日本でなにしよう
意外と勘違いしている人が多いけど、退職届をだしたからと言ってすぐに会社をやめれる訳じゃない。退職届けが受理され、この日この理由で退職で良いですねって書類にサインして初めて退職となるのだ。あまり自己都合による退職ばかりが続くと、会社の都合が悪くなるらしい。
(一・二時間で帰るって言ったけど、そんな都合良く帰れるかな?中途半端な仕事も残っているし)
キミテのプログラマーは俺だ。キミテの移植や続編の企画もあるらしいから、俺の能力が必要なはず……担当したのはシステム関連のみだけれど、俺は会社に必要な人材だと思う……そう、思いたい。
「榕木さん、長い間ご苦労様でした。書類が出来たら郵送しますので……今日はもう帰って良いですよ。手続きが終わるまで有給扱いになりますので、私物を持って帰って大丈夫ですから……ご苦労様でした」
し、社長が俺にさん付けの上に敬語だと?なに、この部外者感は⁉
社長室から出ると、窓から見える空が泣けるくらいに青かった。
デスクに戻り私物をまとめるも、みんな無言です。自分の仕事に没頭しているってのもあるが、なんか腫れ物には触りたくないって感じだ。
(山さんいないのか……最後に挨拶したかったんだけどな)
キミテのシナリオ担当をした山さんは凄く世話になったから、きちんと挨拶したかったんだけど。
無言のまま会社から出て行く。ふと振り返ると、会社が他人を見るような目で、俺を見おろしていた。
◇
榕木丈治三十五歳、職業プログラ……無職、ただ今、真昼間から地下鉄に揺られています。俺の退職届は予想以上にあっさりと受理された。昔なら社長が不人情過ぎると、憤慨していただろう。
でも領主をしている今は社長を責める気が起きない。社長から見たら俺は導火線に火がついたダイナマイトみたいなもんだ。爆発してしまえば、他の社員の生活にも影響が及んでしましまう。
(待てよ……今、捕まったら無職って報道されちゃうんだよな)
榕木丈治容疑者三十五歳(無職)は地下鉄の車内で女性の体に触れた容疑で逮捕され……そんな事になったら、例え冤罪でも晩節を汚しまくりだ。
吊革を両手でがっちりと掴む。何しろ俺の鞄の中には、エロDVDが数枚入っているのだ。今朝は時間に余裕がなかったから処分出来なかったし。こんな真昼間に捨てる度胸なんてない……どうせなら、どこかに売ってしまおう。ついでにみんなのスイカを買っていこう。毎回タクシーで移動なんて不経済過ぎる。あの四人と一緒にいる時に、冤罪狙いで絡んでくるチャレンジャーはいないだろうし。
(相変わらず凄い人数だよな。ホームにいる人だけで、ボーブルの小さい村より多いじゃないか?)
そんな事を考えながら、駅に着く度に入れ替わる乗客をボーっと眺めていた。みんな足早に動いていて、誰も俺に関心を示さない。
前ならこんな発想をする時点で自意識過剰だって自嘲していただろう。でも、つい数日前までは良い意味でも悪い意味でも注目の的だった。それも領主という肩書きがあったからに過ぎなかったのを改めて実感させられる。オリゾンにおける俺の社会的構成要素は領主4・貴族3・ソバカス2・その他1くらいだろうか。
自己評価は低い方が良い。過度の自信や期待は自爆に繋がってしまう。
もし貴族でなく困窮した生活を送っていたら、俺はみんなと仲良くなれただろうか?
もし嫌われ者のままだったら、アミの為に榕木丈治の人生を捨てただろうか?
地下鉄の窓に、煮え切らない俺の顔が写っていた。
◇
アパートに戻る前にアミのお見舞いを買って行く事にした。気心の知れた仲間といるカリナ達と違い、アミは知らない世界の病院に一人でいるのだ。
(入院するだけでも不安なのに……頑張れアミ‼お兄様が傍に行くから待ってろ)
しかし、重大な問題が発生してしまった。可愛い妹のお見舞いに行くのに手ぶらなんてあり得ない。でも、スマホで検索したら虫垂炎の患者は手術をしなくても食事制限が厳しいとの事。
(少女漫画は……駄目だ。最近の少女漫画は内容が過激だって聞く。昔一緒に遊んだ折り紙は……子供扱いしているって嫌われたらどうしよう?)
