ジョージの中学入学式
胃が痛い。納期間近のデスマーチの最中に、サウンド担当のプログラマーがダウンした時を思い出す。俺はシステム担当だし、音程もリズム感も皆無。他のチームに頭下げまくって修羅場を乗り切ったんだよな…。
でも、この修羅場はどうやって乗り切れば良いんだろ。
「ジョージ様、次の書類はこちらです。¨早くうちの村の道路も直して欲しいです。隣村を優先した理由も教えてもらえますか?¨返答はいかが致しますか?」
ちらっと、サンダ先生の手を見ると大量の決裁待ち書類。領主がこんなに大変だとは思わなかった。道路整備だけじゃなく治水問題に税金の減額希望、出店希望に治安の回復等々。一つ解決したら、それを聞きつけた別の人達が俺も俺もと要望を出してくる。
「とりあえず来期に計画を組む予定があると返答して下さい」
作ると確約しないのがミソ。いや、隣村の漁獲量が多かったから道路を優先的に作ったんだけどね。でも、そんな事を言ったら¨うちの村の方が品質が良いんですよ¨とか返ってくる。
予算なんて無限にある訳じゃないし、有事の為に予算を残しておくのは当たり前。甘い顔をしていたら、良い様に使われてしまう。
「ジョージ、ボーブルを盗賊団が狙ってるらしいぞ。どうする?」
うちは新興領地のわりには経済が発展している。でも、まだ騎士団は質量共に充実していないから治安維持だけで精一杯だ。 騎士の血縁は危険な仕事を避けたがるし、一般入団の兵士は当り外れが大きい。縁故入団の団員と一般入団の兵士をうまくまとめてくれる団長はいないだろうか?
「…ボルフ先生、狼人族の族長に渡りをつけてもらえますか?」
「確かにうちの連中は鼻が利くし警戒
心が強いから防犯には役立つが、傭兵とか冒険者みたいな不安定な仕事を嫌うんだぞ」
流石は安定思考の狼人族。ボルフ先生の話では、狼人族は冒険者みたいな一発逆転の仕事を忌み嫌うらしい。
「狼人の皆様には畜産業に従事してもらおうと思っています。作った物を売り歩く序でに、防犯にも協力してもらおうかと思いまして」
今までは畑仕事に牛を使っていたから、畜産はあまり活発ではなかったそうだ。畜産業が活発にならなかったもう一つ理由としてゴブリンの被害がある。ゴブリンは夜中に牧場に忍び込み、家畜を食い荒らしていたそうだ。一夜で家畜が全滅した事もあるらしい。その点、狼人なら夜目も利くし警戒心が強い。何よりボーブルはタスク山にドラゴンがいるから、ゴブリンの生息数も少なく畜産業に向いている。
「畜産と言いますと食肉に力を入れるんですか?」
サンダ先生はオークだけど豚を食べる事に対して抵抗を持っていなかった。
「食肉もそうですが、卵や牛乳は栄養価が高いんですよ。それに牛乳からはバターやチーズが作れますし」
鶏糞や牛糞は堆肥になるし、豚の毛から歯ブラシが作れる。虫歯は古代での死亡原因の多くを占めていたそうだ。
何より生産が安定すれば豚カツや鳥カラや焼鳥が食える様になる。それに食糧生産が安定すれば、船の寄港地になり輸出入が増えると思う。胡椒とゴムの輸入量を増やしたいんだ。
「分かった、それなら大丈夫だろ」
ちなみにドワーフの職人さんに頼んで鶏小屋も作ってもらっている。金網に錆止めの油性塗料も塗ってあるクオリティの高さだ。
「ええ、それと引退したアサシンギルドの人達に露店商についてもらうと思います。蛇の道は蛇、アサシンギルドの人達なら変装している奴を簡単に見分ける事が出来ると思いますし」
徳川家康が泥棒を古着商にして犯罪者が江戸に入ってくるのを防いだと言う逸話を丸パク…参考にさせてもらった。主に飲料水や軽食を売ってもらう予定だ。
「引退後の職を提供する事でアサシンギルドとの信頼を高めるのか。確かに、引退したアサシンは食い扶持に困るからな」
