恋の行方は?
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異世界に転生して早十四年。ようやくファンタジーゲームらしい展開になった。エロの手勢はフルアーマーを着た騎士が六人。肝心のエロは襟元と袖にフリルのついた真っ青な服に黒い半ズボン。武器は派手な装飾がついている短剣。まるでパーティーから抜け出してきたような格好で、襲撃するには不向きだ………いや、そういう事か。そう考えれば納得できる。
エロはカッパー伯爵家の嫡男だ。俺と違って父親との関係は良好らしい。つまり、下手をしたらゴルド公爵と敵対してしまう危険性がある。深手を負わせるのは得策とは言えない。ホートーの名前は印籠代わりにして、この場を収めるのが理想だ。
(取りあえず鑑定っと……マジ?)
俺が鑑定すると最悪な結果しか出ないのはなんでなんだろう?そんなに悪い事はしていない筈なんだけどな。
「ジョージ様、逸る気持ちは分かりますが、敵地に一人で乗り込むのは得策ではありません。勇気と蛮勇をお間違えないように」
オデットさんはホートー達をガン無視で説教をしてきた。まあ、オデットさんなら一人でエロ達を瞬殺出来ると思う。
「あの騎士は全員奴隷ですよ。自分の命よりエロの命令を重視します」
つまり王族の威厳が全く通じないのだ。ゾンビのように、どんな重傷を負わされても攻撃するのを止めないだろう。
「そう言えばジョージ様は隷属の首輪を付けた者と闘った事がありませんでしたね……丁度良いです。あの技を使ってみましょう」
オデットさんは新しい味付けを思い付いたかのように気軽に呟いた。そして何の気負いもせずにエロ達へと近づいていく。
「たかがババア一人に何が出来る?おい、あのババアを殺せ」
エロは傍らにいた騎士にそう命じた……知らないって凄いよな。やばい、オデットさんから怒りのオーラが見える。
「おばさんを殺しても面白くないんだけどな。エロ様の命令だ。悪く思うな」
騎士の槍がオデットさんの体を貫いたかのように見えた。スノウさんやカリナの両親は惨劇から免れようと手で両目を覆っている。そしてカリナは両目を見開いて驚いていた。あれは、人間の動きじゃねえぞ。
「女の年齢を揶揄するとは良い度胸をしていますね」
騎士の背中から冷え切った声が聞こえてきた。オデットさんは一瞬にして騎士に背後に回り込んでいたのだ。
「い、何時の間に?や、槍が抜けない?」
騎士の槍は土の塊に突き刺さったまま、ピクリとも動かない。無論、食堂に土の塊なんてある訳がない。
「変わり身の術って言うんですよ。ちなみにそれは粘性の強い特別な土です。ジョージ様、隷属の首輪を付けた者を倒す方法は二つあります。殺すか気絶させるかです。確か忍者はこんな風に気絶させていましたよね」
そう言うとオデットさんは騎士に向かって手刀を振り下ろした。いや、あれは物語の中で実際にやるとかなり危険なんですけど。
バゴンッと手刀では絶対に出ない音が食堂に響く。鎧って手刀で砕ける物なんですね。
「ジョージ様、物凄い音がしましたが、何があったのですか?騎士が床から生えている?なにがあったのですか?」
あまりに非現実的な光景にサンダ先生は大混乱。オデットさんの手刀は鎧を砕いただけでは収まらず、騎士は床板を突き破って埋まってしまったのだ。言うなれば犬神家床板バージョン。しかもあの一瞬で、身代わりにする土塊まで作りだした。メイドクノイチ怖い。そして、分かった事はただ一つ。オデットさんに年齢の話はタブーだと言う事。
「なっ……お前等、俺を守れ」
エロが泣きそうな声で叫ぶ。その顔は青ざめており、冷汗がダラダラと流れている。さっきまでの勢いはどうしたなんて挑発はしない。俺もオデットさんが敵に回ったら、ああなると思う。
でもここにいる騎士は奴隷だ。どんな強敵が相手でも戦わなくてはいけない。どんなに理不尽な内容でもエロの命令には逆らえないのだ。
騎士達は絶望的な表情を浮かべたまま、エロを守る壁と化す。それと同時に誰かが物凄い勢いで食堂に入って来た。振り向いて見ると怒り心頭のベガルだ。
「貴様、スノウさんが嫌がっているではないか?その手を放せ!」
ベガルはそう叫んだかと思うと、物凄い勢いで騎士達に突っ込んでいく。
「サンダ先生、ベガルさんに加勢して下さい!あいつ等は、奴隷なので退く事を………加勢いらないみたいですね」
恋の力って凄いです。ベガルは一振りで五人の騎士を吹っ飛ばしたのだ。
「貴様、俺が誰か分かっているのか?カッパー子爵家の嫡男エロだぞ」
しかし、ただ今ぶち切れ中のベガルはそれがどうしたと言わんばかりに距離を詰めていく。
「おいおい、エロ。家格を出したらお前の負けだぜ。そいつはベガル・コルレシオン、フェルゼン帝国のコルレシオン公爵の次男さ」
ホートーの言葉を聞いてエロの表情が固まる。エロの主家ゴルド公爵がフェルゼン帝国とランドル共和国の貴族を招いて親睦を深めている最中だ。
「ついでに言わせてもらうと、ここの次女カリナは私の友人なのよ。婚約者のホートー様の顔を立てて事を荒立てる気はないけど……あんまりなめた真似をしたら、ジーオボールで、その薄汚い〇玉をぶっ潰すわよ」
