卑怯者というなかれ
色々あって遅くなりました
まるでタワーディフェンスゲームのようじゃないか。俺の眼下、何百人もの騎士や魔法使いがイグニス荒野を目指して進撃していくのだ。
朝日を浴びながら意気揚々と行軍していく。大勢の群衆に応援され、その顔は誇りに満ちている。
「ほらっ。いつまでも外を見ていないで、さっさと書類を片付ける」
窓から外を眺めていたら、お付きの侍女に耳を引っ張ってられた。引きずられて事務机に着席。そこには直視し難い現実が待っていた。
まるでブラック企業のようじゃないか……俺の眼下、何百枚もの書類が俺を待ち構えているのだ。
「普通はこういう展開だと、作戦を考えた奴が現場で指揮するもんだろ。なんで魔物じゃなく書類と戦わなきゃいけないんだよ」
マエストロ・グライツァーと戦うには先にルストラを倒さなきゃいけない。まあ、強引に攻め込めば、戦えるかもしれないだろう。でも、あの二人を同時に相手するのは得策とは言えない。
「適材適所が大事だって、いつも自分が言ってるだろ?みんなはルストラをおびき寄せる為に、イグニス荒野で戦う。あんたはイジワール公爵に頼まれた書類を片付ける。まさに適材適所じゃないか。第一、作戦を考えたあんたがイグニス荒野に出張っていたら、誰が指揮をとるんだい!?」
正論でございます。返す言葉もございません。ゲームではイグニス荒野で一定数の魔物を倒すと、ルストラが攻め込んでくる。それを一つのパーティーでやろうとしたら、時間が掛かるし失敗する危険性も高い。だから関係者に頼んで強力な騎士や魔法使いをイグニアに派遣してもらったのだ。
「まさかこんなに大掛かりな作戦になるとは思わなかったよ」
当初はボーブル領の参加だったんだけども、爺ちゃんの呼びかけもあってかなり増えた。コーカツ騎士団・ゴルド騎士団・ウォーテック魔法団・フェルゼン帝国派遣隊とそうそうたるメンバーだ。うちが弱小過ぎて目立たなすぎる。
当然、事務仕事が飛躍的に増えた。そこで白羽の矢が立ったのが俺……正確に言うと俺の持っているパソコンである。当たり前だけど駐留費の計算はパソコンでやった方が圧倒的に早い。
「さっきヴェルデとラパンに会ったけど、忙しそうにしてたよ。食糧だけじゃなく、マジックアイテムから洗濯の請負まで手広くやるってさ」
ヴェルデのやつは俺が渡した本を参考にしてクリーニング店や人材派遣の会社を立ち上げていた。経済を変えるには、自分で手綱を握る必要があるそうだ。
「マエストロ・グライツァーやルストラと直接戦わなくても、参加すれば名誉の端っこは握れるからな。爺ちゃんは俺の関係者だけに名誉が集中するのを防いでくれたのさ」
今回参加した軍が戦うのはイグニス荒野に棲息する魔物だけだ。無理をしなければ、怪我をする事はないだろう。むしろ大手を振るって火属性の強化が出来ると喜ばれていた。
今回は名目上の責任者はリーズンになっている。俺は事務処理をしつつ、リーズンに情報提供と作戦の献上をしていくのだ。
◇
ゲームでは一定数の魔物を倒すとルストラがキレてイグニアの街に攻め込んでくる。その時、イグニアとイグニス荒野を隔てている門を破壊するのだ。
だから俺は公共事業にかこつけて門と水路の改修を行った。ルストラ対策が出来た上に、お金も貰えて有り難い限りである。
「ジョージ、伝言だよ。フーマ三姉妹がルストラ出撃の狼煙をあげたそうだよ」
フーマ三姉妹は元忍者だけあって、視力が良く敵地に潜むのが上手い。だから、俺はフーマ三姉妹に頼んでマエストロ・グライツァーの城を見張ってもらっておいたのだ。
そしてイグニス荒野に出撃している軍には、移動にはゴーレム車を使いマエストロ・グライツァーの城には近づかない様に命じてある。
「リーズンに伝言。イグニス荒野に進撃している者に撤退の指示を出すよう伝えて下さい。それと谷とアニエスさんに、作戦の準備を始める様に伝えて下さい。カリナ、行くぞ!」
ルストラの正体はフレイムジャイアントだ。まともに戦ったら、大火傷を負う危険性がある………そう、まともに戦ったら。
俺は門が見えるギリギリの場所に身を隠していた。
