丈治気を失う
最近、社内の雰囲気が明るい。多分、朝からテンションが低いのは俺だけだと思う。朝礼でいつもは嫌味なお小言しか言わない社長まで喜色満面で社員を誉めまくっていた。ちなみに俺も名指しで誉められている。それでも、俺のテンションは一向に上がらない。つーか、低い位置から微動だにしていない。
(何が私は信じてただ!?お前先月に無能、無能って連呼してたじゃねえか!!無農薬農家でも、あんなに連呼しねえぞ)
いくらムカついたとは言え俺はサラリーマン。社長に面と向かって文句を言うつもりはないし、言える度胸も持ち合わせていない。上には逆らわず、下には嫌われない様にするのが俺のサラリーマン処世術なのである。
上司への文句は酒のツマミにだけにしておくのが一番なのだ。でも、気を付けなきゃいけないのは、話を何倍にも拡大する奴。そういう奴の手にかかると新入社員をちょっと可愛いって言っただけなのに、いつの間にか俺がその子の事を好きだって事になっていたりする。私には彼氏がいるから、ごめんなさいってなんだよ?何もしてないのに振られるって痛すぎるだろ。
「みんなの知っての通り¨君と手を取り合って冒険へ¨は我が社最高の売り上げを記録している。またグッズの売り上げも鰻登りだ。今年のボーナスは期待してくれ」
社長の言葉を聞いた社員のテンションも鰻登りだ…ちなみに俺のテンションは相変わらず低空飛行中。
原因は件の君と手を取り合って冒険へにある。正確には君と手を取り合ってに出てくるキャラに原因があるのだ。
君と手を取り合って通称キミテは、我が社が出したシミュレーションRPG。伝説の勇者の血を引く少年が、同じく勇者の血を引く少女達と冒険し、魔王を倒すという二番煎じを突き抜けて確実に百回は使われている内容のゲーム。
それでもリアルな世界観と魅力的なヒロイン達のお陰で売れ行きはすこぶる好調。
問題はゲームに付き物のお邪魔キャラ。キミテのお邪魔キャラの名前はジョージ・アコーギ。ジョージはアコーギ伯爵家の長男で主人公の冒険の邪魔をしまくる。性格は嫌味で見栄っ張り、ついでに独占欲が強くて我が儘。見た目の特徴はソバカスと派手な服。まあ、ぶっちゃければジョージは主人公の当て馬。ジョージはゲームの中でも嫌われており、プレイヤーの人気も断トツで低い。
嫌味?我が儘?見栄っ張り?当たり前だ。ジョージは主人公を引き立てる為に作られたキャラなのだから。
そして俺の名前は榕木丈治35才の独身プログラマー…キミテのプログラマーでジョージのモデルである。
シナリオ担当の山さん曰くキミテのシナリオは、ある日突然湧いてきたそうだ。キャラの指定も細かくイラストレーターさんも書きやすかったらしい。
ジョージに関しては¨丈治の高校時代をイメージして¨だった。お陰でジョージは本当にいそうなリアルな見た目のキャラと言われている。ネットの書き込みに現実にいそうなリアルな不細工加減と書かれているのを見た時はかなりへこんだ。
ちなみにジョージはヒロイン達にG並に嫌われており、ゲーム中ではかなり辛辣な言葉を浴びせられる。言葉によるフルボッコ状態と言っても良い位だ。
「ジョージ様と一緒にいて楽しいと思った事や嬉しいと思った事は一度もありませんでした。同じ空気を吸うのも嫌でした」
これはジョージの婚約者であるメインヒロインマリーナ・ライテックの台詞である。ちなみにライテック家はアコーギ家に多額の借金をしている設定だ。金を借りておいて、同じ空気も吸いたくないって酷くないか?
ジョージ違いとは言え、こんな台詞は聞きたくない。しかし、テストプレイはしなきゃいけないから、ジョージ苛めの台詞は嫌でも耳に入ってくる。開発中はバグを直してテストプレイで精神力を削られ、徹夜で直してまたフルボッコの地獄だった。
ネットは更に酷い、ジョージキモい・ジョージざまぁw・ジョージのスチルを見ると気分が悪くなる・ジョージボコるの楽し過ぎっ…島木さんじゃないけども、丈治ショックです。
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キミテの売り上げが好調な事もあり、営業の人達は忙しく、ほぼ毎日接待がある…なぜ断言をするかと言うと、今や嫌われキャラ界の風雲児となったジョージのモデルとして俺も接待に強制参加させられているのだ…そして毎回、物真似よろしくジョージの嫌味な台詞を言わされている。
「榕木さん、お疲れ様です。親爺狩りならぬジョージ狩りに合わない様にして下さいね」
飲みが終わると営業の田中が近付いてきた。田中が心配する位にジョージは嫌われている。ジョージにはファンレターは来ないがアンチレターは山の様に届いているのだ。
「ああ、気を付けて帰るよ」
田中と別れて小腹が空いてる事に気づく…そりゃそうだ、飲み会中はビールを注いだり、接待相手との会話に忙しくあまり食べられていなかった。
でも、コンビニ行くには若者がたむろしている大通りを通らなきゃいけない。今は酔ってるので、ドキュンな子達からしたら鴨ネギ状態である。
(住宅街をショートカットするか)
そこは前から気になっていた道だけどもまだ通った事がない。上手くいけば近道になる筈なんだけども、下手したら行き止まりだし、住宅街に見知らぬ人が歩いていたら怪しまれそうなので通るのを避けていた。
でも、オレンジ色の外灯が暖く優しく見える。思えば故郷を出て、はや17年。未だに独身とは言え頑張っていると思う。
道を歩いていると、妙な郷愁に包まれた。一度も歩いた事がない筈なのに、何故か懐かしく感じる。ふと、ある家の前で足が止まった。
(なんか実家と似てるな…このカレーの匂いは!?)
