桜舞い散る別れ
次の日、レンタカーを借り父さん達と共に色んな場所を見て回った。岩木山神社に藤田別邸、五重塔、交通公園、土手町、昔通った学校、ヨー○ドー。
懐かしさを感じるのと同時に、もう二度と見れないんだと思うと寂しさもこみあげてきた。
「晴れて良かったよ。雨だと楽しさも半減するしな」
せっかくの里帰りなのに雨が降ったら、気が滅入ってしまう。出来たら、何も言わずに黙って消えるのもありかもしれない。
「最近弘前じゃ、こんな天気を魔女が飛ぶ空って言うんだぞ」
アニメの影響、恐るべし……観光のついでにリンゴの苗木を買った。そして帰りにスーパーにより、明日の花見で食べる物を購入。色々回って疲れたので夜は外食で済ませた。里帰りの度に来ていたかだれ横丁に来るのも今日で最後である。
いよいよ明日だ。明日で会えなくなる事を両親に伝えよう。
◇
空は晴れ渡り、絶好の花見日和である。ブルーシートにだらりと足を放り投げ、春風に身を委ねる。先生達は父さんと酒を酌み交わしているし、アミは桜に見とれていた。
久し振りにゆったりとした時間が流れていく。
「はい、ビール。あんたがそんなゆったりとしているの初めて見たよ」
カリナが紙コップ手渡してきて、そこにビールを注いでくれた。
「これが本来の俺なんだよ。貴族でも英雄でもない、ただのサラリーマンが俺の正体。これでも結構無理して貴族やってんだぞ」
元々人に上に立つなんてがらじゃないんだ。貴族になれたのは転生先が貴族の家だったからだし、才能ある部下が集まってくれたのはリヤン様の力。ついでにボーブルを発展する事が出来たのも先人の知恵を拝借したからである。俺個人の才能なんて何の役にもたってやしない。
「あんたはあんただよ。お節介で仕事に一生懸命……桜って綺麗な花だね。向こうに持っていったら故郷を思い出せるんじゃないの?そうしたら、向こうでもお花見が出来るよ」
染井吉野の苗木を転移して城の周りに植えればボーブルでも花見が出来る。フェルゼンから連れてきた植木職人のドルフさんに管理を頼めば、綺麗な花が見れると思う。桜を育てるマニュアル本も買って行こう。
「それ良いな。さてと、なにかつまむか……それにしても随分と作ったな。母さん、さすがに作りすぎじゃない?父さんはサンドイッチ食わないし」
ブールシートの上に数多くのご馳走が並べられていた。定番の唐揚げや卵焼き、弘前の花見には欠かせないシャコにとげくり蟹。さらにサンドイッチ。
俺も嫌いではないが、並んでいるおかずの量はどう見ても八人分を超えており、到底食べ切れそうにない。
「外国の人にご飯ばかり出す訳にはいかないでしょ……麗奈さん、こっちこっち」
母さんが声を掛けた方を見ると、大明の奥さん麗奈さんがいた。麗奈さんの後ろからは山田家の子供達が付いて来ている。最後尾を歩くのは憮然とした表情の幼馴染み山田大明。
「榕木のおばさん、今日は招待ありがとうございます。私も色々と声を掛けましたので……ほら、お父さん挨拶は?昔は礼儀をちゃんとしろってうるさかった癖に」
大明の奥さんは東京の出身だが、その明るい性格ですぐに近所の人とも仲良くなったそうだ。それに加え、兄貴の娘と大明の娘がクラスメイトな事もあって、母さんと仲が良い。
「麗奈さん、お久し振りです……大明。一昨日ぶり」
幼馴染みとはついこの間今生の別れをしたばかりなので、ちょっと気恥ずかしい。それは大明も同じらしく両手にお重を持ちながらそっぽを向いている。
「丈治と花見をするなんて、もう何回もないでしょ?里帰り自体が久し振りなんだし。だから麗奈さんにも頼んでみんなに声を掛けたのよ」
