お連れさん一名プラス?
谷口を谷崎に変更しました
医師専用だけあり、駐車場には高級車がずらりと並んでいた。俺の月給では、ここに並んでいる車のタイヤ一本すら買えないと思う……レコルトに戻ったら、総革張りのゴーレム車を作ってやる。
「……何だかんだで谷との付き合いも十七年になるんだな」
谷と初めて会ったのは下宿だ。一流医大生と専門学生、スペックには天と地の開きがあったけど、妙に馬が合い仲良くなれた。あの頃は、お互い貧乏学生で安い焼酎片手に馬鹿話をしたもんだ。
「いきなり、どうした?お前、この間から変だぞ。外国人に知り合いがいるなんて、聞いた事ねーし」
変と言うか異世界で十年以上暮らせば、雰囲気も変わるだろう。ましてや日本にいれるのは、残り十三日だけである。嫌でも態度に出ると思う。
「本当はもう少ししてから言おうと思ったんだけどな。俺、もう少ししたら、日本からいなくなるんだよ。それでもう日本には帰って来ない」
少しでも、嫌そうな感情が見えたら先生達やカリナが気にするかも知れないので努めて明るく言ってみる……本音を言うと家族や仲間と別れるのは物凄く辛い。
「帰って来れないって、どこの国に行くんだよ⁉お前、英語すらまともに喋れないだろ」
俺の話をいぶかしんだのか谷が大声になる。本気で俺の事心配しているのが分かり妙に嬉しい。
「地図にも載ってない遠い国だよ。アミが退院して落ち着いたら故郷に帰って、それから行く予定だ……予想外の奴が待ってたな」
さっきの男が待っていると思ったから、谷に付いて来たんだけれども……これはかなり警戒した方が良さそうだ。
「谷崎先生、お話があるのですが」
谷の車の前にいたのは、軒音晴香……この病院の看護師で、俺の元カノでもある。
(これ以上騒ぎが大きくなれば、病院や患者から通報されかねない。だから晴香をけしかけたんだろうな)
「あのな、いくら大恩のある読田先生の子供でも、協力出来る事と出来ない事があるんだよ」
「ジョージ、ヨンダってのは誰だ?」
ボルフ先生が小声で話し掛けてきた。顔は明後日の方向を見ているし、囁くような小さい声だから、谷達は気付かないだろう。異世界メンバーは全員聞こえているだろうけど。
「読田先生は、この病院の医院長で谷の恩師なんですよ。母子家庭の谷に色々と助力してくれたそうです」
その恩もあり、谷は読田先生に頭が上がらないらしい。
「医院長の息子か。そいつにあの姉ちゃんをとられたんだろ?」
付き合いが長いだけに、先生達は俺の過去話にも詳しい。正確に言うと尋問されて白状したんだけど……医院長の息子でイケメン。スペック的にはどう考えても、向こうの方が上である。
「アミ様の病室に来た男と何か関係があるのですか?」
会話に加わってきたのはサンダ先生。アサシンギルドに属していたボルフ先生と違い、神官のサンダ先生は警戒を露わにしている。
「多分、あの男はヤクザ……日本の非社会的団体に属している人だと思います。予想ですけど、谷に薬の横流しを頼んでいるんだと思いますよ」
谷が関わりを拒否している以上、口を出さないのが吉だと思う。日本での俺はなんの力も後ろ盾も持っていない。向こうの感覚で関わったら、とんでもない事になる。俺達がコソコソ話をしている間も、二人の会話はヒートアップしていく。
「でも、このままじゃあの人が……榕木さん、お連れの人に頼んで彼を守ってもらえませんか?」
確かに先生達やオデットさんなら大概の男を撃退出来ると思うし、俺が命じたら命懸けで守ってくれるだろう。
「昔の誼でアドバイスをさせてもらいますよ……今直ぐに警察に行け。撃退する時に怪我でもさせたらどうなると思ってんだ?法外な慰謝料を請求されるだけだぞ。下手すりゃ俺の実家も巻き込まれちまう。ドラマや漫画なら腕力で撃退出来るだろうけど、お前が思っている以上に、向こうは狡知なんだぞ」
絶対に俺より日本の法律に詳しいし、こっちの弱みをあっさりと見抜いてくる。今の俺が守らなきゃいけないのはアミだ。不法滞在に加えて、偽造パスポートの所持なんて恰好の脅迫ネタである。
