ジョージはビビりまくる
背中が冷や汗でぐっしょりと塗れ、胃がシクシクと痛み始めた…悲しい事にお子様サイズとなった息子が、更に縮み上がる。
爺ちゃんにお願いしていたアサシンの先生が、俺の部屋を訪ねてきたんだけど…現役を引退した腕利きアサシンが来ると思っていたのに。
(マジか…現役のアサシンが来やがっ…来てくれた)
心を読まれるとは思わないが、素早く訂正しておく…それ位、ガチで怖いのだ。
「貴方がジョージ様ですか。俺の名前はボルフ・ルードウ。狼人のアサシンでございます。ローレン様のお申し付けで参りました」
ボルフと名乗った男性は営業職ばりの作り笑顔を浮かべながら、丁寧に挨拶をしてくれた。言葉遣いこそ丁寧であるが、そこには何の感情も籠っていない。
ボルフさんは余分な脂肪を刮ぎ落とした細マッチョな体型で、年齢は二十代半位だと思う。日本で人気の某ダンスチームにいそうな強面でありながら整った顔立ちをしている。
とりあえずレコルト基礎知識に素知らぬ顔をしながらアクセス。
狼人:狼から進化したと言われている人種。嗅覚が鋭く、優れた身体能力を持つ。猿人との混血化により顔立ちは猿人とさほど変わりがない。尻尾に感情が出やすい為、身内以外には見せる事を嫌う。
小集団で生活をしており家族愛は深い。また、狼人の男性は少年期に家族から独り立ちする。その為、狼人社会に於いて一匹狼は、いつまでも家族を持てない未熟者と言う侮蔑の意味合いを持つ。また総じて安定思考である。
便利に思えたレコルト基礎知識だけど、容量の都合上なのか調べられない事もあったりする…レコルト上級知識はどこで手に入るんだろうか?
「ジョージ・アコーギです。ボルフ様、今日からご指導をお願い致します。俺が教えを乞う立場なので、二人でいる時は敬語を止めてもらえると助かります」
あんな怖い人に敬語を使われたら逆に怖いんだけど、俺の立場上それはあまりよろしくない。
「ローレン様の言っていた事は本当みてえだな。ジョージ、なんでアサシンの技術を習いてえんだ?」
ボルフさんの話し方が砕けた物に変わる…魂に刻み込まれた記憶の所為か、パンを買いに行きたくなってしまう。
「そりゃ、死にたくないからですよ。暗殺を防ぐには暗殺に詳しくなるのが、一番ですし」
毒殺は鑑定で防げるけど、罠や誘拐を防ぐ自信なんて全くない。
「部屋の前に護衛の騎士がいるじゃねえか。彼奴等を信用してねえのか?」
確かに俺には護衛の騎士が付けられているし、彼等と関係も良好だ。ジョージメイド隊との出会いを熱望して、自ら志願してくる人も少なくないらしい。
「あの人達の上司はあくまで父ですよ。それにきな臭い人が紛れていても、まだ断れない立場ですからね」
混乱に乗じてジョージを亡き者にしよう作戦なんて、立てられたらお仕舞いである。それと、今のは決して親父ギャグではないと弁明しておく…前の職場で偶然にも親父ギャグになった時に¨榕木さんも親父になったすね¨の痛さが忘れられないのだ。
「猿人は家族も平気で殺すから質が悪いよな。それで具体的に何を教えて欲しいんだ?アサシンの技は多岐に渡るんだぞ」
確かに一口に暗殺と言っても武器を使って殺す他にも毒殺、絞殺、罠に嵌めると色々あるだろう。
「戦い方全般を教えて下さい。特に罠の外し方、短剣・弓矢・徒手での戦い方を身に付けたいですね。でも、一番覚えたいのはヤバい時の逃げ方です」
領地を治める前は爺ちゃんの家、領地を治めてからは避難場所みたいのを作っておけば生き延びられる。勇者やヒロイン達とは当たらず触らずでいき、領民を味方に付ければ大丈夫だろうし。
「なんで短剣と弓矢と徒手なんだ?レイピアや大剣は選ばねえのか?」
レイピアはアコーギ家の祖先の得意武器で、大剣はアランの得意武器だ。
「先祖がレイピアの名手だからと言って俺が上達するとは限りません。まず短剣を覚えたいと言ったのは、儀式や場所によっては装備に制限が掛けられて、短剣しか持てない時があるからです。徒手術も同じ理由ですよ」
