うと大きな溜め息をついた。俺の方が溜め息をつきたいっす。
「詠唱にも魔力にも問題はないんですけどね…やはり然るべき研究機関に相談をすべきでしょうか」
サンダ先生は顎に手を当てながら、そう呟いた。
研究機関なんかに行ったら、大勢の前で詠唱をしなければならいだろう…勘弁して下さい。
「ま、待って下さい。ミケに相談してみます。偉大なる神使ミケよ、汝の契約者の呼び掛けに応えたまえ」
ミケは神使の中でも、上位の存在らしくぞんざいに扱うとガチで叱られる。
「こっら‼なんちゅう、こっ恥ずかしい呼び出しをすんるんや。同僚に笑われたやないか」
確かに偉大なんて言われてから出てくるのは、結構きついと思う。もし内線で“凄腕プログラマーの榕木丈治さん”なんて呼び出されたら憤死ものだと思う。
「以後、気を付けます…突然で悪いんだけど、初級魔法以外の魔法が上手く使えないんだけど」
「そりゃ、恥ずかしながら詠唱を唱えとったら、効果がショボくなって当たり前やないか。でも、一番の問題は、お前の持っとる異世界の知識なんやで…お前、魔法を信じてへんやろ」
ぐうの音も出ない位の正解である。例えば今唱えたハイドロカッターは、水で敵を切断する魔法だ。早い話が工場で使われているウォーターカッター。あれは高圧力で水を押し出すから対象物が切れるのだ。そんな圧力を掛けておいて、水が円盤状を保てる訳がない。
「信じてないって言うか、水や風で敵を切り裂くなんて有り得ないだろ」
同じく敵を切り裂く魔法には風属性のアネモカッターがある。風の神アネモーの力を借りて真空の刃で敵を切り裂く魔法らしい。でも鎌鼬現象は温度の差で皮膚が裂けただけだし、真空状態を保ったまま飛んでいくなんて有り得ないと思う。
「だって水は水だぞ。圧力を掛ければ飛散して終わりだろ」
「あれはマナの力で一時的に水や風に物質を切り裂く力を与えとるんや。魔法に大事なのは正確な詠唱より、どんな効果を持たらせたいか正確にイメージする事なんやで。せやないと神さんもリアクションに困りはる…ええか、詠唱はあくまで魔法発動の手助けや」
だったらどうする…詠唱は自己流でも大丈夫なんだろう…それならプログラムの様に起こしたい現象を簡潔にしてみればいいんだろうか。
「もしかして俺の初級魔法がショボかったのも、その所為か?」
ハイドロボールは水の球を当てるだけでダメージが与えられる訳ないと思っていたし、フォースボールに至っては目眩まし程度にしか思っていなかった。
「せや。水属性の上級魔法にハイドロドラゴンって魔法がある。あれはドラゴンが強い生き物って、イメージがあるから威力が上がるんや」
マジか…ハイドロドラゴンのグラフィック面倒臭いと思っていたのに。
「つまり、自分がイメージしやすい魔法にすれば良いって事か」
ハイドロボールなら圧縮された水の球をイメージすれば威力も上がるだろう。それならハイドロカッターは…形は円盤状にし固定して回転数を早くする。回転数は色々試してみて、一番使いやすいやつにすれば良い。
頭の中で圧縮された水が、高速で回転する姿を思い描く。大きさ直径30㎝程度。
「水の形は円盤状に固定。回転数は1秒毎に30回転…ハイドロカッター」
詠唱と思わずに、口頭でプログラムする様に淡々と唱える。必ずその動きが再現されると信じて。
円盤状に姿を変えた水が高速で海原を飛んでいく。
成功した…これでアミとのんびり海水浴が出来る。
「成功しやがった…ジョージ、ミケ様への恩義に報いる為にも魔法の練習の開始だっ‼」
結果、どうも俺は光属性と闇属性との相性が悪いらしい…正確には光や闇でダメージを与えるイメージが持てなかったのだ。
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海水浴も水着堪能も不発に終わってしまった…残る楽しみは、海の幸のみ。
「ジョージ様、本当に魚を食べるんですか?」
