開戦
目が覚めたので、外を見てみると、まだ夜は明けておらず闇が広がっていた。時間的には、あと二時間ほどで夜が明ける……そうすれば、開戦となるのだ。
(こんなに早く起きるのは久し振りだな……大丈夫、絶対に勝てる。俺が自信を持たなきゃ、勝てるものも勝てない)
漫画やラノベの主人公なら戦意を高揚させているのだろうが、俺は情けないくらいにヘタレていた。口は渇き歯の根が合わないくらいにガチガチと震えている。頭の中は靄でもかかったかのように真っ白だ。
フルアーマーを着ているので、配下にばれないのが不幸中の幸いである。こんな怯えた男が指揮をしても士気があがる訳がない。
「ジョージ、準備はどうだ?……お前、ブルッてるのか?まあ、殺し合いは初めてだから仕方ないか……対人戦のアドバイスだ。血に酔うんじゃねえぞ。血に酔う人間は殺人狂になる。そうなったら俺が責任を持ってお前を殺すからな」
ボルフ先生の話ではアサシンの中には、人の命を奪う事に快楽を見出す人がいるそうだ。そういう人は血の臭いを嗅ぐと、まるで酔ったかのような表情になるらしい。
「その時はお願いしますよ。敵が動く前に陣形を整えます。全員、王都側に集結させて下さい」
今回、俺はわざと本領と王都の境目に拠点を作った。そしてこの一週間、ろくに仕事をしていない。朝は十時に起きて、夕方五時には寝ているのだ。
◇
テントを出ると、空にはまだ星が瞬いていた。アサシンの訓練を受けていなかったら、まともに歩けなかったかも知れない。周囲を見渡すと、初日に比べて兵もテントもかなり少なくなっていた。十分の一以下に減っているはずだ。普通なら残された兵士は戦意を喪失している。
しかし、残った兵士は無言で開戦の準備をしていた。その顔には闘志が満ち溢れている。
「みんな、お疲れ様。所定の位置に移動してくれ」
兵士全員が離れたのを確認してから俺も拠点を後にした。その際、近くにある木に向かって合図をおくる。その木にはアサシンギルドの職員が潜んでおり、反乱軍の密偵を監視しているのだ。
アサシンギルドの報告によると、反乱軍は自分達の勝利を確信しているそうだ。兵の数は十分の一以下に減り、見張りの兵からも覇気が感じれない。何より毎日夜明けになると大勢の兵士が拠点から脱走していく。
反乱軍の密偵は、戦う前から勝負がついていると報告したそうだ。
ぶっちゃければ、わざと密偵の前を通って拠点から移動させたのだ。実際、逃げた兵は一人もいない。近くの町や村に分散して泊まっているのだ。俺が考えた作戦なんだけど、宿泊費で泣きそうである。
ちなみに反乱軍の監視役は、もうこの世にいない。俺の合図と同時にアサシンギルドの職員が抹殺したのである。
◇
今回、俺は王都側にある草原に陣を構えた。形は魚鱗の陣を模した物である。散り散りになった兵も戻ってきて、陣形に加わっている。
本当なら大将である俺は一番後方に控えてなきゃいけない。しかし、今回は敢えて先頭に立つ。
先頭は俺が率いる騎士団とそれを守る重騎士部隊、次はドワーフの工兵隊、エルフの魔術師部隊と続く。他の兵士には周囲に潜んでもらっている。
大多数の兵はシャイニングボディを掛ける事で草原に溶け込んでいた。そして、草むらにしゃがみ込んで待機しているから、遠目には先頭にいる数人しか見えないだろう。
ちなみにシャイニングボディを使っているので、草むらに潜んでいても虫に刺されないのだ。正直、大人数にシャイニングボディを掛けるのはきつかったけど、マナプラントの蜂蜜漬けでなんとか乗り切れました。
「あいつ等、本当に夜明けと同時に攻めて来るみてえだな」
ボルフ先生が溜め息混じりに呟やく。今回俺はおとりになる。本当は単独でおとりを務めたかったんだけど両先生が許すわけもなく、両脇で護衛してくれている。
