ジョージと運動会
騒ぎを知らせてくれたクラスメイトの話によると、ピーター達がケンカをしているのは校舎裏との事。そして先生達は誰も、ケンカに気付いていないらしい。
(自分達の学校だから、人目に付かない場所を知っているんだな。待てよ、今日は警備の為に各家から兵士が派遣されてる筈…ボルフ先生にも動いてもらうか)
ここ四、五年合同運動会は第一小で開催されている。第一小が王都の真ん中にあると言うのはあくまで建前。
「ドンガ、ヴェルデ、先に校舎裏に行って間に割って入ってこい。それとヴェルデ、幻術はどれ位使える様になった?」
狸人のヴェルデは幻術を使える。ゲームでは尻尾が隠せていなくて、あっさり勇者パーティーにバレてしまう。ちなみに狸人は葉っぱがないと幻術を使えないとの事。
「た、短時間なら、道に迷わせる事が出来ます」
「それなら…してくれ。ヴェルデ、俺が合図したら幻術を解除しろ。ドンガは何があっても手を出すなよ、良いな。俺はボルフ先生の所に行ってくる」
オリゾン都立小学校合同運動会は、オリゾンにある第一・第二・第三小学校の交流の為に十年前から行われている合同運動会だ。
最初は和やかな雰囲気で行われていたが、ここ数年はギスギスしている。
「生徒同士のケンカに俺が口を挟む必要ねえだろ」
俺の報告にボルフ先生は、あからさまに嫌な顔をした。確かに良い大人が子供のケンカに口を挟むのはみっともない。
「普通の運動会ならそうですけど、合同運動会は色々と面倒なんですよ」
第一小の生徒は猿人が殆んどだ。猿人は獣人より平均的な身体能力が低い。その為、開催当初、第一小は合同運動会で最下位に甘んじていたらしい。しかし、第一小には貴族や騎士の子供が多く通っている。亞人の通う他の小学校に連敗する事を良としない親から横槍が入る様になったそうだ。
「おいおい、子供の運動会に親が口を挟んだのかよ」
「貴族にとって自慢は生き甲斐ですからね。親も無理難題を言うんですよ」
そう、異世界にもモンスターペアレントはいたのだ。 困ったのは大会運営委員会、何しろ第二小にはアーシック家やウォーテック家の子供が通っているから、あからさまに第一小を贔屓する訳にはいかない。そこで身体能力があまり影響しない借り物競争や大玉運びが取り入れられる様になったそうだ…しかも、かなりの高得点配分で。ちなみに名目は運動が苦手な子供も運動会を楽しめる様にする為らしい。
「それで第一小の子供が馴れているここを会場にする様になったのか…それでお前は何を考えてんだ」
「会場が第一小に移ったのは五年前、同じ頃に第一小にマリーナとヴァネッサが入学しました。低学年のうちはそうでもなかったんですけど、ここ数年第一小は勇者の子孫がいる凄い学校だって風潮があるんですよ。そして第三小を見下してるんです。一人も勇者の子孫がいない亞人学校ってね」
坊主偉けりゃ袈裟まで偉い、クラスメイト偉けりゃ俺達も偉いと。多分、大人になったら合コンとかで自慢するんだろうな。
「なんだそりゃ?ただのクラスメイトだろ」
「餓鬼の頃って、何かにつけて自分が特別な存在だって思い込みたがるんですよ」
大人に成れば努力では埋められない才能の差があるって事に気付く。逆に言えば自由に夢を見れるのは子供の特権だ。才能は誰かに発掘されるのではなく、何気ない場面でもいかんなく発揮されているんだし。漫画みたく伝説の選手が偶然主人公と出会って、才能を見出だすなんてあり得ないと思う。
「それで俺は何をすりゃ良いんだ?」
「その前に警備の分担を見せて下さい。うん、予想通りだ…ボルフ先生、貴賓席にいる爺ちゃんに伝えてもらえますか?校舎裏で面白い見世物があるって」
ボルフ先生に校舎裏の警備担当者を指差してみせる。校舎裏を担当しているのは第一小に通う子爵家の兵士だ。
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校舎裏には十数人の第一小の生徒が集まっていた。中心にいるのは炎の様に真っ赤な髪をショートカットにしたボーイッシュな少女。浅黒い肌をしており一見すると可愛らしい顔立ちをした少年にも見える。
「ジョージ様、お待ちしていました。本当にやるんですか?」
ヴェルデは足を震わせながらもしっかりと立っていた。その後ろには泣きじゃくるピーターと、その涙を拭うラパンがいる。
(ヴァネッサ・フレイックか…隣にいるのはマリーナ?)
「待ち兼ねたぞ、ジョージ・アコーギ!!お前のダチはボロボロだぜ」
ヴァネッサは俺を見つけると、ビシッっと音が出そうな勢いで指を差してきた。第一小では人を指差していけませんって、教えてないんだろうか?
「ヴァネッサちゃん止めようよ。熊人の子が可哀想だよ」
マリーナは婚約者が来てもスルーと。ちなみに、かなり久し振りに会うんだけどね。
「ドンガ、無事か?」
ドンガは七人の猿人に攻撃されながらも微動だにしていない。その後ろにウォールナットがケインに寄り添っていた。運動会が終わったら、ドンガとヴェルデに何かうまい物でも食わせてやろう。
「ジョージ様、こんなのお父の鍛練に比べたら何ともないだよ」
うん、確かにキガリさんの鍛練と小学生の攻撃は比べ物にならないよな。ギガリさんの攻撃は何度喰らっても涙目になる。
「さてと、フレイック家のお嬢様は何をお望みなんですか?」
多分、ヴァネッサの目当ては俺だと思う。
「謝れよ」
…?この方は、何を仰有ってるんでしょうか?
