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10 そしてぼくは玉子がきらいになった。

「まさか半ドンになるとはなー」

「帰りのホームルーム、小笠原先生じゃなくて校長先生だったね」

 自転車をおして歩きながら、日和はぼやいていた。となりには三つあみ姿の南雲美鈴がならんでいる。

「だがこれでいまから師匠のところへ直行できる……!」

「香月さんのところじゃなくて?」


「はっ!? そうか。香月ちゃんも心配だ! なにしろ殺人事件が起きちまったんだからな! オレのこのムネを存分に貸してあげねば!」

「あの人には必要ないとおもうけど?」

 自分からふった話題だが、あからさまな日和の態度たいどに不機嫌な声をだす美鈴。


「ふっ。香月はオレを待っている。その証拠しょうこに今日、弁当がとどかなかった」

「わすれられただけでしょ? どうやったらそこまでポジティブに考えられるんだか」

「愛をしらぬ女はこれだからこまる」

「あ。そ~だ。わたしのお弁当あげよっか?」

「いらん!」


 グゥ、とおなかが鳴る。


 いそいそと自分のカバンからランチバッグを取りだす美鈴。

「もらうものはもらっておこう」

「今日のは自信作なんだっ」

 バッグから小ぶりな弁当箱を取りだすと、日和の鼻先に押しつける。


「いいの? ほんとに食べるよ?」

「いいから! 自分用のは別にあるから」

 すなおに受けとると、ふたをひらいて中身をみてみた。

 箱いっぱいにスクランブルエッグがひしめいていた。


「……あらてのいやがらせか」

「た、たまご焼きをつくろうとしたの! そしたら、その、どうしても形にならなくて……」

「そんなもの食わせる気か」

「味は大丈夫だから!」

 はしを押しつけられて、しぶしぶパサパサな料理をすくい取り、口にはこぶ。


「…………」


「ど、どうかな?」


 ゴフッ。


 むせる日和。

 こころなしか、顔色が(あお)い。


「……オイシクナイヨ」

「なに言ってるの? ちゃんと日本語でしゃべって」

 美鈴は目をつり上げてつめよった。

「オイシクナイヨ」

「日本語でしゃべるの! それ外国語!」

「オイシイ」

「やっぱり!? そうよね!」

「……クナイヨ」

「やっぱり外国語! どこの国の言葉かしらっ!?」

 ガッチリあごをつかまれ、強制的に言葉を制限される。

「もっと食べるときっと日本語にもどるよね」


 必死に顔をそむけようとするものの、あごをキメられてそれができない日和。なみだをうかべてあらがうも、かたむけられた弁当箱からパサパサのスクランブルエッグがなだれこんでくる。


「ごふっ……ごほっ……ごべべ」

 このままではスクランブルエッグで生き埋めにされてしまう。ロープを探したが、そんなものどこにもなかった。

 目の端に涙が光る。


 TA・MA・GO。それはオレの人生にトドメを刺した凶器の名前。来世では、黄色いものに無条件に恐怖するトラウマをかかえて生まれざること間違いなし。


 唐突に解放される。

「……おいしくないの?」

 うんうんといままでの分をとり返すように何度もうなずく日和。タマゴと、なにか得体の知れない刺激的な味で言葉がだせる状況でない。

「おかしいな。あえかさんのいうとおり作ったのに」

「ぶぁびびば!?(味見は!?)」

「いいよ。なぐさめてくれなくても」

「ぶぁびびばびヴぁぼばっべ!?」

「まだまだ修行が足りないな。……アハハ」

「ぶぁびびびべばいばぼ! ぶぇっばいばびびびべばいばぼ!!」

「でも口に入れた分はちゃんと食べてね」


 うずくまり、もっさもっさ口を動かす日和。

 ごくんとのどに流しこみ、灰色のまなざしで呟く。

「……口なおしに香月ちゃんの弁当がいる」

「おかわりあるよ」

「そんな殺人料理いらん!」

 自転車をおしてダッシュで逃げる。

「ちょっと! 殺人料理ってナニよ!」

「とぅ!」

 ペダルに片足を乗せて地を蹴る。


「ゆくぞ轟転号ゴーテンゴー! 一路香月ちゃんのもとへ!」

 ストンと座り、両足でこぎ出す。

 車輪がまわる。

 軽快にすべりだした自転車は、日和を乗せて路面を疾駆しっくする。

 本日も絶好調。

 殺人コックを置き去りに、ルカ女まで一直線だッ――


 ガキン!