ラフィンヌ様の脅し文句を聞いた男性陣が一斉に股間を抑える。ホートー、お遊びを控えないと、潰されちゃうぞ。
「だ、だからどうした?俺はこの店を買ったんだ。きちんと法に基づいて買ったんだから、いくら公爵家でも口はだせない。越権行為になるぞ」
確かに外国の貴族であるベガルやラフィンヌ様がエロに命令する事は出来ない。それにアイビス家は獅子人だ。貴族のエロには逆らえない。理不尽に思えるが、それがオリゾンの法なのだ。
「だからスノウさんやアイビス家の人達を脅したんだろ?食堂を続けたければ、スノウさんを奴隷として差し出せって。大勢の客が招待されているパーティーから、一人くらい抜け出しても気付かれない。だから、お前はここぞとばかりに騎士を引き連れて、脅しに来たんだ。違うか?」
今、オリゾンには貴族に付いて来た騎士が大勢滞在している。下町にある食堂に騎士が団体で入って行っても誰も不思議に思わないだろう。
「頭の回る餓鬼だな。だから、どうした?俺はどんな大金を積まれても、この店の経営権は売らないぜ」
多分、エロはベガルがスノウさんと仲良くなっているのは見て焦ったんだろう。これ以上あの男と仲良くするんなら、あの男を殺してやるとスノウさんを脅したと。だから、スノウさんはベガルと距離を取ったんだろう。
「経営権?そんな物買わないよ。アイビスさんには前からお願いしていんたんだよ。人員が増えて、今の社食だけじゃ賄えなくなったんで、ボーブルで店を開いてもらえますかってな。ちなみにここの名物の土鍋や豆腐はボーブルが提供しているんだぜ。高値でも良いなら売ってやんよ」
スノウさんはオデットさんやアインの母親クレアさんに教育してもらって、公爵家に相応しい女性になってもらう。そしてベガルにアインを鍛えてもらおうと。我ながら見事な火事場泥棒だ。
「くっ、それ以上近付いたら、この女を刺すぞ」
まずい。エロを追い込み過ぎてしまったらしい。正気を失ったエロがスノウさんに短剣を突き付けた。
「ふざけるなっ!その人は俺の大事な女だ」
鼓膜が破けそうな大声でベガルが叫ぶ。その怒号でエロに一瞬の隙が生まれた……まじかよ?
「ベガル様、手から血が……」
ベガルは一瞬の隙を付いて、短剣とスノウさんの間に手を差し入れていたのだ。そしてもう片方の手でスノウさんを抱き寄せていた。しかし、その手には短剣が深々と刺さっている。
「これくらい何ともありませんよ。ああ、泣かないで下さい。私みたいなブ男に抱かれるのはお嫌ですよね」
ベガルはそう言うと慌てて、スノウさんから手を放した。確かにスノウさんの目からは涙が零れている。でも、それは嫌だからじゃないと思う。
「違います。この涙は嬉し涙ですよ。私みたいな獣人が貴族のベガル様に恋したらいけないんですけど、嬉し過ぎて涙が止まらないんです」
スノウさんはそう言うと、ベガルさんを上目遣いで見つめる。あれを天然でやってるんだから、スノウさん侮りがたし。
「ベガルッ!そんな素敵なお嬢さんを手放すんじゃありません。ゴルド公爵、我が家の嫁に剣を突き付けたのは、お宅の甥御さんではありませんか?」
玄関で大声がしたので見てみると、そこにいたのはコルレシオン家の人々。叫んだのはベガルの母親である。
その声に応じるかのようにゴルド公爵が姿を現す。ゴルドは無言のまま、エロに近付いていく。
「この愚か者がっ!」
そしてエロに向かって大喝したかと思うと、剣の鞘で何度もエロを殴打し始めた。エロが泣こうが喚こうが、その手を止めようとしない。これが他の人間だったら、エロが連れて来た騎士が止めに入っていただろう。しかし、騎士はゴルド領の奴隷だ。当然、エロよりゴルドの命を優先する。
「ゴルド殿、その辺で止めませぬか?」
ゴルドを止めたのは、ムート伯爵だった。その後ろにはミューエさんもいる。
「ムート伯爵とミューエ殿が知らせに来てくれたお陰で大きな問題にはなりませんでしたが、場合によっては三国が不仲になっていたかも知れませぬ……甥が御迷惑を掛けました。申し訳ございません。この馬鹿は私が責任を持って教育し直しますので」
ゴルド公爵はそういうと、カリナ達に深々と頭を下げた。必要なら獣人にも頭を下げると……さすが爺ちゃんやイジワール公爵のライバルだ。まだまだ俺なんかじゃ足元にも及ばない。俺なんて存在感がなさ過ぎて、後半から空気みたいだったし。
◇
どうしてこうなった。アイビス家は城外で食堂を開く事になったんだけど。
「ほら、そこ掃除するんだから邪魔、邪魔。本当、晴香さんの言った通りだね。自分の部屋なんだから、少しは片付けな」
母さんとオデットさんの進言により、カリナが俺専任のメイドになったのだ。
「待って。もう少しでプログラムを組み終わるから」
「昨日も、そう言って遅くまで起きてただろ?いい加減にしないと、パソコンのコンセント抜くよ」
晴香さん、カリナになんて事を教えるんですか?渋々、パソコンから離れて書類チェックする……あれ、おかしいな。なんで、こいつが合格しているんだ?あれだ、偶然同じ名前の人が合格しただけなんだ。
ホームキーパー部門合格者一覧の中にユリアの名前があったのだ。




