鳴り響く警報
ベガルの部下や城の職員に話を聞いてみたら、ベガルはスノウさんに避けられていると思い込んでいるらしい。失恋して閉じこもるって、中学生じゃないんだから。
アサシンギルドからの報告で気になったのは、カリナの店の周辺に普段は見かけない兵士がいたって事くらいである。兵士の剣にはカッパー家の紋章がついていたそうだ。
(いくらエロでも今のアイビス家に手はだせないだろ)
オリゾンの社交界でカリナ・アイビスの名を知らない者はいない。コーカツ・イジワールの二大巨頭がバックにいるだけなく、オリゾン王やフェルゼン皇帝の知己でもあるのだ。無論、カリナに何かあったら、俺も黙っているつもりはない。
「今、サンダ先輩がベガルの様子を見に行っている……先輩が戻ってこられたようです」
ミューエさんが言い終えるのと同時にドアがノックされた。ミューエさんいわくサンダ先生の足音なら、一キロ離れていても分かるそうだ。二十三歳なのに恋愛は中学生レベルのベガル、ストーカー一歩手前のミューエさん、サキュバスのサユリママといちゃラブしまくりのムート伯爵。フェルゼン帝国の貴族と恋愛するのは避けよう。
「扉越しですが話ができました。“スノウさんには恋しい男性がいたんです。それに気づかず自分はスノウさんの優しさを勘違いしてしまったんです。恥ずかしくて世間様に合わせる顔がありません”涙ながらにそう仰っておいででした」
サンダ先生の報告が終わると執務室が沈黙に包まれた。ベガルさん、貴方のハートはどれだけ乙女なんですか?
「このままベガルさんが部屋から出て来なかったらまずいですよ。勇者の父親スートには、ベガルが剣を教えるって名目で納得してもらったんですから。でも妙ですよね。カリナの話だとスノウさんもベガルの事を憎からず思っているって話でしたし」
ミューエさんがいるから口には出さなかったが一番の問題はフェルゼン帝国との関係だ。恋人を作らせるって約束で来てもらっているのに、引きこもりにして返したら、国際問題になってしまう。
「自分は今晩のパーティーを優先すべきだと思うぞ。スノウ殿の件はベガルの勘違いという可能性もあるし」
ミューエさんの言う事はもっともだ。今回のパーティーをしくじったら、ランドル共和国との関係も悪化してしまう。パーティーを成功させて、カリナに事の顛末を確認しに行くのが得策だ。
「今回は突然のお申し出でありましたので、おもてなしするのに充分な料理をお出し出来ません。ただ、タニザキ様が“私に心あたりがあります”と言ってましたが」
こっちに来て日が浅い谷に食い物の心当たりなんてあるんだろうか?……あった、むしろあれの価値は谷しか分からない。
「すいませんが、ちょっと部屋に行ってきます」
谷は配下である前に友人だ。本人もそのつもりのようで、俺に敬意を払わない。人前では敬語を使うが、二人の時は遠慮のえの字もないのだ。
「それを三分煮たら、この袋に入っている粉を入れて下さい。野菜や卵を入れるタイミングはお任せします」
一歩遅かった。既にお宝は料理長の手に渡っている。しかも、あれは……
「それは○さんの塩味?それが一番好きな袋ラーメンなんだぞ」
箱買いしたとは言え数には限りがある。
「こっちには醤油や味噌がないから、塩味の方が食べやすいと思うぜ。それと主治医として言わせてもらう。夜中にインスタントラーメン食べるのは止めろ。体壊すぞ」
谷は俺の主治医だ。俺の食生活に配慮するのも仕事である。それは分かっている。分かっているけど……
「インスタントラーメンは深夜まで残業した時の楽しみなんだぞ。徹夜のベストパートナーがなくなったら、仕事のモチベーションが保てないんだって。これはボーブルの為でもあるんだぞ」
ここ数日、外国の要人の接待に加え自称勇者とドラゴンとの試合会場の建設、ホームキーパー部門新規採用に関する事務仕事等色々と立て込んでおり深夜まで仕事をしている。それでもインスタントラーメンのお陰で辛い残業も頑張れているんだ。
