ジョージとサンダ先生
城の玄関に不審人物が立っていた。真っ赤なドレスを着た五十代後半のおばさん。体中に宝飾品を身に付け、顔には厚塗りの化粧。そして背後には挙動不審な城主と大勢の家臣を従えている。
「カトリーヌ、ジョージ、無事で良かったですわ。貴女達が襲われたと聞いて私は心配で心配で夜も碌に眠れなかったんですよ」
鑑定結果 名前:アデリーヌ・アコーギ 種族:猿人 性別:女 身分:貴族(アコーギ伯爵家大母) 年齢:五十五歳 能力:宝石コレクター・若作り・悪巧み
(あれがアデリーヌか…顔と首の落差が虚しいな)
顔は化粧の厚塗りで誤魔化しているから皺やシミは目立たっていないが、首はまるで枯れ木の様だ。気まずさから首から顔に視線を逸らす…しかし、顔を直視するのがきつくて空に目を逸らして事なきを得た。
「お義母様、わざわざお出迎え申し訳ありません。ジョージ、あのお方が貴方のお婆様よ」
アデリーヌは母さんの挨拶を聞いた途端、顔をしかめる。そして敵意丸出しの視線を俺達にぶつけてきた。あからさまな敵意に、ここまで護衛をしてきてくれたコーカツ家の家臣達に不穏な空気が流れ始める。
「バアバ?バアバ、バアバ!!」
とりあえずバアバと呼びながらアデリーヌに満面の笑みを見せる。俺は敵意に敵意で返す程、餓鬼じゃない。爺ちゃんの言う通り、嫌いたい奴には嫌わせておけば良いんだ。
「まあ、ジョージは賢いのね。流石はアランの息子ね」
アデリーヌは俺の反応を見て、笑みを浮かべた。アランの息子だから賢いのでなく、中身がおっさんだから当たり前なんだけどね。
「パパ?パパ…パパ?」
わざとアランの顔を見てから辺りを探す。俺は生まれてからアランと数回しか顔を合わせていないから、直ぐに分からなくても仕方がないだろう。そしてコーカツ家の家臣達から失笑が漏れる。
「ジョージ様、アデリーヌ様の後ろに控えておられるのがお父上のアラン様でございますよ。しかし、不思議で御座いますね…我等家臣の名前を一回で覚えられたジョージ様がお父上の顔を忘れらるとは」
口を開いたのはギリル・ジード、コーカツ家に仕えている遣り手の文官だ。
「ギリル、ありがちょ」
ショボいと侮っていた人物記録能力だったけど、これが半端じゃなく便利だった。一度会って記録しておけば、直ぐに名前を思い出せるのだ。転生前にこの能力があれば、名刺に相手の特徴を書かなくても良かったのに。
「お、俺仕事がい、忙しくてジョージに会えなかったからな…」
どもりまくりのアランをコーカツ家の家臣達が冷たい目で見る。いや、コーカツ家の家臣だけじゃなく、アコーギ家の家臣達も醒めた目でアランを見ていた。何しろ、アランは仕事を放っぽいてルミアの側にいたらしい。
「それなら安心しました。我が主ローレンはジョージ様も殊の外可愛がっておりまして…もし、ジョージ様とカトリーヌ様に何かあれば我等コーカツ家の家臣は剣折れ矢が尽きても戦い抜くでしょう。ジョージ様はコーカツ家の血を引くお方、くれぐれもよろしくお願い致します」
アランはギリルの脅しに顔を青くしながら頷いてみせた。立場はアランの方が上でも、役職はギリルの方が上なんだろう。
(しかし、不味いな…ギリルが無礼を働いたのにアコーギ家の人間が誰も怒らない)
コーカツ家にビビっているのか、それともアコーギ家を見離しているのか…
「みんな、たじゃいま」
怪しまれるのを覚悟で挨拶をする。俺のバックにはコーカツ家がいるから、アコーギ家は安泰だと思わせなければヤバいのだ。とりあえず五歳になれば、爺ちゃんが先生を派遣してくれる…それまでは大人しく過ごそう。
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コーカツ家の睨みが効いたらしく無事に五歳を迎える事が出来た。あの後、アラン達が動かない理由は、ルミアが産んだのが女の子だった事もあるだろう。つまり、現時点では俺がアコーギ家の後継ぎなのだ。
妹の名前はアミ・アコーギー、自分と母親の名前から一文字を与える辺りにアランの溺愛っぷりがみてとれる。アミは文字通り箱入り娘でルミア親子に与えられたフロアから出た事がないらしい…お日様に当たらないと、かえって健康に悪いんだけどな。何回か会ったけど、俺とは違い、顔が整っている…コーカツ家のDNAは強力らしい。
そして俺は目立たない様に平凡な幼児を装いながら、周囲の人達の信頼を築いている。蔑ろ状態の嫡男なんて、臣下からも愛想を尽かされそうなものだが、爺ちゃんがバックにいてくれるから、寧ろ父親に愛されない可哀想なジョージ様になっている。何より、城に勤めてくれている人達のデータをインプットした事により、円滑なコミュニケーションを計れたのが大きいと思う。
「ジョージ様、ローレン様から手紙が届いております」
ジョージ専属のメイドさんが手紙を届けてくれた。近々結婚退職するらしく、ご機嫌である。なんでも俺の専属のメイドになると良縁に恵まれるらしく、ジョージメイド隊は、代替わりが激しい…ずっと仕えてくれたメイドさんとラブラブになるにも、主人公補正が必要なんだろうか?
