8 友情のラスト・オーダー!
「外がさわがしいね。だれか来たみたいだ」
黄色い灯りに照らしだされた表口を見て、不快そうに猿壱はつぶやいた。
かつて工場内の事務所として使用されていたフロアだった。古ぼけたデスク以外めぼしいものはなく、その上に猿壱は腰かけている。横にはお気に入りの古刀が、さび付いた身をさらして放り投げてある。
縛られた大沢木は、猿壱を下からにらみあげていた。
「テメェの言ってた”全国制覇”ってのは、あんなオンナにこき使われる程度なのかよ?」
「イチもしつこいよねぇ」
ハァ。
ため息をつき、かつての友に向き直る。
「あの女は、”死霊使い(ネクロマンサー)”。死んだ者を呼び出し、しもべにできる能力者なんだ。そのおかげでボクは現世によみがえり、こうしてイチと話ができる」
「”暴れザル”がヒモつきかよ。猿回しでデビューしたらどうだ?」
「ハハハッ!」
手をたたく。
「イイネッ、それ!」
「笑ってる場合かよ」
「あの女の支配下におかれるとね、ゼッタイに逆らえない。さっきみたいにオシオキされて、下手をすればほかの奴らみたいにココロを奪われる」
まわりにいる、無感情な奴隷どもに冷たい目を向ける。
「ボクは、奴らみたいになりたくない」
「なんでテメェだけ、正気なんだ?」
「さぁね。死んじゃってるからじゃない?」
「まじめに答えろよ」
「答えたさ」
猿壱は高台から跳ねるようにして降り立つと、たいして高くない位置から大沢木を見下ろした。
「イチ、いっしょに”全国制覇”しようよ」
「テメェもいい加減シツケエよ」
目をそらす。
「イチの中には、もうその夢はないのかな。ボクらが誓った夢のつづきをみてるのは、ボクだけなの?」
「そりゃぁ――」
言葉をなくし、押し黙る。
「かりそめとはいえ、もう一度手に入れたイノチなんだ。イチ、死んでみるとね、この世ってのが、どれだけ貴重でスバラシイものだったってことを理解する。失ってから、後悔するんだ」
「そんなこたァオレだってわかってる!」
失ってから後悔しているのは、俺だって同じだ!
「……ボクらのアジトは、とっくにあの女の根城さ。ここに近づいた男を虜にして、女はエサとして与える。奴らの一人一人に動物霊が憑いてる。まさに家畜だね」
「ドーブツ霊?」
「言ったじゃない。あの女は死霊をあやつる。この辺に溜まってる動物霊を引き込んで、ココロを奪われた奴らに入れこむ。そうすれば従順なおともだち(・・・・・)のできあがりってわけ」
「おまえもそうだったのか?」
「ボクのタマシイはボクのものだ。誰にも渡さない」
グ、とこぶしを突きだした。そこにあるのは、不服と反骨心のかたまり――かつて背中を任せた、相棒の目だ。
「狩りにでてくるよ。帰ってきたら、もう一度答え、聞かせてね」
「変わらねえっつってんだろ!」
「そのときは、仕方ないや」
サビついた日本刀を手にとり、ビュン! とふるう。
「”テッペンコンビ”、解散だ」
鼻先に刃を突きつけられても、大沢木は睨むことをやめなかった。
「――期待、してるから」
くるりと背を向け、数名の”チームメイト”を連れて出ていく。
取り残された大沢木は、肩のちからを抜くと、いくえも縛られた状態でのけぞるように仰向けに倒れた。
だんっ
もわっ、とほこりが舞う。冷たい床が、汗ばんだ体には心地よい。
天地が逆さまに見える先に、半壊した窓があった。
「……夜、か」
星々の輝きはじめた刻限を見据えて、彼はつぶやいた。