罠と壁
新聞の記事に目を通して、溜め息を漏らす。そこに書かれているのは、開戦の二文字。
二週間前、突如グルウベが宣戦布告してきた。“グルウベ様から『乱れきったこの世を浄化せよ』とのお告げがあった。我が国はグルウベ様の命に従い、聖戦を行う”……昔だったら、遠くの町に逃げていたと思う。だってあたいは獣人、しかもただの庶民なんだから。
でも、逃げる訳にはいかない。なにしろ、この戦いにがっつりと関わっているのだ。
「カリナ、ジョージ様は大丈夫なのか?」
あたいの様子をみかねたのか、父さんが声を掛けて来た。
ジョージ・アコーギ、アコーギ伯爵家の長男にして、独立領ボーブルの領主……そしてあたいの婚約者。
本来なら話す事さえためらう相手だ。それに昔ジョージには婚約者もいた。しかも、その娘はあたいのダチだ。
ジョージは絶対に好きになったら駄目な相手……当然自分の気持ちに蓋をしようとした。でも、あいつは少しでも目を離すと、とんでない事をしでかす。離れようとしても、いつの間にかあたいは巻き込まれていた。
あたいだけじゃなく、家族も巻き込まれている。姉さんなんて公爵家に嫁入りしてしまったのだ。
「あいつの進言で、防衛に成功したんだよ。きっと、なんとかなるよ」
ジョージには、ある秘密がある。前世はチキュウって星のニホンって国で生まれた榕木丈治っていう男だったらしい。ジョージは前世の知識を活用して、ボーブルを発展させ、かなり前からグルウベ対策を練っていた。
それが功を奏し、直ぐに応戦する事が出来たそうだ。
「でも本領に騎士団を貸しているって聞いたぞ。それに戦争に反対している住民も少なくないって聞くし」
父さんの言う通り、ボーブル騎士団は本領に出向している。何しろアコーギ家が守るのは、王都に続く道の一つ。落とされたら、国の危機に直結してしまう。
父さんの言う通り、今オリゾンでは反戦運動が盛んになっている。ジョージの話では、グルウベが煽動しているらしい。そして、反戦の動きはボーブルにも広がっていた。今までボーブルで見かけた事のない奴が広場で反戦活動を行っている。
「心配しないで。きっとあいつがなんとかしてくれるから」
なにがあっても、あたいはあいつに付いて行くだけだ。
◇
とうとうグルウベとの戦争が始まった。物資、人材とも三国の方が有利だ。
しかし、問題は山積みである。
まず、どの国にも軍師的な人材がいない。この世界は人間同士が争いを起こそうとすると、待ってたかのように魔族が攻めて来る。その為か大規模な対人戦争を経験した事がないのだ。
それはグルウベ側も一緒で、今まで起きたのは偶発的な局所戦のみである。被害も少ないが、戦果も少ない。
普通なら持久戦に持ち込むんだろうが、そうもいかない理由がある。
夜になると、今度は魔族が攻めて来るのだ。光の魔石を使った照明を改良して、サーチライト的な物を作ったので、応戦は出来ている。
このまま戦っていたら、疲れや隙をつかれて防衛ラインを突破されかねない。そうしたら、一般市民に被害が出て、国中が混乱してしまうだろう。ブリスコラは、それを利用すると思う。
だから、このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。
「それでお前の所属する北東軍……しかもお前の第六師団の前方に手薄な所が見つかったと。本領に騎士団を貸してるってのに、攻め込むのか?」
谷の目は真剣その物だ。でもどう見ても、俺の意見に賛成って感じではでない。むしろ、正気か疑っている感じだ。
「このままじゃ、ジリ貧だからな。行くしかねえだろ……それじゃ、出発するから後の事は頼んだぞ。詳しい事は、そこに書いておいたから」
ゲームでもジョージはグルウベとの戦いに参戦する。騎士に派手な格好をさせ、楽団に勇ましい音楽を奏でさせ威風堂々と行進していくのだ。
その時、マリーナに歯の浮く様な台詞を言っていくのだが、その後直ぐにデートイベントが起きる。ここでもジョージはピエロになってしまうのだ。
しかも、ジョージは惨敗してしまう。敵がわざと作った隙にはまってしまうのだ……防御が手薄な所を見つけたジョージは、敵陣深く攻め入る。
ジョージは森を背にして陣を構える。その森は深く、しかもすり鉢状になっているので、背後をつかれる心配がないって理由だった。
確かに背後からは襲われなかったが、逃げ場もなく惨敗してしまう。ジョージは敵に包囲されてしまうのだ……よく、あそこから帰って来れたよな。
