ジョージとドラゴンのブレス
春の優しい日差しを浴びながら微睡んでいると、小鳥達のさえずりが聞こえてきた。昨日も夜遅くまで仕事をしていた俺を労ってくれているんだろう。この微睡みからの二度寝を楽しめるのは日曜ならでの特権だ。
(爽やかな朝だな…って、おい)
小鳥達のさえずりに混じり、朝の爽やかさをぶち壊す歌声が聞こえてきた。
「わーしは可愛いっ可愛いっにゃんこちゃん。モフモフの毛並みにプニプニの肉球。プリティ・ラブリーMIKE。さあ、ご一緒に!!プリティ・ラブリーMIKE」
窓から顔出してみると、神使が、膝を組みながらギター片手に弾き語りをしている。
…朝から悪い物を見てしまった。とりあえず、窓を閉めよう。
「おい、こら!!何しとんねん。プリティなにゃんこちゃんが可愛らしい歌を唄ってねんぞ。全力でモフるのが礼儀やろ」
ミケはそう言うと、閉めた窓を叩き付ける様にして開けてきた。ミケは猫の姿をしているが神使だ、窓を開ける位は造作もない。今度から鍵をきちんと閉めておこう。
「何が可愛らしい歌だ。小鳥が逃げちまったじゃねえか!!」
「小鳥より、猫の方が可愛いやないか。それに小鳥は作物を食い荒らすだけやろ。猫はぷりてぃなだけやなく、ネズミも退治する優れたペットなんやで」
ネズミ退治は、俺の頭を悩ましている問題の一つだ。でも、ネズミ退治の為に連れて来られた猫が、在来種の小鳥とかを襲って自然形態を壊した例は少なくない。
「はー、叫んだら目が覚めたなよ。さてと、仕事を始めるか」
朝からミケと漫才をしたのが効いたのか、いつの間にか眠気は綺麗に吹き飛んでいた。
「仕事って今日は日曜日やぞ。たまには休まんと体を壊すで」
ミケの言う通り、休める時には休んでおかないと体が持たないしモチベーションが低下する。なにより領主が休まず働いていたら、家臣に悪影響を与えてしまう。それは良く分かっている…分かっているんだけど。
「日曜じゃなきゃ片付けられない仕事が入ってんだよ。夏が来る前に目処をつけておきたい事があるんだ」
流石に四月から学校をサボる訳にはいかない。でも授業の進み具合によっては領主業を優先しようと思う。
「貴族ってのは、もっと悠々自適な生活を送るもんやで」
ミケの言う通り、他の貴族は歌劇を見たり、自画像を描かせたりと悠々自適な生活を送っている。…自分の肖像画が部屋にあったら、恥ずかしくて堪らないと思うんだけど。
「何かしてないと怖いんだよ。みっともなく足掻いてでも前に進んでなきゃ怖くて仕方ないんだ。自分でも嫌になる位に臆病者なんだよ」
気を抜いた瞬間に取り返しのつかないトラブルが発生し、全てが台無しになってしまう恐怖に怯えている。でも何かをしてれば、恐怖が紛れるんだ…それが無意味な自己満足だとしても。
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朝飯を食べ終え、向かったのはドワーフが住む町。ドワーフは一番最初に移住して来ただけあり、町は既に完成している。町の名前はファーレ。ドワーフの背丈に合わせて建てられた小振りな建物が並んでいる。どの建物も意匠を凝らしており、魅力的だ。将来、ファーレはボーブルの有数の観光地になるだろう。
「立派な町になりましたね。数年前までここが草原だったなんて信じられませんよ」
今日の付き添いはサンダ先生。ボルフ先生は彼女とデートとの事。
「それじゃ工業ギルドに行きますか」
工業ギルドはファーレの中で一番大きな建物。ドワーフの製品が手軽に買えるとあって、オリゾン中から商人が来ている。
「ジョージ様、お待ちしていました」
迎えてくれたのは中年のドワーフ。背が小さくて髭が濃い典型的なドワーフである。名前はアイゼン・ハンマー、アイゼンさんはリリルの父親だ。
「アイゼンさん、お久し振りです。日曜なのにすいません」
家庭持ちだから家族サービスを予定していたかも知れない。