ふと、疑問が湧いた。いくら谷とはいえ領主の部屋に勝手に入るのは大問題だ。ましてや私物を勝手に持ち出すなんて実刑ものである。
(さすがに刑を言い渡す事は出来ないけど、俺にも領主としての威厳がある。ここは強気でガツンと言ってやる)
俺は勤に人じゃなく、領主なのだ。何より他の従業員に対して示しがつかない。
「だそうですよ。アミ様」
何故か谷は俺ではなく、自分の背後に声を掛ける……アミ様?なんでアミの名前が出て来るんだと思っていたら、谷の背中からアミが出て来た。そしてアミちゃん、かなりご立腹なようです。
「お兄様!あれほど、徹夜はお止め下さいとお願いしたではありませんか。しかもインスタントラーメンまでお食べになるなんて……どうしてお兄様は、ご自分の体を大切になさらないのですか!」
いくら領主でも可愛い妹には頭が上がらない。それにアミは俺の健康を心配して怒ってくれている。反論なんて出来る訳がない。でも、なんでこんなにタイミングよくアミが出てくるんだ。
「貴族の部屋に勝手に入ったり、物を持ちだしたりしたら有罪なんだろ?でも、身内で領地にとって有益な場合は不問となる。あってますよね、ジョージ様?」
いつの間にそんなマニアックな法律を覚えたんだ?それより、問題はこの窮地をどうやって脱するかだ。
「お兄様、私の話を聞いていますか?お兄様にもしもの事があったら、ボーブルはどうなるのですか?もう少し自分を大切になさって下さい」
一人称がアミから私に代わっている。これはかなり怒っている証拠だ。こうなったら、お菓子なんかじゃ誤魔化せない……でも、俺にはまだこっちの世界で見せた事のない必殺技がある。それはミスした時の上手い言い訳スキルだ。リーマン生活で幾度もの試練を掻い潜って鍛えてきたこのスキルがあれば誤魔化せるはず。
「残業も徹夜も後少しの間だけだから。ここを乗り切ればきちんと十一時には寝るよ」
学校が終わり城に着くのはだいたい四時くらいだ。宿題を片付け、仕事に取り掛かると十時は確実に過ぎてしまう。
「駄目です。遅くても九時にはお休みになって下さい。私はお兄様のお兄様に“丈治をよろしく”と頼まれました。私がボーブルにいる間だけでも、九時に寝て下さい。第一、お兄様はカリナ先輩のお店にいる時しか休んでないじゃないですか?」
カリナの店には毎日のように通っている。ポイントカードがあったら、凄い勢いでたまっていただろう。
「と、とりあえずホームキーパー部門に応募してきた人達の履歴書だけでもチェックさせてくれ」
有り難い事にホームキーパー部門へ応募してくれた人は、かなりの人数だった。ボーブル城は、ホワイトな職場なだけでなく、礼儀も身につけられて良縁も授かると、若い女性を中心に人気なのである。中には絵姿で見た男性職員と一緒に働きたいから応募しましたって人もいた……ちなみに城主の絵姿は未発売です。
そして求人倍率は驚異の六倍。ゲームと違って、選ぶのに困っているくらいだ。これも俺の努力の賜物といえよう。これで、ユリアフラグは立たないと思う。
「応募されてきた皆様は保証人がおられると聞きました。それでしたら、お兄様がチェックなさる必要はないかと思いますが……まさかご自分が好みの女性を採用するおつもりじゃないですよね?」
アミちゃん、惜しい。ニアピン賞です。正確には気が強そうな方には遠慮してもらっているのだ。オデットさんを筆頭にミューエさん、カリナと俺の周囲には気の強い女性が多い。そしてお兄様の癒しアミも、上記の皆様の影響からか気が強くなってきている。
結果、城主の俺にもタイムカードを導入する事で納得してもらいました。
◇
今回のパーティーは参加人数も少なく、ゆったりとしたものだ。参加者も顔見知りばかりなので、みんなリラックスしている……俺以外だけどね。
(御付きの人達は別部屋にしたから、みんなリラックス出来ている。それに食事も概ね高評価……後は、おみやのみ!)
