ジョージ、嫌われ者を目指す?
一歳児にして胃に穴が空きそうです…爺ちゃんの教育は現場至上主義でした。俺が今いる場所は、ローレンの執務室の一角に置かられたベビーベッド。ベビーベッドの周りには紙が散乱しており、一見すると孫呆けした領主とお絵描きをして遊ぶ孫に見えるだろう…言っておく、ここはそんな、ほのぼのした所じゃない。
「公爵様、何卒ご慈悲を。去年の不作の所為で、村には食糧の備蓄がないのです。どうか、私達に援助をしてもらえませんか?このままでは、村人が飢え死にしてしまいます」
人の良さそうな老人が涙を流しながらローレンに頭を下げている。なんでも、食糧の備蓄が無くなりかけているとの事。
「ならぬ。まずは、売れる物を売って金を工面しろ。まさか、村人より家伝の宝石の方が、大切だなんて言うんじゃないだろうな?」
物腰こそ柔らかだけど、老人を見るローレンの目は冷たい。俺があの目で見られたら、チビると思う。
「しかし、あれは勇者様が我が家に授けてくれた宝物なんです」
「貴方が不作と偽って、作物の取れ高を誤魔化していた事を知らないと思っているのか?お前が賄賂を贈った相手も分かってるんだぞ。村は直轄地にする。まさか、私の機嫌が良いから見逃して貰えるとでも思ったのか?」
つまり、この老人はローレンに泳がされていたんだ。恐らく、賄賂を受け取った奴から、母さんと俺が滞在してるからローレンの機嫌が良いと聞いて嘆願に来たんだろう。
「直轄地?それでは代々村長をしていた我が家の立場が…勇者様とも縁の深い名家なんだぞ」
激昂する老人を一瞥もせず、ローレンは手元の球に手を添える。それと同時に大勢の兵士が執務室に雪崩れこんで来た。
「そいつはもう村長じゃない。ただの政治犯だ。でも、大切な証人だから、用事が済むまでは大切に扱え」
うん、用事が済んだ後の事は考えない様にしよう。
ローレンの執務室には、色んな人が訪れる。コーカツ家と誼みを結ぼうとする他領の貴族、贈り物と称して賄賂を届けに来る大商人。そしてさっきの老人の様に嘆願を携えてくる領民。繰り返される悲喜交々…ローレンの執務室は、正に人生の縮図である。
「チェック完了しました。この二枚に改竄の痕が見られます」
俺に数学の知識があると知ったローレンは、書類のチェックをさせる様になった。なんでもオリゾンは識字率が低く、数学に至っては一握りの人間しか学んでいないらしい。だから改竄と言っても、合計値を誤魔化すと言う単純な物。とりあえずデバッグ作業に比べたら楽な作業だ。
「流石は私の孫だ。今のやり取りをどう思う?」
他者との交渉が終わると、ローレンはこうして俺に質問を投げ掛けてくる。
「勇者の子孫を無下に扱ったら不味いんじゃないですか?」
何百年も前の話だが、勇者の人気は未だに高い。俺も母さんから勇者の話を聞かせてもらっている。
「子孫?あそこの娘が勇者に弄ばれて慰謝料として宝石を貰っただけさ。勇者の子孫は名字にックが付くんだ覚えておけ」
良い子には聞かせちゃいけない話が出てきてしまった。どうやら、伝説の勇者はお盛んな人だったらしい。
「英雄色を好むですか…世界は変わっても男がスケベなのは変わらないと」
スケベは助兵衛から来てるらしいから、異世界で通じるかは分からないが。
「覚えておけ…大概の男は金・女・名誉のどれかに弱い。そこにつけ込む隙がある」
うん、この爺さんは孫に何を教えてるんだろ。その三つの欲を完璧に抑えられる男がいたら是非とも会ってみたい。
「肝に命じておきます。次はどなたが来るんですか?」
俺の問い掛けを聞いたローレンがニヤリと笑った。
「次は大物だぞ…ヴァレイリー・フレイック。火のフレイック家の当主だ。そこに資料があるから目を通しておけ」
