ジョージと思春期
小学五年ともなると男女共に異性を意識し始める。それは俺のパーティーメンバーも変わらない。通学馬車の車中、ドンガとヴェルデがモジモジしまくっている。なんでも、婚約者のいる俺に自分達の恋愛相談をしたいらしい。あの婚約者との経験は何の役にも立たないけど、ここはおじさんが一肌脱いであげよう。
「ジ、ジョージ様、女の子はどんな話をすれば喜んでくれるだか?」
ドンガが顔真っ赤にしながら尋ねてきた。身長は既に180㎝を越え見た目はほぼ大人な癖に、中身は思いっきり純情なのである。
「ドンガ、喜ばせる前にきちんと話が出来なきゃ意味ないだろ。今朝も挨拶だけでかみまくってたじゃないか」
お、お、お、はよーだ、だ、だ、だす…ってラップじゃないんだから。
「そんな事を言っても恥ずかしいだよ。きちんとお話ししたくても胸がドキドキしちまうんだー」
本人はこんな調子だけど、ドンガは何気に女子に人気がある。気は優しく力持ち、身体は大きいのに恥ずかしがり屋でつぶらな瞳が母性本能をくすぐるらしい。
「女だって意識し過ぎなんだよ。芋か人参だと思えば大丈夫だろ」
使い古された方法だけど、見慣れた芋や人参だと思えばドンガも緊張しないだろう。
「ウォールナットさんは芋なんかじゃねえだよ…き、聞かなかった事にしてけろー」
ドンガは自爆したのが、恥ずかしいらしく顔を真っ赤にしながら押し黙ってしたまった。名前を言わなくても、ドンガはよくウォールナットの事をチラチラ見ているから嫌でも分かるんだけどね。
ミリカ・ウォールナット、栗鼠人の娘で130㎝と小柄だけど、とにかく元気が良い。ある意味リアルな小動物系な女の子で、明るい茶髪とモフモフな尻尾が特徴。
「ジョージ様、僕いけない狸になってしまいました。気が付くと女の人の胸や足を見ているんです。僕は地獄に堕ちてしまうんでしょうか?」
悪い狸ってカチカチみたく、危ない鍋を作るんじゃないだろうな。どうやら、ヴェルデは真面目を拗らせ過ぎたらしい。
「その理由で墜ちるんなら、世の男の八割は地獄行きになるぞ」
よくチラ見よりガン見の方が好感を持たれると言うが、あれはあくまでイケメン限定だと思う。
「どうしたら自分を抑えられるんでしょうか。視線に気付かれて厭らしい狸だと思われたら僕は耐えられません」
「だったら商談をしてると思え。買い手の時に物欲しそうな顔をしていたら足元を見られちまうだろ?」
ヴェルデは商売の勉強も頑張っており、着実に商才を伸ばしている。最近は父親の商談にも同席しているらしい。
「そ、そんな不誠実な事は出来ません。第一、ラパンさんを値踏みするなんて僕には無理です…はぅー」
そしてヴェルデも自爆。
コニー・ラパン、兎人の娘で物静かな図書委員タイプの少女。何でも白兎の血を引いているそうで、白い髪の毛と真っ赤な目が人目を惹く。とりあえず、ヴェルデにカチカチ山の話をするのは止めておこう。
二人が黙った所為か、馬の蹄の音だけが馬車に響いていた。
「ジ、ジョージ様、今日の話は忘れて欲しいだ」
馬車から降りたドンガが手を合わせながら懇願してくる。
「分かったよ。それと畑の話をしても、ウォールナットは喜ばないからな覚えておけ」
ちょっとだけ、声のボリュームを上げで返事をしてみた。
「ジ、ジョージ様っ!!」
俺の声の大きさに驚いたドンガが辺りを見回す。そんなにキョロキョロしたらかえって目立つと思うぞ。そして熊なのに脱兎の如く帰宅。
「それで彼奴等の恋は、うまくいきそうなのか?」
御者をしているボルフ先生が心配気に話し掛けてきた。ボルフ先生はドンガ達の成長を間近で見てきたから、二人の初恋の行方が気になるらしい。
「うまくいって欲しいけど、まず無理でしょうね。二人とも恋に恋してる段階で、相手の事がちゃんと見えていませんし」
何よりウォールナットとラパンは人気があり競争率が高い。キング・オブ奥手のドンガとヴェルデじゃ話もまともに出来ないだろう。
「随分と冷たくないか?」
まあ、アコーギの力を使えば仲良くなれるかもしれないが、それは逆に彼奴等に恨まれるだけだ。自分達の足りなさを知って、成長して欲しい。
「初恋は破れて、成長の糧となるんですよ。尤も、あんなに純粋に誰かを好きになれるなんて羨ましい限りですけどね」
「随分と枯れた発言だな。お前も誰かを好きになれば良いだろ?どうせ、マリーナとは上手くいかないんだし」
「そう言われても、この年になると感情だけじゃ相手を好きになれないんすよ。相手の条件をクリアしているかとか、俺を好きになってもらえるんだろうかとか、そんな事を考えちゃうんです」