「ニホンで学んだのですが、栄養状態が悪いと夜目が利かなくなるそうです」
ビタミンAが不足すると暗闇に目が順応しなくなるらしい。そこまで栄養状態が悪化しているのなら領主への反乱を決意するのも頷ける。
しかし、当の本人達は反乱軍になるとは思っていないのは皮肉としか言いようがない。
「グルウペの連中は反乱軍がどうなろうが気にもしていないでしょうね。都合の良い事だけ話して、思い通りに動かす。気が付いた時は、抜けたくても抜けられないくらいにはまっているんですよ」
反乱軍は一週間ほど前からボーブルと本領の間にある森に隠れていた。そこは深い森なので普段は兵士も見回りに訪れない。いわば絶好の隠れ家スポットなのだ。
正確に言うと兵士にはわざと見回りに行かせていないのだ。俺がボーブルを手に入れたと同時に、あそこの森はアサシンギルドの支配下になっている。お陰で反乱軍の動向は手に取るように分かった。
アサシンギルドからの報告によると、グロワールは武闘大会を開催している今なら王様に直訴できると言っているそうだ……確かにオリゾン王は武闘大会を観覧されている。でも、騎士が完全にガードしているので、声を掛けるどころか近付くことすら困難なのだ。
ちなみに反乱軍の兵士には王は暴利をむさぼっているジョージ・アコーギを毛嫌いしているから、討伐すれば褒める事はあっても、罰せれる事はないと言っているらしい。俺がどれだけ税金を納めているのか知ってるのか?
「……来なすったぜ。わざと残したテントを漁ってやがる。随分と手慣れてやがるな」
ボルフ先生の言う通り、動きにためらいがない。普通の旅人なら無人の拠点を見つけたからといって、直ぐには漁らないだろう。でも、数人の奴等は何のためらいも見せずにテントを漁りだした。
反乱軍の人数は全部で四十人くらいだ。そのうちテントを漁っているのは二十人ほど、残りは嫌な顔をしていても止めようとはしない。慣れって恐ろしいな。
「本領で起きている賊の被害の何割かは、あいつ等の仕業ですね……とりあえず、これで不法侵入と窃盗の現行犯ですよ」
もっとも、テントに金目の物は一切残していない。その所為なのか、反乱軍の顔には苛立ちが見え始めていた。
「漁るのはそこまでにしろ……ソバカスが帰ってくるかも知れないんだぞ」
いさめたのは剣士風の男。反乱軍での俺の隠語はソバカスだそうだ。
「待て……はめられたみたいだぜ。ソバカスが数人の騎士を引き連れて、こっちを見ている」
アーチャーの男がこっちを指さす。今はわざと兜を脱いでいるので、目が良い奴なら、俺が誰なのか分かるはず。
ちなみに本人を目の前にして、あまりにもソバカスを連呼するもんだからみんな笑いを堪えるのに必死だったらしい。
「ソバカスが率いているのは十人くらいです。そしてこっちは四十人。多勢に無勢、勝てますよ」
神官服を着た男がにやりと嫌な笑顔を浮かべた。ごめん、見えていないだけで三百人連れて来ているんだ。なにかあったら、本領から応援も来るし。
「ソバカスを殺せばオリゾン王が褒めてくれる。もし、人質にできればイジワールや領主から身代金が取れる。金と交換に遺体を渡せば、良い仕返しになるぞ」
多分、景気の良い事を言って士気を上げようとしているんだと思う。でも、その言葉は、俺の部下の士気も上げてくれたようだ。後ろから感じる殺気で冷汗が止まりません。
「随分と好き勝手な事を言ってくれますね。捕まえられるものなら、捕まえてみて下さい。まっ、貴方達の鈍足で俺を捕まえられたらの話ですけどね」