その後兄貴一家に親戚の人達、クラスメイト等沢山の人が集まってくれたのだ。
俺の為に大勢の人が集まってくれた事が嬉しかった。でも、俺はこの人達を裏切って、違う世界に行くんだ。
やけ酒気味にビールを注ぐと、脇から白い手が伸びてきて紙コップを取り上げられた。
「おに……ジョージ様、さっきから見てましたけど、少しお酒を飲みすぎです。お身体を壊しますよ」
腕の主は俺の可愛い妹アミ、そういえばさっきから注がれるまま飲みまくってかなりの量を飲んでいる。みんな盛り上がっており、主役が抜けても大丈夫だと思う……でも、オークや狼人が桜の下で日本人と酒を飲んでいる姿は中々シュールだ。
「そうだな……酔い醒ましも兼ねて公園を散歩するか。アミも一緒に行くか?」
思えば公園に来てからずっと飲みっぱなしで、トイレ以外行っていない。
「は、はい。ご一緒させていただきます」
「おっ、丈治散歩か?俺も久し振りに一緒に歩くか」
声を掛けて来たのは兄丈一……この展開はまずい。別に兄さんが嫌いだって訳じゃない。むしろガキの頃はお兄ちゃんと呼んで後を追っかけていた。でも、大人になるとそれが妙に気恥ずかしい。ましてやアミの前でお兄様ぶられている姿を見られるのは赤面ものなのだ。
「あの、私はお邪魔じゃないでしょうか?」
俺の戸惑いを感じたらしくアミがあげかけていた腰を下ろす。さすがは我が自慢の妹、分かってらっしゃる。
「横入りしたのは俺の方だから、気にしなくて良いですよ。良かったら、皆さんも一緒に行きませんか?……弟の昔話をつまみにしながら、公園を案内しますよ」
兄さんは俺を見てニヤっと笑った後、レコルト組に声を掛けた……どうやら全員参加するらしく、オデットさんに至っては例の手帳を取り出している。
「この辺が四ノ丸と言いまして、出店が多いんですよ……弟は昔からお化けが苦手な子でしてね。お化け屋敷の前を通る時は親に手を繋いでもらわないと、通れなかったんですよ」
桜祭りにくるお化け屋敷の看板はおどろどろしく、特に夜桜の時なんて雰囲気満点になる。
「意外ですね。ジョージにそんな一面があったなんて。仏頂面のイメージしかないです」
俺の昔話に一番食いついたのはカリナだった。言い訳をさせてもらえればいい年したおっさんが中学校の授業を生き生きとした顔で受けていたらきついと思う。だから学校では仏頂面になってしまう。ましてや、一回り以上年下のカリナに弱い面はみせにくい。
「こいつは照れ屋ですからね。ついでに泣き虫。昔、デパートで迷子になった時なんてワンワン泣いてましたよ」
それは小学校の低学年の時だったと思う。星座が描かれたコースターを夢中で見ていたら家族とはぐれてしまい不安になって泣いてしまったのだ。そんな俺を見つけてくれたのが兄さんな訳で。
四ノ丸を抜け桜のトンネルに入るとわっと歓声があがった。
「これは凄いですね。桜に包まれているみたいです」
サンダ先生が嘆息を漏らす。サンダ先生の言う通り、道の両脇に桜が植えられており枝がアーチを作っていて、まるで桜に包まれたかのような錯覚に陥る。
「いつもは花とか興味ねえけど、水面まで桜色に染まって綺麗なもんだな」
いつも速足のボルフ先生もゆっくりと歩く短い北国の春を楽しんでいた。女性陣は桜に見とれているのかうっとりとした顔でトンネルを歩いている。
(ボーブルのみんなにも見せたいな……カリナの言うとおり苗木を探してみるか)
公園内では桜の苗木を売っている店がなかったが、なんとか外堀で園芸店を発見。無事、数本の桜の苗木を購入できた。
その後、宴は盛り上がり、気付けば日が落ちていた。大明は飲み過ぎたらしく、麗奈さんに連れられて途中退場した。明日お説教決定だと思う。
