9 「潜入リポート!! 廃工場跡に潜むドッキリの罠!」
「この工場は数年前、火災で多くのひとたちが亡くなったのね。彼らの思いが思念として残り、おとずれる者を呪い殺そうとする。なんと悲劇に満ちた場所なの」
「な、なんと! では、あたりにはまだ、成仏できない人たちがそこら中に残っていると!?」
「きゃーっ!」
精一杯怖がる声を耳にし、うんうんとうなずく。
「みすず、その調子だ!」
「あのー。なんでアンタまでついてくるの? 笹岡さん」
プロデューサーから迷惑そうな目で見られると、暑い目で見返す。
「みすずのマネージャーですから!」
「それはわかってるけど……てか、もう少し押さえ気味にしゃべってくれない? 声ひろっちゃうのよ」
「どうです? みすずの演技は?」
「演技って、ほんとに怖がってもらわないと困るんだけど」
「女優になれますか!?」
「お笑い番組のPにそれ聞く? でも、まぁ、演技だとするとけっこう気合い入ってんじゃない? 向いてるんじゃないかな」
「よぉし!」
「だから静かになさいよ」
前をいく出演者たちを追うように、プロデューサーとカメラマンと笹岡がついて行く。ほかのADたちは外で番組終盤のロケを準備中だった。
「そういやあの人、どこ行った? ミスター・ブシドー」
「そういえばいませんね」
「あれだけ派手に登場したのにサァ、いつの間にか消えてる。これはこれでホラーだな」
「それじゃ、ボクらは幽霊に道案内されてきたってことですね」
「…………」
「…………」
「……黙らないでよ」
「……も、もちろん、そんなことはありませんよ。きっと、外で待ってるんでしょう」
「ひ!!」
誰かの叫びにどちらからともなくヒシ! と抱きつく。
「だ、誰かいる!」
暗闇のなかに、その姿はおぼろげに浮かんで見えた。
「あ……あ……」
髪の長い少女。
「お、女の子の幽霊じゃん! 工場で死んだひと? ギボーさん?」
「そ、そうよ! この工場で死んだひとの、えーと……お弁当を届けにきた娘さんあたりかしら!?」
地につくほどの長い髪がふわりと地表を舞い、崩れた天井から差し込む月明かりが、線の細い横顔を照らし出した。
「「おおっ!?」」
この世の者とは思えない美貌。幻想的な光の下で、彼女の姿だけが切り取られてかがやいている。緋色の制服姿は、来訪者に目にして動きを止めた。
切れ長の涼しい目元がわずかに見開かれる。
「どうしてここへ?」
「――香月さんこそ、どうして??」
みすずもおどろいた。
「みすずちゃんの、知り合い?」
「はい、その――知り合い、です」
どういった知り合いか、と問われると応えられるような答えもなく、あいまいに語る。
「人間らしいで? ギボーはん」
「いえ、彼女は幽霊。わたしの第六感がそう告げている」
「認めぇな」
「どうやって入ってきたのです? 人除けの結界を張っておいたはず――」
香月は玲瓏たる立ち居ふるまいをくずさず、みすずにたずねた。
「いやー、それが道案内されて来たんだよねぇ」
みすずでなく、菅原プロデューサーが満面の笑みを浮かべて出てくるや、上着のポケットから一枚の名刺をとりだした。
「ボク、こういうものなんだけど、テレビに興味ない?」
「ありません」
にべもなく断られ、顔色を変えて必死に食い下がる。
「そこをなんとか!」
「逃げなさい。ここはすでに瘴気の渦中。一般の方が踏み入れるべき場所ではありません」
「ふっ。なんだ。物理学の出番か」
プロデューサーを押しのけて、下田教授が胸を張る。
「いや、出番ないから」
今井がさらに押しのけた。
「ボク、『てんつくてん』のアフロ担当、今井っていうの。知ってるよね?」
「知りません」