相手を挑発してわざとゆっくりと逃げる。あいつ等から見たら重い鎧を着ているから、早く走れないように見えるだろう。無事に潜んでいる重騎士隊の所に到着……そして良いタイミングで夜が明けた。
「弓を使える奴は俺に続け。丁度、夜が明けてきた。お前達でも外さない……なっ、兵が大勢いる?見捨てられたんじゃないのか?」
俺は日が昇ると同時にシャイニングボディを解除したのだ。反乱軍からしたら理不尽な話だと思う。十人しかいなかった敵が突然三百人に増えているんだから。
「ここは王都だ。ここで叛意を見せたと言う事は、偉大なるオリゾン王に弓を向けたのと同じ事。オリゾン王の忠臣ジョージ・アコーギがお前達を誅する……重騎士隊前に!」
忠臣と書いておべっか大好きと読む。オリゾン王に対する忠義なら、反乱軍の方が上だと思う。でも、これで反乱軍の正当性はなくなったのだ。
俺が拠点を王都と本領の間に作ったのは、反乱軍を王都に引き寄せる為だ。本領で襲撃を受けたら反乱軍の処断はアランにゆだねられてしまう。しかし、王都で襲撃を受ければホートーの意思が反映されるのだ。
「お前等、ジョージ様をお守りしろ。そこの糞餓鬼、工業ギルド特製の盾を射抜ける自信があるんなら、好きなだけ撃ってみな」
ギガリさんの野太い声が戦場に響く。重騎士隊が持っているのは、機動隊の盾を模した物。かなりの重量があり、猿人ではとても持てない代物だ。その防御力は凄まじく、反乱軍の矢をたやすく弾き返している。
「工兵隊、前へ。続いて魔術師も詠唱準備始めっ」
反乱軍が唖然としているうちに攻撃を進めていく。ゲームと違って、現実にはターンなんてない。一方的に攻撃してやる。
「ジョージ様を誘拐するだ?面白れぇ、やってみな。これを喰らって動けるんならな。拠点制圧弾、投擲開始っ!」
ギガリさんの合図と共に拠点制圧弾が投げ込まれる……剛球ストレートとは言ってくれないのか。
「窃盗をした時点で貴方達は犯罪者です。容赦なんてしませんよ。それと私達はアコーギ家に仕えているんじゃないんですよ。ジョージ様に仕えているという事をお忘れなく……包み込む風。自分が苦しみから逃れる為に、他者から略奪すると言う愚行を風の中で後悔しなさい」
ロッコーさんの詠唱に続いて、エルフ魔術師隊も魔法を唱えていく。
ワラップウィンドはストーキングウィンドの上位魔法……らしい。俺のオリジナル魔法は、エルフ魔術師隊によってあっさりと改良されてしまったのだ。
「うぉ、真っ赤なドームが出来てやがる。えげつねえな」
ボルフ先生の言う通り、反乱軍は真っ赤なドームに覆われていた。中からは悲鳴が聞こえてきており、正に阿鼻叫喚の図である。
「続いて、魔術師隊コントロールウィンド詠唱開始。方向は地面へ」
魔術師隊に指示を出しながら、反乱軍へと近付いていく。ある人物にアイコンタクトを送り、指を一本立てる。それと念のため、自分にシャイニングボディを掛けておく。
コントロールウィンドにより、唐辛子等の刺激物は地面に落下した。
「水だ。水で洗い流せるぞ」
グロワールの戦士に似た声が響く。
「は、早くしてくれ」
アーチャーと似た声が助けを求める。
「落としたら私が回復しますので、早く」
神官と似た声が懇願した。
「くっ……ハイドロレイン」
ハイドロレインは、指定した範囲効果がある回復魔法だ。お約束のように、指定範囲が広ければ回復効果は薄まる。でも、魔法使いも覚えられる回復魔法だから、キミテで人気があったそうだ。
ゲームでは唱えると、雨が降る演出が流れた。事前にロッコーさんから聞いた話では、晴れた日に使わないと、ずぶ濡れになってしまうそうだ。
そして反乱軍にも癒しの雨が降った……同時に絶叫が響く。
(あの人数に使っても回復効果は少ない。ましてや唐辛子を水で流すのは、やばいんだよな)
