11 我が国の安全神話は崩壊した!
「ごめんなさい。わたし、これから用事があるから」
立ち止まり、申し訳なさそうに美鈴はあたまを下げた。
「そう。ではいってらっしゃいな」
すんなりうなずく花音。
後ろの見えない位置で、縦に顔を伸ばしたムンクが声にならない悲鳴を上げていた。
「この男だけいれば道案内は十分ですわ」
花音に引きずられ、「うらぎりもの~!!」と悟られないよう声をだす。
「かぐやさまが動くほどの相手なら、もののけかそれにかなう霊障。素人がいては迷惑ですもの」
「かぐやさまって、香月ちゃん?」
「また名前でよびましたわね?」
なぎなたのほこ先を向けられるが、ここでひるむわけにはいかない。
「か――ぐやさまは、いまどうしておられるのでせう?」
「よろしい。言葉にはお気をつけあそばせ」
芦品花音は不思議な服装をしていた。
なぎなたを持っているのはいつものこと(?)だが、夏だというのに紫色のずきんをかぶり、ルカ女の制服ではなく、分厚い絹地の僧衣を着て、えり元に数珠をおおきくしたような特大のネックレスをぶらさげている。
「かぐや様は――……校内にて本件の調査をされております」
「あの~、つかぬことをおききしますが」
「なんですの?」
「その格好、暑くないですか?」
夏服でも汗をかくくらいの気温だ。おかしな格好もはなはだ疑問ではあるが、その点をおいても、カラダ全体を覆う分厚い装束はみるからにあつぐるしいことこの上ない。
「暑くありませんわ!」
力強く否定した。
「いやしくもわたくしは『仏法武家』の一翼を担う芦品家の娘! この服はわが家の戦闘服! 戦地におもむく身に暑さなど心頭滅却すれば火もまた涼しのことわりに同じ!」
「なんでなぎなたの先を向けるの?」
ふーっ、ふーっ、という獰猛な息がふきつけられる。
「暑くありませんわ!」
顔中に汗を浮かべてるのはやせがまんの証拠ではなかろうか。
「暑いなら脱げばいいのに」
「脱げですって!? この下衆がっ!」
よかれと思った一言が、凶器の切り返しに変わる。
「婦女子に対するその暴言! 公共の場にもかかわらず不貞をはたらくとは芯まで腐ったこの外道め!」
一足先に逃げた。
「おーまーわーりーさーん!! お願いだから殺人ミスイまでで後ろの人つかまえてよー!!」
「お待ちなさい!!」
逃げる視界に、公僕の制服が目にとまった。
「おまわりさん!!」
通りすがりの集団に事情聴取していたらしい警官にすがりつく。
「すぐそこに通り魔が!」
「なに! ほんとうか!?」
腰のベルトから配給されたニューナンブを引き抜くと、嬉々(きき)として周囲に目を走らせた。
「まさか、辺境の片田舎でコイツを試し撃ちできるとは……ケーサツはいってよかったぁ」
ふーっ、ふーっ、と、こちらも目が血走っている。
暑さのせいかもしれない、と日和は思った。
「ボクをねらってきています! ここは一つ、そのサクラ印のリボルバーで一発ドカンとやっちゃってください!」
自分の身が守れるならなんでもよかった。
「よぉし、撃つぞ! うつ――」
スパンッ! と銃口が斬り落とされた。
花音がなぎなたをふるったまま、ギロリと凶暴に睨む。
「本官、パトロールにいってキマス!」
ビシッ! と敬礼すると、日和のほうを見ることなく一目散に逃げ去った。
つかえねえ官憲だ!
ギロリ。
おおぅ……
「あれぇ? あれあれあれェ? カノンちゃんじゃなぁい」
間のぬけた声とともに、ハデな格好をした少女がぴょん、と割りこんだ。
大きなムネと、無意味にたのしそうな表情。
「――のず、み、さん?」
虚をつかれて、芦名花音はうごきをとめた。