「丈治の言う通り、警察に行くのが一番だ……しかし、あの真面目君が何でヤクザと関わりを持ったんだ?」
読田は貧困国の医療支援に熱心だったらしい。自分の金を充てる事も一度や二度ではなかったそうだ。
「最初は“先生の行いに感銘を受けました”とか言われて援助を受けたんだろ。そして次に“あの国に住んでいる知人が私にプレゼントを贈りたいらしいのですが、先生が代わりに受け取ってもらえませんか”って頼まれたんだろうな。でも、そのプレゼントの中身はやばいお薬でしたってオチだろ?」
美味しい話にはご用心ってやつだ。俺の予想は当たっていたらしく、晴香の顔が青ざめていく。つまりは国際的な力を持った組織って事になる。これ以上、谷にも関わらせない方が良いだろう。
「麻薬の密売か……どうりで渡航の回数が増えた訳だ」
薬の横流しで出た利益の一部を受け取とっていたんだろう。横柄な患者も少なくない日本と違い、向こうでは生き神様のような歓待を受ける。
「俺は自分から蟻地獄に落ちた人間を助けれる余裕はないんだ。悪い事は言わない。早く警察に行け……谷、頼む」
呆然と立ち尽くす晴香をしり目に谷の車に乗り込む。車は、そのまま駐車場を後にした。
「丈治、どこまで送れば良いんだ?……それとさっきの話だけど、俺も連れて行ってくれないか?妹の家に不審な電話が掛かってきたらしいんだ。二度と帰って来れないような国なら、あいつ等も追って来ないと思うし」
谷の医療技術は喉から手が出るほど欲しい。問題は人を転移させる事が出来るかと、どうやってレコルトの事を説明するかだ。
「あー、マジで帰って来れないぞ。日本の大使館もないし、中世ヨーロッパ程度の文明だから電気も通ってないんだぞ」
「電気もないって、ジャングルの奥地か?でも、そんな場所じゃお前の需要もないだろ?」
俺の需要はプログラマーとしてじゃないんだよな……でも、領主をしているなんて言える訳がない。
「と、取りあえず、良く考えてからの方が良いと思うぞ。駅で降してもらえるか?」
カリナを料理教室にサンダ先生とオデットさんを図書館まで連れて行き、俺はボルフ先生とホームセンターに移動。
「随分と広い店だな。ここで何を買うんだ?」
「工具とか細々とした物を買う予定です。何か必要な物があったら言って下さい」
ペンチ・ラジオペンチ・電池式電動ドライバー・各種ネジ・ニッパー・爪切り・スパナ・カンナ・タオルケット・マットレス・番線カッター・二穴パンチ・バインダー・付箋等を購入。
「ジョージ、これはなんに使うんだ?」
ボルフ先生が指さしたのは鉈だった。結構な大きさで持ち歩いていたら、捕まってしまいそうだ。
「太い枝とかを切り落とす為のナイフですよ」
「頑丈だし骨も切れそうだな。これを頼む」
アサシンに鉈……危険過ぎる気がする。しかし、ボルフ先生はかなり気に入ったらしく一番ごついのを購入。その帰りにビデオ屋により、格闘技のハウツー物を数点借りる。
買った物に付箋を貼って使用用途と保管場所を書きいれる。ミケからもらったバーコードリーダーもどきのマジックアイテムを押し当ててみると、転移を行うかが表示された。そのまま、イエスを選択すると、煙のように消えた。
(谷に当ててみて転移が出来るか確認するか。可能なら医療器具と一緒に転移してもらいたし)
何より身分に関係なく話の出来る友人が傍にいて欲しい。
◇
ようやく長年の夢が叶った。俺の目の前にあるのは炊き立ての白いご飯。独特の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
(ご飯のお供は何する?納豆か?それとも卵かけご飯、振り掛けやタラコも捨て難い。まずは熱々のところを米だけで一口……うまいっ‼米の転移は確定だな。明日は食料品を集めよう)
「昨日も思ったけど随分と短い米だよな。食い方も変わっているし……お前、なんで泣いてるんだ?」
オリゾンでは米は野菜扱いで煮物やスープの具材に使われている。オリゾンでも短粒種の米が手に入るらしいが、味も悪く高価だと聞いて諦めた。日本でも米の味が飛躍的に美味しくなったのは昭和四十年代以降だそうだ。
