友の意見は大切です
春の暖かな日差しが執務室を暖めてくれる。普段は慌ただしい執務室も時間がゆっくりと流れていく。
(日本から持ち込んだ作物の育成計画はこれでよし。騎士団の再編案はミューエさんの返事待ちだし、工業ギルドの試作品は明日届くと……今日は谷がレポートを持ってくるんだったな)
「丈治様、谷崎です。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
そして谷は時間ぴったりに執務室にやってきた。でも、谷の敬語は何回聞いても違和感を覚えてしまう。
「大丈夫だ。入れ」
今、執務室にいるのは俺一人だけだ。他の領主はメイドや執事を側に控えさせているらしい。他人に見られながら仕事をしていたら息抜きが出来なくて地獄だと思うんだけど。
「お邪魔します……春休みなんだから、少しは休んだらどうだ?急ぎの仕事はないんだろ」
谷は苦笑いを浮かべながら、忠告をしてくれた。今は春休みだから、一日中仕事をする予定だ。谷の言う通り、急ぎの仕事がないんだから、ゆっくり休むって選択もある。
でも、元サラリーマンとしては、片付けられる仕事が目の前にあると、休む気にはなれないのだ。だから気付くとスケジュールをパンパンに詰め込んでしまう。
きちんと業績が伸びて新たな雇用を生む。それがまた税収へと繋がる。そして税収が増えた事で、新たな事業を行えるようになる。結果、領主の仕事が増え続けていくと……どう考えても自業自得だよな。
「分かっているけど、新しい事業を思い付くと企画書を書いちまうんだよ。とりあえず報告を頼む」
谷には、この世界に来て感じた事をレポートとしてまとめてもらった。キミテ未プレイの谷が感じた事は新たな事業に繋がると思う。
「獣人に遺伝子操作の痕跡が見つかったろ。それを含めて考えると、この世界の亜人って存在は、あまりにもお約束過ぎると思うんだよ。特にエルフとドワーフは、ゲームに出てくるテンプレそのものだ。釈迦に説法になるけど、ゲームに出てくるドワーフやエルフは何が元になっているか分かるか?この世界にはハーピーもいるって言うし」
そう言われてみればそうだ。ドワーフは短躯で力が強く、鍛冶に長けている。エルフは長身痩躯で容姿が整っており、魔法が得意。確かにテンプレ過ぎる。
「ドワーフもエルフも北欧神話が起源だ。そして今の形になったのはトー〇キンの指輪〇語らしい……そしてハーピーはハルピュイアというギリシャ神話に出てくる怪鳥が元になっている。まじでここはゲームの世界だって言うのかよ?」
それにしては現実的過ぎるし、ゲームとは違うところが多々ある。ユリアなんて別人だぞ。
「俺はゲームの世界ではないと思うぜ。鶏が先か卵が先かって話さ。呼び名に関しては、翻訳能力で俺達の知っている名前に翻訳されている可能性もあるしな……確かキミテってゲームはお前の先輩が閃いて作ったんだろ。誰かがこの世界の事を、夢かなんかで教えたんじゃないのか?」
誰かがこれからレコルトで起こりうる事を花山さんに教えたって事か……確かにそう考えれば辻褄が合う。花山さんはジョージのブロマイドみたいなシナリオにないイベントに難色を示していた。
「そうなると俺がこの世界に来たのも偶然じゃないって事になるぞ。どうせ喚ぶなら、もう少しましな奴にするだろ」
ヒロインやその取り巻きに嫌われまくっている凡人の俺より、軍人や天才科学者を喚んだ方が絶対に役に立つ。
「あくまで仮説だよ。それとアイン君と話して分かったんだけど、彼の住んでたバウム村は情報統制ってほどじゃないが、随分と偏った価値観がまかり通っていたみたいだぜ。男は常に強く勇敢であれ。そして女性や子供には優しくなくてはいけない。正義は勝ち、悪は絶対に滅びる。無邪気な子供が言う分には微笑ましいけど、バウム村の大人は皆本気でそう言っていたみたいだぜ」
正義や優しさは主張するもんじゃない。自分の行動を通して他人が感じるものだと思う。もし正義や優しさを看板に掲げてしまったら、いつか自分の都合が良い所で線を引くようになってしまう。そして正義や優しさで得られる旨味だけを享受するようになる。
「まるで勇者養成村だな。シローが俺を嫌わなかったのは同性だからじゃないんだな。やっぱり俺が嫌われるのは顔が原因なのか?」
確かにそんな村で育ったら、どんな魔物にも勇敢に立ち向かっていくだろう。見方を変えれば勇者教の狂信者とも言えるけど。
「お前は顔だけで嫌われるほど不細工じゃないし、普通に話せば毛嫌いされるような悪い性格じゃないんだぞ。お前が前に話していた誰かがお前を嫌わせようとしているって方が、信憑性がある。ユリアちゃんと他の娘と違いを考えた方が早いんじゃないか?」