俺の考えてる開拓案は前世の知識に由来する物が多い。つまり、俺のオリジナルじゃないからパクられやすいのだ。ただでさえ、うちは新規移住者が多いから出入りが激しく身元の確認が煩雑になる。
「サンダ先生もオークの仲間に声を掛けてもらえますか?オークは畑作が得意なんですよね」
「そうですが農業は熊人の方々に声を掛けているのではないのですか?」
確かに、ドンガの親父さんに頼んで熊人の移住も行っている。サンダ先生が心配してるのは利権争いだろう。
「熊人の方々には麦や野菜を中心に作ってもらいます。オークの人達には芋や果物、それに米を作ってもらおうと思うんですよ」
作る物を明確に分ける事で、種族間の争いを避けるんだ。米は長粒種しか手に入らないがいつか短粒種を手に入れて炊きたてご飯を腹一杯食いたい。 その為にも今から水田のノウハウを確立してもらう。
「熊人とオークの農家に狼人の畜産か…外から来た奴はビビるだろうな」
ちなみに移住者の皆様にはボーブル城郊外に住んでもらう。前から住んでいる猿人との確執を少なくするのと、いざと言うときは民兵になってもらいたいからだ。移住計画は順調に進んでいるが、それが税収に繋がるのはまだまだ先になるだろう。都合よく鉱山が見つかったり前時代のお宝が発掘されないだろうか。
中学入学まで、後一週間。書類と格闘する日々が続きそうだ。
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鏡を見ると目の下には濃い隈がくっきりと浮かんでいる。
(我ながら酷いな)
昨日、夜中に他領から放たれたスパイが捕まり、後始末やらなんやらで徹夜。結果、爽やかさが欠片もない新入生が出来てしまった。
「ジョージ、準備は出来た?…貴方、また徹夜したのね。お仕事も良いけど、体を壊したらどうするの?」
母様、ドアを開けて5秒でお説教でございます。前世で夜遅くまで起きていて叱られた事はあったけど、仕事をして叱られるとは。
「ゴーレム車の中で寝てくよ。入学式だからそんなに長くないと思うし」
…入学式に出た後、王都で業者との話し合いがあるんだけど。
「入学式にはマリーナさんも来るのよ。早く、顔を洗ってらっしゃい」
そう、やっぱりマリーナも中学に入学して来た。何だかんだで一年近く会ってないから俺の事を忘れてくれているとありがたいんだけど…無理だよね。
「分かった。朝御飯は車の中で食べるよ…ふぁあー」
俺が欠伸を漏らしたら、母さんが溜め息を漏らした。 早く組織作りを完成させなくては。
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眠いが寝れない。さっきから来賓の挨拶が続いているけど、どの人も付き合いがある偉い人ばかりで寝たらヤバい。次に会う時に、゛入学式の挨拶は胸に沁みました゛とか゛お言葉を励みに勉学に勤しもうと思います゛とおべっかを言う予定。
「はぁー、ケイン君も入学してるだー」
俺が欠伸を我慢していると言うのに、ドンガは深い溜め息をついている。戦う前からギブアップ宣言だ。情けな…いや、恋愛戦力で言ったら熊と栗鼠の立場が逆転してしまう。ちなみにドンガの熊耳は降参するかの様にペタリとへたりこんでしまっている。
「ラパンさん、ピーターさんと楽しそうに話してましたねー」
ヴェルデはヴェルデで遠い目で、どこかを見ていた。こっちはこっちで現実逃避中、狸尻尾は力なく垂れ下がり風に揺れている。狸金時計ならぬ狸へたれ尻尾状態だ。
(しかし、猿人が多いな)
今回の中学の新入生は600人。一見、大人数に思えるが、王都とその周辺の領地が入学対象になっているから決して多くないと思う。猿人は300人、続いてエルフが150人、ドワーフ120人、獣人は30人しかいない。クラスは全部で15クラス。1組にはヒロインと有力貴族が在籍。俺は15組で猿人は俺を合わせて5人しかいない。