「ありがとう…遂に来て貰えるのか」
爺ちゃんの手紙には文官を派遣してもらえる事が書いていた。かなりの多才な人らしく、政治の他に礼儀作法とも教えてくれるらしい。
名前はサンダ・チュウロー、年は二十五歳。農耕神ラヴーレに仕える神官との事。何より信頼が出来る人で、俺の事情を知った上で、教えに来てくれるらしい…これで大っぴらに質問が出来る。
それから数日後、サンダさんが城に着いたとの連絡が入った。師に当たる人物なので、出迎えに行く。
(マジか…魔物じゃないよな?)
そこにいたのは身長2m近いオーク。深緑色のローブを着た細マッチョのオークがいたのだ。
「ジョージ様、始めまして。サンダ・チュウローで御座います。詳しい話はローレン様から伺っておりますので、本日からよろしくお願い致します」
俺を見つけて深々と頭を下げてくれるサンダ…先生。暖かな声に優しい笑顔、どれも俺のイメージしているオークとかけ離れ過ぎている。
(えーと、レコルト基礎知識にアクセスしてオークを調べないと…)
オーク:別名豚人、または猪人。オークは清潔を好む人種として知られている。環境的に清潔な状態を好むが、精神的に高潔である事を尊しとする。その為、文官や役人として登用されるオークは少なくない。また、体脂肪率が低く、戦士としても有能である。融通が効かない面もあり、猿人の為政者の中にはオークを重用しない者もいる。
そういや、豚って清潔好きで体脂肪が低い生き物なんだよな。
「始めまして、サンダ先生。これから宜しくお願いします」
「はい、お願いします。ジョージ様は優秀な生徒の様でサンダは楽しみで御座います」
サンダ先生がそう言って笑った瞬間、何か不思議な縁の様な物を感じた。
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サンダ先生と知り合ってから、俺の中のオーク観は木っ端微塵に砕けた。
まず、サンダ先生はとっても清潔好きである。水浴びや入浴を好み、いつ見ても服に染み一つない。
そしてサンダ先生は真面目である。酒も飲まないし、煙草も吸わない。ギャンブルや女遊びを蛇蝎の如く嫌う。オークは完全な一夫一婦制らしく、ハーレムを持ちたがる猿人を蔑んでるらしい。
何より、サンダ先生は博識で物を教えるのが上手だ。
「サンダ先生、魔物を倒すと魔石が手に入るって本当なんですか?」
「本当ですよ。魔物は魔石にマナを溜め込み強大な力を行使するんです。マナに属性がある様に、魔物にも属性があります。ですから、火炎属性の魔物を倒すと、火炎属性の魔石が残ります」
ゲームと一緒だ…魔石を落とす設定は魔物が金を持ってる矛盾の解決策だと思っていたのに。ちなみに魔石は魔物と共に育つらしく、強い魔物は強い魔石を持っているとの事。
「魔石は何に使われているんですか?」
「色んな事に使われていますよ。火炎属性の魔石は火を着けたり物を温めるのに使われますし、水の魔石は水を溜め込んでおけるんですよ。ジョージ様が元いた世界は違うんですか?」
それで魔石を買い取るシステムが出来ていたのか。
「俺が元いた世界には魔法がないんですよ。だから木を擦り合わせたり、石を打ち合わせ火をつけていた時代もあるそうです。俺の住んでいた頃には、自動で火を着けれる様になっていましたけど」
残念ながらライターですら、再現する自信がない。
「便利なのか不便なのか分からない世界ですね。他に質問はありませんか?」
「魔物と動物の違いはなんですか?」
ゲームによっては人を襲うのが魔物と言われたりするが、野生動物でも人を襲う種類がいる。
「単純に魔石を持っているかどうかで区別しています。最近の考えでは、体の中にマナを溜め込んだ動物が魔物に進化したと言う学説もあるんですよ」
「猿人やオークも魔法を使いますが、体に魔石が生じたケースはあるんですか?」
ちなみにサンダ先生は地属性の魔法を得意とするらしい。
「人種は自分の精神力を魔力に変換して魔法を使うんです。魔物は自分の魔石に干渉して魔法を使うので智力がなくても、魔法を使えると言われています」
それでどう見ても呪文を唱えれない様な魔物も魔法を使えたんだ。でも、魔石と俺の持っている知識を組み合わせれば便利な道具を作れるかも知れない。