「ジョージ、フーマ三姉妹から伝言だ。もう少しでルストラがこっちにやって来る。奴さん、道中が無人で大層お怒りらしい」
ボルフ先生が伝えてくれた現状を聞いて胸をなでおろす。今回の作戦の肝はルストラをいらつかせる事にある。
ルストラ退治に参加するのは俺・サンダ先生・カリナ・ミューエさんの四人。
(あれと正面から戦って勝つなんて、勇者パーティーって化け物だよな)
俺の目の前を2メートルは優にあるフレイムジャイアントが通り過ぎて行く。ルストラはかなりお怒りらしく、身体中の炎が勢いよく舞い上がっていた。
あまりにも火の勢いが強すぎて、ルストラの部下も一定の距離を取っている。
「なんで糞どもが誰もいないんだよ。イラつくぜ」
ルストラは怒り口調でそう言うと、後ろにいる部下を睨み付けた……パワハラいくない。
「ル、ルストラ様の姿を見て恐れをなして、逃げたんですよ。あっ、あれが猿人達の大切にしている門でございます」
フレイムゴブリンはそう言って、門にルストラの矛先を向けさせる。その姿はまるで“部長、私は部長の凄さを知っています。あっ、キャバクラがありますよ”サラリーマン時代の俺のようだ。
「丁度良い。壊してやるぜ」
ルストラは門を壊そうと、炎の温度を一気に上げ門に殴り掛かろうとした……次の瞬間、大きな水音と共にルストラはその姿を消した。
「作戦、成功。後続の掃討始めっ!こっちはルストラへの一斉掃射の準備をして下さい」
クロスボウに矢をつがえて、構える。
「てめえはジョージ・アコーギ!?罠にはめやがったな」
ルストラが俺を睨み付けながら吠える。大丈夫だと分かっていても、かなり怖い。
「お前が門を壊すのを予想出来ていたから、石畳を改良したのさ。一定の高温になったら下の水路に落ちるようにな。いくらお前でも、その深みからは中々抜け出せないだろ?」
門の下の水路はルストラの肩くらいまで掘り下げてある。幅もルストラに合わせて作ってあるから、そう簡単には抜け出せないだろう。
「ほう?その矢で俺を射るつもりか?良いぜ、撃ってみな」
ルストラはそう言うと、水の中でパンプアップを始めた。そしてみるみる身体が膨れ上がっていく。こうなると鉄製の矢は無効化されるし、木の矢では燃えてしまいまともにダメージを与える事が出来ない。
「それじゃ、遠慮なく一斉掃射開始っ!」
俺達の放った矢は次々にルストラの体に刺さっていく。水がルストラの血で赤く染まっていく。
「とことんムカつく奴だな。こんな細っこい矢抜けば……」
矢を強引に引き抜こうとした、ルストラの顔が痛みに歪む。
「それはアカエイって魚の棘を使った矢なんだ。えげつない返しが付いているから、抜くとダメージが増えるんだよ。ついでに弓は高性能のクロスボウだ」
クロスボウはルストラ対策の為に持ち込んだと言っても過言ではない。
「燃やしてやる。そのムカつく顔を灰燼にしてやんよ。こんな水蒸発させてやる!」
ルストラは俺を睨んでいるが、その表情に焦りが見え始めている。いくら体温を上げても水は消えない。それどころか徐々に身体が冷えてきているのが分かるのだろう。
「おっと、言い忘れた。今流れている水はウォーテック魔法団が塩水に冷却魔法を放っているもんだ。0℃になっても凍らないからな。良い感じに痛みが麻痺しているだろ?」
予め谷に頼んで、必要な塩の量は測定済みだ。ちなみに塩水は洪水対策に作った貯水池に流れるようにしてある。
「卑怯者がっ!俺を倒せても、マエストロ・グライツァー様はそうはいかないぜ。あの人は俺なんかと違って、頭が良いからな」
こいつと街中で戦ったら、大火事になる危険性がある。正々堂々なんて自己満足の所為で、焼け出されたら良い迷惑だ。
「頭が良い奴だから、はめる方法もあるんだぜ……それじゃ、あばよ」
俺の放った弓がルストラの眉間を射抜く。
「今回も安定の悪役っぷりだよな」
ボルフ先生がポツリと呟く。好感度なんて気にしていられません。マエストロ・グライツァーもはめてやる。
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