ジョージ、神使と出会う
ヤバい。嫌われキャラに転生しただけでも充分ヤバいのに、幻覚まで見える様になってしまった。
1m近い大きさの猫が空中に浮いているのだ。太々(ふてぶて)しいと言う言葉がぴったりの茶色いどら猫である。猫特有の可愛さは微塵もなく、 三白眼の瞳でこっちを見ている。
「おい、儂が見えてんやろ?」
どこからか野太い男の声が聞こえてきた。しかし、部屋にいるのは俺だけな筈。
(不味いな…とうとう、幻聴まで聞こえる様になってしまったのか)
「こら、シカトすんなや。さっきからチラチラこっちを見とる癖に…チラ見は女に一番嫌われるんやぞ。男なら堂々とガン見せんかい」
今、部屋にいるのは俺と見えてはいけない物。 なんか尻尾をブラブラさせている。
(不味い…あれは絶対に見えてはいけない物だ。あれだ、バグが出すぎてストレスでずっと幻を見ていたんだ)
異世界転生も、きっと幻なんだろう。ゲームの事を考え過ぎて現実との区別がつかなくなったんだろうか?
「誰が見えてはいけない物や。儂はゆるキャラのチャックか!!ははーん、儂が余りにもぷりちー過ぎるから気後れしてんな…まっ、儂位可愛らしい猫ちゃんは中々おらんから、その気持ちは分からんでもない」
(ね、猫らしき生き物が喋った?)
プリティーのふの字もない癖に。
「ほほう、良く気付いたの。確かに儂はただの可愛らしい猫ちゃんやない。儂は神使のミケ・ニャアニャア。まあ、よろしゅう頼むわ」
ミケと言う割りに、自称神使の猫は体毛は白と茶色の二色だけである。
(確か、三毛猫の雄は殆んどいないんだよな…神使だけでなく三毛猫も自称かよ)
神使はともかく、三毛猫を詐称する必要性は分からないけど。
「かー、自分あれやろ。疑い過ぎて彼女の信用を失うタイプやろ。人間時には素直に信じる事が大切なんやで」
疑問が出てきた、さっきからこのエセ猫は俺の心を読んでるんだろうか?それとイケメンがいる合コンに行くのを疑うのは、当たり前だろ…結局、振られたけどね。
「儂をバッタもん扱いすな。儂は神使やから心を読めるんや。もっとも、強く想った事しか読めんけどな」
『マジで神使なんですか?』
もし、この猫が神使なら色々と有利になる。何よりゲームと違う展開に持っていける。
「モチのロンや。モチのロン言うても白で当たったんやないで」
餅は白い、白いは麻雀の白…麻雀が分かっていても微妙なボケだな。ここは、スルーしとくか。
『神使なのは分かりましたが、ミケ様は雌なんですか?』
「くぉーら!!人がボケたんやから、突っ込むのが礼儀やろ。儂は雄の三毛猫や。言わばレア、スーパーレアなニャンコちゃんや。もし、儂がカード化されたら背景はキラキラになる筈や。まぁ、良く見てみい。ここが黒いやろ」
ミケはそう言うと、自分の尻尾を持ってみせた…確かに、尻尾の先だけが黒い…。
『安いカニクリームコロッケかよ…ところでミケ様はどなたにお仕えになられているんですか?』
「誰が蟹がどこに入っているか分からない安いカニクリームコロッケや。分かり難い突っ込みをしおってからに。儂が仕えてるのは絆の神リアン様や。儂がおると人間関係がちょっと良好になるんやで」
ちょっとって、どれ位なんだよ。でも、ミケがいればヒロインに嫌われないで済むんだろうか?
『神使にマジックアイテムか…なんとかなるかもな』
うまくいけば日本に帰れるかもしれない。とりあえず悲惨な最後は回避出来るだろう。
「マジックアイテム?あれは異世界から来た魂全員に当たる支給品やで。だからお前もレコルト語が分かる様になったんや」
『はい?支給品?まさか、俺が最初からみんなが話す言葉が分かっていたのは』
確かに記憶を持ったまま異世界に転生しても、何の意味もない。
「そら、マジックアイテムに触れてたからやで。まっ、言語以外にも色んな知識が詰め込まれてるから早くインストールしとき」
ミケの話では、支給品されるマジックアイテムはその人の想いが具現化されるらしい…メモリースティックって、確実に仕事が具現化してんじゃん。そして異世界から転生して来た魂に仕える神使は、コミュニケーションの為に異世界の知識を手に入れるらしい…だから、ミケはカニクリームコロッケを知ってたんだ。
『ところでミケ様の姿は、他の人にも見えてるんですか?』
何もない所に話し掛けていたら、カトリーヌ母さんやメイドの皆様に心配を掛けてしまう。
「そこはオンオフ自由にでけるで。まっ、お前がもう少し大きくなったら顔をだすわ。今日は挨拶だと思ってな。それとミケ様なんて呼ばれると、こそばゆいからミケでええで」
ミケはそう言うとフッと姿を消した…わざわざ神使が来たって事は、何かがあるんだろう。俺は才能があるから選ばれたんじゃなく、異世界から来た人間だから見張りを兼ねて付けられたのかも知れない。
______________
漸く一歳になった。最近は短い歩数なら歩ける様になったので、必死に練習している。
「ジョージ、ママはこっちよー」
カトリーヌ母さんが必死に俺を手招きをしている。俺は空気を読める子供だ…ヨチヨチ歩きながら、一生懸命に母さんを目指す。
カトリーヌ母さんは拙い歩きが、心配らしくジリジリと俺に近づいていくる。
最近、カトリーヌ母さんは俺にベッタリだ。一歳の子供に母親が側にいるのは当たり前かもしれない…だけど、カトリーヌ母さんは俺に愛情を注ぐ事で、心のバランスを保っている感じがする。
この一年で何でジョージ・アコーギがあんな人間に成長したのかが分かった。
先ず、無自覚に甘やかす母親。まぁ、カトリーヌ母さん自体がまだ子供だからある意味仕方ないのかも知れない。
一番の原因は父親のアラン・アコーギにあると思う。アランはこの一年で、俺の所に来たのは数回しかなかった。そしてアランは母さんの寝所にも殆んど顔を出してないらしい。
アランが寝ているのは、第二婦人ルミア・アコーギの寝所。ルミアは庶民の生まれで美しく優しい女性だ。プライドが無駄に高いアランは公爵家出身のカトリーヌ母さんに負い目を感じているんだろう。カトリーヌ母さんの実家、コーカツ公爵家の力は強大で、その気になればアコーギ家なんて一捻りらしい。ちなみにソースは俺のメモリースティック型マジックアイテム。
特に俺の祖父に当たる当主のローレン・コーカツは王政にも深く関わり、レコルトで逆らえる者は王様位だと言う。
早い話が父親は義父が怖いのだ。そして坊主憎ければ袈裟まで憎しではないが、母さんも怖くなり母さんと似てる俺も恐いんだと思う。
でも、それは前世の記憶がある俺だから分かる事。ジョージは父親アランに好かれようと強くなろうとしたんだろう。しかし、母親カトリーヌはジョージを甘やかし、ジョージは色々と勘違いしてしまったんだと思う。
何よりもの不幸は、ジョージはアコーギ家の象徴である細剣との相性が最悪だと言う事。確か、相性設定は最低のE。
(ジョージ、お前の敵はしっかりと取ってやるぜ)
勇者もアランも上手にスルーしてやる。あんな反則な生き物と正面から戦う必要はないんだし。