丈治、ジョージになる?
飲み会から数日が経った。漸く目を開ける事が出来たけど、何故か全てがぼやけている。それでも分かった事が幾つかあった。
どうやら俺は赤ん坊になったらしい…いや、薄々気付いていたんだけど、認めたくなかったんだよね。
折角、ボーナスが多く貰えるのが分かっていたのに、生まれ変わりなんて酷すぎる!!つうか、俺35歳のリーマンなんだぞ。厨二病なんて、とっくの昔に卒業している。転生なんて、喜ぶどころか泣きたくなるっての。
だって、また一からやり直さなきゃいけないんだぜ。下手したら良い年したおっさんが、子供に混じってお遊戯とかをしなきゃいけないんだぞ。
幼稚園のお遊戯会では通り過ぎるだけの梟、小学校では醜いアヒルの子供時代、中学では村人Aでした…それでも、父さんと母さんは誉めてくれたんだよな。俺はあの人達に何も返せなかった…酔っ払って転けて、死ぬなんて親不孝過ぎるだろ。冗談じゃない、絶対に元に戻ってやる!!
…最低でも、両親にお礼を伝えたい。馬鹿な息子でしたが、貴方達の息子に生まれて幸せでしたと。
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自分を赤ん坊だと認めたのは、母乳を飲まされたからだ…あの若い娘が母親だとすると罪悪感が半端ない…ちょっと、嬉しいけど。
ただ、未だに分からないのは、ここが日本かどうかって事だ。周りで使われているのは日本語。
しかし、伯爵とかウォーテックとか現代日本とは無縁な会話が交わされている。極めつけは勇者、魔法、マジックアイテムなんて言葉まで聞こえてきた。
でも、うちの会社では日常会話に勇者や魔法が飛び交っていたし…例えば¨丈治、攻撃魔法にバグが出たぞ。やり直せ、何年経ったら間違えずに打ち込めるんだ¨とか。
だから、ここが日本だという希望は捨てないでおく。
そして俺の名前はまた榕木丈治らしい…日本じゃないんならジョージ・アコーギの可能性もあるけど。
もし、もしである…これが異世界転生なら、酷い放置プレイだと思う。
普通なら異世界の神様が出てきて、間違えて殺しちゃったからとか、私の世界を救って下さいって言うのがテンプレな筈。
こんな放置しまくりのシナリオが上がってきたら、プログラマーの俺でもストップを掛ける。
とりあえず、今俺がやらなきゃいけないのは…
「ほんぎゃー!!」
オムツを変えてもらう為に泣くのだ…大人のプライド?そんなものは、とっくの昔に捨てたのさ。
「ジョージ様、オムツですかー?」
「ダアッ、ダアッ」
面倒をみてもらう為なら、形振り構わず愛想を振り撒いてやる。
唯一のプラス要素は現親が金持ちらしいと言う事。声で確認出来ただけでも5人のベビーシッターがいたんだよね。
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最近、漸く目の焦点が合う様になってきた。
でも、合わなきゃ良かったかも知れない。
理由その1、俺に母乳をくれていたのは、母親じゃなくガタイの良いおばちゃんでした。シンセロって名字で俺と同い年の子供がいるらしい。
理由その2、見覚えがある豪華な部屋。子供部屋なのに俺のアパートの何倍も広い。調度品も細かな装飾が施されていて無駄に豪華。ちなみにベビーシッターだと思っていたのはメイドさんでした。
とりあえず、花山さん…あんたのCGは凄いよ。この部屋を完璧に再現してるぜ。あんたこそ、本物のCG職人だ。
理由その3、タペストリーに描かれた紋章。真紅の布に嘴にレイピアをくわえた黄金のグリフォンが描かれている。
これ、キミテでアコーギ家の紋章として登場する物と同じなんだよね。確か、アコーギ家の先祖が魔法戦士で大活躍したって設定だった。そして、そのご先祖様が得意としてた武器が細剣。
以上の事を考えると、俺はジョージ・アコーギもしくはジョージと似た存在に転生したと言う事になる。だって、ゲームと同じ世界に転生するなんてラノベじゃないんだから。
しかも、自分がモデルになった嫌われキャラに転生するなんて…冗談じゃない!!ジョージはどうやっても、悲惨な最後を迎えるんだぞ。
ラノベなら特殊な才能やチート能力で乗り切るんだろうが、そんなものは当てに出来ない。
赤ん坊のうちから体を鍛える…駄目だ、筋肉が固まって成長が阻害されてしまう。
ゲームの知識を活かして魔法を早く覚える…魔法を使う赤ん坊なんて、ドン引きされかねない。
伯爵家の利点を活かして、家族を頼る…あれから母親とも殆んど会えていないし、父親に至っては顔すら見ていない。これも駄目だな。第一、あまりに才能がある子供は危険視されかねない。
ジョージが嫌われているのは性格が最悪だったからだ。ぶっちゃければ、嫌われる様に作られていたから嫌われた。
元の世界に戻る為にも、俺は生きなきゃいけない
それなら俺は人に好かれる様に動いてやる。かの有名な武田信玄公は言っている、人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なりと。
人間関係に胃を痛めたジャパニーズサラリーマンの実力を見せてやる。
美少女?そんなのは、昔から縁がないから諦めている!!リアルで、あんな酷い事を言われたら俺のガラスのハートが砕けてしまう。どうせ、嫌われるんならスルーに徹底する。
ハーレム?税金の無駄だ!!何より俺は小心者。同時進行する度胸なんて持ち合わせていない…正直に言えば、ちょっとは興味があるけど。
贅沢三昧?笑わせるな!!俺には小市民根性が染み付いてるんだっ!!