「あの誰に何を謝れと?」
「俺とマリーナにだ。マリーナはお前との婚約を泣く程、嫌がってるんだぞ。それにお前のジジイの所為で、俺の爺ちゃんが苦しんでるんだ!!だから謝れ」
一瞬、唖然としたがヴァネッサの性格を思い出して納得した。ヴァネッサは、曲がった事が大嫌いで友達想いの真っ直ぐな少女だ。マリーナが俺との婚約に苦しんでいるのを見兼ねたんだろう。
そしてヴァレリイーの奴が、事実を曲解しまくってヴァネッサに教えたと。俺に婚約破棄の権限があったら、とっくに行使してるつーの。
「だから無関係なケイン達を巻き込んだと…馬鹿じゃねえの!?」
多分、俺を誘き出す為にケイン達に因縁を吹っ掛けて、そして俺をよびよせる為に、わざと一人だけ逃がしたんだろう。
「俺は馬鹿じゃない。馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」
何とも小学生らしいお約束な返しだ。
「馬鹿じゃなきゃ迷惑なクソ餓鬼だよ。お前の取り巻きが見張りの兵士に命じたんだろ?俺の関係者以外通すなって」
だからドンガとヴェルデはすんなりと通れたんだろう。他の生徒は近づけないから、先生の耳にも入らないと。
「く、クソ餓鬼…女の子にクソなんて言うなっ!!」
ヴァネッサは余程、悔しいのか地団駄を踏む。ちなみにマリーナは俺と目が合うと嫌そうに逸らした。
「俺に文句があるなら、直接言いに来いっ!!それで俺が謝れば納得するのか?…はい、ごめんなさいと」
ヴァネッサ達に向かってペコリと頭を下げる。理不尽な理由で頭を下げるのはリーマン生活で慣れっこです。納期直前で仕様を変えろって無茶振りに比べたら可愛い物だ。あの時は、椅子に座り過ぎて痔になったんだぞ。
「ちゃんと手を着いて謝れっ」「そうだ、そうだ」「ヴァネッサちゃんとマリーナちゃんに謝りなさいよ」
俺の生意気な口の利き方に腹を立てたらしく、第一の皆様は非難轟々だ。まあ、俺の思う壺なんだけどね。
「なっ、ジョージさんは、悪くないしちゃんと謝っただろ」
ケインが噛みつく。良い子だから、ドンガを贔屓出来ないんだよな。
「ジョージさん、そんな奴等に謝る必要はありません」
ピーターも腹に据えかねたらしい。何とも小学生らしい熱さだ。ヴェルデ、すまん、俺はお前の味方だけする訳にいかないのだ。
「ケイン君、ピーター君大丈夫だよ。ジョージ様はこれ位じゃ負けねえだ」
ドンガが二人を押し留めてくれた。
「ですね。これ位で負けたら取り引きを考え直しますよ」
二人とも、俺に影響されたのか恋愛以外は順調に成長している。そして今回の失恋も二人を成長させてくれるだろう。
「それじゃっと…大変申し訳ありませんでした」
地面に膝を着けて大袈裟に土下座をしてみせた。同時にヴェルデに目配せをする。
「嫌だ、土下座なんて格好悪い」「胸がスーっとする」「流石はヴァネッサちゃん」
「はんっ、ざまあみろ。プライドがないのか?ヴァネッサさん、マリーナさん見て下さい」
多分、こいつが自家の兵士に言い含めたんだろう。
(子供って集団になると、好き放題言うよな)
でも、俺のプライドは土下座なんかで揺るぐ程小さくないのだ。
「な、な、な、何をしてるんだっ!!ああ、ローレン卿、これは何かの間違いです」
動揺しまくっているのは第一小の校長先生。その隣には爺ちゃんがいる。
「何が間違ってるんだ?実際に、俺の孫は土下座させられているんだが」
俺がヴェルデに幻術を掛けさせたのは、爺ちゃん達が着くまでの時間稼ぎの為。ドンガと組めば第一小の奴等に勝てると思う。でも、そうしたらケイン達が逆恨みされ兼ねない。ケイン達は王都に住むただの獣人、襲われても泣き寝入りするしかないだろう。何より熊人のドンガが本気になったら、確実に怪我人が出てしまう。
「先生にチクるなんて卑怯だぞ」
ヴァネッサさん、激おこです。小学校の時って、先生に告げ口する奴は嫌われたよな。
「ヴァネッサさんっ!!みんなもお説教です」
火のフレイック家とは言えヴァネッサは小学生、先生には逆らえないだろう。クラスの誰かが貴族の親御さんにチクったとしても、爺ちゃんにバレたと知ったら逆に叱られるだろうし。まあ、ヴァネッサには確実に嫌われただろうけど、これで良としよう。
「お友達を危険に晒すなんて最低ですね」
そしてマリーナさんは、生ごみを見る様な目で俺を睨み付けていきました。