「それじゃ、お友達から知り合おう!」
「「ぬけがけをするな!」」
「なにをやっとる」
あさはかなケンカに発展しそうな雰囲気に、金剛が割りこむ。
「金剛和尚。あなたもこちらへ?」
「うむ。どうやら、イヤな予感は当たったようじゃの」
――しゃりん
錫杖の音が鳴り響くとと、雨後のタケノコのように、目だけを爛と光らせた影がそこら中から立ち上がる。
「え? なに? 誰かドッキリしこんだ?」
「んな訳ないしょ。うちら予算すくないんすから」
「たたりだわ! 成仏できない魂が怨念となってよみがえったのよ! アタシたちは殺されるのよォ!」
「みすずさま。離れませぬよう」
香月はおびえるみすずをかばうように式符を構えた。
「――なァーんだ。オヒメサマの連れてきたヤロウどもじゃねーじゃん」
声が聞こえたかとおもうと、学生服を羽織ったガラの悪い少年が、影たちの群から進み出た。身の丈に合わぬ日本刀を肩に背負い、己を照らしだすライトのあかりに凄みのある笑みを向ける。
「あなたが、彼らの祖主ですか?」
香月がたずねる。
「代理って、トコかナァ。あんた、祓い師ってトコか」
「ご推察どおり」
あいさつ代わりに式符を一枚投げつける。
「救急如律令――」
だんっ!
詠唱よりも早く駆けた少年は、飛来する呪符に向けて刀を振り下ろす。
バチッ!
イカヅチのような電光が闇に弾けたとみるや、斬れない刃は式符を巻き込み、その発動書式を打ち消した。
「!」
勢いのまま、薄笑いを浮かべてつっこんでくる。
「イチ以外にゃァ、手加減しねェからよォ!」
ヌゥ、と巨大な仁王がたちふさがる。
「チィッ!」
舌打ちとともにふるわれた刃は、鉄の錫杖に止められた。
ゴゥゥゥゥン――
まるで銅鑼が打ち鳴らされたかのごとく、腹にひびく音。
「――傷にしみるわい」
「なんだァ、ぼうず! アンタが相手かヨ!?」
「おなご相手よりよかろう」
「上等じゃん!!」
少年に呼応するように、影たちも一斉に襲いかかってきた。
「なんやこれ!? なんやのこれ!? 聞いてへんで!?」
パニックになった谷川が頭をかかえて縮こまる。
ライトに照らされた影の正体は、スーツ姿のサラリーマンにTシャツ姿の男子、制服姿の生徒まで、多岐にわたっていた。
「なによ! 人間じゃないの!」
ギボーが化粧の濃い顔を崩して不満を叫ぶ。
「やってやりなさいよ! あんた、空手得意なんでしょ!?」
「相手が人間ならば物理学の出番だ。よかろうもん。わたしに任せたまえ」
得意満面に構えをとるなり、「アチョー!」とさけぶ。
「ほわたぁ!!」
突き出した突きは敵のみぞおちにめり込み、「決まった…」とつぶやく。
「みてたかね!? 美少女くん!」
「下がって」
香月は下田を押しのけ、動きの止まった額に式符を貼る。
印を組むと言霊を唱える。
「厭悪鬼符!」
奇怪な叫び声があがり、Tシャツ姿の男の穴という穴から、ドロリとしたみどり色の液体が吹き出し、すぐに煙をあげて消失した。
「は?」
「次もお願いします」
真正面からの美貌に頼まれ、「うむ。任せたまえ」二つ返事で引き受ける。
「結界を張ります。戦闘の不得手な方はこちらへ」
香月が宙へと放り投げた式符がプクリとふくらみ、しゅたッ! と小柄な犬が床へ降り立つ。
「おおっ! 手品!」
「伐折羅!」
ヴォン!!
小型犬とは思えない声量で吠えるや、見えない壁がふくらみ、憑かれた者どもをはじきとばした。
「伐折羅から離れないで」
一瞥し、式符を取りだすと掲げて呪言を唱える。
「我勧請す。五火に光る護身の剣」
「な、なにがおこっとるんや?」
「さ、さぁ……」
みすずは説明すらできず、ハラハラしながらなりゆきを見つめた。