王族には媚びへつらい、民には優しさをみせて守ってもらうんだ!!
まずは…
「ダアッダアッダアッ」
作り笑顔でメイドさん達に媚を売ってやる。今、俺が媚を売っているのは、ベテランメイドさん。上の人間から媚を売るのが、サラリーマンの基本なのだ。俺は萌えより安全を重要視する。
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俺の形振り構わぬ努力により¨ジョージ様はあまり手の掛からない可愛い赤ちゃん¨と言う評価を手に入れる事が出来た。
メイドさんと視線が合えば満面の笑みを浮かべているし、メイドさんに余裕がある様なら、わざとグズって貴女が必要ですアピールを欠かさない。逆に忙しそうなら、空気を読んで狸寝入りをする芸達者振りである。
…ふと我に帰ると、泣きたくなってしまう時もあるけど。
そんなある日、ジョージ坊っちゃまメイド隊(勝手に命名)にただならぬ空気が走った。
「奥様、いらっしゃいませ。ジョージ様、お母様ですよ」
ジョージの母親は公爵家の生まれで名前はカトリーヌ・アコーギ。スチルこそないが公爵家のお嬢様だから、美人だと思う。
「ジョージ、ママよ。ずっと会えなくてごめんなさい」
…この世界の母さんは、雀斑だけが特徴の普通の女の子でした。母さんは茶色の髪を三つ編みにしており、田舎の素朴な女子高校生にも見える。良く言えば、純朴悪く言えば垢抜けていない。
異世界の母親が美形がお約束と言うのは、あくまで都市伝説なのだろう。。
そして、DNA鑑定が必要ない位に俺とそっくりです。まあ、ジョージは俺と同じ顔をしてるから当たり前なんだけどね。
カトリーヌ母さんは覚束ない手で俺を抱き上げるが、そこには無償の愛が溢れていた。きっと、母さんは会いたくても会えない状況だったんだろう。俺は大人の事情が分かる子供なのだ。
「それが俺の息子か」
大して興味なさそうに俺を見ているイケメンが、この世界の父親アラン・アコーギ。どう見てもジョージと血が繋がっているとは思えないイケメンである。イケメンと言っても優男ではなく、がっしりとした体格のワイルドなイケメンだ。
「はい、私とアラン様の子供です」
女の常で母さんもイケメンに弱いらしく、熱い視線で父さんの事を見ていた。
アラン・アコーギは騎士道を重んじ、正義感に溢れ武力もあるそうだ…なに、その反則スペックは?
「そうだな…でも、なんか普通の子だな」
うん、初対面の子供にそんな事を言うか?多分、アランは恵まれ過ぎてるんだ。家柄もよく、ルックスも男前で武にも秀でている。そんなアランと比べたら、世の中の8割の男は普通になってしまう。
「そんな事はありません。ジョージはマジックアイテムを持って生まれて来たんですよ」
それは俺も初耳です。もう、神様ったら照れ屋さんなんだから。まさか、こんな特別イベントを仕込んでくれるなんて。
「ほう、見せてくれないか」
父さんも興味が出てきたらしく、優しい笑みを浮かべて母さんを促す…この天然ジゴロめ!!
「はい、これです」
母さんが持ってきたのは見覚えがあり過ぎる小さな長方形の箱。俺の専用マジックアイテムってそれかよ?
「見た事もないマジックアイテムだな」
当たり前だ、それは俺のメモリースティックだつーの。
「ええ、きっとジョージは神様に祝福されてるんです。神使も授けられると思います」
母さん、止めて。俺はアランみたいな高スペックじゃないから。俺のスペックはパソコンで言えば98止まりだって。
「神使か…俺も授けられなかったんだけどな」
アランがムッとした顔をする…あんた、大人気なさすぎっ!!
「ごめんなさい、そんなつもりじゃないんです」
神使は選ばれた者に神が遣わすと言う精霊。キミテの主人公もフェアリータイプの神使を連れていた…ぶっちゃければ、神使はサポートキャラってやつだ。
ちなみにジョージも金に物を言わせて神使を手に入れている。
主人公の神使が元気で明るい性格なのに対して、ジョージの神使は高飛車で嫌味な性格。ジョージを気に入ったんではなく、アコーギ家に行けば贅沢が出来るから来たと言う。
最後に本人?が言うんだから間違いない。ジョージがピンチになり神使に助けを求めると、¨貴方といれば贅沢が出来るから一緒にいたの。でも、もう終わり。じゃーねー¨そう言って去って行く。
母さんには悪いが、神使を手に入れるのは止めておこう。