「昼の桜も綺麗でしたけど、夜の桜も綺麗ですね」
ボルフ先生が夜桜を見ながらしみじみと呟く。
「昼の桜は清純な少女のような可憐な美しさ、夜の桜は妖艶な大人の女性のような怪しい美しさを持っているって言うんですよ……すいません、電話が掛かってきました……って、ミケ?」
スマホに表示されたのはプリティーセクシーキャットミケの文字、ちなみに電話番号のところは”非表示やで”となっていた。
「そろそろ戻ってこなあかん時間や……きちんと別れを済ませてこい」
電話が切れるのと同時に桜の花びらが俺達を包み込む。鑑定してみると、この花びらは結界の役目をしているようだ。
結界の中にいるのは、俺と家族とレコルトから来た五人。
「これは結界ですね……どうやら、時間が来たようですね」
最初に気付いたのはサンダ先生だった。結界の効果は遮断・防音・幻視・忘却、周りからは普通に話しているように見えるだろう。そして結界が解けると同時に異世界から来た人達に関する記憶は、結界の外にいる人達の中から消えてしまう。
「ええ、ミケから連絡が来ました……父さん、母さん話さなきゃいけない事があるんだ」
意を決して全てを告げようとした瞬間、誰かの泣き声が聞こえてきた。
「わ、私が悪いんです。私が病気になんてならなければお兄様は皆様の元に帰って来れたのに」
アミはボロボロと大粒の涙をこぼしたかと思うと、その場に突っ伏した。父さん達はアミが俺の事をお兄様と呼んだ事に驚き呆然としている。
しゃくりを上げているアミを落ち着かせて、俺は全てを話した。異世界に転生した事、向こうで大勢の仲間が出来た事、そしてもう帰って来れない事……。
かれこれ十数分は話しているだろう。でも、突然過ぎた為か、家族はまだピンときていないようだ。
「丈治、異世界って、飲み過ぎてゲームと現実の区別が付かなくなったんじゃないだろうな……嘘だろ」
兄さんが驚くのも無理はない。久し振りに会った弟が異世界に転生していましたなんて普通は信じない。
「身勝手を承知でお願い致します。私達にはジョージ様が必要なのです」
サンダ先生が地面に額をこするようにして土下座をした。それと同時に桜吹雪がサンダ先生包み込む。サンダ先生がいた場所に残されていたのは桜の花びらだけである。
どうやら日本にいれる時間は残り少ないようだ。残っていた人達はお互い顔を見合わせたかと思うと静かに頷いた。
「この様な形でしかお詫びが出来ない事をお許しください。これは向こうでジョージ様の祖父にあたるローレン様から預かってきた物です」
オデットさんは深々と頭を下げながら父さん達に向かって大ぶりの宝石を差し出した。そして父さんが受け取ったのを見計らうようにして、オデットさんも桜吹雪の中で姿を消した。
「こいつの命はなにがあっても俺が守る。ジョージを必要としているのは、俺達だけじゃねえ。城のみんながボーブルの民がジョージを必要としているんだ」
ボルフ先生の目からは必死さが伝わってくる。そんなボルフ先生を労わるかのように桜吹雪が包み込む。
「勝手な事を言っているのは、分かっています。でも、わだじはお兄様が大好きなんです。おにいぢゃまと離れだくないでず」
アミの顔は涙でボロボロになっていた。そんなアミの頭を兄さんが優しくなでた。
「泣き虫坊主だった弟が、こんなに他人様に慕われているんなんて鼻が高いよ。それが分かっただけでも十分さ。アミちゃん、丈治をよろしくな」
しゃくりをあげながら頷くアミを桜の花が優しく包みこむ。
「あたいがジョージの側にずっといるから、お願いだからあたい達にジョージを下さい。あたいはジョージの事を」
