ジョージとパソコン
プレゼンはうまく成功したらしく、予想を上回るドワーフの皆様がボーブルに移住してくれた。必然的に俺の仕事が増加。しかも、今は初期段階だから重要な案件がてんこ盛り。作業効率が落ちるから徹夜こそしていないが、ついつい夜遅くまで仕事をしてしまう。プログラマー時代は残業を良くしていたから、長時間労働は苦にならない。むしろ、お仕事大好きな日本人としては、久しぶりの仕事に充実感さえ感じてしまっている。
「おい、ええ加減にせな体を壊すで…異世界人は、ほんまにけったいやな。こんな物まで作って仕事をしおって」
ミケが呆れているのは、謀らずもボーブルオリジナル製品第一号となったマジックアイテム。
「光の魔石を組み込んだ照明器具だよ、便利だろ。こいつのお陰で光の魔石の消費率が30%近く減るらしいぜ」
今までは光の魔石を天井から吊り下げて光らせたい時間分の魔力を込めるだけだった。当然、明るさの調整なんて出来ないし、照明角度なんてガン無視である。そこで俺はドワーフの職人に頼んで蛍光灯を模したマジックアイテムを作ってもらった。明るさの調整は2段階、光の魔石は取り替えカートリッジ式、オンオフも簡単に出来る優れ物。ただ今、懐中電灯タイプも開発中です。これで夜間の見回りを安全安心にやってもらえる。
「普通の貴族なら、ダンスホールとかに置いて自慢しまくるんと思うで…」
残念ながら俺はダンスが苦手だ。人前でダンスを踊るなんてバツゲームでしかない。マリーナは形だけの婚約者だけど、他の女性をダンスに誘うのは不味いそうだ。
「そうだ、俺が元いた世界から物を取り寄せる事は出来るか?」
俺がレコルトに転生したって事は、日本とレコルトには何らかの繋がりがある筈。
「なんや、里心でも付いたのか。リヤン様に聞いてみなあかんけど、食い物か?」
「ソーラーパネル付きのノートパソコンとプリンターにA4用紙…この際、パソコンのスペックに贅沢は言わないけど、Excelと外字エディタが入ってる奴を頼む。それと眠気覚ましのコーヒーと栄養ドリンクが欲しい」
ソーラーパネル付きのプリンターなんて聞いた事はないけど、その辺は異世界補正でなんとかして欲しい。
「仕事に使う物なんかい…かっー、仕事仕事やと人生つまらんで」
「うっさい!!俺は書式が統一されていない書類が許せないんだよ!!パソコンがあればデータ管理が簡単なんだぞ」
輪転機もないから書類はほぼ手書き、時間と労力が掛かりまくりです。凸版印刷の開発も進めているけど、原本はパソコンで作りたい。外字エディタでレコルト語を作って変換プログラムを組んでやる
「確かに異世界から転移も可能やけど色々と制約があるんやで。まず他者に危害を加えない物」
確かに銃火器や核兵器を持ち込まれたら、世界が変わってしまう。再現が出来なくてオーパーツ扱いになっても、概念だけでも大問題だ。
「日本刀は武器だし、農機具なら大丈夫か」
建築物や水車も現物があった方が再現が簡単だろう。橋とか転移しても大丈夫なんだろうか?俺のパソコンにはソーラーパネルなんて付いていないから、転移してもらってもただの箱である。
「次、所有権が転生者にある物や。泥棒はあかんで」
確かに車やスマホを持っていかれたら大問題だ。それなら俺のお宝コレクションを転移してもらって、処分をしてしまいたい。
「ミケ様ー、神使の力でパソコンやプリンターを起動出来る様になりませんかねー」
俺のパソコンには色んなソフトが入ってるし、お宝動画コレクションも入っている。プライドはポイ捨てし、満面の笑みを浮かべながら、ミケに擦り寄っていく。
「ちょい待て。リヤン様に聞いたるから…くっつくな、キモいっちゅーねん」
「もう、ミケちゃんったら照れ屋さんなんだから」
まあ、喜ばれても困るんだけどね。
「…おい、マジで引っ掻いてまうぞ…リヤン様から許可が降りたで。魔石で動く様にしてくれるそうや。特別にお前の転生前に干渉してくれるやて」
流石に無限稼働は無理らしい。序でにネットにも繋げないとの事。
そして現れたのは愛用のデスクトップパソコンとプリンター。買い溜めて置いて良かった印刷用紙とインク。
「先ずは外字でレコルト語を作って、アルファベットをレコルト語に変換出来るプログラム組む。そしてボーブルのデータ管理プログラムも必要だな…ミケ、序でにインスタントコーヒーと栄養ドリンクを頼む!!プログラマーの血がたぎるぜ」
キーボードとマウスに触れてると、気持ちが落ち着く…母さんとアミに見つかる前にお宝動画を消してしまわねば。
「健康の為やと思うて動いたったに、火に油を注いでもうた…あ、リヤン様から伝言や¨長時間使ってると、プログラムのどこかに全角スペースが潜り込む様にしたから気を付けろ¨って…ジョージどないしたんや!?」
全角スペースと聞いた途端、条件反射なのか体が震えだし涙が溢れだした。
「なに、その怖い呪いは!!ってかリヤン様何者なの?」
なんで異世界の神様がプログラマーが全角スペースを嫌がる事を知っているんだ!?