知らない道なのに、母さんが作ってくれたカレーの匂いが漂ってきたのだ。しかも、その出元はどう見ても俺の実家にそっくりな家。
「丈治、ご飯よー」
止めとばかりに、若い頃の母さんの声が聞こえてきた。
「マジかよ…」
得体の知らぬ恐怖が襲ってきて思わず駆け出す…と同時に思いっきり転んだ。
躓く様の物は何もないのに転んだ…違う、何故かスーツのパンツが長くなっていたのだ。スーツだけじゃない、靴もジャケットも大きくなっている。
(違う…俺の体が縮んでいる!?)
「お前の名前は丈治だ。丈治、元気に育てよ」
「丈治、パパとママの所に産まれて来てくれてありがとう」
若い日の父さんと母さんの声を聞きながら、俺は意識を手放した。
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気を失った俺を起こしたのはおばさんのキンキン声…爽やかとは程遠い目覚めである。
「奥様、おめでとうございます。元気な男の子ですよ。これでアコーギ伯爵家も安泰ですわね。それと旦那様から名前を預かっております。男ならジョージにするとの事です」
(ここは病院か?酔って転んで病院に運ばれるなんて格好悪過ぎだろ)
多分、おばさんは跡継ぎが産まれた事が嬉しくてハイになってるに違いない。ハイになり過ぎて声がでかくなり、俺が寝ている隣室にまでおばさんの声が響いて来てるんだと思う。それと父親、子供が産まれたんだから顔を見せて上げなさい…俺なんて子供どころか結婚のけの字も見えていないってのに。
嫉妬はみっともないから、隣室のおじさんは赤ん坊の誕生を祝福してあげよう。
「ジョージ?ジョージ・アコーギになるのかしら」
それに応えたのは、少女と言ってもおかしくない若い声であった。推定十代後半… 祝福取り消し、父親だけもげてしまえ。
(しっかし、病院で自分と同じ名前の子供の誕生に巡り会うとはね…うん?同じ病院?)
子供を産むとしたら産婦人科である。いくら緊急時でも、道で転けた酔っぱらいを産婦人科に運ぶわけがない。
仮に総合病院だとしても緊急外来と産婦人科は離れている筈。
そう言えば目をうまく開ける事が出来ない。目を開けれない原因が転倒にあるとしたら、顔に痛みを感じないのはおかしい。
考えられるとしたら俺の病室で誰かがドラマを見ている、若しくは只今幽体離脱ナウなのかも知れない。
(幽体離脱は意識の混濁が原因だよな。多分、同じ部屋の人がドラマでも見てんだろ。第一、日本に伯爵家なんてないし。待てよ、アコーギ伯爵家って言ったよな…ジョージ・アコーギ?)
キミテのジョージ・アコーギの家も伯爵家だった。いや、偶然だ。これは何万分の一の偶然。榕木丈治の病室にジョージ・アコーギが出てくるドラマがたまたま流れただけなんだ。ジョージ・アコーギはゲームのキャラクター、現実に存在する訳がない…ないって信じたい。
(とりあえず、どんなドラマか確認してみるか…か、体が動かねえ?)
ヤバい…目が開かないだけでなく、立ち上がれないし体もうまく動かせない。
俺の焦りがマックスに達した時、体がふわりと空中に浮いた。いや、正確には誰かに持ち上げれたらしい。
あれだ、きっとガチムチの看護師が移乗をしてくれたんだと思う。
身体中を冷や汗が伝う、心臓が早鐘の様に鳴り響く。期日目前なのに重大なバグが見つかった時の事が脳裏を過る…あの時はスタッフ全員からの圧力で胃に穴が開きそうになったんだよな…うん、思いっきり現実逃避をしてしまった。
自分の置かれている現状が分からないと言う不安で、心が押し潰されそうになる。
「ジョージ様、お母様ですよ。奥様、首を優しく抱えてあげて頂けますか?」
「ジョージ、私がママよ」
そして俺はジンワリとした暖かさに包まれた。冷や汗は引けて鼓動も落ち着いていく。いつしか不安は消えて、心地好い穏やかさが訪れた。
子供の頃、泣いて帰って来た俺をギュッと抱き締めてくれた母さんの暖かさと似ている…心地好い微睡みの中、いつの間にか俺は寝ていた。