悩みに悩んで中学生向けのファッション誌を購入、これでアミの欲しい服が分かる。きちんと記事もチェックしたから安心だ。
「ただ今―……カリナ、玄関で、なにしたんだ?」
玄関を開けると、カリナが所在なさげに立っていた。
「べ、べ、べつにあんたの足音が聞こえたから、待ってたとかじゃないぞ。その、おっかえり……これからどうするんだ?」
カリナは顔を真っ赤にして慌てふためいている。これで分かりやすい態度だって油断していたら、かえって嫌われたりするんだよな。
「アミのお見舞いに行くけど、その前にみんなに聞いておきたい事があるんだ。カリナは日本で何かしたい事ある?」
折角、日本に来たのに何も吸収しないで帰られたら日本人として悔しい。アミが入院している一週間の間に何かを身に付けてもらおう。
「うーん、それならあたいはこっちの世界の料理を習いたいな。レシピを見れば作れるかも知れないけど、きちんと教えてもらった方が身につくし」
カリナにはは外国人向けの料理教室に通ってもらうか。
「探してみるよ。みんな何してる?……マジっすか」
靴を脱いで部屋に上がると、ボルフ先生とオデットさんが黙々と武器の手入れをしていた。誰かに見られたら一発で通報されてしまうだろう。
「ジョージ様、お帰りなさいませ。お聞きしたい事がるのですが、この手裏剣という
武器はどこで買えるのでしょうか?」
オデットさんが手に持っているのは前に俺が携わった忍者を題材にしたゲームの資料。メイドなのに飛び道具に目がいくんですね。
「刃がついた物は難しいですよ。実際に忍者が使っていたのは棒手裏剣だったって話ですし。それならありますよ。どこだっけかな……あった、これです」
棚の奥に閉まっておいた棒手裏剣をオデットさんに手渡す。資料を見てテンションが上がってしまい買ってしまったのだ……晴香に滅茶苦茶怒られたけど。
「これは投げやすそうで良いですね。重さがあるので当たれば骨を砕けそうですし」
棒手裏剣を持ってうっとりするオデットさん。鬼に金棒ならぬオデットさんに棒手裏剣と。
「良かったら差し上げますよ。工業ギルドでの量産も考えてましたし。ボルフ先生とサンダ先生は、日本で学びたい事はありますか?」
「こちらの文字を読めるようしていただいたので、様々な書物を読んで学びたいと思っております。」
異世界に来ても勉強とは、さすがはサンダ先生。
「学ぶって言っても一週間かそこらだろ?だったら、誰かに教えてもらうより、こっちにどんな戦闘術があるか知りてえな」
確かに一週間ジムに通っても得られる成果は少ないだろう。それよりボクシングや軍隊格闘術のDVDを見てもらった方が良いかもしれない。
「ジョージ様、私は、こちらの世界の拷問や暗殺術を知りたいのですが」
オデットさん、日本で更にパワーアップするの巻。
「わ、分かりました。とりあえず、アミの見舞いに行きましょう。その帰りにみんなが知りたい技術や知識を学べる所に案内しますので」
俺は色々な物を買い揃える予定だから、時間を見て迎えに行けば大丈夫だと思う。みんなにスイカの使い方を説明して、アパートを後にした。
◇
代われるものなら代わってやりたい。アミは不安気な顔でベッドに横たわっていた。その細い腕には点滴が刺さっていて、見ているだけでも痛ましい。
「アミ、具合はどうだ?何か困っている事ない?」
「おに……ジョージおじ様‼テンテキをしてもらったら、凄く楽になったんですよ。それに皆さま凄く親切ですし……でも、夜は少し寂しいです」
アミは俺の事を見つけると、嬉しそうに笑ってくれた。それは嬉しいけど、アミにおじ様って呼ばれるのが、こんなにこたえるとは。夜か……ソバカスがあるぬいぐるみでも買ってこようかな。
「退院するまでは、毎日くるから安心しな。何かして欲しい事があったら、遠慮しないで俺に言えば良いさ」
アミに気を使っているのか、サンダ先生達は俺達の事を遠巻きに見ている。その気持ちは分かる。この兄妹愛バリアには何人たりとも立ち入れないのだ。
「アコーギさん、具合はどうですか?……榕木って言っても、ソバカス中年の事じゃねえからな……次の点滴は眠くなるお薬が入っているから、少し休むと良いですよ」
どうやら、谷は夜勤明けにも関わらずアミの様子を見に来てくれたそうだ。それなら暖かな兄妹のコミュニケーションの邪魔をした事は不問にしてやろう。
「谷崎先生、何か分かった事はありますか?」
ダチとは言え谷はアミの担当医だ。敬語で話すのが礼儀だと思う。
「丈治、仕事をサボって馬鹿な事言うな。検査をしていないのに答えられる訳ないだろう……今日の午後に検査をする。何か分かったらラインするから、きちんと仕事に行け」
言えない、仕事を辞めたって言える空気じゃない。ましてや二週間後に異世界に行くなんて言えやしない。
「わざわざ悪いな……うん?何の音だ」
少し向こうで何かを蹴るような音がした。続いて誰かの叫び声。
「たーにざーき先生。こんな所にいたんですか?車の前で待っていたのに、来ないから探しに来ちゃいました」
声を掛けて来たのは、サングラスを掛けた男性。高そうなスーツを着ており、腕には金色の腕時計をはめている。
(ヤーさんか。最近のヤクザは、わざと一般人と変わらない恰好をするっていう。それがいかにもヤクザですって、谷に対する脅迫が目的か)
ヤクザと付き合いがある医者がいたら、患者から苦情が来る。それを見越しての接触だと思う。
「話す事なんて何もない。俺はあいつと違って甘い話は嫌いなんでね」
さすがはお医者様、うまい切り返しだ。俺はこいつ等と関わる気がありませんってアピールした。
「それは残念ですね。そこの可愛らしい患者さんが、怖い目に遭わなきゃ良いです……けど」
ボルフ先生が色めきたつが、視線で抑える。下手に動いたらあっちの思う壺だ。
「すいません、間違ってナースコールを押しちゃいました……谷、俺ももう少ししたら帰るから車に乗せてもらえるか?」
「……分かった。やっぱり、お前変わったな。前ならビビッて無口になってたのに」
そしてアミが寝付いたのを確認したから、病室を後にした。
谷から聞いた話では、晴香の彼氏が薬の横流しをしているらしい。それに気付いた谷の事も巻き込もうとしていると。
嫌われ者二巻十月発売予定です。詳しい事は活動報告で




