14 見えない首輪!
「…………」
猿壱がめいわくそうに眉をしかめる。
「きーたん、おかえりは?」
「いそがしい。イマ」
「おかえりっていうの!」
ピクピクとほほをけいれんさせる猿壱。
「だまれこのアバズレ」
「うえぇぇぇん。ひっどい。きーたんがいじめたぁ」
わざとらしい泣きマネをはじめる少女。
「おい」
ガタイのいいとりまきのひとりが猿壱にちかづく。
「てめぇ、おれたちのアカリに向かって――」
グシャッ!
ふるわれたヒジが、はなづらを直撃する。
なにをされたかもわからず、白目をむいてくずれる男。
「ピィピィさえずンなよ。ムシケラァ」
全身から怒りの気配をふきだし、背後へとつぶやく。
「つぎジャマする奴ァ、マジ生きちゃネェカラヨォ!?」
「この子アバズレじゃないみたい。きーたんのヨミはおおはずれ~!」
泣きマネをやめて、舌をみせる少女。
不穏な状況に、男たちは怖じ気づいて視線を交わしあい、二歩、三歩と出口にむかう。
その逃げ場をふさぐように、無表情にならぶモノたち。
彼らのなかに、大沢木は見知った顔を見つけた。
(ありゃ、ひーちゃんのダチの――)
名前は忘れたが、よく日和とつるんでる二人だ。
今、その表情は、クラスで見かけたときとはまったく異なる、うすら寒い能面のような顔。
――あのバカどもも、こっちか。
「逃げちゃダメだよ。あなたたちも、アカリのトモダチになってくれるんでしょ?」
「イヤ、その、キミ、さ。イイコトしようって言うからついてきたってのに、これって」
「あたしの目をみて」
しばらく向かい合ったあと、男たちから表情が消えた。のそのそと、ほかの奴らと同じようにくらがりへともぐりこむ。
「とっもっだっちっひゃっくっにんっでっきっるっかなー? あはははは」
なんだ、この女?
アタマのネジがトンでやがる、と大沢木は思った。
「こっちだよ、イチ。あんなアバズレ女、無視だよ無視」
「きーたん、ひどーい! アバズレじゃないって言ってるのに!」
無視するのはムリだ、と大沢木は判断した。
「あんた、なんで俺たちのアジトにいる? こいつら全員、アンタのしわざか?」
「あーーーっ! アナタ、知ってる!」
質問を無邪気にスルーし、スタスタと近づくなり、横から下からナナメから、さまざまな角度からためつすがめつながめる。
「んだコラぁ」
ケンカでも売られたように反応する大沢木。
「カワイソー。きーたんにやられちゃったの?」
「男同士のタイマンだ! 女が口出すんじゃねえ!!」
「んふふ♪」
たのしそうに笑うと、後ろに指をのばした。
「きーたん、めっ!」
「はがッ!?」
ズン、といきなり猿壱が沈んだ。
まるでそこだけ重力が増したかのように、ぼこりを舞いあげて床に大の字につっぷす猿壱。なめるように顔を押しつけ、しかしギロリと目だけが反抗心むき出しに少女をにらんだ。
「キー坊!!」
「遊びはおしまい」
後ろからガシリ、と腕を組まれた。
「! てめぇ! はなしやがれッ!」
振りはらおうとするも、次々と伸びてきた腕ががんじがらめに組みつき、とうとう友と同じように、うつ伏せにひきずり倒される。
「ジャマすんじゃねえ! まだ決着はついてねえんだ!! ぶっ殺すぞてめぇらァ!!」
「元気だね」
少女がしゃがみこみ、それでも高い位置から見下ろしてきた。
「このくそアマぁ!! キー坊になにしやがった!」
「そんなにされてもきーたん助けたいの? どーしよっかなぁ」
くそっ!
視界にいる奴らはどれもこれも死んだ魚のような目だ。まるでロボットのように、忠実に命令にしたがうクソども。
「……こいつらみてぇに俺を自由にできると思うなよ。”狂犬”はいつだって、かみつくチャンスねらってんだ」
歯をむきだして精一杯に虚勢を張った。
「んふふ♪」
少女はわらうと、大沢木のアゴをくい、と持ちあげた。
目だ。
”あたしの目をみて”
目を合わせれば、さっきの奴らみたいに操られる。
――いや。
やれるモンならやってみろ。
タレ気味な目元。ネコのようにパッチリしたまなざし。
からかうような目ツキが気にくわない。
瞳をそらさないまま近づいてきて、
くちびるに触れる。
――――!?
柔らかく、すこし湿ったような感触は、一瞬で消えた。
イタズラを成功させた子供のような表情。
確信犯のその表情に、一瞬呆然としたあと、みるみるゆでダコのように表面がゆであがる。
「て、ててててててめ、いいいいい、イマ、な、な、なにしやがったああ!」
「初恋をね、かなえてあげたの」
少女は胸に手をあて、声なき声を聴くように目をとじる。
「きーたんはこのままオシオキ。そのひとは、あたしがいいっていうまでグルグル巻きにしといて」
「まてこら! はなせオラぁ!」
大沢木があばれまわるが、気にせず外へとでていく少女。
あとはたくさんのオトモダチがしっかりカレをひきとめてくれる。そうすれば、あのひとはアタシのもの。
くちびるに指をそわせ、少女はたのしそうに笑みを浮かべた。
「ファーストキスは、血の味だったね。アナタの望み、コレで全部?」
だれかと話すように、笑うのだった。
◇ ◆
廃工場の窓辺に鳥が一羽、止まっていた。
窓という窓はそのほとんどが割れて砕け、吹きさらしのさんだけが残っている場所に、その異様な鳥はいた。
その場のだれにも気づかれることなく、羽ばたいて舞いあがる。
軽い身を風にのせ、一路、あるじのもとへ飛んでいく――