教室に入ると、まさに人種の坩堝だった。
(ドンガ、ヴェルデは同じクラスか。ウォールナットとラパン、リリルもいるな…おっ、ヘゥーボも同じクラスか)
ヘゥーボ・ディエラーチ、種族はエルフ。ジョージパーティーの神官兼発明家。特徴はエルフ耳にグルグル眼鏡。素顔は美少年なんだけど、でかい眼鏡を掛けている所為で素顔が謎である。エルフなのにマジックアイテムの発明に命を掛けている…のだが、何しろ作る物が微妙。
空を飛ぶ為に浮遊効果があるお札を作れば、高さの調節機能がなく降りてこれなくなる。魔法の杖を作れば、一回で全魔力を込める仕様にしてしまい都度気絶等々。
でもこれでジョージパーティーが全員揃う。逆に言えばゲームの準備段階に入ったとも言える。
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入学式後、交流会を兼ねて第三小卒業生とリリルを連れて昼食をとる事にした。場所はケインお勧めのいわゆる大衆食堂。
「ここは獅子人の親子がやってるんだけど、とにかく肉料理がうまいんだよ。安くて腹一杯に食えるから僕も良く来るんだ」
ケインのテンションはマックスだけど、女子の反応は微妙。何しろ建物がボロい。その所為か潔癖症のピーターは店に入らずに帰ってしまった。
「いらっしゃい…あれ、あんた確か同じクラスのジョージ・アコーギだよね?早速来てくれたんだ、ありがとよ」
そこいたのは同じクラスの獅子人の少女…確か名前はカリナ・アイビス。オレンジ色の髪をポニーテールにしている快活な少女だ。
カリナは明るく笑っているが、厨房にいるご両親はガチガチに固まっている。そりゃそうだ、大衆食堂に伯爵の息子が来たんだから。
「それじゃチキンソテーをお願い。みんなも好きなのを頼んで」
「お待たせしました。チキンソテーです」
料理を運んで来てくれたのはカリナより少し年上の少女。多分、カリナのお姉さんだろう。チキンソテーの付け合わせはマッシュポテト。単価が安い芋をつける事で満足度を上げてるんだろう。
「ありがとうございます。じゃっ、頂きます」
ご飯前の挨拶は日本人として欠かす訳にはいかない。
「今のはなんだい?」
「ああ、料理を食べる前に感謝の言葉を贈るんだよ。命を頂くって感謝。素材を取ってくれた人と作ってくれた人への感謝。そして美味しく料理してくれた人への感謝…おっ、美味い」
胡椒が高くて使えない分、鶏肉は塩とハーブできちんと味付けをしている。皮はパリパリしていて肉はジューシー。下処理をきちんとしているから安い肉でも美味しく調理されている。
「へっへー、ありがとよ。そのマッシュポテトアタイが作ったんだぜ」
「丁寧に裏漉ししていて美味いよ」
バターと胡椒が少なくて物足りない気もするが、この値段でそれを言うのはなしだろう。
「だろ?お前、分かってるじゃねえか」
「カ、カ、カリナ、お客様になんて口を…ジョージ様、申し訳ありません」
カリナパパが猛ダッシュで俺の側に来た。
「良いですよ。ここにお邪魔してるのは俺なんですから。食堂に貴族の流儀を持ち込むのはマナー違反ですし」
それに魂が庶民な俺はレストランより食堂の方が落ち着く。
「貴族?アンタもしかしてマリーナの婚約者のジョージ・アコーギ?」
「そっ、嫌われ者のジョージ・アコーギ。幻滅した?」
確かカリナは第一小の出身。口振りからするとマリーナの知り合いなんだろう。これは嫌われる可能性が高い。
「幻滅はしないけどびっくりしたよ。あのマリーナが嫌うから、どんな嫌な奴かと思えば普通じゃん。あっ、普通の貴族はうちになんて来ないか」
そう言うとカリナはからりと明るく笑う。食堂がパッと華やぐ明るい笑顔だった。
活動報告にご協力を。今回は活動報告から協力頂いたのはハリー様、196/梓様、ルイン様です