唐辛子が体に付いた時に水で流すと、痛みの範囲が広がって大変な事になるらしい。
のたうち回っている魔法使いとアーチャーに近付き、剣を振り下ろす。バッと血が飛び散り、唐辛子とは違った赤が地面を染めていく。
思わず吐きそうになるのを堪えて、アイリーンにアイコンタクトを送る。さっきのグロワールパーティーの声を真似たのはアイリーンなのだ。
普段なら女が男の声を真似ても、直ぐにバレるだろう。でも、非常事態に疑う奴は少ない。ましてや唐辛子が入って目を開けられない状態では、確認のしようがないのだ。
指を二本立てながら、踵を返す。目指すは、反乱軍が潜んでいた森である。
「ジョージ、こっちだ」
ボルフ先生の先導に従って、森へと向かう。リヤン様の鎧を着て特訓したお陰で、フルアーマーを着ていてもそこそこ走れるようになったのだ。
「助かった。ここから俺達の反撃だ」「ソバカス小僧の首をとれ」「死ねっ、働きバチ」「どんだけ、恋愛はヘタレなんだよ」「給料あげろっ」
周囲に潜ませていた兵士が反乱軍を演じてくれている……何人か来期の給料を減らす奴もいたけど。
「カ、カリナ助けてくれー」
そしてアイリーンは、俺の声を真似て悲鳴をあげていた。アイリーンの中で、俺はどんなキャラなんだろうか?
◇
その男がいたのは、森を五分くらい走った所にある木の上だった。
「お前が煽った奴らは全員捕縛したぜ。素直にお縄につくんだ」
木の上にいる男に声を掛けながら、右の籠手を留めているバックルを外す。ちなみに右手の籠手だけ、木製である仕掛けがしてある。同時に男を鑑定。
鑑定結果 名無し(通称52号):グルウペ教国所属アサシン
「ジョージ・アコーギ?なぜ、無事なんだ……さっき悲鳴が聞こえたのに」
反乱軍に完勝しても、それを煽動しているこいつを捕まえられなきゃ意味がない。もし、反乱軍の悲鳴だけが聞こえてきていたら、こいつは逃げていただろう。
「自分の目で確かめなかったのが運の尽きだな。素直に降りてこい」
そういって降りて来る人間なら、こんな事はしないのは分かっているけど。
「ガキ一人で私を捕まえられると思っているんですか?それに私を捕まえたら、どうなるかが分からない訳じゃないでしょう。では、貴方を殺して逃げるとしますか」
こいつは捕縛されると同時に自殺するだろう。
「アーマーパージ、ライトアーム……くらえ、ロケットパ〇チだ」
右の籠手が男目がけて飛んで行く。あえて木製にしたのは軽量化の為なのだ。鉄製じゃ重くて、飛行距離も速度も出なかったのである。
「くそっ、躱せないか?あれ、痛くないですね……なんですか?これは気持ち悪い」
木製の籠手なので、当たってもそんなには痛くないのだ。でも、籠手は男に当たると同時に、触手を伸ばして男にまとわりついた。
「とりあえず、周りを見てみな。囲まれているのに気付かないとは、アサシンにしては甘すぎるぜ。52号さん」
俺の言葉と同時に大勢のアサシンが男を取り囲む。
「おっと、死のうとしても無駄だぜ。その籠手にはあるマジックアイテムが仕込んであるんだ。そいつに拘束されると自分の命も他人の命も奪えなくなるんだ。お前は俺の弟子を甘く見過ぎたんだよ。あいつはその辺の領主と違って、考える事がえげつねえんだよ」
ボルフ先生が52号を捕縛した。籠手に仕込んでおいたマジックアイテムは、隷属の首輪を改良したものだ。効果は自他の命を奪えなくなる事。自殺防止のマジックアイテムなのだ。
これで男は自殺する事は叶わない。もし、自殺されていたらグルウペ教国は、俺の事をこれでもかって責め立てただろう。アランが捕縛していたら、もっと最悪だ。すぐに男を殺して、グルウペ教国に多額の賠償金を払うはめになっていたと思う。