「これが俺の国の主食なんですよ。俺の独断で米を大量栽培します。その為に水田を作ったんですから」
俺は、一日一回は米の飯を食いたい人間なのだ。お釜も転移させて工業ギルドで量産してもらおう。
「その為に水田を作ったのか?米料理を好きじゃない癖におかしいと思ったぜ」
当たり前だ。あんなのは白米に対する侮辱である。昔の農作業に関する本を買って、脱穀機も再現してもらおう。そうなると米作りに関する本も必要になってくる。
(安いパソコンを買って印刷をしようと思ったけど、後から違う情報が必要になったら困るしな)
ついでに美味いじゃが芋も転移しておこう。じゃが芋自体は、フライングシップ全盛時にオリゾンに入ってきたそうだ。
◇
それはみんなが集まった夜の事。不意に俺のスマホが鳴り出した。画面を見ると山さんからだった。
「この馬鹿野郎‼俺に相談せずに辞めるとは良い度胸してるな。ガード下の店にいるから今直ぐ来い」
あまりの大声に耳がキーンとなる。しかも返事を聞かずに切っているし。
「すいません、知り合いに呼ばれたのでちょっと出てきます。今日、人数分寝具を買って来たので、遅くなったら先に寝ていて下さい」
オデットさんにホテルを取ると話したら、もったいないから駄目ですと断わられたのだ……先に寝ていてくれたら、飲んでもバレないし。
安月給のサラリーマンが愛用出来る店は自然と限定されてしまう。山さんとよく行く店は新橋のガード下にある。酔っ払いの笑い声が響く雑踏を抜け、お目当ての店に到着。
山さんは簡易椅子に腰を掛けて既に飲んでいた。その隣には高そうなスーツを着た男性が座っている。
「山さん、遅くなりました。今回は突然の事で挨拶もせずにすいません」
山さんには入社前から世話になっているので、いまだに頭が上がらない。
「……先ず座れ。九曲、こいつが例の榕木丈治だ」
「九曲晋、弁護士をしています。今回の事は社長から話を伺っております……単刀直入に言いますね。A企画の社長を始め、少年達の親御さんから慰謝料を預かっております。それで今回の件はなかった事にしてもらえますか?」
山さんの話では、九曲さんは山さんの友人で、うちの会社の顧問弁護士をしているらしい。
「俺は騒ぐつもりはないですよ」
下手に騒ぎを大きくすれば、サンダ先生達に注目が集まる。そうすればアミの存在もバレてしまう。あんなに可憐で優しくお兄様思いの美少女をマスコミが放っておく訳がない。そうしたら芸能界にデビューさせられて、イケメンアイドルと共演させれるに決まっている。
「それは既に聞いています。でも、向こうはそれで安心出来ないんですよ。ライバル会社やヤクザの手に渡ったら、もっと面倒な事になってしまいますからね。合計六百万、条件はスマホに残っているデータを消す事。書類にサインをしてもらい、データを消したのを確認した後に支払いとなります」
六百万は子供の将来と会社を守る為と思えば高額ではないのかも知れない。
「分かりました。それと先生の知り合いで暴力団問題に強い弁護士はいますか?いたらこの人の相談に乗ってもらえますか?名前は軒音晴香、着手金は六百万の中から取って下さい」
さすがにあのまま放置するのは気が引ける。それに弁護士をかませて置けば、谷や俺の家族に被害が及ぶ事はないだろう。
「丈治、まず座れ。今回の事は本当に悪かった。九曲からも肖像権やなんだでこっぴどく叱られたんだよ」
「山さんには、それ以上に世話になってますから。専門学校の時に資料集めのバイトで知り合ってから、かれこれ十七年ですね」
その時、山さんは男女が無人島に漂流するってゲームのシナリオを作っていたんだよな。ゲームの内容をリアルにする為に、塩の製造方法や畑の作り方の資料を集めていた。そのバイトに俺が応募、山さんの口添えで今の会社に入れたのだ。その時の知識がボーブルの開拓に役立ったんだから、不思議としか言いようがない。
「もうそんなになるんだな……今日はゆっくり飲もうぜ」
星も見えない東京の夜空に高層ビルだけが、くっきりと浮かんでいた。




