6 ベン○トー?
キーンコーンカーンコーン――
「メシだ!」
いつもの購買に出かける時間。
今日は席を立つことなく、机の上にでん! とおおきな荷物をおいた。
いわずもがな、東香月の届けてくれた手づくり弁当である。
「ふっふっふ。これが愛妻弁当というモノか」
ご満悦な顔でふたを開ける。
「これは!?」
目をみはる。
ここしばらくのあいだ、弁当なるものはコンビニで買うものと相場がきまっていたが、そんな量産型ワンコインものとは比較にならない色とりどりな具材の数々。
一品一品ていねいにつくりあげられた品は、見ばえ以上に日和のこころを打つ美しさであった。
(これをオレのために)
感慨深げに目をとじる。
こんなおいしそうなものが毎日たべられるのか。
揺れる心。
おもい返されるあえかとの修業の日々。
せめて心のうるおいをとノゾキを敢行すれば例外なくシバかれて吊るされる毎日。
それでも師匠の美しさを目的に通う価値には十分にあった。
だが今、その価値がゆらいでいる。
轟あえかに匹敵する大和撫子。
ルカ高三年東香月。
流れる黒髪。白百合のような儚げなその姿。凛とした師匠とは異なるしとやかな乙女。
しかもオレにぞっこんときている(?)。
許嫁というこれ以上もない立場。
手をつないでも許されよう。
文通くらいならいいのかも知れない。
あわよくば、二人で映画でも見に行くこともありえる話だ。
「きゃっ!」「はっはっは。ただのフィクションだよ」「とてもこわかったの」「僕がついてるよ」「頼もしい方」「さあ、腕のなかへおいで」「一生ついていきます」
完璧なシナリオじゃないか。
予知夢か?
確実にオレの未来とリンクしている。
自分で自分の想像がこわくなるね。
「さて。愛情が冷めやらぬうちに」
ほくほくと箸に手をのばす。
箸しかなかった。
本体はどこへ!?
「待て! はるまきはオレのだぞ!」
となりに目を向けると、きつね色のはるまきを高々とかざした志村が勝利のポーズを決めていた。
「甘いな! はやい者勝ちだ!」
「なんでだ!?」
バン! と机をたたいて立ちあがる。
野郎どもが争奪戦をくり広げるその中心には、3段重ねの重箱ーーまさに今、自分が箸をつけようとしていた昼メシだ。
「俺ンだろそれ!!」
「あぁん!?」
眉間の中央にしわをよせ、いかめしく振りむく志村。
そろいもそろって全員が同じ顔を向けてきた。
「オマエにオレたちの気持ちなぞわかるまい」
はるまきを噛みしめる志村。
「人の昼メシ奪っておいてどういう気持ちだよ!」
「キサマに憐憫の気持ちはないのかということだ!」
うおお! と賛同する声があがる。
「ここにいる漢たちは、かつて志を同じくしたもの――」
一人一品ずつのおかずを手にしてうなづく男たち。中には天をあおいで涙をこらえるものもいる。
「そして夢やぶれ、散っていった男たちのなれの果てだ!」
「結構いるんだぜ? この学校にも」
ひょいひょいと横から重箱の中身をかすめとりつつ御堂。
「あの子にフラれたやつら」
「おれたちから夢を奪った春日日和! われらはキサマに復讐するのだ!」
おおおおお!!!
わきあがる歓声。
まさしく負のカリスマにあふれたエセ教祖である。
「まずは手はじめにこの弁当から犠牲になってもらう!」
「バカなマネはよせ! 復讐はなにも生みはしない!」
つぎつぎに平らげられていくおかずをみて悲しみしか生まれない。
「コロッケパンおごるから!」
「笑止!」
パセリまで味わって噛みしめつつ、志村は二段目の扉をあけた。
「コロッケパンなとキサマにくれてやるわ!!」
「くそ、この説得もダメか!」
「焼きそばパンでもゆずれんな」
こんがりあぶられたブリの切り身をくわえ、勝利の余韻にひたる。
「そこで見ているがいい」
「そうはいかん!」
構える日和。
「そのバトル、オレも加わらせてもらおう!」
「ほう」
うでを組む志村。
その左右に続々と居並ぶフラれた男たち。
「この鉄壁の防御をぬけられるというのか」
「ぬけてみせるさ」
不適の笑う挑戦者。
「そう。愛のために!」
「ぐおっ」
一人がうめいて倒れた。
「その弁当は、あず……香月が(よび捨て)!!「ぐおっ」このオレのために「ぐはっ」作ってくれた「げふっ」愛妻弁当だ!!」
心理的ダメージを受けてバタバタと倒れていく男たち。
志村も倒れていた。
「オマエが倒れてどうすんだ」
御堂が手を貸すと、志村はうつろな目をしてボソボソつぶやく。
「いいんだ。オレなんかどーせ路傍の石ころなんだ。日和のチャリにはじき飛ばされてそこらの田んぼにずぶりとハマリこむ、そんな人生なんだよ」
「いきなりそこまでネガティブに落ちるか」
「獲った!」
スキをねらった日和が、重箱の三段目を手にする。
「これはオレんだ! だれにもやらねー!」
ガツガツと口の中へかきこむ日和。
「うむ! うまい!!」
あたりに散らばる敗残者のむくろ。
すこしだけ静かになった教室に、ガタン! とおおきな音がひびく。
委員長である南雲美鈴が席を立ち、廊下へと出ていく。
雑誌をアイマスクがわりに昼寝を決めこんでいたクラス一の不良だけが、その様子に不審な目を向けた。