「何者って絆の神さんやで。でも、なにをそんなに急いでるんや?」
「今週の土曜日に小学校が集まって運動会をやるんだよ。闇と風以外のヒロインが集まるから、色々と警戒をしておきたいんだ」
マリーナはあからさまに嫌がらせをして来ないだろうが、土のベルと火のヴァネッサには警戒したい。
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暗い、馬車の中がどんよりと沈んでいる。
「ジョージ様ー、ウォールナットさんがケイン君と一緒に二人三脚に出るだよー」
ケイン・ナッツはミリカウォールナットと同じ栗鼠人のスポーツ万能な上に元気で明るい少年。可愛らしい顔立ちをしており、ドンガが勝てるとすれば背の大きさと強さ位だろう。
「ジョージ様、ラパンさんが僕が出る大玉運びじゃなくピーター君が出る借り物競争の応援に行くんです」
ピーター・キャロレット、コニー・ラパンと同じ兎人で、物静かな文学少年。ヴェルデが勝てるの家が金持ちって事と商才くらいだろうか。
種族が違うだけでも大きなハンデなのにドンガとヴェルデが、ケインとピーターに勝てる見込みはかなり少ないと思う。しかも、ケインとピーターは良い子だから罠に嵌めたり悪い噂を流す気になれない。何よりウォールナットはケインの事を、ラパンはピーターの事を好きなのが丸分かりなのだ。
「二人共、男は引き際が大事なんだぞ。今は負けていても努力を怠らなきゃ、いつか振り向いてもらえる可能性があるさ」
あくまで可能性があるだけである。こんな言い方をする度に大人って卑怯だなと思う。
「ジョージ様、努力って何をすれば良いだか?教えて欲しいだよー」
「ぼ、僕もお願いします」
あれだ、子供を小手先で誤魔化そうとして失敗したパターンだ。
「ドンガは勉強だな。ヴェルデは魔法を頑張れ…ただし、うまくいかなくてもケインやピーターを逆恨みするんじゃないぞ。むしろ、応援する位の器を持て」
下手に期待を持たせたら、振られた時のダメージが大きい。それより何かを頑張って成長してもらえればうまく誤魔化せる…俺、いつから此奴等の保護者になったんだろう。
「分かりましただ。そう言えばジョージ様は何にでるだか?」
「俺は何も出ないよ。最近、忙しいからゆっくり休ませてもらう」
書類の雛形が出来て作業効率が上がったのは良いが、比例して俺の仕事も増えてしまった。とりあえず活版印刷が軌道に乗り出したから、良しとしておこう…仕事疲れで運動会を休む小学生ってどうよ。
「そう言えばマリーナ様は何に出られるんですか?僕も何度かお話した事がありますけど、優しい人ですね」
どうやら、マリーナは俺以外には分け隔てなく優しいらしい。
「さあな、俺はボーブルの準備が忙しくて殆んど会ってないから分からないよ」
娼館をどうするかとか、賭博場を許可をするかと頭が痛い問題が山積みなのである。娼館があれば税収も上がるけど、風紀は乱れ困った奴等も来てしまう。しかし、禁止にすれば犯罪組織の資金源になるし、娼館が町になくて船乗りが一般女性に乱暴するケースもあるらしい。
何よりあれも禁止、これも禁止じゃ息が詰まってしまう。ちなみに母さんもボーブルに来るらしく、俺が娼館に行ったりしたら大目玉を喰らうのは確定だ。
運動会は応援する振りをして、色々と溜まってる問題を解決していこう。雨天中止になってくれたら丸一日仕事に充てれるんだけど。
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運動会当日、空は見事なまでに晴れ渡った。プログラムは滞りなく消化されていくが、ドンガとヴェルデは目に見えて元気をなくしている。
(好きな女の子が他の男と仲良くしてるから元気を無くすなんて、二人共可愛いもんだな)
大人になれば奪い返してやると燃え上がるタイプと直ぐに諦めるタイプに分かれると思う。ちなみに俺は後者、自分の気持ちの誤魔化し方だけはうまくなっている。
「ジョージさん、大変だ。ケインとピーターが第一の奴等とケンカしてる」
なんでも、ケイン達は第一の奴等にしつこく絡まれて手を出してしまったらしい。お約束だけどウォールナットとラパンも一緒との事。
「ドンガ、ヴェルデお前達は残って応援をしてろ…下手しなくても嫌われちまうぞ」
ケンカに脇から介入したら好感度が下がる事はあっても、決して上がらないだろう。
「お、おでも行くだよ。ジョージ様を一人で行かせたりしたら従者失格たべ」
「ぼ、僕も行きます。ピーター君は友達です」
仕方ない、おじさん一人が嫌われ者になってやるか。