「でも、お前についていくのは三十人だけなんだろ!確かに大人数だと、敵に見つかる危険性がある。けど俺は絶対に認めないからな」
いくら反対されても、やるしかないのだ。
ちなみにボルフ先生やサンダ先生は、それぞれ違う任務についてもらっている。
「それでも、王命だと行かなきゃいけないんだよ……俺は前線基地に移動する。谷、フライングシップの操縦頼んだぞ。まずは、指示書に目を通せ」
今回持って行くのは、マナプラントの蜂蜜漬けとミスリル製のフルアーマー。それと父さんからもらったお守り袋、中にはキンウロコ様の鱗を入れている。
◇
俺が前線基地を築いたのは、アーシック領の森。数は全部で五棟。
ここはウォーテックとの境界線の直ぐ側で、ついでにグルウベの目の前でもある。
屋上に出れば、敵陣が丸見えなのです。報告の通り、一本の道の前だけ敵の姿がない。
正確に言うと、巡回すらしていない。
(まさか、こんな所までゲームと同じ展開になるとはね)
怖い。今から俺が行くのは、敵陣の真っ只中。しかも十中八九、罠がはってあるだろう。
でも、行くしかないのだ。頬をはり、気合いを入れる。
ミスリル製のフルアーマーを身に着け、前線基地を後にする。それに続くのは、同じくミスリル製の鎧を身に着けた騎士。その数、三十。
「どこでグルウベの奴等が見ているか分からない。進軍中は無言だ……行くぞ」
騎士達は、一糸乱れぬ行進で俺についてきた。
有り難い事に、敵兵どころか魔族とすら鉢合わせしてない。
それでも、疲れは溜まってしまい、マナプラントの蜂蜜漬けを食べながら小休止をとる。
「あの、ジョージ・アコーギ様ですか?……心配しないで下さい。私は味方です。この先にグルウベの連中が陣を構えていますよ。でも、ご安心下さい。きちんと抜け道がございますので」
話し掛けてきたのは、眼鏡を掛けた気弱そうな青年。服装はごく普通のチェニック。
「有り難いですけど、危ないので良いですよ」
やんわりと断りをいれる。だって、なんで俺の居場所を特定出来たのか、怪しくてたまらないし。
「今のグルウベは間違っています。私は故国を正しい道に戻したいのです。グルウベの為、お力を貸して下さい」
それを信じる人間っているのか?男の背後にある森を注視する……問題はなし。のってみるか。
「それじゃ、お願いします。全員出発」
マナプラントの蜂蜜漬けを、口に放り込み一気に立ち上がる。騎士達も俺に続いて無言で立ち上った。
抜け道というだけあり、細く曲がりくねった道を二時間くらい進んだ。念の為、左右や背後に気を配りながら、慎重に進んで行く。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。この辺りには魔物も出ませんし」
なぜ、出ないと言い切れるのか?そして無腰で不安ではないのだろうか?
「フルアーマーに慣れていない部下もいるんですよ。ですので、ある程度歩くスピードを合わせないといけないので」
俺はこの青年を信頼していない。そうなると頼りになるのは、後ろを歩く騎士達だけだ。
「ここに陣を築いて下さい。背後は深い森なので、グルウベの騎士や兵が襲ってくる事はありません」
道を抜けた思うと、そこには平原が広がっていた。後方には、深い森が見える。そう、青年が連れて来てくれたのは、ゲームでジョージが襲われた場所だった。
「ありがとうございます……それじゃ、陣形一の形をとれ」
俺の命に従い、騎士達はUの字を模した陣を作る。俺をぐるりと囲む感じだ。
同時に青年がニヤリと笑った。
「愚かですね。ジョージ・アコーギ、まんまと私の策にはまってくれるなんて」
青年はそう言って高笑いをしたかと思うと、姿を変化させていく。
「はまった?あえてのったんだよ。ブリスコラ、お前の策にな……チェンジ、ゴーレムジョージ。タイプ防御壁!」
俺に付いてきた騎士は全員ゴーレムなのだ。パペータ戦で陰武者兼トラップとして活躍したゴーレムジョージである。流石に三十体を同時に動かすのはきつく、マナプラントの蜂蜜漬けを何個も食べるはめになった。
そしてミスリルアーマーを身にまとったゴーレムジョージは、防衛壁に変化。俺は弓に矢をつがえ隙間からブリスコラを狙う。
「そう来ましたか……でも、甘い。そのミスリルの壁がいつまで持つか、ゆっくり見学させてもらいますよ」
ブリスコラはそう言うと、空中に向かってマジックボールを放った。やがて遠くから大勢の足音が聞こえてきた。
現れたのはグルウベの騎士団。ざっと見ただけで、千人近くいる。
……さてジョージの壁は、どれ位持つかな。