カリナが言葉に詰まりながらも母さんに向かって頭を下げる……でも、待てど暮らせど桜吹雪はやって来ない。
「ええっ‼……嘘でしょ?あ、あ、あたい」
その所為でカリナさん大パニックです。
「カリナちゃん、その答えはおばさんにだけ聞かせてちょうだい」
母さんは慌てているカリナを落ち着かせるようにそっと抱きしめる。カリナが何かを呟き、それを聞いた母さんが満足そうに頷く。
「カリナちゃん、丈治の事をお願いね。それと向こうに戻ったらこれを見てちょうだい」
母さんはそう言うと一枚の封筒をカリナに手渡した……やっぱり、気付いていたのか。
「いつから分かってんだ?」
「最初に見た時から、随分雰囲気が変わったのが分かっていたし、東京に行く事を決めた時と同じ表情をしていたから、遠くに行きたがっているのも何となく分かったわよ。昨日、山田君から電話をもらったしね」
顔にだしたつもりないけど、バレていたようだ。それと幼馴染みは相変わらずお節介焼きである。
「カリナさん、これを受け取ってもらえますか?」
父さんがカリナに手渡したのは一本の和包丁。包丁を受け取った瞬間、桜吹雪がカリナを包み込んだ。
「丈治、頑張れよ」
兄さんが俺の肩を優しく叩く。知らず知らずのうちに涙がこぼれ落ちていく。
「みんな、ありがとう。榕木家に生まれて俺は幸せでした」
幼い頃から想い出が走馬灯のように駆け巡る。幸せな時も悲しい時も側にいてくれたのは家族だった。情けないくらいボロボロと涙が溢れ落ちていく。思えば何回もこの人達の前で泣いていた。その度に温かく包んでくれたのは故郷の家族だ。
「お礼を言うのは私たちのほうよ。泣き虫で甘えん坊な子だったけど、貴方がいてくれて幸せだったわ」
子供の頃のように母さんが頭を優しく撫でてくれた。怖い夢を見て泣いた時、いじめられて泣いた時、いつも慰めてくれたのは温かな母の手である。
「丈治、俺達の家族に産まれてくれてありがとう。これを持っていけ」
大きな背中で守ってくれていたのは父さんだ。父さんがくれたのは手縫いのお守りだった。それが首に掛けられた瞬間、桜吹雪が俺を包みこんだ。
◇
気付くと一面真っ白な空間に立っていた。上下左右全てが白である。
「初めまして。もう一人の僕」
声をした方向を見るとそこにいたのはジョージ・アコーギだった。いや、俺の知っているジョージではない。柔和な表情を浮かべており、見ただけで気持ちの良い少年だと分かる。例えるなら綺麗なジョージと言ったところだ。
「ここはどこだ?お前がジョージだと?」
確かに目の前にいる少年は俺やゲームに出て来たジョージと同じ顔をしている。しかし、高貴なオーラを身に纏っており受ける印象は全く違うと思う。
「ここは貴方の精神世界。僕の名前はジョージ・アコーギ。丈治さん、貴方の事はここから見ていました」
「まさか、お前が本物のジョージ・アコーギなのか?……俺は、お前から全てを奪ったんだよな」
もし、目の前にいる少年が本物のジョージ・アコーギだとすると、この何もない真っ白な空間で過ごしてきたのかもしれない。そして自分の体を乗っ取った俺の事を見ていたんだろうか?
「貴方の友達が言ったように、僕は貴方に感謝こそすれ恨んでいません。だって僕が歪められてしまったのが、全ての原因ですから……そしてマリーナも歪められています。お願いがあります。マリーナを嫌わないであげて下さい。出来たら彼女を救ってあげてもらえませんか?」
「歪められたって、誰にだよ!?」
でも、ジョージは何も言わずに消えてしまった。同時に俺は意識を失った。