フレイック家は勇者から火の力を引いた一族で、代々優れた魔法使いを排出している。火のヒロインの名前はヴァネッサ・フレイック、炎の様に赤い髪と褐色の肌を持つ俺っ娘魔法使い。さっぱりした気性の女性で同性からの人気も高い。誰とでも仲良くなれる女性らしいが、ジョージの事は嫌う。
「俺に近付くな、次いでに喋るな。ジョージ菌ごと燃やして消毒するぞ」
なんて台詞もある…酷い嫌われ様である。
そしてろくに挨拶もせずに派手な中年男性が執務室に入ってって来た。ヴァネッサと同じ赤い髪と褐色の肌をしているから、この人がヴァレイリー・フレイックだとおもう。
「公爵、フレイック家への援助を打ち切るとは正気か?そんな事をしたらオリゾンの魔法研究は他国に遅れをとるのだぞ」
資料によると、フレイック家は王族や貴族から援助を受けて魔法研究をしているとの事。
「成果の期待出来る魔法研究への援助は惜しまない。だが無意味な魔法研究や衣服や装飾品への援助をする気はないんでな」
火炎魔法を派手に見せる研究、火の色を綺麗な色にする研究、火を鳥や馬の形に変える研究…確かに無意味だ。
(貴族受けする魔法研究に主体が移ったのか…それでヴァネッサの魔法にも派手な物が多かったんだな)
ヴァネッサの魔法は全体攻撃を出来る物が多く、エフェクトも派手なのが多い。
ダンジョンで使って崩落を招かないのかと、密閉空間で使って酸欠にならないのかと、森で使って森林火災を引き起こさないのかとか突っ込んではいけない。それと樹木系のモンスターは生木だから燃えにくいのではと言う突っ込みも禁止だ。
「ふんっ!!我が家を敵に回して後から後悔しても知らんぞ。お前の身内がピンチに陥っていても、絶対に助けないからな覚えておけ!!」
ヴァレイリーはそう吐き捨てると、執務室を後にした。
(そういや、ヴァネッサはお爺ちゃん子なんだよな…ジョージがヴァネッサに嫌われているのは、ヴァレイリーが関係してるんじゃないか?)
コーカツ家に見限られたと言う話が広まると、他にも援助を取り止める貴族が出てくるだろう。坊主憎くきゃ袈裟まで憎い、爺さん憎けゃ孫まで憎い。ヴァレイリーは幼いヴァネッサに爺さんや俺の悪口を吹き込んだんだろう。
「やれやれ、勇者の血を引いているだけで金が貰えると思ってるのかね」
「お爺様は人に嫌われるのが怖くないんですか?」
ローレンは平気で人に嫌われる様な事をする。
「お爺様?止せよ。二人の時は、爺か爺ちゃんで充分だ。ジョージは人に嫌われるのが怖いのか?」
そして俺は将来的に勇者の血を引くヒロイン達に嫌われる事を伝えた。
「だからどうした?嫌いたい奴には嫌わせておけ…ジョージ、領主は民に好かれようとしたら駄目なんだ。民に媚びれば政治は崩れる。例え、全ての民に嫌われていても命懸けで領地を守るのが領主の役割だ」
「強いですね。俺は凡人だから、人に嫌われるのが怖いんです」
ローレンみたく、領地の為に嫌われ者を演じれるだろうか?
「なにもわざと嫌われろとは言っていない。何人かで良い、お前の事を心から信頼してくれる仲間を作れ。ジョージ、俺はな領主の仕事は、砂漠での傘作りだと思っているんだ。砂漠では雨が降らないから傘は役にたたない。だけど、大雨が降る可能性はゼロじゃないんだ。領主は民に嫌われても色んな想定をして様々な傘を作っておくんだ。不作を想定して食料を備蓄し、戦争を想定して軍備を整える。そして何かが起きた時に、領民に傘を渡すんだ…良い政治をすれば辛い時でも領民は付いてきてくれる」
ローレンはそう言うと、俺の頭を優しく撫でてくれた。敢えて嫌われ者を目指すか…うん、悪くない。ヒロインより領民の方が大切なんだし。