容姿・収入・年齢、気が付けばお互いの条件が合致しそうな人にしか動けなくなっていた。いや、自分が傷付かないで済む選択肢しか選べなくなったんだろう。
情熱的と傍迷惑は紙一重だったりする。嫌われてもマリーナに想いを寄せていたジョージはある意味純粋だったんだろう。
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貴族と言えども学校ではただの生徒。特別扱いされないし、してもらいたくもない。
「ちょっと男子、遊んでないで真面目に掃除をして」
放課後の掃除中に男子が遊び始めて、真面目な女子が怒るのは異世界も一緒らしい。
「そうよ、ドンガ君達を見なさい。ジョージ君なんて貴族なのに一番手際が良いのよ」
そりゃそうだ、俺は独身生活十数年の猛者なんだし。なんか、ドンガのおまけ扱いになっている気がするんだけど。
「うるせー。ジョージさんは、掃除好きなんだよ」
やんちゃ坊主が意味の分からない反論をする。でも、小学の時って真面目な奴より、やんちゃ君の方が女子に人気があるんだよな。中学になるとヤンキーが人気で、高校とかはバンドしてる奴がモテてたし…社会に出たら真面目がモテると思ったらチョイ悪がモテだしたし。
「ドンガ、鍛練があるから、とっとと終わらせるぞ。ヴェルデ、ラパンさんと一緒に水を汲みに行ってこい。ウォールナットさん、ドンガと一緒に机を運んでもらえますか?」
第三小は庶民の子供が多く、俺の意見が優先される。まあ、これ位の権力の使い方は許されるだろう…そして俺は一人箒で床を掃くと。
俺が床を掃き清めていると、教室のドアが乱暴に開けられた。
「おい、ヴェルデ、静かに入って来い…って、ゴブリン?」
扉を開けたのは、三匹のゴブリン。ゴブリンは最弱の魔物であるが、手に得物を持っているから小学生にはきつい。
(箒じゃまともにダメージを与えられないし、下手に魔法を使ってクラスメイトを巻き込むのは不味いか。この中で戦えそうなのは俺とドンガだけ…いや、ドンガに生き物を殺させるのはまだ早い)
俺一人とゴブリン三匹、目標はクラスメイトや教室に傷を付けない事。さて、頑張りますか!!
「ドンガ、クラスの連中を守れ」
ドンガにクラスの連中を任せて、ゴブリン達を観察する。
(武器はショートソード・ロングソード・アクスか…まずはショートソードからだ)
自分の机から筆箱を取り出す。右手には箒、左手に筆箱…なんとも小学生らしい装備だ。
幸いな事にゴブリンはクラスメイトに目もくれずに俺に向かってくる。しかも、連携と言う発想がないのか、その動きはバラバラだ。ショートソードゴブリンに駆け寄り、一気に距離を縮める。同時に箒をショートソードゴブリンの顔に被せて視界を奪う。
「これでも喰らいな」
慌てているショートソードゴブリンの口に筆箱を立てながら突っ込む。
「鉄製の筆箱だ。口を閉じられないだろ…ハイドーロボール六連」
狙うのはゴブリンの口の中。筆箱の向こうに目標を定める。
ハイドーロボール、水属性の初級攻撃魔法。ソフトボール大の水球を相手にぶつける魔法。その為、勢いがなければ威力も上がらない。
俺のやり方では、決して勢いはつかない…どっちにしろ俺の魔法は威力がしょぼいのだ。
「ゴブリンが倒れただ」
ドンガの言う通り、ゴブリンがもがき苦しむ様にして倒れ込んだ。
「そりゃ口の中に、水球をあれだけぶち込めば窒息するさ。息は吐かなきゃ吸えないからな」
倒れたゴブリンからショートソードを奪う。
次に狙うのはアクスゴブリン。さっきと同じ様に箒を顔を目掛けて降り下ろす。
「避けただっ!!ジョージ様、同じ手は効かないだよ」
「んな事は百も承知だっての」
箒を避けたアクスゴブリンの目を左手で覆う。アクスは振り上げなければ使えないので、体勢が崩れている時は攻撃が出来ない。
「フォースボール。これだけ間近でくらえらば網膜が焼き切れただろ」
そのまま、ショートソードでアクスゴブリンの首を切り裂く。アクスゴブリンの遺体を盾にしながら、ロングソードゴブリンに向かってショートソードを投げ付ける。
「凄いだ…一人でゴブリン三匹を倒しだ!!ジョージ様?」
もう、無理だ。目の前が真っ暗になり意識が遠退く。人型の魔物を殺したショックは大きかったらしく、俺はゲロを吐きながら床に倒れ込んでしまった。
ちなみに後日、ボルフ先生に滅茶苦茶叱られたのは言うまでもない。そして、あのゴブリンは誰かに召喚されたそうだ。