あまりにも俺の知っているユリアと違い過ぎて基本的な事を見落としていた。
「ユリアは勇者ブレイブ・アイデックから闇の力を引き継いでいるんだよ。だから闇属性の攻撃に強く、混乱や魅了とかの精神魔法を無効化できるんだ。マリーナの夢の騎士やベルの母親の真似した声が精神魔法に関係するものなら、ユリアにだけ効かなかったってのも納得できるな」
ゲームのユリアは無口無表情で混乱や魅了とは縁遠い。今のユリアは“根性っす”とか言って無効化しそうだけど。
「それに人間の価値観って、そう簡単に変えられるもんじゃないんだぜ。ましてやその人の根幹に関わるものなら、なおさらだ」
もう一度ヒロインズの性格や価値観について考えてみる。
マリーナの価値観には大きく関わっているのは、騎士道だ。欲を捨て清く生き、常に正々堂々と戦うのがオリゾンの騎士道だ。
つまりマリーナの理想は俺と真逆の存在、それこそバウム村で育ったシロー君みたいな男だろう。おまけにここ数年、マリーナとは、殆んど関わっていない。たまに関わってもマリーナの神経を逆撫でしまくっている。
ヴァネッサの価値観を作ったのは祖父ヴァレリー。そしてヴァレリーは爺ちゃんを逆恨みしている。それにヴァネッサ派には口が達者な奴が多いらしく、俺のある事ない事をヴァネッサに吹き込んでいるそうだ。
ベルの価値観を作ったのは母ゴージョだろう。そして誰かがゴージョのふりをして、ベルが俺を嫌うように仕向けていた。とどめとばかりにドラ糞とミミズのシャワーを浴びせてしまったんだよな。
アニエスの価値観を作ったのはハイードロ教の教義だ。ハイードロ教は清貧を貴いものとして、富を独占する者を嫌う。次々に事業を興して金を稼いでいる俺なんて軽蔑の対象でしかないだろう。
……良く考えたら、俺って謎の存在に自分からアシストしていないか?結論、唯一の味方ユリアを大切にしよう。
次の話題に移ろうとしたら、執務室のドアがノックされた。
「ジョージ様、ロッコーです。今、よろしいでしょうか?」
ドアをノックしたのはハイードロ教の神官長兼ボーブルの外交担当ロッコー・ウォーターさん。
「大丈夫ですよ」
「丁度、良かった。タニザキ様もいらっしゃいますね。昨日、アニエスからタニザキ様の診療に同行したいとの要望が届きました。外交担当としてもハイードロの神官としても受けたいのですが、ジョージ様とタニザキ様のご意思を確認しないといけませんので」
アニエスは炊き出しの他に、無料で貧しい人々の治癒をしているそうだ。でも、回復魔法で治せるのは怪我だけである。ロッコーの話では、アニエスは自分の無力を嘆いていたそうだ。そこに現れたのは怪我だけでなく治療が困難だと言われた病気を治す医師。アニエスが谷に興味を持っても不思議ではない。
「でも、俺が診るのボーブルの住民だけですよ。言っちゃあなんですが、アニエスさんにとってボーブルは気持ちの良い場所ではないと思いますよ。往診に行くと、“あんなに真面目に働く領主様を毛嫌いするのはおかしい”とか “あいつ等は男を顔だけで判断してるんだ”そんな言葉を良く耳にしますから」
うん、住民の方々の気持ちは嬉しい。嬉しいけど、少しへこむ。それにこれは、少しまずいと思う。今は谷に愚痴っているだけだから良いが、王都で悪口を言って、各派閥の耳に入ったら収拾がつかなくなる危険性もある。
「それはアニエスが自らの言動で招いた結果です。それにジョージ様が領民に慕われているのを知ったら、アニエスも考え方を改めるでしょう」
俺がどう思われようが構わない。アニエスでもベルでも、誰でもいい。ヒロインズと対立していないって、構図を作る必要がある。
「ボーブルにあるハイードロ教の教会で、診療をしてみてはどうでしょうか?ハイードロ教の信者ならアニエスを毛嫌いしないでしょうし」
でも、その日俺は城から一歩も出ない。執務室に引き籠ってやる。
「ありがとうございます。そういえば、もう少しでオリゾン中の入学式ですね。何でもファルコ伯爵が講演をするそうですね」
ムー君の講演のタイトルは“異人種との交流の大切さ”だそうだ。ここ数年オリゾン中には猿人以外の生徒が多く入学しているから、ピッタリの内容だ……ムー君、十八禁な内容にはしないで下さい。
ちなみに今年の新入生には、マリーナの弟シャイン君もいる。
◇
調子にのってすいませんでした。まじで謝るんで勘弁して下さい。朝起きて机を見たら、いつの間にか黄金色に輝く巨大な鱗が置いてあった。
そして鱗にはこう書かれていたのだ。
“この間の試合の事で話があります。ご足労をかけますが、タスク山までお越し下さい ドラゴン族族長キンウロコ”
……ドラゴンを見世物にしたのは、まずかったかな。