ゲームでも王侯貴族が集まる儀式を魔族が襲撃を掛けるイベントがあったし。
短剣と言っても儀式に使うものは刃が潰されているから、攻撃力には期待出来ないんだけどね。
「戦場はどうするんだ?フルアーマーを着た奴に、短剣は役に立たねえぞ」
「俺の戦場での役割は指揮と配下の活躍を見る事ですよ。何より弓矢がうまければ配下のピンチを救えます」
ゲームにも矢じりを魔石に変えた弓矢が出てきている。あれがあればフルアーマーの騎士にもダメージを与えられると思う。
「気に入った、お前をきちんと鍛えてやるよ。まあ、俺もそろそろ落ち着かなきゃと思ってたから丁度良い。伯爵家の長男の指南役になったって言えば、故郷の両親を安心させられるしな」
もし、俺が領地を持てば、指南役のボルフさんの立場は安泰だ。
「ボルフ先生、よろしくお願いします」
精神年齢的にも立場的にも俺の方が、上なんだけど教えを乞うんだからきちんと頭を下げておく。
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ボルフが教え子の部屋を出た瞬間、辺りの空気が一変した。城の廊下に出た筈なのに、一面真っ白な空間に変わっていたのだ。
(俺がトラップに掛かっただと!?)
長年アサシンとして生きてたが、ボルフは罠に掛かった事は一度もなかった。
「おー煙の殺人者やないか。お前も、こっちに来てくれへんか」
声を掛けてきたは、巨大な三毛猫であった。ニヤニヤと笑っている猫が、ボルフを手招いているのだ。猫は宙に浮いており、その下には一人のオークが跪いていた。
(彼奴はなんだ?なんで俺の事を知っているんだ?)
スモークアサシンは、どんな厳重な警備でも煙の様に忍び込み標的を殺す事から名付けられた名である。その名は知れ渡っていても、正体がボルフだと分かっているのはアサシンギルドの人間だけである。
「そない警戒すんなや。儂の名前はミケ・ニャアニャア。ジョージの神使やで。おまえにはここにおるサンダ・チューロと共に、ジョージを鍛えて欲しいのや」
(オークのサンダ・チューロだと…まさか、幻の首席か?)
サンダ・チューロはオリゾン大学を首席で卒業出来る能力があったにも関わらず、オークと言うだけで次席に落とされたのは有名な話だ。
「変わった餓鬼だと思ってたが、まさか神使持ちとはね。それじゃ、ジョージは英雄や天才の類いなのか?」
神使は英傑を守護して導くと言われている。
「うんにゃ、ただの凡才や。ただ過酷な運命を背負っとるのは確かやで。だからお前等に鍛えて欲しいんや」
ボルフは真顔になったミケと目が合った瞬間、余りの迫力に身体の震えが止まらなくなってしまった。そして気付いた時には、その場に跪いていたと言う。
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一応、俺は五歳児の筈だ。五歳と言ったら幼稚園の年長さんである、親の庇護の元で遊んでいるのが普通だと思う。
「まずは身体造りからだ。敵から逃げるには足を鍛えるのが一番だ…走り込み開始っ!!」
早朝、ボルフ先生に叩き起こされたと思うとハードトレーニングが始まった。
走り込みを終えると朝食。そして、まったりする間もなくサンダ先生の授業が始まる。
「頭を使ってる間に身体を休めて下さいね。昼御飯を食べたらボルフさんが武器の使い方を教えてくれるそうですよ」
武器の使い方を教わった後は、サンダ先生によるマナー講座。唯一の休み時間は母さんに呼ばれるお茶会のみであった。
濃密過ぎる日々は驚く程の早さで過ぎていく。気が付くと一年が過ぎていた。
「さて、ジョージ様には4月から学校に通ってもらいます。学習も大切ですが、人との交わりはもっと大切です。学校に通い心から信頼できる仲間を作って下さい」
今さら小学校に通うのはキツいが、仲間は大切である。何より小学校時代にジョージパーティーに加わる二人と出会う筈なのだから…二人とも男だけどね。