オリゾンでは魚介料理はメジャーではないらしく、どちらかと言うと下手物扱いされていた。
「シュリンプホッパーの名前の由来は海老ですよ。なら味にも抵抗はないと思うんですが」
尤も今では、魔物の棲息する海でなければ採れない海老よりシュリンプホッパーの方がメジャーらしい。虫料理その物は否定しないが、食べたくはない。
「しかし、わざわざ好き好んで食う奴はいねえぞ」
食わず嫌いはいけませんと言いたい所だが、虫料理から逃げている俺にはブーメランになってしまう。
「魔王が復活すればオリゾンだけじゃなく、レコルト自体が深刻な食料不足に陥ります。でも海には豊かな食材があるんですよ。今からボーブルだけでも、魚介料理に慣れてもらえれば乗り越えれます」
ゲームでも、ジョージがフェルゼン帝国の難民の受け入れを拒否する場面がある。それでさらにマリーナに嫌われるんだけど、今思うと正当な判断だと思う。
何より俺がお魚さん達を食べたいのだ。見た目はオリゾン人だけど中は生粋の日本人、魚介料理が大好きなのだ。
「領主様、そろそろいいですか?」
今回、協力してくれるのボーブルの漁師さん達。今まで同じボーブル領民からも白い目で見られていた彼だが、領主自ら頼んできたとあって気合いが入っていた。
「しかし、こんな大袈裟にしなくても」
今回行うのは地曳き網。ちなみに網は今回の為に特注で作らせた…肝心のアミには参加を拒否されたけど。
「ボーブルの海に、どんな魚が住んでいるか確認する為ですよ…曳いて下さい」
無論、味を知る為に塩とバターを持参したし、炭もおこしてある。
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引き揚げられた網は、夏の光を乱反射して銀色に光り輝いてた。パッと見ただけでも数種類の魚がいたし、貝も入っている。
「き、きたーっ‼大漁だーっ。すっげっ、鯵もいるしカワハギもいるじゃねえか…栄螺にウニもいる。こっちには蛸だ‼」
この日をどれだけ夢見た事か。醤油とご飯がないのが残念だけど、それは贅沢ってやつだろう。
「…マジでこれを食うのかよ」
元アサシンのボルフ先生でも抵抗があるらしい。文化の壁は思ったより厚い様だ。
「俺にしてみれば、御馳走なんですけどね。先生達にはバターソテーかフライにして出しますよ」
勿論、俺は刺身か塩焼きである。醤油がないから刺身は塩で食べるつもりだ。
「それじゃ、食べられないやつを分けますね」
漁師さんはそう言うと網の中に手を入れた。アメフラシ分かる…食べる地域もあるらしいが調理法を知らない。
そして漁師さんは、ウニや蛸も捨て始めたのだ。
「ストップー。なにしてるんですか?」
「領主様、ニードルヘッドもデビルフィッシュも食べる奴はいませんよ」
ニードルヘッド、棘のついた頭…ウニの事だろう。そしてやっぱり蛸は食べられていないと。
「食えるって、旨いし」
ウニの殻をナイフで割るとオレンジ色の身が姿を現す。漂う磯の香り、口に含むと芳醇な味が口一杯に広がった。銀座で食べたら財布が即死しそうな味である。
「な、生でニードルヘッドを食べた…」
「ジョージ様、火を通さないとお腹を壊しますよ」
結果、漁師さんとサンダ先生に、どん引きされました。
「おい、ジョージ…まさかデビルフィッシュも食うんじゃねえだろうな」
そしてボルフ先生はあからさまに警戒している。蛸刺しは、やめておくか。
「食いますよ。まずは塩で良く揉んで…ハイドロボールの中に閉じ込めて、中に渦を発生させて洗う。次に新しいハイドロボールに熱加えて茹でる…完成って、どうしたんすか?」
全員が真っ青な顔をして俺を見ている。蛸が旨い事を証明する為に、食べて見せたらさらに引かれた。
アジフライやカワハギのバターソテーは受け入れてもらえたが、刺し身類は全員アウトだった。いつか醤油を手に入れて刺し身の旨さを認めさせてやる。
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