「いえ、家には居場所がありませんから。ジョージ様、これが以前頼まれていたセメントとコンクリートのサンプルです。比率や材質を変えて良質な物が出来ました」
アイゼンさんは溜め息混じりに話しているけど、リリルの物作り好きはアイゼンさんの影響だと思う。父の背中を見て育ったってやつだ。アイゼンさんは物作りの経験が豊富だから、俺のにわか知識を聞いただけで理想的な物を作ってくれる。
「鉄筋コンクリートの方はどうですか?」
「バッチリですよ。鉄筋コンクリートがあればジョージ様の仰っていた例の物を作れます」
そうか、ついにあれを作れるのか…趣味と実益を兼ねた俺の夢が現実になるんだ。
「ありがとうございます。でも先にセメントの量産体制に入って下さい。溜め池に使いますんで」
「溜め池ですか?しかし、ボーブルには大きな池や湖はありませんよ」
ボーブルにはスケイル川が流れているが、大きめの湖沼がない。スケイル川の水はストレートに海に流れて行ってしまう。これじゃ日照りが続いたら水不足になり飢饉が起きる危険性がある。でも人が人工湖を作るには膨大な時間が掛かってしまう。そう、人なら…
「なければ作れば良いんですよ。これから作ってもらいますんで一緒に行きませんか?」
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俺達が向かったのはボーブルの中央部に位置する未開発の大草原。正確にはわざと手を着けていなかった土地である。
「ジョージ様、あ、あれをご覧下さい」
アイゼンさんは上空を見詰めたまま固まっていた。その顔は引きつっており、何か指している指だけがプルプルと震えている。その先にいるのはドラゴンの群れ。
「素晴らしい!!あれだけの数のドラゴンが空を舞う姿を見れるとはサンダは幸せ者です。シルバードラゴンにブラックドラゴン、伝説のルビードラゴンもいますよっ!!」
アイゼンさんと違い、学者オークのテンションは鰻登り。
(ルビードラゴンか…エメラルドじゃなくて良かった)
俺達に気付いたらしく一匹のドラゴンが舞い降りてきた。降りてきたのは真っ赤な鱗のドラゴン。
「領主様、おはようございます。私の名前はアカダマ。今回の代表を務めさせてもらいます」
…確かにルビーは紅玉って書くけど。このドラゴンが出てきたら打ち止めになったりして。
「いえ、私達の勝手なお願いを聞いてもらえ感謝に堪えません。ではお願い出来ますか?」
「ええ、久し振りですので気合いが入りますよ」
アカダマさんはそう言うと空に舞い戻って行った。そして空中に停止すると、やにわに口を開く。俺がドラゴンに頼んだのはブレスを地面に放ってもらい穴を開けてもらう。それを加工して人工池にする予定。
「あれがドラゴンのブレスですか…凄いエネルギーですね」
確かに凄いエネルギーがドラゴンに集まっている…ってか、ヤバいレベルだ。
そして膨大なエネルギーの奔流が放たれる。身構える暇もなく強力な衝撃波に襲われた。為す術も無く無様にゴロゴロと転がされてしまう。続けざまに何発ものブレスが放たれていく。
結果、大きな穴が幾つも出来ましたが、俺の腰も抜けてしまいました。まだ人工池が出来てないのに、何故か俺の下半身がずぶ濡れです。
「いやー、久し振りに思いっきりブレスを吐くとすっきりしますね」
「なかなか一人でブレスは放ちにくいですからね」
「最近の若いドラゴンの間では一人ブレスが流行ってるそうですよ」
「世代の違いですね」
一人ブレスって一人カラオケじゃないんだから。後から聞いた話によるとドラゴンは定期的にブレスを吐かないとストレスが溜まるらしい。何時もは空中にブレスを放っているそうだが、地面に向かって思いっきりブレスを吐くとスッキリするとの事。
あんなブレスを浴びて平然としている勇者パーティーは化け物としか思えない。
今回は絶奈様、SANDY様の協力してもらいました
 