「ぐふっ!」

 突如ペダルがロックした。

 急なスピードからガクンと静止し、前のめりに放りだされ、

――ずむ。

 ゴミ袋の山に無事不時着(スローイン)


「ようやく見つけましたわ」

 後輪から、長いつかがひきぬかれた。

 ゴミ捨て場から突きでた足にツカツカと近づく。

「先日、われらに追いまわされたことを根に持ち犯行におよんだことは明白。尋常じんじょうに白状なさい!」

 白状する前に、なぎなたの刃が振り下ろされた。


「きゃぁ!!」

 美鈴が悲鳴をあげる。


 ザンッ! とゴミ袋が斬り裂かれ、中からカップめんの容器が転がりだした。

「おのれ、逃げるか!」

「逃げるわい!」

 ゴミ袋の山にもぐり込んだ日和が声をあげる。


「おまわりさーん! こんなところで刃物振り回してるあぶない人がイマス! 今すぐパトカーか救急車を手配してください!」

 帰りのホームルームで、ルカ女で起きた殺人事件のために厳戒態勢がしかれ、一帯に警官が配備されたと聞いた。あわよくば、緊急事態に駆けつけてくれるかもしれない。


卑怯ひきょうな!」

「健全な一般人に刃物振りまわす女がうろついているほうがおそろしいわ!」

「私には友の仇を討つ使命があるのです! 官憲などに私の邪魔はさせませんわ!」


「やめてよ! 日和は関係ないよ!」

 美鈴が芦品花音あしなかのんにとりすがる。

「なんですの!? あなたまで私のじゃまをする気!?」

冤罪えんざいだ! 横暴だ! オレは無罪だ!」

「こんなことなら、更衣室をのぞこうとしたときにでも処刑しておくのでしたわ!」


「更衣室?」

「のおおぅっ!? 今このタイミングでそれは――」


 美鈴の雰囲気が変わった。

 汚物を見るような目。


「そんなことしたの」

 視線の温度が氷点直下。

「ちがうよ!? ミスイだよ? 女の子のハダカなんてどこにもなかったよ?」


「へぇ、そう」


 敵が二人に増えた。

 追いつめられた日和。身から出たサビともいう。

「待ってください! 話が変わっていませんか? あの件については重々ばつをうけたものと自負しております所存ですがッ!!」

 ちくしょー! なんでだ? ツミは均等に三分割されるべきじゃないか!? なぜ自分だけがやりだまにあげられる事態になっているのか!


 ゴミ袋に埋もれてふるえる日和。

 こういうときにいっちゃんが駆けつけてくれたら……!


 そう都合よくはいかない。


「あ、あのですねっ! ノゾキの件は有罪だとしても、ボクはあれを教訓にリッパに更生しました! 香月ちゃんとも清い交際をつづけております! ここは音便おんびんに話しあいで解決しませんか?」

「私の友人を殺しておいてよくもぬけぬけと!」

「ええっ!? そんなことしてないよ??」

「物証などいくらでもあとで追加できますわ。犯人はあなたなのですから!」

「やっぱこのひと江戸時代からタイムスリップしてきたんじゃないの!? 法治国家のニンゲンが吐くセリフじゃないよ!」

「そ、そうよ! いくらノゾキがバレたからって、日和がそんなことするはずないよ!」


 さすがに美鈴も反論する。


「おおっ! 正気を取りもどしてくれたんだね、美鈴さん!」

「ノゾキの件は、後日学級裁判にかけるから」

 ズブズブとゴミ袋の山に沈む日和。


「逃がしませんわ!」

 ピタリと首筋に、なぎなたの矛先が滑り込んだ。

 ……ダレカタスケテー。

「王手ですわ。覚悟なさい」


「待ってよ! 言ってるじゃない! 日和は人を殺せるような人じゃないの! ノゾキ程度で人生の終わりみたいになってるひとが、そんな大それたことできるわけないでしょ」

「しかしこの男しかいないのです!」

「ちょっと待った!」

 日和は必死だった。

「志村と御堂がいるよ!」

「志村……?」

「オレたちは三人で一人! ちなみにオレは奴らにそそのかされて犯行におよんだ善良な第三者です!」

「そういえば、あなた以外にもいましたわね」

「きめつけるのは早いんじゃないでしょうか??」


「ですが、敵は一体ずつ確実にしとめよとおばあさまが……」

「敵じゃないよ! ボク味方だよ! なんなら志村と御堂をさがすの手伝います! いっしょにカタキを討たせてくださいオネシャス!」

 日和は必死だった。

「その言葉に二言はありませんわね」

「はい! 師匠にちかって!」


「よろしい」

 凶器の刃がはなれていき、日和はふぅーっ、と安堵した。

「最初からわかってはいたのですけれど、こころよくあなたが協力を申し出てくれてよかったですわ」


 …………。


「は?」

「私の名は芦品花音あしなかのん。”舞姫”さまのところまで案内しなさい。しもべ一号」

「しもべ一号……オレ!?」

「ほかにだれがいますの?」


 日和は美鈴を指さした。


「男はあなただけですわ」

「なにその言い分」

「文句ありまして?」

 ギラリと刃物をちらつかせる。


 早く警察来てほしい、と心の底から日和は思った。

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