パーティーも残り半分に差し掛かった頃、突如けたたましい警報が鳴り響いた。
「おい、ジョージ。この音はなんだ!?……いや、何があったんだ?」
さすがはホートーである。俺の表情を見て、この警報が有事を知らせる物だと察したようだ。
「すいません。ちょっとの間、退席します。誰か、谷にフライングシップを表につけるよう言ってくれ。サンダ先生、ミューエさん、この場をお願いします。カリナに何かあったようです」
この音は去年のホワイトデーにカリナにプレゼントしたペンダントからの警報だ。
これって魔石付きのペンダントじゃないか。こんな高い物貰えないよ。あの時俺がプレゼントしたのは、風の魔石をはめ込んだペンダントだ。装備者の生命に危機が迫ると通報ブザーがなる仕組みになっていたんだ。
「ジョージさん、カリナは私の友人です。同行させてもらいますよ。ホートー達、よろしいですね」
ラフィンヌ様とカリナはこの間の旅で、友達になったと聞いている。
「ラフィンヌ殿。ここはオリゾンです。私も同行しますよ……ジョージ、何を掴んでいる?」
今は一刻でも早くカリナの元に行きたい。自然と口調がぞんざいになる。
「カリナの姉スノウは昔エロ・カッパーに狙われていました。そしてここ数日、カリナの店の周辺でカッパー家の兵が目撃されています。ミューエさん、俺はベガルの所に行ってきますので、ここをお願いします。サンダ先生、ホートー様とラフィンヌ様をフライングシップに案内してもらえますか?」
二人の返事を待たずに部屋から飛び出す。エロがカリナに手をあげる事はないと思うが、カリナが怖い思いをしていると思うといても立ってもいられない。
全速力でベガルの部屋まで移動、息を整える間もなく扉を乱暴に叩く。
「手短に言います。スノウさんの店が襲われています。犯人はエロ・カッパー、カッパー伯爵家の嫡男でスノウさんを奴隷にしようとした男です。俺は今からカリナの店に向かいます……部屋でうじうじしていても、女の気持ちはわからねーぞ。大事な女が傷つくのと、自分が振られるのどっちが嫌か決めろ!」
言うだけ言って、速攻踵を返す。ここからカリナの店まで、飛ばせば数分でつく。
後方で、物凄い勢いで扉が開けられた音が聞こえた。有り難い事にフライングシップは既に待機していてくれた。
「ジョージ、乗ったら直ぐに出すぞ。舌をかまないようにしろ」
今回参加するのは俺、谷、ベガル、ミューエさん、サンダ先生、ホートー、ラフィンヌ様、ムート伯爵、オデットさんの九人。中々物騒な面子だ。ここからカリナの店まで飛ばせば数分で着く。今はそれさえもどかしい。助手席に飛び乗り、谷に指示を出す。
「カリナの店の前の道路は馬車が停めるくらいの広さがある……そこだ、全員降りたら一旦浮上してくれ」
着陸と同時に甲板から飛び降りる。いた!……カリナの店の前に兵士が数人たむろしている。兵士は俺に気付くと一斉に抜剣した。
「ジョージ様、露払いはお任せ下さい」
オデットさんはそう言うと同時に何かを投げつけた。次の瞬間、一人の兵士が腕を押さえながら倒れ込んだ。
「あら、私の友達の店で何しているのかしら⁉……潰れなさい、ジーオボール」
ラフィンヌ様の詠唱が終わると拳大の岩が兵士の襲いかかる。グチャっとえぐい音がしたかと思うと二人の兵士が倒れた。
「邪魔ですわ。棒手裏剣を喰らいなさい」
オデットさんが放った棒手裏剣は見事に兵士をとらえて、残りの兵士をノックアウト……今回も、かなりの戦力過多です。
「コントロールウィンド。狙いは俺の背中。どうりゃ!」
店の扉に向かって飛び蹴りを放つ。コントロールウィンドの風力も加わり、分厚い扉をけ破る事が出来た。
「よお、エロ。随分と楽しい事してくれるじゃねえか……ここがどこだか分かってんだろうな」
店内はカッパー家の騎士に占拠されていた。エロは嫌がるスノウさんを抱き寄せながら笑っていた。
「この店は俺が買い取ったんだぜ。何の文句がある」
そう、来たか。これはあの話をしておいて正解だったな。二度とアイビス家に近づけないようにしてやる。
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